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<お菓子の国の物語>


ロシアン・ルーレットは甘くない

 気づいたら、鍵のかかった部屋にいた。振り返った奥には台所、そして目の前には小さな机と椅子がある。机の上にはお菓子の載った皿。
「どうぢゃ、おいしそうぢゃろう」
向かいの椅子にちょこんと腰かけているのはお菓子魔法使いのアリス・ペンデルトン。金色の大きな鍵を指先でつまみ、ゆらゆら動かしながらにんまりと笑う。ああ、ひょっとしなくても自分を閉じ込めたのは彼女だった。
「これからわたしとこのお菓子を食べっこするのぢゃ。一つずつ順番で、甘くないのを食べたほうが負け」
わたしが負けたならここから出してやる、とアリスは言った。自分が負けたらどうなるのかと聞いたら
「そこの台所で、私の満足するお菓子が作れたら出してやる」
要するにアリスは、おいしいお菓子が食べたいだけなのだ。勝とうが負けようが彼女に損はない、損をするのは概ねこちらである。
 勝負を拒否したところでアリスは出してくれそうにもない。ここは勝負を受けるより他なかった。観念して椅子に座り、眺め見た皿の上のお菓子はどれも不思議においしそうだった。

「やーいやーい、ひっかかったー、この阿呆」
口を抑える羽角悠宇の前で、アリスが嬉しそうに跳ね回り浮かれ騒いでいた。黒胡麻プリンの食べ比べは見てわかるとおりに、アリスの勝利である。悠宇が三度目で選んだ黒胡麻プリンらしき、そのものとは。
「お前なあ、色が似てるからってだけでなあ・・・」
「だまされるほうが阿呆なのぢゃ」
「だからって、こんにゃく使うことはねえだろうが!」
黒胡麻プリンとこんにゃくは、確かに色合いだけなら似ているのだ。灰色の中に点々と黒い粒の混じっているあたり、特に。しかし黒胡麻の味を予想しつつ食べてみたらこんにゃくというのは、とてつもなく脳を裏切る。なまじ、激辛の料理を食わされたときよりも混乱は大きかった。
 こんなことなら黒胡麻プリンで勝負するんじゃなかったと、悠宇はうがいで口内を洗いながら自省する。この間初めて食べてみたのが意外においしかったので、頭の隅に残っていたのが原因だった。
「こういう勝負は、勝つと思ったほうが負けるんだ」
まさしく過信こそが最大の敵なのである。悠宇はそれに負けた。決してスプーンを両手に小躍りしている、やたらに人の神経を逆なでする魔女に負けたわけではない。そう、思いたい。
「さ、約束は約束ぢゃ。あっちでお菓子を作るのぢゃ」
「わかったよ」
口直しに残っていた、これは正真正銘の黒胡麻プリンを一口食べて、やっぱりうまい、悠宇は台所に立つ。エプロンをつけるようなまどろっこしいことはやらない。とっとと作ってとっとと帰ってしまいたかった。
「こういう奴とは俺は、相性が悪いんだ」
うかつに関わってはいけない、一緒にいる時間が長ければ長いほど自分が迷惑をこうむる羽目になる、そんな警報が頭の中で鳴り響いていた。

 男にしては、自分は料理をするほうだと悠宇は思っている。けれど自ら進んでというわけではなく、作る人がいないなら自分でやるというレベルだ。母親だってとっておきの隠し味がカレールーを二種類使うという程度で、決して特別なものを食べて育ったわけではない。
 つまり悠宇は親から熱心に料理を教わったこともなければ、自分で勉強したこともない。それでも不思議なことに冷蔵庫の余りものを集めて炒めただけのパスタや、片栗粉でとろみをつけた丼などは家族に好評だった。要するに手早く作れる料理が得意で、逆に時間のかかるものは苦手なのだ。
「珍しいよな、まずいカレーを作る奴って」
大鍋でじっくりカレーを煮込む根気のない悠宇は、この言葉で派手な兄弟げんかをやらかしたことがある。
「一番早く作れるって言ったらやっぱりホットケーキだよな」
粉を水で溶いて、フライパンで焼くだけだ。しかしきつね色の三枚重ねにバターとハチミツをかけただけの完成品を出そうものなら、
「阿呆は作る料理も手抜きぢゃなあ」
と、唇を尖らせる魔女の罵りが浮かぶ。絶対、言われてたまるものか。簡単でも工夫のきいたものを作ってやると悠宇は台所の棚をあちこち開けて回る。
「お」
コンロの下からいいものが出てきた。家で使っているのと同じ形のワッフルの焼き型、ワッフルは焼こうと思えばフライパンでも焼けるけれど、この焼き型で格子模様をつけたほうが、やっぱり雰囲気が出る。
「こいつでいいか」
ついでに開いた棚にはラベルの貼られていない瓶がいくつも並んでいた。一つだけ蓋を開けて、中の粉を指で舐めてみた。
「うえ」
重曹だった。
 せっかくいろんな材料があるのだから、使ってみたいと考えるのは当然の心理である。だが、賢明な悠宇は一度の失敗で学習をする。使い慣れない余計なものは触るまいと心に決める。そして家で作るのと同じ、簡潔な材料を選んだ。

「・・・なんだよ」
「別に」
ボウルの中に卵の卵黄だけを取り分け、砂糖と一緒に泡だて器で混ぜ始めるといつの間にかアリスが後ろにやってきて、背中越しに悠宇の手つきを覗き見ていた。
「俺が失敗するのを楽しみにしているんだろう」
「どうだか」
本当にどういうつもりなのかわからない返事。恐らくアリスも悠宇と同じくらいの意地っ張りだから、悠宇の鮮やかな手つきに感心していることを、自分自身認めたくないのだ。だから振り向かれると、つられてそっぽを向く。
 さらにボウルへ牛乳を混ぜて、その上からふるいにかけた小麦粉を加える。
「ああ、そうだ」
忘れるところだった、ボウルの中へ塩を一つまみ。あってもなくてもわからない量だが、あるのとないのでは味の感覚が違うのだ。指先に残った塩は、ジーンズへこすりつけて落とす。
「汚いな」
「洗ったばかりのジーンズだ」
とは言いつつ、つい家での癖が出てしまった。家で料理をするときも、調味料が手についたりしたらすぐシャツで拭いてしまうのだ。学校の制服にしょうゆの染みをつけてしまったときは、さすがに親から呆れられた。
「まあ、着ていくのはあんただけどね」
肩をすくめた親の言葉はまさに自業自得の意味だった。
 小麦粉が充分に混ざったボウルの中へ泡立てた卵白と溶かしたバター、そして生クリームを流し込み、
「本当はこれを冷蔵庫で寝かさなきゃいけないんだけどな。どうする?」
多少まずくてもいいならこのまま焼くけど、とアリスに伺いをたてる。
「待つのは嫌ぢゃ。まずいのも嫌ぢゃ」
アリスは胸ポケットの中から小さな瓶を取り出して中の透明な液体を一しずく、ボウルの中へ垂らしこんだ。すると生地が一瞬淡く光り、そして心なしか滑らかになったように感じた。木べらでつついてみると、冷蔵庫で寝かせたあとのようにしっとりしている。
「いいぞ。焼け」
どこまでも命令口調のアリスにはむっとするが、魔法というのは便利なものだった。

 焼きあがった三枚重ねのワッフルにホイップクリームが添えられ、机の上を香ばしく飾る。ついでに自分の分も焼いて、悠宇は半分に折りたたんだものを手づかみでかじる。いつもなら、もっと空腹のときならこの中にいろんなものを挟んで食べるのだけれど。
「ん、なかなかだ」
焼きたてはやっぱりうまい、と自画自賛しかけたそのとき。
「よし、いただきますぢゃ」
手を合わせてぺこりと一礼したアリスは、いきなりメープルシロップにバターをたっぷりとワッフルの上に注いだ。さらにシナモンパウダーをふりかけ、切り分けたものにホイップクリームをつける。
「お前、なんてことしやがるんだ!一口くらい、焼きたてを味わいやがれ!」
「うるさいのぢゃ。私がどう食べようと関係ないのぢゃ」
どうやらアリスはすさまじく甘党らしい。ワッフル自体の味がまるでわからなくなった、胸焼けの上に胸焼けをしそうなそれを平然と口に運んでいく。流れるように、まるで機関車が石炭を消費して走るようである。
「うむ、なかなかぢゃ」
そんな口で言われても、信用ができない。
「お前本当に味、わかってんのか?」
「ああ。お前の卵白の泡立てかたは悪くない。砂糖の量も絶妙ぢゃ」
お前も食ってみるかとシロップの垂れるワッフルをフォークごと差し出されたが、匂いだけで頭が痛くなってくる。そんなワッフルで本当に砂糖の量なんてわかるのだろうか。
「わかるぞ。お前、計測の勘がいいな。どこで覚えた?」
「どこって・・・。材料を計るのなんて理科の実験と変わらないからな。混ぜたり焼いたりするのだって、化学変化だろ」
どちらかといえば理数系の悠宇だった。一方魔女でありながら魔法薬の調合が苦手なアリスは、悠宇のその言葉に首を傾げる。こちらはお菓子作りは勘だと信じている。
「まあどうでもいい。作ったものがうまければ、それでいい」
自分から話題を振ったくせに、あっさりと切り捨てるその容赦のなさ。思わず悠宇は
「ったく、素直においしいの一言が言えねえのか」
と呟いた。地獄耳のアリスはワッフルを口に運びながらも悠宇の声を聞き逃さなかった。
「なんぢゃ、その口調は?お前、どこぞの誰やらと私を比べてはおらぬか?」
「・・・・・・!」
図星だった。心を見透かされたような気がして、悠宇は胸を抑えた。大きな目を細めてアリスは勝ち誇ったように笑い、空になった皿を突き出す。
「どうぢゃ?もう一度ワッフルを焼くのならお前の心、見なかったことにしてやるぞ」
「この・・・・・・」
どこまでも悪辣な魔女である。従わざるを得ない自分が、台所へ向かい焼き型を火にかける自分が悠宇は歯がゆくてたまらなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
魔女というよりは子悪魔なアリスのわがままに
付き合っていただきありがとうございます。
悠宇さまはなんとなく理数系であるというイメージは、
以前から持っていました。
雰囲気だけじゃ人がなにを考えているのかわからなくて
「言いたいことがあるならはっきり口に出せよ」
という言葉でこれまで何度も気まずい思いを味わってきた感じです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。