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剣を取り戻せ 2
「エクスカリバーは戻ってきた……」
如月竜矢は、草間武彦の仲間たちが取り戻してくれた剣を感慨深く見下ろした。
「輝きはまだ失われていない。よかった……」
「喜びにひたってる場合じゃないんだろ」
草間は灰皿に煙草を押し付ける。
「で? 残りの四本はどうだって?」
――葛織紫鶴が作った五ふりの剣。それらがすべて、葛織家本家の力であちこちに放置された。
そのうち一本が先日ようやく見つかり……
竜矢は地図を取り出して、
「ここだ」
とバツのつけてある場所を指差す。
「ここに、『グラム』がある。ただし……破片の状態なんだ」
新しい煙草に火をつけようとしていた草間は咳き込んだ。
「破片!? お前それ、取り戻しても意味ないだろう!」
「俺が直接見にいった。……床から生えた手が破片を握っていてとても奪えなかった」
竜矢は口惜しげに拳を握る。「何か魔術的なものがかかっているのだろうと思うんだけど……」
「破片から、また紫鶴嬢に『グラム』を作らせる気なのか?」
「いや、伝説上では『グラム』は一度破壊されて、そのあと刀鍛冶に鍛えなおされているから」
姫の感知にも引っかかったんだよ――と竜矢は言った。地図の上に指を滑らせ、
「ここ。ここに『グラム』の関係者の気配がすると姫は言った」
草間は指差された場所を見て嫌な顔をした。
そこは、有名な心霊スポットだったのだ。霊どころか妖怪さえ出ると言われている。
「頼めるか?」
竜矢は真剣に問うた。
「……分かったよ」
草間はため息をつきながら、そう答えた。
**********
草間の招集に、前回『エクスカリバー』の回収を手伝ったほとんどの人間が集まってくれた。
シュライン・エマ。
加藤忍【かとう・しのぶ】。
黒冥月【ヘイ・ミンユェ】。
ノイバー・F・カッツェ。
黒榊魅月姫【くろさかき・みづき】。
阿佐人悠輔【あざと・ゆうすけ】。
浅海紅珠【あさなみ・こうじゅ】。
そして今回、葛織紫鶴が困っていると聞いて、ふたりの人物が剣回収に参加してくれることとなった。
背に透き通るような赤い羽を持った、エルナ・バウムガルト。
長い金髪にサングラスをかけたヴィルア・ラグーン。
スーツを着こなし、低いハスキーボイスを持つヴィルア、一見男性のようだがれっきとした女性だということだった。
「あの、あたし前回、っていうのを知らなくて……最初から改めてうかがってもいいですか?」
エルナが両手を握り合わせて竜矢に言った。
竜矢は「ありがとう」とエルナに微笑んでみせて、
「実は――葛織本家が、姫に五ふりの剣を作れと命令してきた。姫が精神力で剣を作っているのを知っているだろう? あの剣は
通常時間が経つと消滅する。けれどそれを確実に物質化して永続的に存在する剣を作れ――との仰せだったんだ。姫は挑戦した。一本作って、丸三日寝込んで、を繰り返すような日々だった。それでも五ふり作り上げて本家に上納したんだ。それなのに――」
思い出して悔しくなったのか、竜矢の拳が固く握られる。
「本家は、その五ふりの剣を紛失させた」
「えっ――」
エルナが驚いたように目を開く。
「あげくのはてに、『出来が悪かったからだ、もう一度作り直せ』ときた。――今の姫に、再び剣を作り出す力はない」
だから――と、竜矢は草間の机の上の地図を見やる。
「本家が紛失させた最初の五ふりを、取り返してやろうと思っているんだ」
「ふうん」
ヴィルアがあまり気のなさそうな声を出して竜矢と同じく地図を見る。
ふたつの×がついている。
「今回は二本同時にさがすのか?」
「違う。次の剣は伝説では竜殺しの『グラム』――。破片と、それを打ち直した刀鍛冶が別々に存在している」
「よく分かったもんだ」
「姫が作った剣だからな。探知することがかろうじて可能だった」
ヴィルアは軽くうなずいて口を閉ざす。
「そんな……紫鶴ちゃんが一生懸命作った剣を壊すなんて……っ」
紫鶴を友人として愛してやまないエルナが震える。
「だからさ、ことが終わったら本家つぶしにいこーぜ」
紅珠が気楽そうな声で、しかし目が笑っていない笑顔で言う。
エルナは紅珠を見た。
「でもっ。紫鶴ちゃんたちと本家のひとたちが争うのは見たくない……」
「もう争いになっていると思うがな」
冥月が地図に指をすべらせた。
忍がその横から顔を出し、
「まずは破片を手に入れましょう。それから鍛冶師――」
「いや、せっかくこれだけの人数がいるんだ。二手に分かれよう」
冥月は忍を横目で見やって、「私は刀鍛冶のほうに行く。実体のない霊は無理だが妖怪の相手なら任せろ」
「私もそちらに行くわ……霊も妖怪も、私の相手ではないもの」
魅月姫が静かに口を出す。
「私は破片が気がかりだわ……」
草間探偵事務所の事務員、シュライン・エマが頬に手を当てた。「破片のほうへ行こうかしら」
「私も……そうさせて頂きます」
ノイバーが丁寧な所作で体を折る。
「じゃあ私もそうする」
適当そうな声でヴィルアが言った。
「ふむ……」
草間が煙草を灰皿に押し付けて、「君らはどうする?」
と悠輔と紅珠、若いふたりに声をかけた。
「鍛冶屋に打たせて『直せば』いいんだろ? 鍛冶屋のほう行っとく」
最年少の紅珠はあっけらかんとそう決めた。
「阿佐人君は?」
草間に問われても、悠輔は考えあぐねているようだった。視線を虚空にさまよわせ、
「俺は……刀鍛冶は霊体だと思うんです。だから体を貸すからとか、説得できるかなあと思うんですが」
草間は微笑んだ。えたりという表情だ。
「では君は鍛冶師のほうへ行ってくれ」
「は?」
「今の鍛冶師のほうへ行くメンバーでは、鍛冶師を説得できそうにないからな」
冥月、魅月姫、紅珠。
……たしかに『説得』には向いていない。
「どういう意味だ? 草間」
冥月がにこにこと草間に関節技をかけたりするが。
「それじゃあ私は、連絡役になりましょう。商売柄得意ですしね――幸い、二箇所の距離はそれほどない」
忍が笑顔になった。
「それにしても気になるな」
冥月は草間にまだ関節技をかけながら、真顔になった。
「エクスカリバーのときとは違って、わざわざ神話の通りに破壊し、都合よく刀鍛冶までいる? 本家がやりたいのは本当にただの嫌がらせか……?」
「竜殺しの魔剣グラム……」
魅月姫がつぶやく。「シグムントが授かり、オーディンが破壊し、そして刀鍛冶レギンに鍛えなおされシグルドが使用する……」
「大いに気になるところです」
忍がうなずく。
「本家のことは後回しにしようと思っていたんだが……」
ようやく関節技から開放された草間が新しい煙草にを取り出すと、
「そうはいきません。今回から本家の情報も合わせて調べてまいりましょう」
丁寧ながら、有無を言わせない口調で忍が言った。
「……そうか、なら俺も本家のほうに回ることにする」
草間は煙草に火をつける。
「武彦さん、気をつけてね」
シュラインが婚約者の身を気にかけた。「言わなくても充分集中力あること分かってるけど、確認作業で自分が安心するの。馬鹿みたいでしょ」
苦笑する彼女に、草間が愛おしそうに髪をなでる。
それから草間は、鍛冶師のほうへ行くメンバーに向かって笑って言った。
「大丈夫だろうが、もし刀鍛冶が女だったら冥月が口説かないように注意してくれよ」
――すかさず冥月によるみぞおち、間接、ヘッドロックの華麗なるコンボがきまった。
「王の怒りを買い、殺された剣士」
忍が、誰に言うでもなく囁く。
「剣士の息子、剣を復活させた鍛冶屋」
囁き声は、しかし皆の耳にもらさず聞こえて。
『怒りし者』グラム――
「さあ、取り戻しに行きましょう」
**********
刀鍛冶のいる場所は、有名な心霊スポット――
『どんな妖怪が出るのかは判然としていない。それこそのっぺらぼう程度だと言うやつから、子泣きじじいだとかそういう類のものだという人間もいる。一方で鎌鼬、――首のない騎士――』
そこは、何の変哲もない林だった。
ざわりと風が吹くと、ざわざわとこずえがなる。
『何にせよ分からないんだ。何しろ出会った人間は皆死んでいるんだからな』
「そして、殺された人間が霊となってここに集っているというわけね――」
魅月姫は不気味な風を全身に受けつつつぶやいた。
「霊というものはたいてい思い込みだけれど、ここは本物のようね」
「どんな妖怪でもきやがれっての!」
なぜか水の入ったペットボトルを手にした紅珠が、仁王立ちする。
「紅珠さん……それ、何に使う気だ?」
悠輔が呆れた顔で言う。
「へへん。実戦までのお楽しみ」
「子供の出る幕はないと思うがな」
冥月が冷たい声で言った。紅珠は背の高い冥月をにらみつけた。
冥月は平気な顔で、
「自分の身ぐらいは自分で守れよ」
「あなたもね……」
魅月姫が囁いた。「たとえ強力な異能者といえど、しょせんは人間よ」
冥月が小柄な魅月姫をにらみつける。
しかし、冥月は分かっていた――この少女は次元が違う。
「まったく……草間のところに集まってくるやつらはめちゃくちゃだ」
「今回は紫鶴の人徳よ」
いつも笑顔だった赤と白の入り混じった髪を持つ少女を思い出しながら、魅月姫はわずかに微笑んだ。
**********
『破片』がある場所は、人気のまったくない廃屋だった。
シュライン、ノイバー、エルナ、ヴィルア、そして忍は、その廃屋を前にしていったん立ち止まると、廃屋を見上げた。
うっ、とシュラインが口を押さえる。
「ここ……寒くて気持ちが悪い……」
「実は私も少し」
忍がシュラインに自分の上着をかけてやりながら、シュラインに同意する。
シュラインは「あなたが着ていなきゃ」と遠慮しようとすると、忍は微笑んで「連絡役は身軽なほうがよいですから」と応える。
「どうやら、人間の方々にはつらい場所のようですね」
ノイバーが、平気な顔のエルナやヴィルアを見て言った。
「では先に、私たちがまいりましょうか」
ノイバーは先頭に立ち、廃屋に足を踏み入れた。
続いてエルナが。
ヴィルアは後ろを向き、
「おい、そこのシュラインとか言うやつ! 連絡役の腕を借りてちゃ足手まといなんだよ、私が支えてやるからこっちへこい!」
「あ……」
シュラインは自分のふがいなさに赤くなりながら、忍から離れてヴィルアの元へ行く。
「ただの人間が無理するのは邪魔だからな」
ヴィルアはえらそうにいいながら、シュラインの肩を抱いた。
忍はやれやれと肩をすくめながら、しんがりを務めた。
暗い廃屋。明かりはひびの入った場所から差し込む程度にしかない。
しかし、目的のものははっきりと見えた――
部屋の中心。
大人の腕の三倍ほどもある巨大な腕が、天に向かって拳をかかげていた。
ノイバーを先頭にして、全員が近づく。
『腕』の拳部分に、隙間から見えるたしかな金属がある。
ノイバーが代表して『腕』に触った。
……やわらかい感触がした。
「金属などの類ではありませんね。生体反応があります」
ノイバーはそう報告した。
そして後ろにいる面々に向かって、
「指を一本一本切断して奪うという方法もございますが」
「ああ、それでいいんじゃねえのか?」
ヴィルアがズボンのポケットに手をつっこんだまま気楽に言う。
だが、一方でシュラインとエルナが青い顔になって口を押さえた。想像してしまったらしい。
一度廃屋に入ってしまえばシュラインも慣れてきて、ヴィルアから離れるとそろそろと『腕』に近づいた。
「これは……誰の手なのかな。床をはがして本体があるかどうかたしかめたいのだけれど」
「ふむ……それでしたら」
ノイバーは懐から、きらりと輝く金属製のカードを取り出した。
『水瓶』
「皆さん、少し離れていてくださいね」
ノイバーに言われて、全員が一歩さがった。
ノイバーはカードをかざした。
水流が――
ものすごい勢いで巻き起こった。それが、『腕』の周辺の床にあたる。
コンクリートの床が、少しずつ少しずつ削れて行く。
「高圧水流を噴射して物を切断するウォーターカッター……金属や宝石の加工に、工場でよく使われたりもしますね」
言いながら、ノイバーはカードの向きを器用に動かしながら、『腕』を傷つけずに床だけを削っていく。薄く、薄く、少しずつ。
腕の下の部分がだんだんと見えてくる。やがて肘が見えてくる――
そんな瞬間に。
カシィン
『水瓶』の水流が弾かれた。
ノイバーは体をそらして、跳ね返ってきた水流をよけた。そしてカードの効果をとめる。
何事かと全員が床の削られた奥を見た。
何もない。腕が肘まで見えているだけだ。
「……この下にも生体反応があります」
ノイバーがつぶやく。「これ以上掘ると危険なのかもしれません」
「はぁん」
ヴィルアが『腕』を見つめて面倒くさそうな声を出す。
「私じゃ何もできそうにねえな」
「じゃあ、次あたしがやってみるね!」
エルナが元気よく宣言し、そして空中に手を掲げた。
空中から赤く美しい槍が――取り出される。エルナの手におさまって、それはきらりと輝いた。
「私の槍……『ヘスティア』。力を貸して」
エルナは赤く燃えるような色をしたその槍の先端を『腕』の拳部分に向ける。
「ズュンテーゼ!」
槍が輝いた。先端からぽっと光が発生し、『腕』の拳に当たる。
「破片をつかむ手に魔封じの水晶を合成……」
エルナが緊張した声で言った。「……この方法なら、より直接的かつ半恒久的に『手』へ干渉できるはず……!」
「じゃあ無理やり指をはずすとするか」
ヴィルアが手を伸ばし、『腕』に触れた。
その瞬間――
ずうぅん
床が揺れた。直下型地震のように。
とっさにエルナをノイバーが、シュラインを忍がかばった。
腕がどんどんと――伸び上がってくる。
ばりばりと床を割りながら何かがせりあがってくる。肩が見えた。鎖骨が見えた。
ヴィルア以外の全員が、後退して避難する。
そして頭が見え――やがて普通の人間の三倍ほどの巨人が現れた。
『腕』をつかんだままのヴィルアがぶらんぶらんと空中で揺れている。
巨人が咆哮をあげた。
『オーディンめ……!』
「あの腕は――!」
シュラインが声をあげた。「木の幹に刺さっていたという伝説になぞらえていたわけじゃなくて」
「どうやら……あの破片の最初の持ち主……シグムント殿のようですね」
忍がシュラインの言葉を引き継いだ。
「あなたの技を受けて、反応して復活してしまったのかもしれません」
ノイバーがエルナに言った。
「そんな……どうして」
エルナが泣きそうな顔をする。
「こうなることが必然だったんでしょう、おそらく」
忍が言った。
巨人が再び咆哮をあげる。破片を持っていないほうの腕を振り上げ、コンクリートの床に叩きつけて床を破壊する。
――変わらず『腕』の手首あたりにしがみついていたヴィルアが、面倒くさそうに懐から銃を取り出した。
「うっとうしいんだよ、デカブツが」
銃口を巨人の眉間に向ける。
そして引き金を引く――
「消えろ」
ガァ……ン
「おらよ」
巨人が消滅するのと同時、身軽に床に降り立ったヴィルアは、腕に大きな破片を抱えていた。
「これでいいんだろうが?」
「すばらしい」
忍が褒め称えた。「これでこの破片を、刀鍛冶のところへ持っていけば充分ですね」
ほう、とシュラインとエルナが息をつく。
「では、その役目はこの私めが」
少し芝居がかったしゃべりで忍は言い、破片を受け取った。
**********
霊は際限なく現れる――
「今回は私が露払いをしましょう」
魅月姫が、雑多な霊、恨みが強すぎて悪霊となってしまったもの、もろもろを無造作に影の中に吸収していく。
林の中は影が多い。戦いやすい環境だった。
「ん……あれは妖怪か?」
ひゅん、と目の前を通り過ぎていった目にもとまらぬ速さで動くものを、冥月は神話の『グラム』になぞらえて影から生み出した2mの長剣で無造作に斬り裂いた。
どさっとその場に落ちたのは、鎌鼬だった。噂も存外捨てたものではない。
「あら……なかなかやるわね」
魅月姫が無表情に冥月を見る。
冥月はふんと鼻を鳴らし、
「同じ影を扱う存在とは思わなかったな」
言いながら、影を使い周囲をくまなく捜査する。
彼女たちの後ろを、悠輔と紅珠が歩いていた。
「紅珠さん。気をつけろよ」
「おう。後ろから来る妖怪は任せろよ」
いやそういう意味じゃなく、と悠輔は言いかけてやめた。今日の紅珠はいやに張り切っている。
と、
言っているそばから紅珠のまわりにぼっと火の玉が湧いた。十や二十という数ではない。
「!!」
悠輔がバンダナを即座に刀状に変えて警戒する。
「紅珠さん! 逃げられるか!?」
「火の玉ならなおさら任せろよ!」
紅珠は嬉しそうにそう言って、手にしていた水の入ったペットボトルを構えた。
「あ、ちょっとこれ無差別になりかねないからみんな気をつけてくれよー」
のほほんと言いながら紅珠は――
「水飛沫マシンガン!」
しゃしゃしゃしゃしゃ!!!
あらゆる方向にものすごい勢いで噴射された水は、
あらゆる方向にいる火の玉に降りかかり、それを消し去った。
「……紅珠さん……」
見事、水飛沫マシンガンの餌食になってびしょぬれの悠輔は、
「もうちょっとおとなしい技を使ってくれ……」
と自分の姿を見下ろしながら情けない顔をした。
「あは☆ 悪い」
紅珠はぺろっと舌を出す。
前のほうでは冥月と魅月姫が話にならんという様子で(なぜかふたりとも水びたしになってはいなかった)、捜査を続けていた。
「―――!」
魅月姫がはっと横を見る。
ほんの数瞬遅れて冥月が。
「何か――来る!」
二人に囁かれて、悠輔と紅珠は緊張して息を止めた。
カシィン
カシィン
金属が叩き合わされる音がする。
カシィン
だんだんと近づいてくる。
そして、その姿が林の奥から見えてくる。
二体の……
カシィン
「あれは地獄の、罪人の迎え役と言われている――」
魅月姫が柳眉をひそめる。
二体はおかしな風体をしていた。片方は牛頭人体、片方は馬頭人体――
「牛頭馬頭(ごずめず)!」
二体は、お互いに持っている槍を打ち鳴らしながら近づいてくる。
「これは……大物だな」
冥月がにやりと笑う。「だが私の影に入れば――」
「気をおつけなさい!」
魅月姫が警告の声を発した。「敵は、それだけじゃない――!」
はっと冥月は空を見た。
空から木々の間をぬって、何羽もの鳥の影が見える――
その隙に、牛頭が槍を突き出してきた。
「!」
冥月はそれを剣で受け止めた。と、馬頭が同時に槍を冥月に突き出してくる。
冥月の服の一部が裂けた。
「私としたことが……っ」
冥月は怒りで顔を赤く染め、
「消えろ!」
ぼっ!
音を立てるほどに激しく、牛頭馬頭は影に呑まれた。
魅月姫は空を眺めている。キキキィと耳障りな鳴き声を立てる魔物たちを見上げている。
「グリフォン……これは影には沈められないわ」
魅月姫は――
闇を凝縮させ、己の身長ほどもある大剣を生み出した。
『闇の御劔』。
グリフォンが弱そうだと判断したのか、紅珠や悠輔を狙ってくる。
「あなたたち、のいていなさい」
魅月姫はふたりに言いつけて、そして闇の御劔を無造作に振るう。
グリフォンの体がまっぷたつに裂かれる。一体、二体、三体……数え切れぬほどの数。
小さな黒髪の少女は、疲れた様子もなく切り裂いていく。
落ちてきた死骸は、冥月が嫌そうにしながら影に沈めていった。
――静かだった林の、こずえの震えさえも消える。
風があるのに、なぜか音がなくなった。
「……いた」
影をめぐらせて鍛冶師を探していた冥月が、囁いた。
「いたんですね」
悠輔がほっとしたように表情を緩める。
「だが、頼みごとをしに行くんだ。影で無理やり連行するのはよくないな」
歩いていくか――と冥月は面々に問う。
魅月姫がふと、後ろを向いた。
「誰か来るわ」
その声には緊張がなかった。悠輔と紅珠もきょとんとして魅月姫の視線を追う。
と、その先で。
ふっ
と、突然姿を現した人物がいた。
加藤忍――
「鍛冶師は見つかりましたか」
開口一番そう言った忍に、悠輔や紅珠が仰天して飛び上がる。
「か、加藤さん!」
「おや、驚かせて失礼。どうも商売柄こういう出方になってしまって」
「鍛冶師なら今場所を感知したところよ」
魅月姫が何事もなかったかのように、「破片は?」と尋ねている。
忍は抱えていた布を開いた。
そこに、きらりと輝く金属の破片があった。
「うまくいったようだな」
冥月がそれを受け取ってにやりと笑う。「よし、あとは鍛冶屋にこれを持っていくだけだ」
「では私は本家の調査にまわりたいと存じますので、これで」
と言うだけ言って、忍は見る間に姿を消した。
「……うっわ、すっげー……」
紅珠が呆然と、忍のいたはずの場所を見つめる。
「世の中、すごい人だらけだ」
悠輔がつぶやいた。
鍛冶師のいるところへは、歩いて全員で近づいていった。
音が聞こえる。
槌を振り下ろす音。
「いる。たしかに」
冥月が囁く。魅月姫が淡々と前に進む。
と――
「っ!?」
紅珠は突然背後から口をふさがれ抱きすくめられて、動きを封じられた。
「――!――!」
必死に抵抗していると、悠輔がすぐさま気づいてはっと向き直った。
「誰だ!」
林の闇に隠れて姿が見えない。おまけに黒いローブを着ているようだ。
しゃっ しゃっ しゃっ
次々と同じような黒いローブの存在が飛び降りてくる。
「………」
魅月姫が周囲を見渡して、ぽつりとつぶやいた。
「みな、吸血鬼だわ」
「八人か。……しかし今回も吸血鬼とは……」
何の因果だ? と冥月は嘆くように言う。
魅月姫はなんとなく思い出していた。新月の夜に紫鶴を見舞った際、紫鶴に吸血鬼の話を語ってやったことを。
そして紫鶴は、吸血鬼の存在に大いに興味を持ったことを。
そうこうしているうちに、悠輔はバンダナを鋼ほどに硬くして、紅珠を抑えている吸血鬼に飛びかかっていた。
「放せ……!」
いつだって修業をしてきた。布を自由自在に操れる自分の能力を発揮できるよう練習してきた。基本は剣のようにして扱うこと。今がそうだ。
紫鶴の元で特訓したときのように。
自分ひとりで特訓したときのように。
紅珠を傷つけぬよう、傷つけぬよう――
しかし、敵は紅珠をうまく盾にして悠輔の攻撃を避けていた。
悠輔が唇を噛む。紅珠の瞳が燃えるように険しくなる。自分が妨げになっていることに怒り悔しがっているのだ。
しかし悠輔は負けなかった。
「紅珠さん……今助けるからな!」
敵は紅珠より背が高い。ゆえに紅珠は足がぶらんぶらんとしていた。
つまり、敵の足下はあいている。
いちかばちかの突きを、そのあいている足元に放った。
――突き刺さった感触があった。
(よし!)
悠輔は今度は横薙ぎにその場所を斬り裂く。
血が飛び跳ね、紅珠を束縛する力が弱くなった。紅珠はすぐさま後ろ蹴りを入れて、束縛から逃れた。
すかさず悠輔は剣を振り下ろす。
黒いローブが裂けて、最後に青白い顔ととがった牙が見えた。
――崩れ落ちた吸血鬼を、冥月が影に沈め――
そして残りの七体の吸血鬼を、魅月姫と冥月が容赦なく斬り飛ばした。
「………」
呆気なく吸血鬼たちは消えてしまった。悠輔は呆然と強すぎるふたりの女性を見る。
「本当はお前がわざわざ戦わなくても、影に沈めて終わりだったんだがな」
冥月が肩をすくめた。
魅月姫が、わずかに微笑んだ。
「――頑張っている子供の邪魔は、したくなかったようよ」
「余計なことを言うな!」
冥月は真っ赤になった。
悠輔と紅珠は――笑った。
**********
カー……ン
カー……ン
――槌を振るっていた音が、唐突に止んだ。
『何用じゃ』
槌を振り上げた体勢のまま、その男は言った。
「あなたがレギン?」
魅月姫が静かに問う。
『なぜ我の名を知っておる』
男はゆっくりとこちらを向いた。
警戒心まるだしの鋭い目つきが、四人を貫く。
その男は、悠輔が予想していた通り――どうやら霊体のようだった。体が透き通って、向こう側の木々が見えている。
四人は顔を見合わせ、無言の会話を交わした。
悠輔が、前に進み出た。
「頼みがあるんです」
『何じゃ』
「あなたに、打ってもらいたい剣が」
冥月が悠輔に、忍から預かった破片を渡す。
悠輔はもう一歩前に進んで、破片をレギンに見せた。
「この破片から――今一度、『グラム』という名の剣を生み出しては頂けませんか」
『グラム……!』
レギンがうめいた。その視線は、グラムの破片に留まって動かない。
「お体が要りようでしたら、俺の体を貸します。ですから」
神話の剣を、今一度。
『……面白い』
レギンは目を光らせた。
『我の打った剣がまた砕けていたことも不可解なことじゃが……我の打った剣で何をするのかもまた知りたいところじゃ。おぬしら、答えられるのか』
「………!」
四人ははっと息を呑む。――そう言えば、この剣は結局何に使われるのだ。
誰も、葛織家の心を知らない。
――しかし、そんな動揺もすぐ打ち消して、紅珠が悠輔の隣まで進み出た。
「何に使うのかなんて、よく分かんねーよ、たしかにな。でも、それ打ち直してもらわねーと俺の大切な友達が苦しむんだよ。それが分かっててほっとけねえ」
「そうです、俺たちの大切な友人が苦しむ」
悠輔は覇気を取り戻した。
「俺の体をお貸しします。どうか」
『……我を宿らせることは苦難なことじゃ。それを知っていて同じことを言えるか』
答えに迷いは一切なかった。
「はい」
レギンは口元だけで笑った。
『では……打ってやろう。この破片で素晴らしい剣が打てねば刀鍛冶をやめると言ったあの時のように、今一度』
**********
一週間ほど、悠輔は帰ってこなかった。
「悠輔君の家には、俺が連絡しておいたから……」
悠輔の家には、葛織家が少しばかり世話になっている。竜矢が悠輔の保護者に連絡を入れ、彼の不在を伝えていた。
そして一週間後――
「できました」
悠輔は疲れ果てた、しかし晴れ晴れとした顔で草間探偵事務所へ戻ってきた。
今回の捜索に関わった全員が、草間によって呼び集められた。
悠輔が持ってきたその剣――
長く重いその剣の輝きに、誰もが圧倒された。
「姫が作った『グラム』だ……間違いない!」
竜矢が歓喜の声をあげる。
悠輔は微笑んで、その剣を竜矢に渡した。
「ありがとう……ありがとうみんな」
剣を握り締めて、竜矢は何度も礼を言う。「姫の代わりとして、そして俺からも、感謝するよ」
草間が「水くさいぞ」と竜矢の背を叩いた。
事務所が笑いに包まれる。
「で、だ」
草間は掌を開いて、場の笑いを止めた。
「俺と加藤君とで本家について調べたんだが――」
「どうだった!?」
紅珠が身を乗り出す。
忍が眉根を寄せた。
「どうも……おかしな具合なんですよ。たしか姫さんを一番嫌っているのは叔父上殿のはずなんですが……」
「そうだよ! 紫鶴にはもー最悪な叔父貴がいるんだよ!」
「――今回のことには、関わっていない様子なんです」
はっと竜矢が草間と忍を見る。
「そんな馬鹿な。剣を作り直せと言ってきたのは間違いなく京神様ですよ」
「ああ、作り直せと言ったのはたしかに叔父の京神だな」
草間は煙草の煙を吐き出し、「だが、どうやら『なくなった』こと自体には、京神は関わっていないようなんだ」
「………」
そんな馬鹿な。
ならば――なぜ紛失する?
「今回はここまでしか調査できなかった。ちょうど親戚たちの集まりらしくて警戒が強くてな」
ふう、と草間が頬杖をついて嘆息した。「まだまだ時間がかかりそうだ」
「……すまない」
竜矢がこうべをたれる。
「ばーか」
何言ってんだとばかりに紅珠が竜矢を叩いた。
「本当にお前も……つくづく馬鹿だな」
冥月も竜矢に肘鉄をくらわせた。
「ねえ竜矢さん」
エルナが微笑んだ。「あたしは何があっても、ずっと紫鶴ちゃんの味方だよ」
「―――」
竜矢の顔に笑みが浮かぶ。
ノイバーは表情の分かりにくい仮面の顔に、それでもわずかばかりの笑みの雰囲気を見せ、
ヴィルアはあくびをして「早く次の剣に行ったほうがいいんじゃねえのか」と言った。
「まずは剣を紫鶴さんに見せに帰ってからよ。ね、如月さん」
シュラインが微笑んだ。
「……紫鶴によろしくと言っておいて」
魅月姫が珍しくはっきりとした微笑みを見せる。
「ああ――ありがとう」
竜矢は最後にもう一度、礼を言った。
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682/黒榊・魅月姫/女/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【4958/浅海・紅珠/女/12歳/小学生/海の魔女見習】
【5745/加藤・忍/男/25歳/泥棒】
【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】
【5795/エルナ・バウムガルト/女/405歳/デストロイヤー】
【6139/ノイバー・F・カッツェ/男/700歳/人造妖魔/『インビジブル』メンバー】
【6777/ヴィルア・ラグーン/女/28歳/運び屋】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加いただきありがとうございました。
……実は「気をつけてね」のシーンに一番力入っていますw気に入っていただけるといいのですが。
よろしければ次回もお会いできますよう……
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