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<東京怪談・PCゲームノベル>


セレナ・ラウクードの一日








 ――――その白い男は、いつものように微笑んで立っていた。

 





【1】

 ――――某日、某所。


「…………ふん。いつ来てもふざけた空間だ、此処は」

 周りに広がる豊かな緑を睥睨しながら――――
 黒・冥月は不機嫌そうに呟いて、黙々と歩を進めていた。


 彼女が目下の処歩いているのは―――ああ、竹林があったと思えばその隣に環状列石らしきものが鎮座している!冗談も大概にして欲しいものだ―――そう、最早見慣れた感のある、諧謔の空間である。


「手早く済ませて帰りたいところだが、な」
 軽く嘆息して、彼女は肩を竦めた。
 ……この空間において。否、人生において重要なのは、激昂しないことである。
(帰りに……茶でも馳走になるか。それも良い)
 ゆっくりと歩きながら―――ふと彼女の脳裏に浮かぶのは、古めかしい和風の旅館。
 付随して連想されるのはまた、そこを切り盛りする蒼髪の清楚な女性。式神使いである。

 ……或いは、換言するなら―――友人の、イメェジか。




『おいおい、知り合ったのは俺達の方が先なのに二番手か!?』

『いやはや、これは何とも酷い仕打ちだねぇ……』



(……)
 言われもしないのに次に浮かんでくるのは、黒い馬鹿と白い馬鹿だ。
「まったく。奴等と知り合ってしまったのは、やはり不運だったか……?」
 自分のイメェジのはずなのに、勝手に脳内で騒ぎ始める二人の男を強引に脳裏の片隅へやりながら―――嘆息。
 日常に刺激が無いのは退屈だが、それは劇薬を必要とすることと同義でもないだろう……。
「忌々しいことだ」
 小さく吐き捨てながら、彼女はひたすらに進む。
 ……俄かに森の発する雰囲気が、穏やかではない物に変わっていたが。元よりそれは分かっていることだ。
 やがて、自分の前方に木々の無い開けた場所。
 同時に、その先に広がる―――本格的なスケールの森林が見えてきた。

「と、いかんいかん。平常心で臨まねばな……理性的に行動しよう」
 目的地だ、と感じて彼女は精神を引き締める。
 此処から先は、予想出来ないことがあったとしても落ち着いて処理しなくてはならないのだ。

 ……断じてそんな思いと共に、黒・冥月は森の入り口に到達するのである。






「あ、冥月君だ。久し振りだね?」
「てい」
「むぎゅ」


 ―――そして。
 予想していた筈のセレナ・ラウクードとの接触に、脊髄反射的な蹴りで応えてしまった。

 理性だの、平常心だのということは関係ない。

 そこにセレナが居た。
 故に蹴った。
 しかも本気で。

(ああ。これは仕方の無いことなのだ)
「あ、スマン」
「……君が、時々失礼なことをする女性だって言うのは薄々気付いてたけどさ。今、心の中でものすごく僕にとって理不尽な思考をしなかった?」
「ははは、見当違いなことを言うな、魔術師?」
「むぅ……他人様に対しては、常に真摯な態度で向き合うべきだと思うんだけど」
「――貴様にだけは言われたくないな。それで、今回の来訪目的だが………」
「うわ、なに、これって僕の蹴られ損?」

 その通りである。




「……簡単に言えば、珍しいものが欲しい。探索に行くつもりなら私に付き合え、セレナ」
 うったえるぞー、とやる気もなく腕を振るセレナに、冥月は鋭い微笑を一つ。
 完璧なスマイルで一切の反論を許さず、そう言い切ったのであった。

 ―――それこそが、彼女がこの森に足を運んだ理由であるのだから。










【2】


「蒐集家の依頼、ね。そういえば、前に巴が一回君に付き合わされたって言ってたなぁ……」
 がさりがさりと、存外背の高い草を踏み分けながら、ぼやく声。
 それは言うまでもなく―――既に森の奥に進み始めた二人組の片割れ、セレナのもので。
「てい」
「……おかしい。今の蹴りは絶対におかしいと思うんだ、冥月君」
「そうか?」
 それに、とりあえず反応してやるか、と足を出しておく冥月である。
 ……再びうったえてやるー、という声が聞こえるが、彼女は勿論無視した。


「魔術師。三時の方向と五時の方向だ」

「草刈の延長だと思ってるんだろうね、君は――――“Das Hochrot, das rauh wird”」


 暢気な会話の合間に響く爆音は、二人に似つかわしいと言えば―――似つかわしいのかも知れないが。

「ふぅ、霊体相手にはやはり此方の方が良く効くねぇ」
「働け働け。私はそういった手合いを相手にするのに適していないからな……」
「………っていうかさ。こっち側の森、しかもこの辺りは“そういうのしか居ないんだけど”……?」
「む」

 一瞬の、沈黙。
 後ろに目でもついているのか、足を止める冥月と同時にセレナも止まる……

「…まさか君、忘れて」
「てい」


 うわぁ凄いや今度はローリングソバットだね、と言いつつセレナが回避した。


「良く避けたな。褒めてやる」
「……君はお茶目だなぁ。ああ、ごめん、今のセリフは撤回するから第二撃を放つのは止めてくれ」
「うむ」
 寸劇のような見事なやり取りを完璧なコンビネーションでこなしてから、再び二人は歩き始めた。
 ……敵は、意外と多い。セレナが呪文を唱える頻度も少しずつ増している。
「そもそも、別にうっかりではない。この地域に良いものがありそうだから決めたのだ……」
「へぇ」
「魔術師、何のためにお前が居ると思っているのだ?ちゃんと護衛しろ」
 いっそ気持ちの良い言い切り口調に、セレナが口元を綻ばせる。
「嬉しい言葉を言ってくれるね?」
「ああ、腕は信頼しているぞ。人としては信用していないが」
「…………ふ、使うだけ使ったらポイ捨てか。尽くした男にも容赦が無いね」
「そういうコトを言うから信用出来んのだ、阿呆」

 ごん、と響いた音は踵落としだろうか。
 分からない。或いは、セレナが敵を滅ぼすために使った、魔術の効果音なのだろう……。





 そういえば、と冥月が口を開いたのは、それから十分後のことだった。
「お前達は此処に来る前、何をしていた?」
「んー…?」
 それは、断じて気軽な口調である。
 ……それをして甘い、と評されるかもしれないが―――知ったことではない。
 自分の好きなように生き、我を通すことは無粋とイクォールではない。
「ふふふ、これはアレかな。君の好感度が上がるとかそんな、」
「―――忘れていた。此処で貴様を殺しても完全犯罪で済むんだな」
「はっはっは、仕方ないなぁ。まあ、少しだけなら話しても良いだろう」
 収束する影の気配に笑いながら、セレナがそつなく会話を運ぶ。
 ………巴だったら、もう少し会話を引き伸ばして殴られていたかもしれない。


「……むかしむかし、あるところに魔術師の家系に生まれた男が居ました」

 歌うような、声である。

「ああ、因みに―――モラルだの何だのと言っても、“やっぱり魔術師の家系は無茶をします”……その男も、色々と無茶をやらされました。けれど家族は居たし、衣食住の保証はされていました。術師の視点で見れば悪く無い日々が、続きました」

 はじまりは、ベタな御伽噺の始め方であったが。

「あるときその家系の主は、すごい魔術を習得しようとしました。そして、その操り手として、最も才に秀でた「その男」を選んで―――おどろおどろしい儀式を始めました。もうとんでもなく疲れる、長期間に渡る儀式です」

 ―――前方に見えてきたのは、いかにも何かありそうな洞窟。
 二人は何も示し合わせず、自然な足取りのままに中へと入る。

「―――魔術は成功しましたが、その代償として、男は家族に会うことが出来なくなってしまいました。“だから彼は、一人ぼっちになりました。もう彼の周りに拠り所は存在していませんでした”」

 小さく呟く声で、松明代わりの明りが生まれた。
 照らされる魔術師の顔は、白く。また、いつもとなんら変わらない。
「で、現在に至る、と……ふ、どうだい?意図的に曖昧なテイストを含んでみたんだけど」
「無駄な努力だな」
「うわ、僕の努力全否定だ」
 黒・冥月は、軽く鼻を鳴らして答えた。
「っていうか、あれ?普通はここで同情して呉れたりとかそういうのは無いのかな?」
「…したら、面倒な顔をするくせに」
「良くお分かりで」
 同じように、軽い挙動で肩をすくめる白い魔術師。

 ……そうだ。
 相手が同情を欲するなら―――ああ、千歩譲って、場合によっては少しばかりそれらしい顔をしてやらなくも無いが。そういった類のものを欲しがらないメンタリティの相手に呉れてやるのは、ただの迷惑だろう。

「まー、魔術師って言うのは少し駄目な奴等だからねぇ。現代社会の一般人とは対人関係の在り方も、精神構造も少し違う。お話に出てきた魔術儀式が失敗したなら、大いに同情が欲しいところだけど」
「馬鹿か。……貴様は、同情を集めるしかないエピソードなど、それこそ人には話すまい?」
「ん」

 彼は。
 その理解と。その態度こそが、嬉しかったのだろうか。
「では、冥月君は、何か聞いてほしい話題でもあるかなー?お兄さんに何でも話してごらん」
「誰がお兄さんだ?精神年齢と実年齢が正比例している人生の先達は、ここには居ないようだが」
「……酷いね」
「そうか、自分の完成度にも気付いていないのか……」
「うわ、同情だ!?今まさに同情してるね君は!?」
 ツッコミにも、物静かなスタイルを崩さないセレナにとっては珍しいリアクションだった。
 ……びっくりしつつも、敵の打倒は完了しているのだが。







【3】

「…っていうかさ、ダンジョンに入ったのを鑑みても、敵の数が多過ぎない?」
「おお、やっと気付いたか」
 
 そんな会話が成されたのは、セレナの暇潰しの御伽噺からまもなくのことだった。
「っ―――“Das Hochrot, das rauh wird”」
 洞窟に響き渡る魔術は、既に何度目か分からない。
 ……流石に辟易してくるセレナに、おや、と凄まじく気軽な口調で応じる冥月である。
 ぴくり、とセレナの肩が震えた。
「…………冥月君?まさか、」
「ああ、私が影で煽り誘き寄せてるからな」

 違う、別にそんな笑顔で肯定して欲しかった訳ではないのだ!

「いや、バレてしまっては仕方ないな。まあ修行を手伝ってやっているとか、そんなものだ」
「……」
「しっかり守れよ?」
「…一応これ、渡しておく。なんていうかもう、僕は帰りたい気持ちで一杯です」
 そう言って彼が放ってきたのは―――小さな布袋だった。
 ただ、金糸で複雑な文様が描かれてエスニックな属性が付与され……透明な石が入っている。
「護符か」
「うん。君は根性あるから、それがあれば死なないんじゃない?もっとも、影で防御が出来るだろうけど」
「では頂こう」
「うん」
「礼として敵の引き寄せ効果を五割増しだ。うむ、これで貸し借りゼロだな」
「はっはっは。宝……珍しい宝は、一体何処にあるんだろうねぇ……」
 目に見えて進行速度の上がったセレナを見て、冥月は満足を覚えてうむ、と頷いた。
 護衛だけを行わせる為にこの魔術師を連れてきたつもりであったのだが―――

(まさか自発的に宝探しまで始めるとは。感心だな)

 ……………そう、本気で感心する辺り彼女は大物なのだろう。






「で―――こんな物が見つかったんだけど」
 必死でセレナが見つけ出してきたのは、なんと髑髏であった。
 ………けれど、それは透明な。

 水晶で形成された、髑髏である。

「ふむ、これは中々……オーパーツか?」
「真作かどうかは判別出来ないけど、どちらにせよ珍しい希少品だ。蒐集家って好きだろう?こういうの」
「まあな。良いだろう」
 存外素直にそれを受け取り、彼女は懐に仕舞う。
 ―――因みに、敵を捌くのも面倒になってきたので、セレナの張った結界内で会話しているのだが。
「ご苦労だった。では私は帰るぞ」
「…いや、予想はしてたんだけどね」
 はぁ、と小さく息を吐くセレナの前で、冥月のフォルムが見る間に「影」へと沈んでいく……
「ああ、それと」
 そして、沈む直前に。
 本当に今気付いたんだ、といわんばかりの口調で彼女は意地悪く笑みを浮かべた。
「うむ、そうだ。修行の締めに相応しい相手を紹介しよう」


 ―――同時に現出したのは、最高レベルに濃密な異質の雰囲気である。


「冥月君。君って奴は……」
 苦々しく呟きながら、彼は短く呪文を呟く。
 ―――起動した魔術が、“その濃密な気配”を除いた数十の魔物を、一瞬で塵へと変えた。
「まったく、何処のイメェジが抽出化されたんだ……?」

 場合によっては、不死者の代名詞。

 吸血鬼の一種に数えられることも、それと同位・超越存在と捉えられることもあると云う。


「ノーライフキング。僕がTRPGのキャラクタだったら、仲間があと五人は欲しいな」
「私はもう帰るがな」
「知ってるよ。っていうか、もう君は髪の毛しか見えてないし―――」
 ゆっくりと現れるフォルムは、セレナをしてプレッシャーを感じるものだった。
 いやはや、と頭を掻きながらセレナがぼやく。
「今日の礼だ。遠慮はするな」
「……非常に男気溢れる報酬、ありがとう」
「ほほぅ。貴様、言うに事欠いて最後にそれか」

 ああ、彼女の手品に制限は無いのだろうか?
 悠然と歩いてくる不死者の王の隣に、出てきたのはリッチの影である。

「生きていたら何か奢ってやる。精々気張れ、魔術師」

 ―――言って、完全に消える冥月であった。

「は…」
 此処まで来ると、いっそ清々しい。
 何かを奢ってくれるというのなら、まあ、そこまで理不尽な話でもないのだろう。そう考える。
『オオオオオオ……』
 さて、始めるかとセレナは一歩踏み出す。
 恐ろしげな声で迫り来る二匹の不死者は自分の帰り道を塞いでいるのだから、退けなければならないだろう。
「さて、と」
『オオオオオオ……』
「―――――煩いよ、貴様等」
 細い目が、更に細まる。
 友人は―――既にまこと奇妙な術で消えている。故に気を遣う必要はない。
「さて、何を奢って貰おうか。坦々麺?カリィ?ああ、韓国でキムチも悪く無い」
 有効時間が切れたのか―――瞬間、魔力の明りが消える。

 けれど同時に、死者の王をすら圧倒させる爆発的な魔力が洞窟を満たした!

「…何から何まで巴の一件と似ている、か。ならば僕がこなせぬ道理も無い」

 ………不死者の矜持か、それでも相手は退かない。

「では始めよう。生者が研鑽を重ねる叡智の結晶、その身で識るが良い―――!」



 ―――最後に、セレナ・ラウクードという男が。
 タダで辛いモノを満喫できる状況を手に入れる為なら何でもする男だった、という事だけは追記しておく。




 ……そしてまた、いつかの約束の日と同じように。
「さあ、次の店だ!辛いものは全て僕の胃の中に納めさせてもらうからね!」
「ふむ、これで二十件目か……成程。やはり魔術師とは人間ではないらしい」
「ふ、というか魔術師云々ではなく、セレナ・ラウクード本人の実力だね」
「……やはり巴と同類だな。唯の苦労が分かろうというものだ」
「ふ、ふふ……そして、何故俺まで再びつき合わされているのか理解不能だな……ぐふっ」
「あ、武彦が倒れたね」
「放って置け。所詮その程度の男であったと言うことだ……前もこのセリフは言った気がするが」
「なんて男前な切り捨て方だ、冥月ぐあっ!?」
「あ、武彦が意識を失った」
「学習能力の無い男だな………さあ、次は何処だ!?私は武彦とは一味違うぞ!」
 執念で生き延びたセレナに、一日中辛いもの賞味へと誘われた冥月(またまた+1)である。
 無論、今回も穏便に終わるはずは無かったのであるが…………



「も、もう勘弁してくれ………」
「断る」
「御免だね」
「………うう」



 ――――それはまた、別のお話。

                                   <END>








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 二十歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】





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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、こんにちは。ライターの緋翊です。
 この度は「セレナ・ラウクードの一日」にご参加頂き、ありがとうございました!


 今回は、辛党魔術師セレナのご指名という事で。いつぞやの巴宜しく、結局置いてきぼりをくらって後日冥月さんのところへ押しかけるお話になりました。如何でしたでしょうか?


 ―――また、お手紙ありがとうございました。
 メールにありましたように、これで冥月さんは『諧謔』のNPC三人の全てと関わったことになりますね。いやはや、ありがたいことです。苦労して作った唯との会話は気に入って頂けたようで、胸を撫で下ろしております(苦笑)
 

 さてさて。それで、質問にお答え致しますと。
 私個人としては、可能だと考えております(オフィシャル側に却下される可能性も、まったく無いわけではないのですが)……というのも、私の出している『諧謔の中の一日』などは、要するに多くのNPCが出て来得る、また色々なことが起こり得る非常にファジィなものとして性格付けをしてあるからです。ですから、基本的に活動領域は諧謔空間の中限定であるけれども、あくまで「基本的には」なので―――勿論、上に括弧付でオフィシャル様側の判断を懸念しているとおり、限界はあるかも知れませんが…お手紙にありましたようにどうしても街などでのお話が欲しい、と言われるのでしたら、私としては喜んで書かせて頂きたい所存です。どうにも回りくどい回答で、申し訳ありません。


 「消えた魔術師」も製作中ですので、そちらは今暫くお待ち下さいませ。



 さてさて、楽しんで頂ければ本当に幸いです。
 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。


 緋翊