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<お菓子の国の物語>


アリス・ペンデルトンと壊れた杖。



「うえっ!?」
 アリスの杖から止め処なく出現する魔法。いや、お菓子。
 アリスは杖を振り回す。
「なんなのぢゃ! この! 止まれ!」
 ぶんぶんと振り回すものの、空中に現れ続けるお菓子にアリスは顔を引きつらせる。
「〜っ! よりによって杖が壊れるとはっ!
 ええい! このこのっ!」
 止められない!
 出現するお菓子が山になり始めている。
(ま、まずい! いくらなんでも出すぎぢゃ!)
「だ、誰か……!」
 アリスは杖を両手で握って押さえ込む。弾けた音と共に、空中にお菓子がまた出現した。

***

 孤児院の手伝い帰りの観凪皇は嘆息していた。
(う〜ん……貧乏な孤児院って大変なんだな。ボランティアで手伝いに行ったんだけど……まだまだ俺って世間知らずだ)
 夕焼けが皇を照らす。足もとに溜まる自分の影に皇は視線を落とした。長く伸びた影はただ暗い。
 自分はまだ19歳で、確かに子供でもある。未成年だからできないことも多いが、成人したとしても個人でできることには限界がある。
(はぁ……誰かを助けるって大変なんだな)
 足もとを見てとぼとぼと歩いていた皇は「ん?」と気づいた。空を見上げる。
「あれ……? さっきまで夕陽があったと思ったんだけど……」
 太陽の姿などなく、星の瞬く空が一面に広がっている。一体いつ太陽は沈んだのだろう? 完全に夜になるまではまだ時間があると思ったのだが。
「あ、あれれ?」
 すぐ右側にあった家と塀もない。電柱も、道路さえ。
 というか。
「…………」
 皇はつぅ、と汗を顎にかけて流す。
 というか……あの。
「ここ……どこ?」
 足もとに生える草が風によって揺れる。心地よい緩やかな風が皇の頬と髪を撫でていく。
 一瞬、どこかの田舎かと思った。広がる草原の先には森が見える。森の中でちらちらと灯りが揺れているが、誰か居るのだろうが?
「あれ……? 俺、ちゃんと歩いてた……よね?」
 どこかで電車に乗ったとか、誰かにさらわれたとか……なかったはず。いきなり瞬間移動したとか!?
 ちょっと歩いた先の角を右に曲がり、それからコンビニが左手にあって……。
 だがどこにも道がない。いや、森に続く小道はあるのだが、道路ではない。
 皇は慌てて周囲を見回す。どこにも見覚えのある場所がない。
「だ、誰か……」
 いませんか?
 そう尋ねても返ってくる声はないだろう。
 だが。
 何か聞こえた。
 本当に微かなものだったが、確かに。
「悲鳴……?」



 声のしたほうへ向かって走る皇は、丘を登る。
(この向こうだったはず……)
 丘を越えたところで皇はぎょっとした。
 ぼん、ぼん、とお菓子が空中に出現しているのだ。皇は視線を移動させる。
「くっ、この!」
 そんな声を洩らしている、杖を振り回す少女を見た皇は疑問符を浮かべた。この状況は……なんなのだろう?
 出現するお菓子は少女と同じくらいの高さの山になっており、なおも増え続けている。
「わ、わわ……お菓子が……女の子が……ど、どうしよ……」
 おたおたする皇に気づき、少女が怒鳴る。
「こら! そこのおまえ! なんとかしろっ!」
「ええっ!? なんとかしろと言われても……。あの、これはど、どうなって???」
「杖が壊れてお菓子が出るのを止められないのぢゃ! ぼけっとしてないで、なんとかしろ!」
 ――と、言われても。
「おぉのれぇえぇっ!」
 ヤケになったように叫ぶ少女はブンブンと杖を振り回す。当たりそうになった皇は慌てて避けるが、出現したお菓子が顔に当たってよろめいた。
(ど、どうしよう……えっと、杖が壊れたって言ってたっけ)
「じ、じゃあえっと、斜め四十五度の角度で小突いてみる……、とかどうですかね」
「はあっ!? なんぢゃそれは!」
 皇は後頭部を掻いた。
「いや、テレビの直し方です……」
「てれび???」
 ふざけているのか、という目をする少女に皇は謝る。
「だ、駄目ですよね、ははは……」
 笑っている場合ではないのだが、皇にはいいアイデアが浮かばない。
 皇のよく知る少女なら、もっとスマートにこの娘を助けるだろうに。
(うぅ、あの人みたいにうまくいかないや……)
 もっとかっこよく、軽やかに。正義の味方のように。
 は、と我に返って皇は頭を振る。ここに居ない人のことを考えていてもしょうがない。
 ぐっ、と拳を握って皇は少女に言う。
「えと、手伝える事があったらなんでも言ってください! 肉体労働なら自分がやりますんで!」
「なにを言っとるんぢゃ、おまえは〜っ!」
「俺にはいい案は浮かびませんけど、一緒に考えれば一つくらいは浮かびますよっ!」
「力んで言うことかぁ! このたわけ!」
 振り回される杖からはお菓子が出現し続けている。
 皇は彼女の腕を掴んだ。とりあえず振り回すのをやめさせようとしたが、杖自体が震えているらしく止めることができない。
「と、とにかく放してくださいっ」
「それができれば苦労しておらん! 手から放れないのぢゃ!」
 皇は少女の手を掴んで杖を奪おうとする。だが接着剤でも使っているように、彼女の拳は固く握られていて開くことはできない。
 空中に出てくるお菓子はいい香りをさせているため、皇はお腹が空いてきた。
(う。あそこにあるのはアップルパイ? クッキーも転がってる……)
 香ばしい匂いに皇は嘆息する。
(集中できないなぁ、この匂い)
「なにを溜息をついておるんぢゃ! ほれ! なんとかしてくれると言ったではないか!」
「ご、ごめんなさいっ。
 あの、杖が壊れたっていきなりですか?」
「知るか!」
 知るか、と言われても。
 皇は杖の先端を掴み、手で覆ってみた。だが魔法は止まらない。皇の頭の上にホールのイチゴケーキが落ちてきた。
 ぐしゃ、とスポンジと生クリームが皇の頭にぶつかって潰れる。
「わっ」
 甘ったるい匂いに皇は顔をしかめる。それに冷たい。
 皇の姿に少女は目を丸くし、すぐに笑い声をたてた。
「ははは! なんぢゃその格好! クリームまみれではないか!」
「笑い事じゃないですよ……」
 続けて頭に何かが落ちてきた。チョコレートケーキだ。
「ひゃっ! わっ、あ」
 さらに色々なケーキが皇の頭目掛けて落ちてくる。わざとなのだろうかと思うが、そうでもないらしい。少女はさすがに眉間に皺を寄せている。
「でかい菓子が出てくるとは……ちょっとまずいかもしれないぞ」
「え? ど、どうして?」
「周りを見てみるのぢゃ。今まで出ていたのはクッキーやパイや飴、小粒のボール型のチョコ」
 少女と同じくらいの身長のお菓子の山は、言われてみればそれら小さなものが集まってできたものだ。皇の頭に落ちてきたのはホールのケーキばかり。
 少女は自身の左手で右手を押さえ込む。
「おまえも手伝え! ほれ!」
「あ、はい!」
 皇も少女の手から杖を放させるために、押さえる。
 ぐぐぐ、と押さえていると…………。
 ぼき。
 と、嫌な音がする。
 少女がびっくりし、皇もまた驚いた。
 出現した最後のお菓子は皇の頭に命中した。チーズケーキだった。



「お、おおおおまえぇ〜……! なんてことしてくれたんぢゃ!」
 折れてしまった杖を修復しようと躍起になる少女は、皇を睨む。
 皇は申し訳なさそうに身を縮こまらせていた。ああ、やはり自分に人助けは難しい。あの人みたいにかっこよくできない。むしろ、相手の迷惑になっているような……。
「すみません……。あの、直すの手伝います」
「どうやって!」
 少女の言葉に皇は言葉に詰まり、しゅんと肩を落とす。
 あまりにしょんぼりする皇を見て、少女は片眉を吊り上げた。
「……あー、その、まあ止めてくれたことには一応礼を言っておく」
「いえ。あまり役に立てなくて……」
「おまえ、女にモテんぢゃろ」
 言い当てられて皇はズレ落ちた眼鏡を押し上げる。
「な、なんでそんなこと……っ」
 幼い女の子になぜ言われなければならないのか!?
 少女は偉そうに胸を張る。
「ヘタレぢゃ。顔はいいくせに、ヘタレておる!」
「へ、へたれ……」
「情けないニオイがぷんぷんしておるからぢゃ!」
 バーン! と言い放たれ、皇はショックを受けて眩暈がした。
(お、俺ってそんなにダメ男なのかな……。いやいや、一般人は多少へたれてるくらいが丁度いいよ、きっと)
 脳裏に見知った、憧れの正義の味方の姿が浮かぶ。
 彼女に比べると……自分は本当に頼りない。彼女の強さは一体どこから来るものなのだろうか?
「いや、まぁ……自覚はしてます。少し」
「ふむ。しかし見かけない顔ぢゃな」
「観凪皇と言います」
「アリス・ペンデルトンぢゃ。しかし変わった名前ぢゃな。使い魔か?」
「使い魔……? いや、俺は人間ですけど」
「???」
 会話が噛み合わない。
 アリスは怪訝そうにするが、折れた杖を振ってお菓子の山を示す。
「ついでぢゃ。こいつを始末しろ」
「ええっ!?」
 始末と言われても……。どうすればいいのだろう?
 食べる? いや、ちょっと一人では無理だろう、この量は。
(あ。そうだ)
「少しだけなら……あの、片付けられると思います」
「まあそれでもいい。時間が経てば消えるぢゃろうし……」
「え? 消える?」
「どこかの世界で菓子が食われれば消える。当然ぢゃろ」
 アリスの言うことはよくわからないが、皇はとりあえず頷いてみせた。

 お菓子を、もらったビニール袋の中に入れる。
「ありがとうございます」
 嬉しそうに微笑む皇に、アリスは首を傾げた。
「なんぢゃ? おまえ、菓子が好きなのか?」
「え? そうじゃなくて……孤児院の子達に分けてあげようかと思って……」
 これだけ大量にあるのだから、そうしたほうがいい。自分一人で食べるより、お菓子も喜ぶのではないだろうか?
 お菓子の山から、選んでビニール袋に入れていく皇を、腕組みしてアリスは眺めていた。
(そういえば今日はハロウィンだったっけ)
 だからお菓子をあげよう。いたずらをされる前に。
「……にやつきながら菓子を拾うな。気色悪いぞ?」
「え? ニヤついてましたか?」
「しておった。なんぞ女のことでも考えていたのか?」
「ち、違いますよっ! お菓子をあげる子供たちのことを考えてたんですっ!」
「そうかのぅ」
「そうですよ!
 それより、アリスさんの杖、どうするんですか?」
「どうするもこうするも、直すか新しいのを手に入れるしかないぢゃろうがっ!」
 キーッと叫ぶアリスは折れ曲がった杖で皇を叩いた。
 皇は叩かれながら安堵する。
「よ、良かった。もう二度と手に入らないものだったらどうしようかと思いました」
「そんなことになったらおまえを許すわけないぢゃろが!」
「ですよね」
 苦笑する皇を、アリスは杖でぽかぽかと叩き続ける。皇は笑って誤魔化すことしかできなかった。
(人助けするのって、難しいんだなぁ……ほんとに)
 いい教訓になった。うん。


 
 気づけば皇は元の場所に戻っていた。ビニール袋を片手に。
 夕暮れの中に佇む皇は首を傾げる。
「夢……じゃ、ないよね」
 手の中にある大量のお菓子が、なによりの証拠だ。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【6073/観凪・皇(かんなぎ・こう)/男/19/一般人(もどき)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、観凪様。ライターのともやいずみです。
 無事に杖の暴走が止まりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!