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<東京怪談ノベル(シングル)>


六道の辻

 白鋼 ユイナ(しろがね・ゆいな)が蒼月亭にやってくるのは、大抵閉店直前の誰もいない時間だ。そうやって誰もいないカウンターでコーヒーを飲むのが、ユイナは好きだった。
 静かに流れるジャズに、他愛のない会話。マスターのナイトホークはグラスなどを拭き、閉店準備をしながら色々なことを話す。
「ねぇ、ナイトホークは和歌とかに詳しいのかしら」
 それは、話の中でナイトホークが言った言葉に繋がるものだった。
 最近何か凝っていることとかあるのか…というユイナの質問に、ナイトホークが「百人一首」の本を読んでいるというところからはじまり、歌人の中には、京都にある六道の辻から冥界に入って閻魔大王の冥官を務めていたという伝説があったり、恋人が幽霊だったりっする謎の多い者がいる…というのを聞き、それに対して聞いてみたいことがあったのを思い出したのだ。
「詳しい…と言うか、どんな意味かぐらいなら言えると思うけど」
 持っていたコーヒーカップを置き、ユイナは出されていたパイナップルのケーキを口にする。するとナイトホークは煙草に火をつけ天を仰ぎ、何かを考えるような仕草をした。
「でも本で読むぐらいだから、好きは好きか。五七五で感情を表現できるとかすごいって思うし」
「何だか意外だわ」
 それと共にユイナは、ふと一つの和歌を思い出していた。それは『夢の通い路』と言う名の連鶴に繋がって覚えていたものだ

 住の江の岸による波よるさえや 夢の通い路人めよくらむ

 ユイナにその意味は分からなかったが、ナイトホークなら知っているだろうか…そう思い一口だけコーヒーを飲み、その和歌を口にするとナイトホークが興味深そうに手を止める。
「へぇ…知ってるじゃん」
「でも、わたしが知ってるのは歌だけで、誰が読んだのかもそれどんな意味なのかも知らないの」
「ああ。恋の歌だな、それ」
 ナイトホークがグラスにウイスキーを注ぎながら、それが百人一首の一つだということを教えてくれた。歌人の名前とかには興味はなかったが、恋の歌…と言われ、ユイナの胸がずきっと痛む。
「そうなの…?」
「そうだよ。『住之江の岸に寄る波は何度も寄せて返すのに、その夜にさえあの人は夢にさえ現れてくれない。独り寝する夢の通い路でさえ人目を避けるからだろうか』…みたいな意味。人目があるからおおっぴらに会ってくれないのは仕方ないけど、何も夜まで人目を避け夢にまで出ないのはどうして…って感じかな」
 人目があるから会えないのは仕方がないが…ユイナは『夢の通い路』が入れてあるコートのポケットを思わずそっと押さえた。何気なくさらりと教えてくれたので、歌にそんな意味があるとは全く知らなかった。
「………」
 いったいどういうつもりでこの和歌を自分に教えてくれたのか。
 ただ『夢の通い路』という言葉にかけてだったのか、それともあまり頻繁に会えない自分に対してなのだろうか…そう思うと何故か頬が熱い。
 グラスをに注ぎながら、ナイトホークがくすっと笑う。
「誰かに言われたの?それ」
「別に、そういう訳じゃないわ。ただ気になって覚えてただけ」
 この店の照明が、暗めで良かった。そうでなければ熱くなっていた頬に気付かれていたかも知れない。それ以上追求されないように、ユイナはゆっくりとコーヒーカップを口元に持っていく。その仕草にナイトホークも煙草を口元に持っていく。
「ならいいけど…話変えた方がいい?」
 その方がいいだろう。ユイナは小さく息をつきながらカップを置き、カウンターの上で指を組んだ。
「じゃあ、わたしから変えるわ。ナイトホークはどうして小銃使いなのかしら。ハンドガンの方が狭いところでも使いやすいと思うんだけど」
 二度ほどナイトホークと一緒に仕事をしたことがあったが、そのどちらともナイトホークは小銃…しかも旧式の三八式歩兵銃と、それに着剣できる銃剣を持っていた。新型の小銃ではなく何故旧式にこだわるのだろう…その理由がユイナは知りたい。
 灰皿に灰を落としながらナイトホークが溜息をつく。
「ああ、それ。信じてくれるかどうかは別として、俺旧陸軍にいたからそれが一番使いやすいんだわ。でもベースが三八式歩兵銃なだけで、実際使ってるのはNATO弾だから良く出来たカスタム銃だ」
 信じてくれるかは別。
 以前仕事をしたときに見た人造ヴァンパイアのことを、ユイナはふと思い出した。あのヴァンパイアが着ていたのも旧陸軍の制服だった…大正時代からの亡霊。あの時のナイトホークの様子からすると、きっと今言っているのは本当のことだろう。
「そう…じゃあ、誰かがそれを作っているのね」
「それは秘密。ユイナの銃がリボルバーなのは、手入れしやすいから?」
 別にそういうつもりではないが、確かにオートピストルよりは手入れは楽だ。射撃後の手入れも、銃身内やシリンダーについたカーボンを落とすぐらいで済むし、銃撃戦後ホルスターに銃をしまうときも、ハンマーを元の位置に戻すだけで安全に次の動作に移れる。
 ヴァンパイアハントをするときは、その一瞬の動きで勝負が決まってしまうこともある…自分の愛銃にS&M(スミス&ウェッソン)M500 8インチモデルを選んだのは、その威力だけではなく、それが効率的だからだ。いくら威力が大きくても、扱いが難しければただの鉄の塊だ。
「ナイトホークもハンドガンにしたらいいのに。持って歩くのも簡単よ」
「でも俺が出てくのは研究所関連の仕事しかないし、普段必要ない…っていうか三点支持じゃない銃で的に当てられるのが不思議だ」
 そう言いながらナイトホークは小銃を構える仕草をした。それを見てユイナも左手で銃を構える手つきをしてみせる。
「あれ?ユイナ左利きだっけ?」
 左で銃を構える仕草でナイトホークはそれに気付いたらしい。今まで一緒に仕事をしたり、ここにコーヒーを飲みに来ているのに全く気付いていなかったのか…そう思うと、鋭いのか鈍いのか分からない。
「そうよ、今頃気付いたの?」
「うん。左利きだと、弾取り替えるの大変じゃないか?シリンダー左に出るだろ」
 左で銃を構え、弾を取り替える動きをナイトホークはして見せた。だが左手で銃を持ったままシリンダーをスイングアウトさせる仕草が変だ。ハンドガンが苦手だというのも、何となく分かるような気がする。
「弾を変えるときは、わたしも右手に持ち替えてスイングアウトするわ。大体精密射撃の時は右手を添えるもの…左利きっていっても、右手が使えない訳じゃないし」
「ああ、そういや右手にナイフ持ってたっけ…基本が左利きってだけなのな」
 この違いはそもそもの戦闘スタイルの違いなのだろう。
 ユイナが片手で銃やナイフを扱うが、ナイトホークは両手で銃剣を扱う。それにナイフやハンドガンなら使う手が変わってもあまり困ることはないが、小銃を逆手で使うのは大変だ。
「ダメだな…考え方が小銃基本だから、頭が固い」
 溜息をつきながらナイトホークがグラスをあける。
 何だか話が続かなくなってしまった。ユイナ自身はあまり気の利いた会話が出来るというわけでもないので、そうやって会話が途切れるととても困ってしまう。
 その間をつなぐようにコーヒーを飲み、溜息を一つ。
 今日は何だか静かな夜だ。風の音も車の音も聞こえない。まるでここだけが別の世界に行ってしまったかのように、シンとした不思議な空気が漂っている。その沈黙にナイトホークも落ち着かないのか、少し考えレジの方からなにやら封筒を持ってきた。
「ユイナさぁ、猫好き?」
「いきなりね。ナイトホークは猫が好きなのかしら」
「すっげぇ好き」
 差し出された封筒の中からは、子猫の写った写真が何枚か出てきた。茶白と白黒の子猫が一匹ずつ、そして三毛猫が二匹…ユイナ自身は特別猫好きというわけでもないが、写真を見るナイトホークが何だか妙に嬉しそうなので、同じように微笑んでみせる。
「本当は猫飼いたくて仕方ないんだけど、こういう店だから飼えなくて…人の家とか、その辺のノラで我慢してる」
「和歌といい猫といい、今日は意外な話ばかりだわ」
 カウンターの中で立っている姿と、一緒に仕事をする姿しか知らないが、それはナイトホークが隠している一面なのだろう。
 本当は仕事をする姿も、本当は隠している面の一つなのか…おそらくここにコーヒーやカクテルを飲みに来たりしている普通の客は、ナイトホークが都市迷彩を着て銃剣を振り回す姿など想像も付かないだろう。
 そして、何度死んでも生き返るその力も…。
 写真を眺めている沈黙に、突然時計の音が重なった。この店にあるねじ巻き時計は秒針の音が割と大きいのだが、今まで気にならなかったのに急にせき立てられるような気持ちになる。時計はそろそろ閉店時間にさしかかる頃だ。
「あら、もうこんな時間なのね。そろそろ帰らないと、ナイトホークの休む時間がなくなるわね…」
 カウンターから立ち上がろうとすると、ナイトホークがふっと笑う。
「別にゆっくりしててもいいのに」
「いえ、そろそろ帰るわ。ねぇ、会計の前に一つだけ聞いていいかしら…ナイトホークはわたしが怖いの?」
 今まで穏やかだった空気がいきなり張りつめた。いや…急にではない。ユイナが今日現れたときから、ナイトホークは何だかいつもと違った。その理由は分からないが、ただそれが気にかかったのだ。
「何でそんな事聞くの?」
 いつものように笑いながらナイトホークが伝票を差し出す。
 どうして気付かれたのだろう。
 客商売だってかなり長いし、緊張するような場面は何度もあった。だがそれを表に出している事はないはずだ。
 別にユイナが怖いわけではない。ただ、ユイナには謎が多すぎるのだ。それも自分の過去に触れるような謎…それに少なからず警戒感があると言われれば、嘘ではない。
 しばらく間を取ると、ユイナは釣り銭がないようにコーヒー代をカウンターの上に出す。
「今日はずいぶんわたしに対して緊張してる気がしたから…せっかくのコーヒーが台無しよ」
 多分普通の人は気付かないような、ほんの些細な緊張だったのだろう。だが、それでも今日のコーヒーはいつもの研ぎ澄まされた味ではなく、何か迷いがあるような雑味があった。それが先日の人造ヴァンパイアの事件に関わるものなのか、それとも自分の考えが及ばない何か別のことに関してなのかは分からないが、それだけはどうしても言っておきたかったのだ。
「ごちそうさま。次はいつものコーヒーを飲ませてね」
 ドアベルを鳴らしながらユイナが夜の街に消えていった。
 その後ろ姿を見送りながら、ナイトホークは震える手で煙草をくわえる。
「俺もまだまだ甘いな…」
 上手く立ち振る舞っていたようでも、コーヒーにそれが出てしまったか。カップの底に残っていたコーヒーを指につけ舐めると、確かにそれはいつも自分が入れているコーヒーの味ではない。
 これは恐怖か。それとも疑念か。
 あの廃墟にいた頃のことに触れられるのはたった一人のはずだ。なのに、どうしてユイナがそこに重なってくるのだろう。単なる偶然か、隠された必然があるのかは謎だが、今のままではきっとユイナに対して不信感を抱いたままになる。ただの客ならそれでもいいのだろうが、これから一緒に仕事をすることがあるかもしれない以上、その不信感は命取りになりかねない。
 自分が死ぬのは構わないが、その時倒れているのがユイナなら……。
「一人で考えても仕方ない…か」
 誰もいない店内に、声が響き渡る。
 この謎と秘密を一人で抱えているのには限界がある。あの時の記憶を共有する黒衣の交渉人には言っておいた方がいい。
 そうじゃないときっとどちらに対しても、自分は何かを隠したままになる…。
「………」
 煙草を消し、照明を落とす。
 玄関の看板を『Closed』にし、誰もいないはずの闇に向かってもう一度溜息をつく。
闇夜に浮かぶ六道の辻に誘われたかのような気持ちになりながら、ナイトホークは入り口のドアを背にして、床にしゃがみ込んで天を仰いでいた。

fin

◆ライター通信◆
発注ありがとうございます、水月小織です。
今までのゲームノベルで出てきた事を引っ張りつつ、次の話に繋げていくという感じになってます。「fin」とはついてますが、実際はその後ろに「?」がつくというのが正しいですね。
『六道の辻から冥界に入って閻魔大王の冥官を務めていたという伝説があったり、恋人が幽霊だったり』という歌人は、あるNPCの名字と歌人の名前が繋がっています。繋げるつもりではなかったのですが、百人一首について調べていたら偶然繋がっていてびっくりしました…何だか最近そういうのが多いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
次はちゃんとコーヒーを入れられるのでしょうか…またのご来店をお待ちしています。