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<お菓子の国の物語>


ロシアン・ルーレットは甘くない

 気づいたら、鍵のかかった部屋にいた。振り返った奥には台所、そして目の前には小さな机と椅子がある。机の上にはお菓子の載った皿。
「どうぢゃ、おいしそうぢゃろう」
向かいの椅子にちょこんと腰かけているのはお菓子魔法使いのアリス・ペンデルトン。金色の大きな鍵を指先でつまみ、ゆらゆら動かしながらにんまりと笑う。ああ、ひょっとしなくても自分を閉じ込めたのは彼女だった。
「これからわたしとこのお菓子を食べっこするのぢゃ。一つずつ順番で、甘くないのを食べたほうが負け」
わたしが負けたならここから出してやる、とアリスは言った。自分が負けたらどうなるのかと聞いたら
「そこの台所で、私の満足するお菓子が作れたら出してやる」
要するにアリスは、おいしいお菓子が食べたいだけなのだ。勝とうが負けようが彼女に損はない、損をするのは概ねこちらである。
 勝負を拒否したところでアリスは出してくれそうにもない。ここは勝負を受けるより他なかった。観念して椅子に座り、眺め見た皿の上のお菓子はどれも不思議においしそうだった。

 テーブルの上には七枚のジャムサンドクッキー。胚芽入りらしいクッキーへ、赤や黄色に光るジャムが塗りつけられている。
「このお菓子でゲームをするんですね」
スカートが皺にならないよう、椅子に腰掛けてから丁寧にひだを整えている初瀬日和。小さな鞄を膝の上に載せて、それからハンカチを取り出そうと留め金を外した。
「きゅ?」
頭上から差し込んできた灯りに、鞄の中の生き物が鳴いた。日和のイヅナ、末葉である。気持ちよく眠っていたところを起こされて、不機嫌そうに顔をこすると末葉はそのしなやかな体で滑るように鞄の中から抜け出した。
「末葉、いけません」
急いで日和は鞄を閉じたがもう遅く、机によじ登った末葉はジャムサンドクッキーを珍しそうに一瞥し、ふんふんと鼻をうごめかせるなり赤いジャムの塗られたクッキーをかじりはじめた。
「末葉!」
近頃末葉は誰の影響か随分といたずらな性格になり、これまでになく日和を困らせる。バドのせいなのかしら、と日和は家で飼っている白い犬のことを考えてみたりする。ペット同士仲がいいのは喜ばしいのだけれど、行儀の悪いところまでは似なくてもいいのに。
「すいません」
末葉がかじってしまったのでもうそれを選ぶほかなくなり、日和は赤いジャムのクッキーを手にとる。塗られていたのは苺かと思ったらすぐりのジャムだった。
「それじゃ、わたしはこれ」
アリスが選んだ紫色のジャムは巨峰のジャムである。ブルーベリーと信じていた日和はまただまされてしまった。だとすると、オレンジ色のあのジャムも素直にオレンジというわけではないのかもしれない。
「次はまた私ですね。ええと・・・」
何色のジャムにしようかと迷う日和、するとどこに隠れていたのか末葉がまた飛び出してきて今度は左端のクッキーに飛びついた。黄緑色のジャムがのっている一枚である。
「末葉!」
今度こそ捕まえようとするのだが、イヅナの細い体は日和の指の間をするりと抜けていく。以前は、名前を呼ばれれば動きをとめて必ず日和の顔を見上げていたはずなのに。強く名前を呼ばれるときは怒られるときだからと、バドに習ったのかもしれない。
「まったく、あの子は・・・」
仕方なしに再び末葉のつまみ食いを手に取る日和。本当はそのジャムは色が気味悪くて、あまり食べたくはなかったのだけれども。しかし勇気を出してかじってみたら、なんとキウイのジャムで意外においしかったりした。
 残るクッキーは三枚。少し悩んだアリスだったが、手を伸ばした一枚はブラックチェリーのジャムが塗られていた。ほっと胸を撫で下ろしたアリスは残る二枚を日和に示し、さあどちらを選ぶかと微笑みかけた。
 皿の上には黄色いジャムのクッキーと、白いジャムのクッキー。そのうち、黄色いジャムのほうには既に末葉の歯型が残っていた。結局最後まで日和は、自分でクッキーを選ぶことができなかった。

「・・・マンゴー味のジャムです」
「と、いうことは」
最後のクッキーを睨み、アリスは小指の先で少しだけ白いジャムをすくい取る。舌の先でちろりと舐めたが、すぐに吐き出してしまう。アボガド、と呟くのが聞こえた。
「これって私の勝ち・・・で、いいんでしょうか?」
首を傾げてしまうのは、勝負をしたのがどう考えても自分ではなく末葉だったからだ。動物の鋭い嗅覚には、人間ではどう頑張っても敵わない。
 案の定アリスは今の勝負はずるい、卑怯だと言って再勝負をもちかけてきた。人間相手なら絶対に負けないと頑張る魔女。果たしてどちらが卑怯なのかは置いておき、日和は妥協を申し込む。正直、これ以上クッキーを食べたらお腹がいっぱいになって夕食が入らなくなりそうなのだ。
「私がお菓子を作りますから、それで末葉のことは許していただけませんか?」
「・・・おいしいのか?」
それは精一杯頑張ります、と日和。日和を知る人間に言わせれば心配無用と太鼓判を押すに決まっているだろうが、日和はあくまで謙譲を重んじるのだ。
「台所、お借りしますね」
たたまれている黄色のエプロンをかけて、冷蔵庫の中と戸棚の中を確かめる。白い瓶が二つ並んでいたので蓋をあけて、砂糖と塩を確かめる。
「こっちが砂糖ですね」
同じ壺に入れていたら間違えてしまうだろう。小さい頃、一番上の兄が自分を含めた下の兄弟にホットケーキを焼いてくれたことがあったが、それこそ砂糖と塩を間違えてとんでもない味になってしまい、全員でわんわんと泣いてしまった。
 そういえば日和の家では、子供が初めて挑戦するのはいつもホットケーキだった。今日作ろうとしているのはホットケーキではないのだけれど、家に帰ったら久しぶりに作ってみてもいいなと思った。
「きゅー」
日和の考えを見透かしたのか、めっきり食い意地の張ってきた末葉が自分の権利を主張する。この子は端っこのちょっと焦げた、固いところが好きなのだ。
「アリスさん。嫌いなものとかって、ありますか?」
「まずいもの」
率直な返事は不遜を通り越して気持ちよかった。

 冷凍庫の中に既に、こねられ寝かされたタルト用の生地があった。調理台の上で解凍しながら、フィリングの材料を探す。
「かぼちゃに、生クリームに、卵・・・うーん、あとあれがあったらいいんですけど・・・」
ここにないはずがない、と思い日和はアリスを振り返って
「アリスさん。アプリコットのジャムはありますか?」
あれだけの種類のジャムサンドクッキーがあったのだから、同じ数だけジャムの瓶があっていいはずなのだ。そう思って訊ねると、アリスは戸棚の一番上を指差した。
「高いところにジャムの瓶なんて、危ない・・・」
手を伸ばしても届かないところにあるジャムを、どうやって取ればいいのだろうか。椅子を使おうかそれとも脚立はあるだろうかと台所をぐるりと見回していたら、アリスが指をぱちんと鳴らす。するとアプリコットジャムの瓶がふわふわと下りてきて、日和の手の中にすとんと収まった。
「あ・・・ありがとうございます」
なるほど、魔法が使えればどこになにを置いても不都合はない。おとぎ話の挿絵に出てくる魔女の家が、棚の隅から隅まで分厚い本や魔法の薬で一杯になっている理由がわかった。
 アプリコットジャムが手に入ったので、冷蔵庫からさらにバターを取り出す。お菓子の材料というのは熱くても冷たすぎてもいけない。すべてがちょうどいい温度になるように、温度になるまで先にフィリングを作る。
 皮を剥いた後に加熱して柔らかくしたかぼちゃを丁寧に裏ごしして砂糖を混ぜる。それから少し冷まして、生クリームと卵を加える。このとき、かぼちゃの温度が高すぎると卵が固まってしまう。
「うん、ちょうどいい」
これは日和の独り言。お菓子作りに熱中すると、人がいようといまいと一人で喋ってしまうのだ。
 いい具合に混ぜられたフィリングへさらに、香りをつけるためシナモンパウダーを加える。バニラエッセンスだと、甘すぎる匂いになる。
「生地は・・・柔らかくなってるわね」
「・・・・・・」
タルト作りに夢中になってしまっている日和が相手をしてくれないので、ただ待っているだけのアリスは退屈で末葉と遊び始めていた。残っていたクッキーを小さく割って放り投げると、ジャンプした末葉が空中で受け止める。こうして日和の知らないところで、また一つ末葉がお行儀の悪い芸を身につけてしまう。

 末葉の隠れた特技のことなどまるで気づいていない日和は、綺麗な色に焼きあがったタルトをオーブンから取り出す。いつもは大きな型で焼いて切り分けるのだけれど、今日は食べやすいように小さな型を使って六個焼いた。それに小さいほうが、冷ます時間が短くて済むのだ。
「そろそろいいかしら」
慎重に型の温度を確かめて、ゆっくりと型から外して皿に載せる。彩りに乗せたピスタチオが美味しそうだった。完成したかぼちゃのタルトにフォークを添えて、待ちくたびれたアリスの前に紅茶と一緒に並べる。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきますぢゃ!」
手を合わせる暇はなく、声も最後まで言ったのかどうか。空腹は最大の調味料とはよく言ったもので、アリスは無言でタルトにフォークを立てる。これでは、美味しかったかどうか感想も聞けない。
「せっかく作ったのに、ねえ」
「きゅう」
肩をすくめる日和に首を傾げてみせる末葉。けれどもし末葉が喋れたならば、こう励ましているはずだ。
「大丈夫。美味しいからあんなに一杯食べているの」
その通り。アリスはすでに三個のタルトをたいらげて四個目を狙っていた。その様子を見ていたらなんだか日和もお腹が空いてきた。
「帰りましょうか、末葉」
「きゅっ」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
魔女というよりは子悪魔なアリスのわがままに
付き合っていただきありがとうございます。
日和さまのノベルにはいつも動物が登場して楽しいのですが、
なぜかみんないたずらな子になってしまいます。
書きながら日和さまの苦労がまた増えるなあ・・・と考えつつ。
それでもまた、登場してほしいと思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。