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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>



   Pictures of A City

 やわらかい陽射しの降る午後。にぎやかな街の中を歩いている。アスファルトに跳ねかえる、かたいパンプスの音。ときおり流れる風はここちよく、秋のおわりの一日を静かに彩っている。どこかの喫茶店から流れてくるコーヒーの香り。行きかう人々の笑顔。立ちならぶ高層ビルの群れ。信号待ちをするクルマ──。どこか見なれた、すずやかな街の情景。

 けれど、この街に見覚えはない。おとずれたことも、歩いたこともない。自分の知らない街だということだけがわかる。いったい、ここはどこだろう。それに、どうやってここへ来たのか──。ぼんやりとそんなことを考えながら、足はまっすぐにどこかへ向かっている。どこへ行こうとしているのかも、わからない。ただ、どういうわけか道は知っている。見たこともない道だというのに、まるで歩きなれた散歩道みたい。

 街を歩いていると、ときどき妙な衝動にとらわれる。この街で遊んでみたいとか、そういう欲求が出てくる。遊ぶといっても、カラオケだとかボーリングだとか、そういう遊びではない。文字どおり、「街で」遊びたくなる。悪いクセだと思いながらも、やめられない。──そう、たとえば、この街だったら。あの、目の前に見える百階建てはありそうなビル。あれを根元からもぎとって、さかさまにしてやったらおもしろそうだ。ほかにも、架橋の上を走る高速列車だとか、鉄骨で組み上げられた展望塔とか、遊び甲斐のありそうなものがたくさん。よし、今日は家に帰ったらこの街をミニチュアにして──

 そう思った瞬間。足元がゆらっと動いた。──地震? 一瞬そう思った。つづけて、二回三回と地面がゆれた。いや、ゆれたというよりは地面が動いた。そういう感じだった。地震とは違う。気付くのと同時に、体のバランスがくずれた。耐えようとしたものの、無駄だった。足がもつれ、背中から道路にころんだ。ひんやりとしたアスファルトが、背中越しに感じられた。そして、目をうたがった。地面が、ななめになっている。坂になっているとか、そういう次元ではない。目に見えるものすべてが、ありえない角度でかたむいている。まるで、ファインダーをかたむけて撮影した写真みたいに。

 道行くだれもが地面に倒れ、困惑の表情を浮かべていた。みな口々に、地震なのか、いやそうじゃない、などと怒鳴りあっている。だれにも、なにが起こったのかわからないようだった。ただただ、ひたすらに、混乱だけがあった。やがて、その混乱の中にハッキリとした形のある「恐怖」が生まれた。唐突に陽射しが消え、落雷のような轟音が空気をふるわせたのだ。

「みんな私のおもちゃです」

 大気がビリビリと音をたてた。どこかで聞いた言葉だと思った。目の前で、知らない中年男が空を指さしている。ふとその方向を見上げると、雲よりも高く巨大な人の姿がそびえていた。こざっぱりとした、紺と白のツートンカラーの服。茶色の髪に白い肌。そして、どこか無邪気に見えるサファイア色の瞳──。ふだん鏡でしか見られない女の姿が、そこにあった。

 そんな馬鹿なことって──。思わず息をのんだ。自分はここにいる。あらゆる物体をサイズ変更させてしまう能力をもった自分は、ここにいる。でも、だとすると今この街を見下ろしているアレはなに?

 しかし、そんなことに疑問を持っていられる余裕があったのはそれまでだった。空を覆いつくすような腕がまっすぐのびて、その指先が無造作な感じでビルにふれた。百階以上あろうかという超高層ビル。その外壁がバラバラくずれおちて、割れたガラスとともに路上へ降りそそいだ。落ちてきたのは、壁やガラスだけではなかった。まるで人形のように、ビルの中から人がぽろぽろとこぼれおちてはアスファルトの上につぶれていった。けれど、それもほんのわずかの時間だった。ぐらっと大きく傾いた拍子に、ビルは根元から倒壊してしまった。まるで爆撃でも受けたみたいに土煙がたちこめ、絶叫と悲鳴がわきあがった。それが、地獄絵のはじまりだった。

「ちょっと、ちらかってしまいましたね」

 ふたたび、耳をつんざく爆音が轟いた。鼓膜がどうにかなりそうだ。肺の中の空気までが、痙攣するようにふるえる。音だけで殺されそうだった。もちろん、音だけではすまなかった。瓦礫の山と化したビルの跡地に向かって、巨大な顔が口をすぼめた。なにをしようとしているのか、すぐにわかってしまった。とっさに、電柱にしがみついた。と同時に、猛烈な突風が正面から襲ってきた。まるで竜巻だ。地面に倒れていた人々が、ゴムまりのようにころがっていった。ばらばらと音をたてて、ガラスや看板、それに瓦礫の破片が雨粒のように落ちてくる。横倒しになったバスが、火花をたてながらアスファルトをすべるのが見えた。まきこまれた人間が、ぼろくずのように吹き飛ばされる。いたるところでクルマが衝突し、街灯が倒れ、炎の色が空を染めていた。

 風がおさまると、街のメインストリートは瓦礫と死体の山で埋めつくされていた。自分が無事でいるのがふしぎなほど、だれもかれもが血を流し、狂乱の中を逃げまどっていた。しかし、どこへ行こうと逃げだすことはできない。この街は、もはや彼女のものなのだ。彼女──? いや、自分だ。そう、だれであろうとこの手からのがれることはできない。だれも、だれも。──自分自身さえも?

 ぞっとして、走りだした。こんな状況は本来ありえない。なぜ、自分自身の能力で自殺するようなことをしなくてはならないのか。そんなことはするはずがない。だから、これはきっと夢だ。けれど、夢だからといってすませるわけにはいかない。夢の中で死んでしまったらどうなるのかなんて、だれも知らない。もしかすると、目がさめないかもしれない。それは、死んでしまうのと同じことだ。逃げなければ。──でも、どこへ?

 走りながら、周囲を見まわした。どこもかしこも火の海だった。血まみれの人々が、言い争いやケンカをくりかえしている。断続的にとどく破壊音は、ビルや家屋が倒れる音だろうか。破壊をくりかえす巨大な指先は、退屈するということを知らない。ビルをもぎとり、列車をつまみあげ、めだつものを次から次へと遊び道具にしていく。破壊することが目的ではない。ただ、遊ぼうとすると壊れてしまうのだ。もちろん、物体を破壊するのも遊びの一部。街に住んでいる人間だって、物体の一部。

 喚声が聞こえ、十字路の向こうから大勢の人間が走ってくるのが見えた。地鳴りが響き、彼らの後ろに巨大な壁が突き立てられた。どこかの高層ビルをいくつか束ねたもののようだ。コンクリートとガラスの巨大なかたまり。それが、逃げまどう人々を追いかけるようにすべりだした。道路も建造物も関係なかった。あらゆるものを巻きこみ、蹴散らして、高層ビルの束が人々を追いまわした。がりがりと大地をこする、すさまじい轟音。隕石の雨のように、コンクリートのかたまりが地表につきささる。直撃された男が、目の前で挽き肉みたいにつぶれた。高層ビルの壁に追いたてられる人たちも、次から次へとコンクリートとアスファルトの地獄に飲みこまれた。逃げても無駄なのだ。そう、この街のすべてはエリス・シュナイダーのものなのだから──。

「あははははは」

 ひときわ大きい声が、空気を切り裂いた。寒気のするような、しかし心底たのしそうな笑い声だった。その声にあおられるようにして、あざやかな血と炎の色が、街も空もつつみこんでいった。瓦礫と死体の山。血と肉の匂い、炎と鉄の色。絶望と混沌の踊る舞台。この世のものとは思えない風景。しかし、それはどこか美しくも見えた──。



 ──気がつくと、朝だった。どうやら夢を見ていたようだ。思っていたとおり。ほっと息をついて体を起こすと、背中に汗がはりついていた。炎にあぶられたように熱い汗だった。
 カーテンの向こうからさしこむ朝日は、おだやかな一日のはじまりを告げるようにきらめいている。時計を見ると、午前六時。すこし早いけれど、もう眠れそうになかった。起きて顔を洗おう。そう思いながら、リモコンでテレビの電源をいれた。
 朝のニュースが流れた。人気キャスターが、ふしぎな事件の一報をつたえている。観光で有名なヨーロッパの都市がひとつ、跡形もなく消えたというしらせだった。聞き覚えのある都市だ。いや、聞き覚えがあるどころではない。ついさっきまでそこにいた。夢の中で。
 ベッドを出て、キャビネットから「それ」を手に取った。ミニチュアサイズにした都市。たいせつなコレクションのひとつだ。ゆうべ遊んだときのまま。瓦礫の山も炎の海も、そのまま残っている。
 そして、思いだした。夢の中で、どこへ行こうとしていたのか。この街には、日本でも有名な喫茶店の本店があるのだ。いちど味わってみたいと思っていたのを、すっかり忘れていた。
 思い出すと、朝のコーヒーがほしくなった。ふだん飲む習慣はないけれど、たまにはそういうのもいいかもしれない。今日は出勤前にコーヒーを一杯飲んでいこう。そう思いながら、街のミニチュアをキャビネットにもどした。