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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


二人の暗殺者 第二話

「という事は、貴方はウチの興信所に護衛依頼をしにきたわけか?」
 タバコを燻らせながら、武彦はサングラスの奥から依頼人を覗いた。
 睨まれた様に思った小太りの男は内ポケットからハンカチを取り出して額を拭く。
「そ、そうだ。報酬はしっかりと払う。頼むから、私を護ってくれんか」
「護れと言われてもな……ウチは興信所だぞ? 護衛ならもっとそれらしいところに頼むだろ、普通」
 なんとも怪しい依頼を受けて、武彦は半ば断る事にしているらしい。
 接客態度が全くなってない。
「そこを何とか! 私を狙っているのは、どうやら有名な暗殺者らしいんだ」
「有名な暗殺者って……」
 暗殺するのに有名になって良いものだろうか?
 疑問は残るがとりあえず放置して依頼人の話を聞いてみることにする。
「その暗殺者は二人コンビで動いているらしい。狙った獲物は絶対に逃さない事で有名なんだ。しかもその暗殺には全く道具を使わないときている!」
「道具を使わなくたって首を折るとか絞めるとかで殺しはできるだろ?」
「だとしても、護衛を十人近く傍に置いたターゲットを素手で殺すのは普通考えられないだろ!? オタクの興信所は奇怪な事件も取り扱ってると聞く。もしかしたらその暗殺者にも太刀打ちできんかと思ったんだが……」
「残念だったな。ウチはオカルト関係はお断りだ!」
 やれやれ、と武彦はうな垂れた。
 やってくる依頼と言えば、こういったオカルト関係ばかり。
 いい加減、まともに探偵業をやりたいものだ。
「頼むよ! オタクしか頼めるところが無いんだ!」
「ダメだったらダメだ! 他所を当たれ!」
「草間さん!」
 会話を遮って、小太郎が声を出す。
「な、なんだよ」
「受けよう、この依頼」
「はぁ?」
 感情の起伏の激しい小太郎は今、その目に怒りを宿していた。
「きっとあの二人だ。今度こそ……っ!」
「そういう私怨は他でやれ。俺は断るぞ」
 武彦はプイとそっぽを向き、タバコに火をつける。
「いえ、受けましょう。その依頼」
 だが、武彦の横で静かに立っていた零が言う。
「な、何言ってんだお前! 俺はやらんぞ!?」
「ええ、兄さんは興信所で待機していてください。今回は私が出ます」
「は?」
「少し気になることがあります」
 そう言って零は依頼主を睨むように見やった。
 その視線を受けて、依頼主は首をかしげて笑っていた。
「……まぁ、お前がやるんなら俺も楽できて金が入ってくるわけだしな」
「そうです。兄さんはここでタバコで肺を痛めつけながら待っていてください」
 言われて武彦はタバコを灰皿に押し付けた。

 その横で
「今度こそ、とっちめてやるぞ」
 と、小太郎が密かに気合を入れていた。

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「手放しで賛成は出来んな」
「そうね、怪しすぎるわ」
 依頼人に声が届かぬ範囲で黒・冥月とシュライン・エマが呟く。
 依頼人の言動にも、暗殺者である二人の行動にも疑わしい点がある。
「仮にも暗殺者なら『有名』になるのは故意だな。標的に自分の存在を教えて回る暗殺者なんて居るはずがない」
「それに、依頼人も暗殺者に詳しすぎる。いくらなんでも暗殺方法まで知っているのは妙だわ」
「つまり、罠である確立も考慮して依頼を全うしなければならない、という事ですね」
 二人の隣に立っていたマシンドール・セヴンが言い、二人はそれに頷く。
「まぁ、私も乗り気ではないが、戦闘に不慣れな奴らをサポートする意味でも付き合ってやるさ」
「零ちゃんの言葉も気になるし、あの様子じゃ依頼を蹴るなんて事はしなさそうだしね」
 いつの間にか零は奥に引っ込み、どうやら護衛をするに当たっての準備を整えているらしい。
「護衛をするにしても、明らかにおかしい点があるし、ちょっと私も交渉を持ちかけてみようかしらね」
 シュラインは呟いてから依頼人に近付く。

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「依頼の期間、ですか?」
 小太りの男はそう言って首をかしげる。
「はい。終わりが見えなければ護衛の計画も立てられませんし、長く護衛を続ければ危険も増えます。できれば期間か回数を設けてもらえれば、と」
 シュラインが持ちかけた交渉に依頼人はまた首をかしげた。
「うぅん、そうですね……。期間、回数か……」
 そう言って黙る。
 まさか逃げる算段もせずに護衛依頼に来たとでも言うのだろうか?
 一生彼のボディガードなんて出来やしない。それは常識的に考えてすぐに思いつくことだ。
 なんとも不思議な依頼主だ。
「み、三日。三日あれば何とかなると思います」
「三日ですか。それはまた、随分と短いですね」
 数週間、若しくは数ヶ月単位の依頼を予想していたのだが、たった三日で終わってしまう護衛とは。
「え、ええ。ですが、それだけあれば何とか逃げる準備も整うと思います」
「……そうですか、では三日。貴方を護衛させていただきます」
 またも多少、疑問の残る点が残った。

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 翌日。
 昼の興信所にシュラインが居た。
「おい、シュライン。お前は何でこんな所でサボってるんだよ」
「あら、サボりなんて人聞きが悪いわね」
 所長の机で新聞を広げていた武彦に尋ねられた。
 シュラインは興信所にある数少ない文明の利器であるパソコンに向かい、色々と検索をかけているようだった。
「お前は昨日の護衛依頼を手伝うんじゃないのか?」
「だから、手伝ってるじゃない。直接護衛をすることだけが手伝いじゃないわよ?」
 そう言ってシュラインがマウスを操作し、クリックする。
「ここもダメ、か」
「じゃあ何の調べモノなんだ?」
「あの依頼主の情報ソース。いくらなんでも暗殺者に対して詳しすぎじゃなかった?」
「ああ、確かに」
「だったらどこかに情報元があると思ったんだけど、ネットには落ちてないみたいね」
 諦めたように頭を掻いて、電源を落とした。
「あの依頼人、見た感じが成金みたいだったからな。交友関係も広そうだし付き合いのある人からでも聞いたんじゃないか?」
「人伝って言っても、やっぱり限界があると思わない? 暗殺方法を具体的に知ってるのなんてそうそう居ないと思うのよね」
「バッタリ殺人現場に遭遇しちまったのかも」
「もしそうだとして、仕事現場を見られた暗殺者が目撃者をその場で殺さない理由って何?」
「そりゃあ、傷を負ったとか、人目につきすぎるとか」
「護衛が十人居たとしても標的を素手で殺してみせる程の暗殺者がそんな余裕が無くなる事態に陥るなんて、どんな状況かしらね?」
「……う〜ん」
 唸りながら腕を組み、武彦は黙ってしまった。
 どんな切り返しをしてもシュラインに否定される気がするのだ。
 それに、これ以上あの依頼人を弁護する理由も無い。
「じゃあお前はあの依頼人がどんなヤツだと思ってるんだよ?」
「こないだ小太郎くんを襲った二人の暗殺者の依頼主、若しくはそれに近い関係者だと思うわ。兄妹の戦闘データ蒐集してる研究者とか」
「根拠は?」
「女のカン、じゃだめかしら?」
「……まぁ、それで納得してやるさ」
 武彦のため息にシュラインは小さく笑った。
「仮にあの依頼人が先日の暗殺者の関係者だとして、ここに依頼をしてきたのは罠にはめて目撃者の始末、か。それなら今すぐ依頼を断った方が良いんじゃないか?」
「でも零ちゃんがあの依頼を受けたのには何か意味があると思うのよね。多分、あの時、零ちゃんも怪しいと思ってはずだし」
「確かにな。あの小僧が気合を入れてたみたいだが、それに心動かされたわけでもないだろうし」
「それを確かめるためにも、やっぱりこの依頼を続けてみようってワケ」
「零に直接聞けば早い気がするけどな」
「じゃあ帰ってきたときにでも聞いてみましょうか」
 そう言ってシュラインは台所へ入り、冷蔵庫のメモを確認し始めた。
「あ、あと、暗殺者の二人の事だけど」
「どうした? 何か気になることでも?」
「まだ子供みたいなのよね。場合によっては死亡偽装してここに連れて来ちゃだめかしら?」
 連れて来る、という事は興信所で保護しろという事だろうか?
「何を言ってるんだ、お前は。子供っつったってかなり危険人物だろ。それに子守はもう十分……」
「だめかしら?」
 小首をかしげるシュラインを見て、武彦は一瞬声に詰まった。
「ヨロシクね」
「どうなっても知らないからな」

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 日が頭まで山に隠れた所で、冥月たちがセヴンたちと合流したのは街中。シュラインも合流し、これでメンバーは揃った。
「で、これからどうするんだ?」
「町を歩き回って、雑踏の中で敵の目を誤魔化しましょう。ですが夜中歩き回るのは体力的に無理でしょう。明け方には人も疎らになりますし、そうなった場合はその後は何処か隠れられる場所を探しましょう」
 冥月の問いにセヴンが答える。
「じゃあさ、その隠れる場所ってのは師匠の影の部屋にしようぜ。あそこならそうそう入り込めないし、気付かれる確立も少ないんじゃないか?」
「そうですね。それは最終手段として考えましょう」
 小太郎の提案は、しかし零に淡白に斬りおとされた。
 未だに怪しさの払拭しきれない依頼人だ。
 安易に仲間の能力の内に取り込み、中から何かされて困った事態になると厄介だ。
 冥月の影の部屋もそんなにヤワでもなかろうが、怪しい輩を自ら進んで保護するのは彼女の警戒心が許さなかった。
「敵があの兄妹で無かった場合も考えるべきじゃないかしら? もしも別の『ターゲットが殺せれば他の奴らがどーなってもいい』って言う暗殺者だったら別の手段も考えないといけないでしょ」
 シュラインの言葉に各々確かにと頷く。
 今まで何となくあの兄妹が今回の暗殺者である、と思っていたが、本当にそうである確証は無いのだ。
 だったら視野を広げて対策を練らなければ……
「そんなことはありません!」
 意表をついて依頼人の一声。
 随分と力強い声だったが、どこかに女性のようなか細さが混じったように感じた。
「どういうことです?」
「あ、あの。暗殺者の事なんですが、その二人は絶対に他の関係ない人は巻き込みません。偶然顔を見られたりすれば別ですが、基本的にターゲットだけを狙うようです」
「……なるほど」
 シュラインの問いに答えた依頼人の言葉で、今回の暗殺者があの兄妹である線と、彼が二人の関係者である事がますます濃くなった。
 依頼人の話を聞く限り、行動方針はあの兄妹と被る。
 そして、それほど詳しい情報を持っているという事は、やはり何かしら接点を持っていると思ってしまう。
 ただ、この依頼人の、どうにも大人気ない態度にちょっとした違和感を覚える。
 まるで尊敬している人間を貶された中学生のようだ。
 そういう大人が居ないわけではないが、どうにも引っかかる。
「とりあえず、ここから移動しましょう。隠れる場所を探す為にも、敵の目を誤魔化すにも動いていた方がいいはずです」
「そうね。隠れられそうな場所を探しつつ、敵の気配を探って慎重に行きましょう」
 大体の行動方針が決まった所で、依頼人が手を上げる。
「あの、その隠れ場所なんですが、良い場所を知ってます」
 緩い笑みを浮かべるこの男。
 小太郎以外は彼が釣りを始めた、と直感で理解した。

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 案の定、連れて来られたのは人気の無い場所。
 町を外れた場所にある廃工場で、一応隠れ家にはなりそうだが、しかし誰一人この場所が安全であるとは思っていなかった。
「嫌な場所だな……。目がチラチラする」
 小太郎もここに来て初めて疑い始めたらしい。
 その目に殺気の赤を見て、警戒を強めている。
「なぁ、ここホントに安全なのかよ?」
 と言って、先頭を歩いていた小太郎が振り返った瞬間、殺気の色が濃くなる。
 瞬時に小太郎の背後に人影が現れ、それは明らかに殺気を持って彼を狙っている。
 だがしかし、その攻撃が襲い掛かる前にセヴンのガトリングフレアが火を吹き、人影を吹き飛ばした。
 小太郎は吹き飛ばされた人影から距離をとり、ソイツがもぐりこんだ暗がりに目を向ける。
 シュラインはすぐさま相手の音を拾う。
 それは高く響く人影の足音だったり小さな呼吸音だったり。
 そしてそれを拾い、自分の記憶の中にある音と照らし合わせる。
「間違いないわね、この音。聞き覚えがあるわ」
 そして警戒を促す意味もこめて呟く。
 どうやらあの兄妹のどちらかである事は間違いないらしい。
「これは、お兄さんの方かしらね」
「……ご明察」
 ゆっくりと明かりの下に現れたのは、何時ぞやの兄。
 だが、気に掛かる事にもう一人の姿が見当たらない。
「気をつけろよ。もう一人が何処から来るかわからん」
 小太郎をサポートするために近付いた冥月が呟き、小太郎は静かに頷く。
「とりあえず、やる事だけはやらせてもらいますよ。そのために、僕はここに来たのですから」
 『やる事』とはつまり……?
 顔を見た小太郎及び、ここに居る面々を殺す事か?
 それならばやはり、目の前に居る兄よりは見当たらない妹の方に気を配る方が優先。
 兄の能力はまだ未知に近いが、冥月とセヴンの戦闘力に到底追いつかない。
 ならば奇襲を狙っているのであろう妹を探すのが先……。
 と思ったのだが、先に動いたのは兄だった。
 静かに一歩踏み出したかと思うと、先頭に居た小太郎と冥月との間を瞬時に詰める。
 だが、冥月は悟る。コレはフェイント。
 確かに右手は振りかぶってはいるが、その動きに全く殺意が見られない。
 どこかから妹の奇襲があるはず。
 その予想通り、兄は小太郎にも冥月にも攻撃せず、その脇を通り抜ける。
 だが、妹の襲撃は無い。
 多少面を喰らい、兄を易々と後ろに通してしまった。
 次に兄が迫ったのは後ろに居たシュライン、セヴン、零、依頼人の四人。
 セヴンがガトリングフレアを構えて迎撃を行うが、全てハズレ。
 高性能な射撃能力を以ってしても、兄に掠りもしないのは、彼が全神経を回避に使っているからだ。
 彼の目的はどうやら距離を詰める事。
 誰との距離かはわからないが、とりあえず後ろの四人の内の誰かだろう。
 となると、狙われるのは戦闘慣れしていないシュラインか。
 一般人に近い身体能力で、兄の攻撃を回避するのは困難。
 そして、素手の一撃で小太郎の防御を貫通し、昏睡させるほどの力の持ち主。
 シュラインが殴られれば小太郎のように骨折だけでは済まないかもしれない。
 そう思った瞬間、シュラインの足元から影の壁が湧き上がり、その前に零が立つ。
 影の壁は冥月の能力である。分厚い影の壁はそうそう壊せるものではない。
 コレで防御は完璧……と思ったのだが、兄の進行は止まらない。
 何か影の壁を打ち破る秘策でもあるのか、それとも目的はまた別……?
 と考えた時、セヴンの迎撃の一発が兄の胸部を捉える。
 この一発が入れば足が止まり、そのままガトリングフレアの的だ。
 だがしかし、その弾は虚空に飛んだ。
 一瞬で兄の姿が掻き消え、弾はその先にある壁にぶつかった。
 兄が消えた。だが殺気は消えない。
 全員が警戒し、兄の出現に気を張っていた。出てくるのは冥月たちの傍か、シュラインたちの傍か、それともあさっての方向か。
 そして現れたのはシュラインたちの後ろ。
 殺意の向く先は、シュラインでもセヴンでもなく、依頼人。
 殺気を感じ取った依頼人はすぐさま振り返り、兄の一撃を防御する。
 だが、軽々と吹っ飛ばされ、その身体は小太郎が受け止めた。
「だ、大丈夫かよオッサン!」
「……っ!」
 生きてはいる。だが、動揺が隠しきれていない。
 身体はガタガタと震え、歯がカチカチと鳴っている。
「……そんな……まさか……」
「やる事ってもしかして律儀に最初のターゲットを狙うって事かよ。仕事熱心なことだぜ」
 小太郎の呟く傍ら、他の四人は確かな違和感を感じた。
 おかしい。
 グルだと思っていた兄が依頼人を殴った事も確かにおかしいが、それよりもおかしい事がある。
 一般人だと思っていた依頼人が、あの兄の攻撃を防御してみせ、更にそれを受けてなお身体に異常は見当たらない。
 絶命するどころか兄の拳を受け止めた腕すら折れていない。
 まさか、と思った瞬間、依頼人の輪郭がブレた。
「おかしいよ。……だって……だって私を狙うなんて……」
 その言葉にもノイズが混じり始め、声に明らかな変化が見られる。
 小太りの中年男性の声が、確かに幼い少女の声に変わっているのだ。
「だって、お兄ちゃんが私を狙うなんて!」
 何時しか依頼人の姿はこの場から消え、そこには暗殺者の妹の姿があった。

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 確かに、判明している妹の能力は幻影を用いての防御。
 その能力を応用すれば自分の周りに他人の幻影を作り出して人目を誤魔化す事も可能だろう。
 妹が依頼人だったトリックはわかった。
 だがしかし、何故兄は自分の妹を殺そうとしたのか?
「詰まらん事を考えていても仕方ないな。小太郎、行くぞ」
「お、おぅ!」
 シュラインは小太郎から妹を預かる。
 今の混乱した状態では大して暴れる事も出来ないだろう。
 先程の反応で演技でない事は間違いないと思われる。
 放置して援護に専念しても問題ないだろう。
 それを確認してから前衛に向かった冥月と小太郎をみやる。
「大丈夫かしら、あの二人」
「援護します。妹の方は……大丈夫そうですね」
 零が妹の後ろに立つのを確認して、セヴンはガトリングフレアの照準を兄に合わせる。
 だが、このままの位置では射線上に冥月と小太郎が被るので、狙いやすい位置を探しに、セヴンはシュラインたちの傍を離れた。
「さて、私はどうしようかしら」
「妹の方は私が抑えておきますから、シュラインさんはどうぞ私の後ろに」
「……でも、ちょっと試して見たいこともあるのよね」
 そう言ってシュラインは口元を吊り上げる。
 兄はあれだけタフな所を見せたのだ。外塀はとても頑丈なのだろう。
 ならば、内側からの攻撃、その上それが反響する攻撃ならば、壁が強いほど良い。
「音って言うのも結構恐いものなのよ。黙って見てるだけじゃなく、出来るなら手伝わなきゃね」

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 冥月と小太郎が最初に兄と対する。
 一番前に居た小太郎と兄が一度攻撃態勢に移ったが、兄の方がそれを回避。
 小太郎を飛び越えて、冥月に向かう。
 それから二、三回拳を交えたようだが決定打には至らなかったようだ。
 冥月がバックステップを踏んで距離を取っている。
 そこから冥月と小太郎による挟撃。
 兄は何処から取り出したか、木で冥月の影を防ぎ、小太郎は殴り飛ばしていた。
 かなり痛そうな音がしたので、今回の小太郎の戦闘復帰は期待できないかもしれない。
 だが、その後、兄は冥月の攻撃を警戒してか、距離を取った。
「よぅし、今がチャンスね」
 ここぞとばかりに、シュラインは隠し玉を使う。
 それはシュラインの特殊な能力、声だ。
 声帯模写の能力をフルに使って人の脳にダメージを与えられるような音を作りだす。
 それをめいいっぱい兄にぶつけてやるのだ。
 シュラインの口から発生する超高音。
 それは兄の視界をグラつかせ、足を止めさせる。
 瞬足を止められたのは大きい。
 そこにセヴンのガトリングフレアが火を吹く。
 兄はヨロヨロと防御を固め、その場に釘付けにされる。
 そこを冥月の影に捕らえられ、コレで戦闘は終了だ。
 案外アッサリと終わってしまった。
 もう少し何かあるかと思ったが、兄は完全に陰に捕らえられている。
 まぁ、コレだけの戦力をたった一人で相手にしているのだ。
 当然といえば当然の結果だろうか。
 やっと終わりか、とため息をついたのだが、その途端に兄の姿がふっと消え、すぐに近くに出現した。
「……っな!?」
 驚いて飛び退くが、兄の目線はシュラインには向いていない。
 その視線の先は妹。
 どうやら意地でも妹を殺したいらしい。
 すぐに零が前に出て兄を牽制するが、それでも兄は妹だけを見ている
「絶対に殺して見せるから、怯えて待っていると良い。恨むのなら自らの内に住む鬼に勝てなかった兄を恨め」
 兄は妹にそう言うと、零が斬りかかる前にまた姿を消した。
「……自らの内に住む鬼……?」
 兄の言葉に、シュラインは多少謎を抱えた。
 あれほど冷静に戦闘をこなしておきながら、自我を失って殺人をしようとしてるような物言い。
「面倒な事に、まだ何かあるみたいね……」
 あの兄はまだ何かを隠している。
 なんとも後味の悪い終わり方だった。

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「さて、一応つれてきちゃったけど」
 興信所に帰ってきた一行は、武彦の渋い視線で迎えられた。
「つれてきちゃった、じゃねぇよ。なんで暗殺者の片割れが居るんだ」
 一通りワケを聞いていた武彦だが、暗殺者の妹が興信所に連れ込まれるとは思っていなかった。
「出かける前に言ったじゃない。『場合によってはつれてくるかも』って」
「了承した覚えは無い」
 シュラインの言葉に、武彦は冷たく答える。
 その態度にカチンと来たのか、シュラインは得意の声帯模写ではなく、若干下手な声真似で
「『どうなっても知らないからな』って言うのは意訳すれば『別につれてきても良いよ』って事よね?」
 と言ってやった。
 武彦は渋い視線をもっと渋くして、その顔をそらした。
「さて、所長様の承諾も得ましたし、これからどうしましょうか」
 対して満面の笑顔のシュライン。全く良いコンビである。
「外見が違うにしろ、この妹が今回の依頼人だ。ならば後三日、護衛するんじゃないのか?」
「若しくはその少女の意向により、依頼が破棄されれば今回の依頼はここで終了となります」
 シュラインの問いに冥月とセヴンが答える。
 確かに、外見は違うにしろ、依頼人は妹である。
 その妹が望めばあと三日は護衛を続ける事になろう。
 望まなければそれはそこで終了だ。
「私的には最後のお兄さんの台詞が気になるのよね。それまでの行動と反発していると思うの」
 消える前の兄の台詞。『絶対に殺して見せるから、怯えて待っていると良い。恨むのなら自らの内に住む鬼に勝てなかった兄を恨め』というヤツだ。
「確かに、あの兄は自我を失っているようには見えなかったな。鬼に勝てなかったという事は鬼に支配された、という事だろう。ならば本能のまま戦闘行動をとるのだろうが……。その割には冷静だった」
「だから、もう少しこの件を探りたいんだけど……」
 チラリと武彦を見やる。
「あー、俺は関係ないから、お前等で好きにやれ」
 いじけたのか、放置に徹するらしい。
「よし、それじゃあ、貴方の意思を訊きましょうか」
 シュラインが訪ねる先は目に光を失いかけている少女。妹である。
 だが、意識はハッキリしているらしい。足取りもしっかりしている。
「貴方はどうしたいの?」
「……私は……」
 再度シュラインに尋ねられ、少女が口を開く。
「兄を止めたい。……いえ、止めるには多分殺すしかない」
 そう言った妹は決意を秘めた目をしていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4410 / マシンドール・セヴン (ましんどーる・せぶん) / 女性 / 28歳 / スペシャル機構体(MG)】

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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださってありがとうございます! 『いやぁ、殺すとか殺さないとか、物騒ですね☆』ピコかめです。
 初期プロットからは想像できない展開で、俺としてもビックリです。

 ええと、まずは済みませんでした。
 前回のプレイングの拾い方と、キャラの性格間違い、地に額をこすりつけて謝り倒したいと思います。
 今後はこんな事が無いよう、死ぬほど気をつけます。済みませんでした。
 あと、今回は特殊攻撃による援護、多少ビックリしました。
 まさか戦闘にも使える能力だとは思っても見なかったぜ……。
 では、あと一話、どうぞお付き合いください。