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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


永遠のハロウィーン

「トリック・オア・トリート!――なのですよ、セレスさま」
 勢い良く、マリオンが扉から飛び出してきたとき、セレスティは午後のお茶の時間を過ごしているところであった。
 お抱えパティシェ特製の、焼き立てパンプキンパイが湯気を立てる皿が、テーブルにはふたつ並んでいる。
「……お客様だったのですか」
「いいえ。マリオンのぶんですよ。そろそろ来る頃だろうと思っていました。……お菓子をあげないと悪戯されてしまいますからね」
 セレスティは、微笑を浮かべて、突然の――そう、マリオンの訪れはいつだって突然だ――来訪者に椅子をすすめた。
「ありがとうございます!」
 いそいそと席につき、給仕からナプキンを受取るのと交換に、マリオンは手に抱えていた大きな本を、傍の椅子に置く。
「……それは? また何か面白いものを見つけたのですね」
「はい。ロンドンの裏路地で偶然手に入れました。幽霊付き物件のカタログなのです」
 パイにナイフを入れながら嬉々として語る。
 セレスティが、その本の頁をめくった。古めかしい屋敷から、ちょっとした城と呼べるほどのものまで、さまざまな建築物の写真集のように見えたが、本文には、そこにあらわれるという幽霊についての情報と、いわくが、語られているという……まあ、ありていに言って、奇書と呼べる範疇のものであった。誰が何のためにこのようなものを著したのか、セレスティはすこし呆れたが、同時に、面白くも思う。
 この銀の髪の美しい財閥総帥は、マリオンのことを馬鹿にできぬほどの好事家でもあるのだから。
「126頁を見てください、セレスさま」
 紅茶に落とした角砂糖をティースプーンで突き崩しながら、マリオンは言った。大きな瞳がきらきらとしている。なにか、悪戯めいたことをたくらんでいるときの顔ですね、と、セレスティは思った。
 その頁には、一軒の洋館の写真がある。
「ロンドン郊外の森の中にぽつんと立つ屋敷です。二十世紀初頭まで、魔女が住んでいた屋敷だとか」
「魔女、ですか。それにしては年代が新しいですね」
「魔女といっても、屋敷のあるじは男性です。中世の魔女狩りに遭った魔女ではなくて、現代の魔女術の信奉者ということなのです」
「なるほど。それで、その方がの幽霊が出ると?」
 マリオンは、さも嬉しそうに頷き、そして言った。
「はい。それも年に一度、ハロウィーンの夜だけに」
「……あいにくですが、10月31日は予定が――」
 マリオンが言いたいことを悟ってセレスティは言ったが、彼は引き下がりはしなかった。
「お忙しいセレスさまのことですから、そんなことだろうと思ったのです。だから今日、お訪ねしたのですよ。今年はダメでも、『去年』なら構わないでしょう?」
 マリオンはぴょこん、と椅子から降りると(いつのまにか、パイの皿も紅茶のカップも空っぽになっていた)、芝居がかった所作で、ティールームの扉を開ける。
 その向こうから――湿った夜風が流れ込んでくる。
 その戸口は、一年前の……10月31日の、イングランドの夜へと続いているのだった。

  *

 カーニンガム邸のティールームから先に広がっていたのは、パルプ雑誌の、ホラー小説の挿絵のような風景だった。
 ホーゥ、ホーゥと、どこかでフクロウが鳴いている。
 ざわざわと、女の髪のように風になびく叢からは、低く虫のすだく声。夜空へ向けてねじくれた枯れ木の枝は、あやしい骸骨の指先のように、この特別な夜への、ふたりの闖入者をさしまねくのだった。
 朽ちかけた屋敷のシルエットが、夜の森の中にうずくまっている。
 かろうじて、月だけが投げかけてくれる青白い灯りが頼りだ。
「トリック・オア・トリート?」
 ふざけて、マリオンが、ドアを叩いた。
 しかし、次の瞬間、ギギギと軋んだ音を立てて扉が開いたので、マリオンは思わず飛び上がり、セレスティは噴き出す。
「セ、セレスさまっ」
「すみません。マリオン、自分で来たいと言っておいて、恐がるものですからつい」
「べ、べつに恐がってなどいないのです。さあ、行きますよ。えーと……」
 どこからか取り出したランプに火を灯す。
 懐中電灯にしたほうが簡単だし安全だとは思うのだが、そこはそれ、雰囲気を大切に、ということかもしれない。
「ところでマリオン」
 杖をつき、マリオンに片腕を支えられながら幽霊屋敷のぎしぎしいう床を歩むセレスティが、おもむろに訊いた。
「目的の品物はどんなものなのです?」
 ぴたり、とマリオンが足を止めた。
「も、目的」
「まさか、わざわざ季節はずれの肝試しのためだけに、こんなところまで来たわけではないのでしょう? 大方、この屋敷の住人に関係あることなのでしょうが、だとしたら――」
 そのときだった。
 ボーン、ボーン、と柱時計が時を刻む。
 壁際に、等間隔に立てられていた燭台に火が灯っていく。
 天井のシャンデリアにも一瞬で、火がついた。
 そこは――広間だった。
 最初、マリオンの掲げるランタンの光に浮かび上がったのは、荒れ放題の、廃屋でしかなかったのだが、蝋燭の揺れる炎に照らされたのは、往時の、贅をきわめた屋敷の姿そのものだった。
 ばたばたとはばたきの音を立てて、高い天井へと蝙蝠が飛び立つ。
(あ――)
 マリオンは見た。
 長テーブルの上に並ぶ料理の数々が、湯気を立てているのを。
 そして背もたれの高い椅子に、ひとりひとり、腰掛けるものがある。
 あるものはタキシードで、あるものはイブニングドレスで……しかしいずれも、その顔は朽ちたしゃれこうべだった!
「亡霊の晩餐会――というわけですか」
 セレスティが呟く。
「ハロウィーンにはふさわしいですね。いえ……というよりも、サバトの夜には、というべきでしょうか」
「サバト……あっ」
 マリオンが声をあげた。
「それでこの日だったのですね」
「おやおや、マリオンともあろう人が。魔女術でハロウィーンといえば、わかりそうなものでしたが」
「魔女術の祭礼――4大サバトの一日が、この日……万聖節前夜」
「一人足りませんね」
 セレスティは目だけで、椅子にかけた晩餐の出席者たちを数えた。全部で十二人。そして机の端に、誰もかけていない空席がある。
「魔女術は13人ひと組のカヴンというグループをつくります」
「じゃあ、もう一人」

「左様」

 地の底から響くような声だった。
 セレスティたちがその声に振り向くと、二階から広間へ下る階段を、一歩一歩、降りてくるものがいる。
 クラシックなスーツをまとった亡霊だった。
「久方ぶりのお客人ですかな。ハロウィーンの夜へようこそ」
 その顔は、他のものと同じく、骸骨であった。うつろな眼窩の奥で、昏い炎がセレスティたちをねめつける。
「どうぞお席におつきください」
「いいえ」
 セレスティは応えた。
「席は13しかありません。貴方を入れれば丁度です。私たちはまぎれこんだに過ぎないのですから、どうぞお気遣いなく」
「左様――、席は13。……お客人はふたりです。誰かふたりが譲ることになるでしょう。わたしと……あともうひとり」
「俺だ!」
「わたしだ!」
「いいえ、あたしよ!」
 亡霊たちが、口々に叫び出す。
 血を吐くような絶叫だった。
「もう何十年、こうしていると思っているのよ!」
「何を。こうなったのも元はと言えば!」
 互いを罵りあう。
「どうやら」
 セレスティはマリオンに囁いた。
「席についたが最後……次にかわりの人があらわれるまで、ここに居なければならないようですね」
「それはごめんなのです。さっさとあれを頂戴して失礼するのです」
 ――と。
「静粛に! ……お客人が驚かれる。われらは紳士・淑女だ。誰がかわるかは、公平な方法で後ほど決めよう。まずは……お客人に、ここに居ていただくのが先だ――」
 亡霊は、手に分厚い本を持っていた。
 それが掲げられるや、ひとりでに表紙が開き、頁がめくれていく。
 ぼう――、と、あやしい鬼火のような光が、その上に灯った。
「魔女術の儀礼書? ……かれらがこうしているのは、なんらかの儀式の失敗のようですね。マリオン」
「はい!」
 傍にあった扉を開けて、マリオンが飛び込む。
 同時に、亡霊の傍の扉が開いて、彼がそこから飛び出してきた。
 猫のような俊敏さで、本をひったくる。
「!」
「失敬」
「ま、まて、貴様、それは――」
「お気の毒ですが自業自得なのです。トリック・オア・トリート……、お菓子をくれなかったのですから、悪戯されても仕方ないのです!」
 片手に本、片手にセレスティの手を引いて駆け出すマリオン。
 その背後で、亡霊たちの怨嗟の声が、いつまでも後を引いていた。

  *

「かれらは、あの屋敷で、永遠にハロウィーンの夜にとらわれているのですね」
 帰宅して、一息。
 書斎に珈琲を運ばせてくつろぎながら、セレスティは持ち帰った書物の、古びた革の表紙をなでた。
「……品物は持ち帰り損ねてしまったのです」 
「え? マリオンはこの本が欲しかったのではないのですか?」
「ああ、それもですけど……セレスさま、お気付きじゃなかったですか? テーブルにいた幽霊の中にひとり、女の子の霊がいて、テディベアを抱いていたでしょう? あれが今では手に入らない貴重なクマさんなのです」
 悔しそうに、マリオンは言った。
「はあ……。じゃあ、『今年』、また行きますか?」
「いいえ。あまり立続けでは驚きが減ってしまいますから。また『来年』ですね」
 肩をすくめるマリオン。
「焦らなくてもいいのです。あの夜の中では、永遠にハロウィーンが続いているんですから」

(了)

――HAPPY HALLOWEEN!!