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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


二人の暗殺者 第二話

「という事は、貴方はウチの興信所に護衛依頼をしにきたわけか?」
 タバコを燻らせながら、武彦はサングラスの奥から依頼人を覗いた。
 睨まれた様に思った小太りの男は内ポケットからハンカチを取り出して額を拭く。
「そ、そうだ。報酬はしっかりと払う。頼むから、私を護ってくれんか」
「護れと言われてもな……ウチは興信所だぞ? 護衛ならもっとそれらしいところに頼むだろ、普通」
 なんとも怪しい依頼を受けて、武彦は半ば断る事にしているらしい。
 接客態度が全くなってない。
「そこを何とか! 私を狙っているのは、どうやら有名な暗殺者らしいんだ」
「有名な暗殺者って……」
 暗殺するのに有名になって良いものだろうか?
 疑問は残るがとりあえず放置して依頼人の話を聞いてみることにする。
「その暗殺者は二人コンビで動いているらしい。狙った獲物は絶対に逃さない事で有名なんだ。しかもその暗殺には全く道具を使わないときている!」
「道具を使わなくたって首を折るとか絞めるとかで殺しはできるだろ?」
「だとしても、護衛を十人近く傍に置いたターゲットを素手で殺すのは普通考えられないだろ!? オタクの興信所は奇怪な事件も取り扱ってると聞く。もしかしたらその暗殺者にも太刀打ちできんかと思ったんだが……」
「残念だったな。ウチはオカルト関係はお断りだ!」
 やれやれ、と武彦はうな垂れた。
 やってくる依頼と言えば、こういったオカルト関係ばかり。
 いい加減、まともに探偵業をやりたいものだ。
「頼むよ! オタクしか頼めるところが無いんだ!」
「ダメだったらダメだ! 他所を当たれ!」
「草間さん!」
 会話を遮って、小太郎が声を出す。
「な、なんだよ」
「受けよう、この依頼」
「はぁ?」
 感情の起伏の激しい小太郎は今、その目に怒りを宿していた。
「きっとあの二人だ。今度こそ……っ!」
「そういう私怨は他でやれ。俺は断るぞ」
 武彦はプイとそっぽを向き、タバコに火をつける。
「いえ、受けましょう。その依頼」
 だが、武彦の横で静かに立っていた零が言う。
「な、何言ってんだお前! 俺はやらんぞ!?」
「ええ、兄さんは興信所で待機していてください。今回は私が出ます」
「は?」
「少し気になることがあります」
 そう言って零は依頼主を睨むように見やった。
 その視線を受けて、依頼主は首をかしげて笑っていた。
「……まぁ、お前がやるんなら俺も楽できて金が入ってくるわけだしな」
「そうです。兄さんはここでタバコで肺を痛めつけながら待っていてください」
 言われて武彦はタバコを灰皿に押し付けた。

 その横で
「今度こそ、とっちめてやるぞ」
 と、小太郎が密かに気合を入れていた。

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「手放しで賛成は出来んな」
「そうね、怪しすぎるわ」
 依頼人に声が届かぬ範囲で黒・冥月とシュライン・エマが呟く。
 依頼人の言動にも、暗殺者である二人の行動にも疑わしい点がある。
「仮にも暗殺者なら『有名』になるのは故意だな。標的に自分の存在を教えて回る暗殺者なんて居るはずがない」
「それに、依頼人も暗殺者に詳しすぎる。いくらなんでも暗殺方法まで知っているのは妙だわ」
「つまり、罠である確立も考慮して依頼を全うしなければならない、という事ですね」
 二人の隣に立っていたマシンドール・セヴンが言い、二人はそれに頷く。
「まぁ、私も乗り気ではないが、戦闘に不慣れな奴らをサポートする意味でも付き合ってやるさ」
「零ちゃんの言葉も気になるし、あの様子じゃ依頼を蹴るなんて事はしなさそうだしね」
 いつの間にか零は奥に引っ込み、どうやら護衛をするに当たっての準備を整えているらしい。
「護衛をするにしても、明らかにおかしい点があるし、ちょっと私も交渉を持ちかけてみようかしらね」
 シュラインは呟いてから依頼人に近付く。

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「依頼の期間、ですか?」
 小太りの男はそう言って首をかしげる。
「はい。終わりが見えなければ護衛の計画も立てられませんし、長く護衛を続ければ危険も増えます。できれば期間か回数を設けてもらえれば、と」
 シュラインが持ちかけた交渉に依頼人はまた首をかしげた。
「うぅん、そうですね……。期間、回数か……」
 そう言って黙る。
 まさか逃げる算段もせずに護衛依頼に来たとでも言うのだろうか?
 一生彼のボディガードなんて出来やしない。それは常識的に考えてすぐに思いつくことだ。
 なんとも不思議な依頼主だ。
「み、三日。三日あれば何とかなると思います」
「三日ですか。それはまた、随分と短いですね」
 数週間、若しくは数ヶ月単位の依頼を予想していたのだが、たった三日で終わってしまう護衛とは。
「え、ええ。ですが、それだけあれば何とか逃げる準備も整うと思います」
「……そうですか、では三日。貴方を護衛させていただきます」
 またも多少、疑問の残る点が残った。

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 翌日。
 とある中学校の前で冥月は人を待っていた。
 下校時間にドンピシャだったようで、冥月の立つ校門は部活のない生徒がたくさん居た。
 通る生徒がみな、好奇の視線で冥月を見る。
 女子は綺麗な女の人に憧れと単純な美しさに眼を奪われ、男子には妙なオーラを含んだ視線を投げかけられている。
 そんな中、一人の男子が冥月に気付き、彼女に近付いた。
「あれ、師匠? なんでこんな所に?」
 近付いてきたのは小太郎。
「お前を待ってたんだよ。先走るんじゃないかと思ってな」
「先走る? 俺が?」
「そうだ。いつものように無鉄砲に飛び出し、勝手にあの兄妹を探し出しているんじゃないかと思った」
「……そ、そんなことしねぇよ」
 目が泳いでいる。どうやら図星か。
 冥月は大きなため息をつき、校門を離れた。小太郎もそれに続く。
「小太郎。お前はあの二人と再戦を望んでこの依頼を受けたのか?」
「当たり前だろ! 俺はあの時の借りを返したいんだ」
「……ならばお前は置いていく」
「……え?」
 冥月の言葉に驚き、小太郎は足を止めた。
 だが、冥月は振り返りもせずにそのまま歩く。
 小太郎は慌てて冥月を追った。
「草間が言ったとおり、私怨ならば他でやれ。この依頼を受けたのなら、お前がするべきことはなんだ?」
「依頼……するべき事……。依頼人を護衛する」
「そうだ。それだけを考えろ。要らぬ怒りは死を招く。この世界でやっていくなら別件と割り切れ」
 師の言葉に、小太郎は黙って頷いた。
「わかったらついて来い。依頼人を連れて、セヴンと零が近くまで来ているはずだ。このまま合流する」
「お、おぅ。……依頼人を守る、か」
 言葉を繰り返し、何度も頷く。
 すると不意に振動音。
 ヴヴヴヴと携帯のバイブレーションが作動している。
 どうやら小太郎の携帯電話らしい。
 小太郎はポケットから電話を取り出し、ディスプレイを確認する。
「メールだ……。何々?」
 友人からのメールだったそれの本文は
『お前と一緒に歩いているチョー綺麗な女の人誰だよ? 明日にでも詳しく教えるべし』
 添付ファイルに冥月と小太郎のツーショット画像までついていた。
「どうした? 何か急ぎの用か?」
「いや、下らない冷やかしだったよ。……ああ、明日学校行くの面倒だなぁ」
 学生らしい苦悩を抱え、小太郎はうな垂れて冥月の後ろに続いた。

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 日が頭まで山に隠れた所で、冥月たちがセヴンたちと合流したのは街中。シュラインも合流し、これでメンバーは揃った。
「で、これからどうするんだ?」
「町を歩き回って、雑踏の中で敵の目を誤魔化しましょう。ですが夜中歩き回るのは体力的に無理でしょう。明け方には人も疎らになりますし、そうなった場合は何処か隠れられる場所を探しましょう」
 冥月の問いにセヴンが答える。
「じゃあさ、その隠れる場所ってのは師匠の影の部屋にしようぜ。あそこならそうそう入り込めないし、気付かれる確立も少ないんじゃないか?」
「そうですね。それは最終手段として考えましょう」
 小太郎の提案は、しかし零に淡白に斬りおとされた。
 未だに怪しさの払拭しきれない依頼人だ。
 安易に仲間の能力の内に取り込み、中から何かされて困った事態になると厄介だ。
 冥月の影の部屋もそんなにヤワでもなかろうが、怪しい輩を自ら進んで保護するのは彼女の警戒心が許さなかった。
「敵があの兄妹で無かった場合も考えるべきじゃないかしら? もしも別の『ターゲットが殺せれば他の奴らがどーなってもいい』って言う暗殺者だったら別の手段も考えないといけないでしょ」
 シュラインの言葉に各々確かにと頷く。
 今まで何となくあの兄妹が今回の暗殺者である、と思っていたが、本当にそうである確証は無いのだ。
 だったら視野を広げて対策を練らなければ……
「そんなことはありません!」
 意表をついて依頼人の一声。
 随分と力強い声だったが、どこかに女性のようなか細さが混じったように感じた。
「どういうことです?」
「あ、あの。暗殺者の事なんですが、その二人は絶対に他の関係ない人は巻き込みません。偶然顔を見られたりすれば別ですが、基本的にターゲットだけを狙うようです」
「……なるほど」
 シュラインの問いに答えた依頼人の言葉で、今回の暗殺者があの兄妹である線と、彼が二人の関係者である事がますます濃くなった。
 依頼人の話を聞く限り、行動方針はあの兄妹と被る。
 そして、それほど詳しい情報を持っているという事は、やはり何かしら接点を持っていると思ってしまう。
 ただ、この依頼人の、どうにも大人気ない態度にちょっとした違和感を覚える。
 まるで尊敬している人間を貶された中学生のようだ。
 そういう大人が居ないわけではないが、どうにも引っかかる。
「とりあえず、ここから移動しましょう。隠れる場所を探す為にも、敵の目を誤魔化すにも動いていた方がいいはずです」
「そうね。隠れられそうな場所を探しつつ、敵の気配を探って慎重に行きましょう」
 大体の行動方針が決まった所で、依頼人が手を上げる。
「あの、その隠れ場所なんですが、良い場所を知ってます」
 緩い笑みを浮かべるこの男。
 小太郎以外は彼が釣りを始めた、と直感で理解した。

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 案の定、連れて来られたのは人気の無い場所。
 町を外れた場所にある廃工場で、一応隠れ家にはなりそうだが、しかし誰一人この場所が安全であるとは思っていなかった。
「嫌な場所だな……。目がチラチラする」
 小太郎もここに来て初めて疑い始めたらしい。
 その目に殺気の赤を見て、警戒を強めている。
「なぁ、ここホントに安全なのかよ?」
 と言って、先頭を歩いていた小太郎が振り返った瞬間、殺気の色が濃くなる。
 瞬時に小太郎の背後に人影が現れ、それは明らかに殺気を持って彼を狙っている。
 だがしかし、その攻撃が襲い掛かる前にセヴンのガトリングフレアが火を吹き、人影を吹き飛ばした。
 小太郎は吹き飛ばされた人影から距離をとり、ソイツがもぐりこんだ暗がりに目を向ける。
「間違いないわね、この音。聞き覚えがあるわ」
 シュラインが呟く。
 どうやらあの兄妹のどちらかである事は間違いないらしい。
「これは、お兄さんの方かしらね」
「……ご明察」
 ゆっくりと明かりの下に現れたのは、何時ぞやの兄。
 だが、気に掛かる事にもう一人の姿が見当たらない。
「気をつけろよ。もう一人が何処から来るかわからん」
 小太郎をサポートするために近付いた冥月が呟き、小太郎は静かに頷く。
「とりあえず、やる事だけはやらせてもらいますよ。そのために、僕はここに来たのですから」
 『やる事』とはつまり……?
 顔を見た小太郎及び、ここに居る面々を殺す事か?
 それならばやはり、目の前に居る兄よりは見当たらない妹の方に気を配る方が優先。
 兄の能力はまだ未知に近いが、冥月とセヴンの戦闘力に到底追いつかない。
 ならば奇襲を狙っているのであろう妹を探すのが先……。
 と思ったのだが、先に動いたのは兄だった。
 静かに一歩踏み出したかと思うと、先頭に居た小太郎と冥月との間を瞬時に詰める。
 だが、冥月は悟る。コレはフェイント。
 確かに右手は振りかぶってはいるが、その動きに全く殺意が見られない。
 どこかから妹の奇襲があるはず。
 その予想通り、兄は小太郎にも冥月にも攻撃せず、その脇を通り抜ける。
 だが、妹の襲撃は無い。
 多少面を喰らい、兄を易々と後ろに通してしまった。
 次に兄が迫ったのは後ろに居たシュライン、セヴン、零、依頼人の四人。
 セヴンがガトリングフレアを構えて迎撃を行うが、全てハズレ。
 高性能な射撃能力を以ってしても、兄に掠りもしないのは、彼が全神経を回避に使っているからだ。
 彼の目的はどうやら距離を詰める事。
 誰との距離かはわからないが、とりあえず後ろの四人の内の誰かだろう。
 となると、狙われるのは戦闘慣れしていないシュラインか。
 一般人に近い身体能力で、兄の攻撃を回避するのは困難。
 そして、素手の一撃で小太郎の防御を貫通し、昏睡させるほどの力の持ち主。
 シュラインが殴られれば小太郎のように骨折だけでは済まないかもしれない。
 そう思った瞬間、シュラインの足元から影の壁が湧き上がり、その前に零が立つ。
 影の壁は冥月の能力である。分厚い影の壁はそうそう壊せるものではない。
 コレで防御は完璧……と思ったのだが、兄の進行は止まらない。
 何か影の壁を打ち破る秘策でもあるのか、それとも目的はまた別……?
 と考えた時、セヴンの迎撃の一発が兄の胸部を捉える。
 この一発が入れば足が止まり、そのままガトリングフレアの的だ。
 だがしかし、その弾は虚空に飛んだ。
 一瞬で兄の姿が掻き消え、弾はその先にある壁にぶつかった。
 兄が消えた。だが殺気は消えない。
 全員が警戒し、兄の出現に気を張っていた。出てくるのは冥月たちの傍か、後ろの三人の傍か、それともあさっての方向か。
 そして現れたのはシュラインたちの後ろ。
 殺意の向く先は、シュラインでもセヴンでもなく、依頼人。
 殺気を感じ取った依頼人はすぐさま振り返り、兄の一撃を防御する。
 だが、軽々と吹っ飛ばされ、その身体は小太郎が受け止めた。
「だ、大丈夫かよオッサン!」
「……っ!」
 生きてはいる。だが、動揺が隠しきれていない。
 身体はガタガタと震え、歯がカチカチと鳴っている。
「……そんな……まさか……」
「やる事ってもしかして律儀に最初のターゲットを狙うって事かよ。仕事熱心なことだぜ」
 小太郎の呟く傍ら、冥月、シュライン、セヴンの三人は確かな違和感を感じた。
 おかしい。
 グルだと思っていた兄が依頼人を殴った事も確かにおかしいが、それよりもおかしい事がある。
 一般人だと思っていた依頼人が、あの兄の攻撃を防御してみせ、更にそれを受けてなお身体に異常は見当たらない。
 絶命するどころか兄の拳を受け止めた腕すら折れていない。
 まさか、と思った瞬間、依頼人の輪郭がブレた。
「おかしいよ。……だって……だって私を狙うなんて……」
 その言葉にもノイズが混じり始め、声に明らかな変化が見られる。
 小太りの中年男性の声が、確かに幼い少女の声に変わっているのだ。
「だって、お兄ちゃんが私を殺そうとするなんて!」
 何時しか依頼人の姿はこの場から消え、そこには暗殺者の妹の姿があった。

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 確かに、判明している妹の能力は幻影を用いての防御。
 その能力を応用すれば自分の周りに他人の幻影を作り出して人目を誤魔化す事も可能だろう。
 妹が依頼人だったトリックはわかった。
 だがしかし、何故兄は自分の妹を殺そうとしたのか?
「詰まらん事を考えていても仕方ないな。小太郎、行くぞ」
「お、おぅ!」
 小太郎は兄から距離を取ったシュラインとセヴンに妹を預け、兄と対面する。
「小太郎、前に出ろ。援護はする」
「わ、わかった」
 小太郎は剣を作り出し、冥月の前に立つ。
 剣は小太郎の基本ポジション。ある程度のリーチを持ち、それなりの力も持つ。
 まだハッキリしてない敵の能力に対するのに、自分の得意なスタイルで迎え撃つ。相手の能力を思い込みで絞り込んでしまい、不意打ちを喰らうよりは賢い判断だ。
 そこまで考えて居るかどうかはわからないが、小太郎のその行動を見て、師匠である冥月は小さく笑った。
「さて、どうしたものかな……」
 兄が呟く。その様子に困ったような素振りは見られないが。
「どう考えても僕の劣勢だね」
「ああそうだ! おとなしくぶっ飛ばされろよ!」
 小太郎が吼えるのに、兄は馬鹿にしたような笑いで受けた。
「随分と素直な物言いだね。だけど、まだやられるわけにはいかない」
 兄が拳を握り締めると、工場の屋根がごっそりと消える。
 そして次の瞬間には兄の拳に篭手がはめられていた。
「……前回と似たような効果だな。まさか物質を変質させて装備にするだけの能力ではあるまい」
 兄の能力の発動を見て、冥月は一人、推測を立てる。
 装備を生成するだけの能力であれば、先程、ガトリングフレアの弾を避けた時の姿の消失、及び出現について疑問が残る。
 回避の能力と言っても瞬間移動の類ではない。
 姿の消失から出現まで間が空きすぎている。瞬間移動というには時間がかかりすぎだ。
「だが、単なる隠蔽では無さそうだな。あの屋根、確実に消えてなくなっている」
 隠蔽ならばそこに影が残り、冥月の能力で確認できるはずだが、兄の能力で消えた屋根はしっかりとなくなっている。
 という事は隠蔽ではなく、やはり消失。
「やはりまだ、何か仕掛けがあるみたいだな。小太郎、油断するなよ」
「わかってる。前回みたいなことにはならない」
 相手のスピードはもう見慣れた。
 次はいきなり懐に入られるようなことはしない、という事だろう。
 とりあえず戦闘態勢が整った事を把握し、冥月は兄の足元の影を操る。

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 足元の影が変形するのに反応して、兄が動く。
 目の前に居る小太郎に向かって拳を振り上げる。
 小太郎はそれを見切って前に踏み出す。
 相手の拳の間合いの内に入ってしまえばダメージは激減する。
 スピードでは敵わないので、外に逃げるのは愚策。それよりは剣を構えて突きでの攻撃も狙った前進の方が良策。
 今回はそこまでキッチリ考えて動いた小太郎。
 だがそれ故に『自然さ』が失われ、兄に軽く見切られる。
 兄は咄嗟に、前進の為に前屈みになった小太郎を飛び越え、その奥の冥月を見る。
 どうやら妹を殺そうとしている兄にとって、最初の壁だろう。
 だが冥月は自分から攻撃はしない。
 兄が打ち出してきた右拳を左手で受け、左ローキックをバックステップで躱す。
 追撃に近付いてきた兄。冥月はそれに気付いて影を操る。
 ギリギリ避けられる程度の針が伸び、兄の進行を止める。
「なるほど、手の内はあまり見せんか」
「出来る限り、能力には頼りませんよ」
 今の針を、ガトリングフレアの弾を躱した時の様に一瞬消えて躱すかと思ったら、そうではなかった。
 相手の手の内がわからないうちに、不用意に攻め手に出るのは危険。
「……だが、そうそう怯えても居られまい」
 防御ばかりでは勝てない。それに、今の所、明らかにこちらが優勢だ。
 ならば攻め手に回って相手が能力に頼らずに居られない状況を作り出すのもアリだ。
 小太郎も体勢を立て直し、後ろから兄に攻撃を仕掛けようとしている。
 それに、周りからはセヴンのガトリングフレアも狙っている。
 ならば下手な動きは出来ないはず。
 そして、次に能力を使えば、それで内容を見切る。
 内容の端はもう掴んでいるのだ。もう少し情報があれば全容とは言わないまでも大半は見切れるはず。
 そして、影の槍が前方から、小太郎の剣が後方から、兄に襲い掛かる。
「コレは少し拙いかもしれませんね」
 冷や汗を浮かべる兄。
 その兄が拳を握ると突然目の前に木が現れた。
 唐突な展開ではあるが、落ち着いて冥月は影を探る。
 この木は幻影ではなく、本物の木。しかし、ここに根を張っているわけではない。
 コレは廃工場の近くに生えていた木だ。影を探ればすぐにわかる。近くに生えていた木が一本なくなっている。
 つまり、コレはその場所から転移してきた。そして兄がこの木で影の槍を防ごうとしているのだ。
 いや、それどころか木での攻撃も狙っている。
 木の幹から不自然に生えた枝が一本、冥月に伸びている。
 鋭い先端は、迷わず右目を狙っており、このまま何もしなければ目を穿たれ、その奥にある脳も傷つけてしまう。
 それを理解する前に、冥月の前には影の壁が現れて、枝を防いでいた。
 その防御に能力を使い、槍の操作が鈍り、槍は完全に木に突き刺さった。
 操作に専念できれば影を曲げて、木を避けて兄に攻撃が出来たはずだが、残念ながらそれはできなかった。
 その内に小太郎は兄に殴り飛ばされていた。
「……何が前回のようにはならない、だ」
 不甲斐無い弟子の様子に冥月はため息をついた。
 だが、今の攻防で一つ確信を得た。
 兄のあの能力は、周りにあるものを別の場所に出現させるもの。
 出現させる過程で、その対象を変形させる事も可能。
 それ故のあの篭手と木の枝だ。
 屋根を変形させた篭手と木の幹を変形させた枝。
 結局は単なる物理攻撃。あの攻撃に魔力的なものは一切感じられない。
「ならば、影で封殺する事は可能。……それがわかればすぐに決着をつけよう」
 シュラインの音とセヴンのガトリングフレアによる援護が行われる。
 それの防御で兄は手一杯らしい。影が動いている様子は無い。
 そこを狙って、影を操って兄の四肢を縛る。
「ただの馬鹿力が敵うと思うなよ。おとなしく、狙いを話してもらおうか」
 兄の前に立ち、強い調子で尋ねる。
 だが、兄はにやりと笑い
「まだ勝ちだと思わないで下さいよ」
「……何を馬鹿な」
 四肢は完全に影にはまり、穴は完全にふさがっている。
 影の中と現世では次元の壁を破らなければ出てこれない。
 つまり、完全に兄を封じたと思っていた……のだが。
「忘れたんですか。僕の能力は篭手を作り出したり木を移動させるだけじゃないんですよ」
 言われた途端、一つ、記憶が蘇る。
 確かに、ガトリングフレアを躱したあの時の能力がある。
 それに気付いた時には遅く、兄の姿は目の前から掻き消えた。
 そしてすぐに後方にその影を感知する。
 後方、そう、妹のすぐ近くに。
 兄は何か言葉を発した後にすぐ消えた。
 周囲ウン百メートル範囲に影は確認できず、これは逃走だと推察してみたが、多分間違いないだろう。
 兄の様子では大分ダメージが募っていたようだし、あの傷を回復するためにもどこかに身を隠し、再び万全を期して妹を狙ってくるのだろう。
「妹を狙う兄か、世も末だな」
 呟いて、冥月は今も伸びている小太郎を、ため息をつきながら影の部屋に取り込んだ。

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「さて、一応つれてきちゃったけど」
 興信所に帰ってきた一行は、武彦の渋い視線で迎えられた。
「つれてきちゃった、じゃねぇよ。なんで暗殺者の片割れが居るんだ」
 一通りワケを聞いていた武彦だが、暗殺者の妹が興信所に連れ込まれるとは思っていなかった。
「出かける前に言ったじゃない。『場合によってはつれてくるかも』って」
「了承した覚えは無い」
 シュラインの言葉に、武彦は冷たく答える。
 その態度にカチンと来たのか、シュラインは得意の声帯模写ではなく、若干下手な声真似で
「『どうなっても知らないからな』って言うのは意訳すれば『別につれてきても良いよ』って事よね?」
 と言ってやった。
 武彦は渋い視線をもっと渋くして、その顔をそらした。
「さて、所長様の承諾も得ましたし、これからどうしましょうか」
 対して満面の笑顔のシュライン。全く良いコンビである。
「外見が違うにしろ、この妹が今回の依頼人だ。ならば後三日、護衛するんじゃないのか?」
「若しくはその少女の意向により、依頼が破棄されれば今回の依頼はここで終了となります」
 シュラインの問いに冥月とセヴンが答える。
 確かに、外見は違うにしろ、依頼人は妹である。
 その妹が望めばあと三日は護衛を続ける事になろう。
 望まなければそれはそこで終了だ。
「私的には最後のお兄さんの台詞が気になるのよね。それまでの行動と反発していると思うの」
 兄は逃げる前に『絶対に殺して見せるから、怯えて待っていると良い。恨むのなら自らの内に住む鬼に勝てなかった兄を恨め』と言ったらしい。
「確かに、あの兄は自我を失っているようには見えなかったな。鬼に勝てなかったという事は鬼に支配された、という事だろう。ならば本能のまま戦闘行動をとるのだろうが……。その割には冷静だった」
「だから、もう少しこの件を探りたいんだけど……」
 チラリと武彦を見やる。
「あー、俺は関係ないから、お前等で好きにやれ」
 いじけたのか、放置に徹するらしい。
「よし、それじゃあ、貴方の意思を訊きましょうか」
 シュラインが訪ねる先は目に光を失いかけている少女。妹である。
 だが、意識はハッキリしているらしい。足取りもしっかりしている。
「貴方はどうしたいの?」
「……私は……」
 再度シュラインに尋ねられ、少女が口を開く。
「兄を止めたい。……いえ、止めるには多分殺すしかない」
 そう言った妹は決意を秘めた目をしていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4410 / マシンドール・セヴン (ましんどーる・せぶん) / 女性 / 28歳 / スペシャル機構体(MG)】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、シナリオに参加してくださってありがとうございます! 『いやぁ、殺すとか殺さないとか、物騒ですね☆』ピコかめです。
 初期プロットからは想像できない展開で、俺としてもビックリです。

 小太郎くん良い所無しですが、師匠としてはどうだったでしょうか?
 成長が見られない! と見捨てないでやってください。
 PCとのバランスを取るために、敵が小太郎くんよりもやたら強い設定なのです。
 小太郎くんもきっといつかは一端の戦士になってくれます。
 では、あと一話、どうぞお付き合いください。