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<お菓子の国の物語>


白い悪魔の甘い誘惑


★01

 暗い森の出口はいつまで経っても見えてこない。少年は呼吸を乱しながらひたすら走り続けていた。
 ――お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ〜……!
 化け物が追ってくる。その速度は遅いものの、地を這ってくる粘着質な音が恐怖を煽る。
(だれか、だれかたすけて……!)
 不意に足が縺れて倒れ込む。半ズボンから覗く膝が擦り剥ける。慌てて立ち上がろうと足に力を入れるが。
 ねちゃり。
「!」
 ――つ〜かま〜えた〜♪
 肌に絡みつく白い悪魔が、にたりと卑しげに笑んだ。

 甘ったるい匂いが漂うお菓子の国。一見夢のような世界だが、突如として異変が起こり始めていた。
 国の魔術師のひとり――アリス・ペンデルトンは、来訪者であるシュライン・エマにこう告げた。
「今この国には、マシュマロの悪魔がうじゃうじゃ徘徊しておる。夜な夜な子どもたちが奴らに誘拐されていてな……せっかくのハロウィンだというのに困ったものぢゃ。そこでおまえに子どもたちの救出を頼みたい」
 シュラインの返答を待たずに彼女は続ける。
「よく出るのは西の森と東の湖辺りぢゃ。北の魔女の城周辺は特に多いから気を付けろ。奴らの身体はどろどろに溶けたマシュマロぢゃから、物理攻撃はほぼ無効化されてしまう。くれぐれも取り込まれた子どもたちを誤って傷付けんように!」
 大きく溜息をこぼし、マントの内側からごそごそと何かを取り出す魔術師。バスケットボール程度の大きさのカボチャのランタンだった。
「これをおまえに貸そう。奴らの気配を察知できるランタンぢゃ。子どもたちを無事救出した暁には、それ相応の報酬をくれてやろう」
 というわけで、とキャンディーの杖をビシッと突きつけ、
「よろしく頼むぞ! 国の平和と楽しいハロウィンのためぢゃ!」
『プキー!』
 ランタンがアリスに応えるように高く鳴いた。うーん、と腕を組んで考え込むシュライン。
「マシュマロが溶けてるなら、もっと溶かして液体にしちゃったり、反対に冷やして固めちゃえるかしら。ドライアイスやバーナーとかあったらお借りできる?」
「うむ。菓子作りに必要な道具は一通り完備しておる」
「良かった。それと、物理攻撃も半液体状だから効果減なのよね……なら、音の振動で動かせるかも。子供達はマシュマロの中に取り込まれてるのね?」
「うむ。確かに振動であれば子どもたちの命に影響はないぢゃろう」
 これで大体の情報は得られた。しかしひとつだけ気がかりなことが思い浮かぶ。
 ――お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ〜……!
 あの言葉によって子供達が攫われたのなら、子供の代わりに人型の菓子をおばけに与えてやれば、彼らをうまく救えるかもしれない。
 道具一式と子供を象ったクッキーの入った袋を携え、シュラインは救出作戦に乗り出した。
「さて、頑張りますか」


★02

「プキー!」
 西の森に入るとランタンが喚き始めた。早速マシュマロの気配を察知したのだろう。小さく息をついたシュラインは慎重に歩を進めていく。
 一体どれほどの子供が攫われたのかは想像もつかないが、アリスら魔女が来訪者に救出を要請するほどの事態――この国では相当の大事なのだろう。自分のほかにも多くの来訪者がマシュマロと戦っているのかもしれない。
 それにしても、と周囲の木々を眺める。葉の付いていない寂びれた裸の木。樹皮は漆黒で、触れればボロボロと剥がれてしまいそうだった。それに、元居た世界でも嗅いだ覚えのある苦めの匂いを放っている。
(ビターチョコレートかしら)
 流石お菓子の国。植物すら菓子で構成されている。マシュマロも子供でなく草木を食べればいいのに、と嘆息ひとつ。
「プキー!」
「!」
 ――ねちゃり。
 背後から接近してきた粘着質な音に身構える。ランタンの橙色の炎が音の発信源を照らし出す。
 地を這ってくる白い悪魔。シュラインの倍はありそうな巨体だ。ぽっかりと落ち窪んだ眼窩の奥は闇。どろどろの胴体には、小さな顔や手足が見え隠れしている。
(あれは――攫われた子のひとりね)
 ねちゃあ、と両腕らしきものを大きく広げたマシュマロは、下卑た笑みを湛えて告げた。
 ――お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ〜……!
「イタズラならもうしてるでしょ。取り込んだ子供を返しなさい!」
 言い放ったと同時に息を吸って目を閉じる。
 気を落ち着かせて唇から迸らせるのは、昔少しだけかじったオペラの一節。広い音域のハーモニーが一種の衝撃波じみた風となってマシュマロの身体を震わせる。歌唱を得意とするシュラインの声量はプロ並みで、森全体に届くかのような伸びやかな歌声が流れていく。
 やがて振動が強まったのか、ずるり、と子供の身体がマシュマロから抜け落ちた。すかさず抱きとめて荷物から人型クッキーを取り出す。
「代わりにこれでも食べなさいっ」
 投げつけたクッキーはずぶずぶと白い胴体に収まっていった。
 ――お菓子だ〜……!
 満足気に笑みを深めるマシュマロ。その隙を突いてバーナーから火炎放射。ゴウッ、と唸る炎に巨体がたじろいだ。
 ――こわい、こわい……火はこわい……!
 反撃するかと思いきや、マシュマロはじりじりと後退し、そのまま森の奥へと消えていった。やはり炎は有効だったようだ。
 安堵して子供の様子を確認する。服にマシュマロの一片が貼り付いてねばねばと留まっている。唇に手を近付けると吐息が掌にかかった。
「きみ、大丈夫?」
 肩や頬を叩いて呼びかけると、小さな声を漏らした少年の瞼がゆっくりと開いた。覚醒し切っていない虚ろな瞳が彷徨う。
「ここ、どこ……? おねえちゃん、だれ……?」
「西の森よ。マシュマロおばけからきみを助けたの」
「マシュマロ……あっ!」
 途端、少年はがばっと身を起こし、きょろきょろと辺りを見回す。
「ぼくの友だちがまだあいつらにつかまってるんだ! たすけて、おねえちゃん!」
「ええ、そのつもりよ。とにかく落ち着いて、何があったかゆっくり話してごらんなさい」
 少年の背を優しく撫でさすりつつ、シュラインは彼の証言に耳を傾けた。
 要約すると、北の城に棲む魔女がマシュマロ達に命令して子供を攫わせており、捕らえた子供達を夜な夜な喰っているということらしい。
 この森から北の城までは半日かかる距離だとアリスに言われた。魔女の弱点等もわからない。とりあえずマシュマロ達が城に着くまでに出来る限り子供を救わなければ。
 現状を把握したシュラインは安心させるように少年に笑んだ。
「話してくれてありがとう。きみの友だちも必ず助けるわ。先に町に戻りなさい。この道をまっすぐ行けば、入口に町の人が居るから。明かりがないから、この懐中電灯を持っていってね」
「うん! がんばって、おねえちゃん!」
 元気良く駆けていく後ろ姿に手を振って見送り、シュラインは再び表情を引き締めて暗い森を見据えた。
 夜の闇は、まだ明けない。


★03

 十数人の子供を救出して町に戻った頃には、濃紺の空の端が白み始めていた。
「シュライン、ご苦労ぢゃった。おまえのおかげで多くの子どもたちが無事に帰って来られた」
 アリスが快く出迎える。シュラインは苦笑を返し、
「ありがとう。でも結構疲れたわ……もうへとへと」
「そうぢゃろう。――ところでおまえ、この国でやりたいことはないのか?」
「やりたいこと?」
「子どもたちを救ってくれた礼をしたい。存分にもてなすぞ。ゆっくり考えるが良い」
「そう……じゃあお言葉に甘えて」
 確かに折角お菓子の国にやって来たのだから、何かして帰りたい気もする。じっくり悩んだ末に口を開いた。
「それじゃあ、美味しいお菓子のレシピや裏技なんかがあれば是非知りたいのだけれど」
「ほう、そんなことで良いのか?」
 ついて来い、とアリスに導かれて彼女の家へ案内される。外装は勿論菓子尽くしだが、内装はロッジのような造りだった。書斎に通されると、天井にも届く本棚の群れに囲まれた。
「欲しい本があれば持って帰るが良い。すべてお菓子の国独自のレシピぢゃ」
「すごいわ、こんなに沢山……! ありがとう、じっくり読ませて頂くわね」
 アリスが退室した後、一冊一冊を丁寧に読み進めていった。時間も忘れるほどに読み耽りながら、今度勤め先のあの人やあの子のために作ってあげよう、とほくそ笑んだ。


−完−



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━

★登場人物(この物語に登場した人物の一覧)★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

★ライター通信★
シュライン・エマさま
こんにちは、蒼樹 里緒です。毎度ご参加有難うございます!
このたびは大変お待たせしてしまい申し訳ございませんでした…!
音の振動で子供を助けるというくだりはかなり悩んだのですが、シュラインさまは歌がお上手ということでその設定を活用させて頂きました。
よろしければ、愛と思いやりのあるご感想・ご批評をお聞かせ下さいませ。