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<東京怪談・PCゲームノベル>


みどりの黒髪



***


今宵の月は雲隠れ、星は瞬く事もせず空は異様に静かな日だ。ただ、風は轟々と吹き荒れ、窓の隙間から入りびゅうと窓を啼かせた。

「さ、てと…どうしようかしらねぇ」

暗い部屋、街の光が辛うじて罅の入った窓から差し込む。埃の積もった窓の桟は錆び隙間が空いているが、もうこの窓は開きはしないだろう。壁もコンクリートが打ち放たれているのみ、薄汚れた壁には蜘蛛の巣まで張っていた。
制服姿の少女、アヤカは口元を弓なりに反らせ愉快そうにもがく影を見ている。その影は低いながらも宙に浮いている、……暗闇の中ゆえにそう見えた。
くい、アヤカの人差し指が動けば、其れに連動しているのか操り人形のように影の手足も動いた。人影はもがけども抵抗らしい抵抗は出来ていない、服装を見るところ、女性…どこぞの会社のOLだろう。首のリボンは縒れて曲がっている。口をふさがれているのだろうか、くぐもった声は低く部屋に幾度も木霊した。

「どうして欲しい?すぐに首を落とすんじゃ、面白くないし…」

アヤカの細い腕は女の腰に巻かれ、女が逃げようと身を捩れば高い笑い声を上げる。紅い目は爛々と輝くもどこか暗く、女は此れから起こりうる事に恐怖してか身を奮わせた。アヤカの細い腕に女の震えが伝わってくる、それに増してなのか機嫌の良い笑顔のまま。


……キュン、と、鋭い音が部屋を切り裂いた。
それはアヤカの髪すら掠める事無く、コンクリートの壁へとぶつかり刺さったが、矢そのものは霧散した。アヤカは其の矢の様子に見覚えがある、目を細め、ゆっくりと、二つに結った髪を揺らして振り向いた。秋だと言うのに、空気そのものは生温い。

「貴様…何をしとる!」

少々息を切らせながらも、弓を手にした黒髪の女、聡呼が其処に立っていた。険しい顔つきでアヤカを睨み据え、臨戦態勢は崩していない。パンツスーツではなく、どうやら仕事中から抜け出してきたのか…女性と似たOLの制服を身に纏っている。
アヤカの顔は逆光によって表情が読み取りにくくなっていたが、それでも判る異常、紅い目を見開き、唇は少し戦慄いている事が。アヤカは偶然にも目の前に現れた女に激情が隠せないでいた、…己に心身ともに怒りを埋め込んだ人物に相違ない。再び出会えた事に、アヤカは逆に感謝したように口端を上げて笑った。

「…久しぶり、ね」

「どうでもええ、さっさとその人を離さんか!」

聡呼は怒声を張り上げ、弦を引く。既に弓には、あの光る矢が備わっていた。アヤカはまるで聡呼の言葉が聞こえていない風に、立ったまま。アヤカは少し考える風に目線を傾ける、見えるのは…聡呼が助けようとしている女の姿。いい案が出たと言わんばかりにアヤカはパン!と大きく手を叩くと、割れるような其の音は部屋に響き女性と聡呼とを驚かせた。

「そう!いい事を思いついたわ…」

アヤカの唇が描く弧は、急に角度を増した。

「五分よ」

アヤカは左手の指を全て立て、5と言う数字を現した。月が出る、逆光のコントラストが増していく。しかし、それでもアヤカの目は未だに光っている様に見えた。

「五分以内に、私を倒せなかったら…この女は殺すわ」

聡呼は目を見開いた、全身に力が篭り、アヤカとは違う蒼色の双眸が月光に光る。…アヤカは、未だ笑っている。



■残り:4分

「ぅぐっ…!」

背に強い衝撃を受け、思わず聡呼は背を仰け反らせ苦しげに喘いだ。口から零れた唾液が床を濡らす…手から弓が零れ落ちそうに成るも、それを許さまいとぐっと手に力を入れ、苦しさも紛らわせた。即座に弓を握り、風の流れと気の流れを感じ取る。アヤカの気配、動く風を読み矢を飛ばす。

「ッ!」

息を詰まらせるアヤカの声、連射すべく聡呼は手元に矢を呼んだ。再度部屋を駆け抜け、アヤカへと二つの矢を飛ばす。このようなやり取り…どのくらい続いているだろうか…。未だ一分ほどしか経っていないだろう、聡呼はちらと腕時計へと視線を差し、時間の経過を確認した。しかし、其の時間経過は嘘のように遅く、既に何十分も戦っているように感じる程の疲労感。それはアヤカも同じ様子、紅い目を細め聡呼の様子を虎視眈々と狙う。少しでも気を抜けば、四肢が飛ぶ所では済まされない。

床を蹴り間合いを感じ、かんかんかんと勢い良く響くヒールの音が耳障りが悪い。目を細め、聡呼は弓を構える、幾度も遣ってきた…駆けながら撃つ事は容易に出来る。キュンと何度目かの声が部屋を巡る。光の軌跡が向かうのは寸分の狂いもなくアヤカの首元へ、アヤカは腕を振るったが避けるためではない。光の矢は寸断された、散り散りに消える光、雪のように散って行く。最期に照らし出したのは、無数の細い糸。

「ハッハ!これだけなのかしら…?」

聡呼は表情を変える余裕も無い、アヤカの言葉に方眉をすこしほど上げるばかりだった。アヤカの細い指が動く、糸を紡ぎ部屋へ張り巡らし、獲物をどう捌こうかと張っている。…聡呼は眩暈を覚えた、手ごわい所の話ではない、先日…手負いにしたのは錯覚か?

笑うアヤカの唇は紅い。


□残り:3分

二人とも、共に浅くもなく、深くも無い傷を負っている。形勢としては、聡呼の方がやや不利となっている。低位置に張られた糸に足を大分甚振られてしまっている。じっとりと肌を覆う湿り気は不快感を増す、額を流れる汗の粒が睫に零れ跳ねる。
思い切り弓の弦を引く、ビインと啼く弦に次いで俊足の矢がアヤカの元へと走った。また?アヤカは声に出して笑う、余裕があるのかその場から動かず、指のみを動かし再度矢を寸断しようと…

「ぅ、あ…っ?」

一瞬の事だった。光は勿論寸断された、先ほどと同じように雪のごとく散る残光がある。しかし、アヤカの脇腹は見事に服が裂け、白い肌がちらと見えた。聡呼はにやと、口端を上げる。技巧とて、相手に負けないほどはないと言わんばかりに。…先日の悔しさが、アヤカの表情から滲み出てくるように、アヤカの心情にもふつふつと…沸騰するような怒りがこみ上げる。そうだ、忘れてはいけない、あの女…絶対に殺してやる。

「いい気に成らないでくれる…?こんなかすり傷くらいで」

赤い舌を伸ばし、アヤカは己の爪を舐めた。口元は微かに弧を描きながらも、目は全く笑っていない。紅さよりも冷たさの強い眸は、聡呼を強く見据えているまま。


■残り:2分

辛うじて、アヤカの指が動く事、動いた其の時に指の辺りだけ四方八方に飛んでいる糸の筋を少しながらも見る事ができた。それしか聡呼にはアヤカの攻撃を見切る手立てはない。…ぎっと歯を食いしばり、弓を構えた。蒼い目は熱く燃える。
饒舌なアヤカと違い、聡呼は全く寡黙に必死にアヤカに喰らい付こうと、弓を放つ。キュンと何度も矢が啼き、アヤカを追い詰めようと空を駆ける。そして矢を放とうと、腕を動かすたびに気味の悪い温度と湿度を持つ空気が、纏わりつき聡呼に不快感を与えていた。

「チッ」

前回の戦い同様、苛立ちは段々と募る、腕時計の針音すら脳の中に五月蝿く響いた。手首から伝わる機械の振動は、聡呼の焦りを増徴させるばかりだった。
脚はすでにアヤカの攻撃を受け血濡れになり、ズタズタになったストッキングは血でこびり付いているほどの物だ。暗い部屋の中では、段々と酸欠になるような感覚さえ覚え、どちらが下か上かもわからなくなってくる。アヤカは聡呼の追い詰められた様子を嬉々として見つめた、五分以内に…あの言葉、言って正解だった。もっと、もっと聡呼の苦しむ顔を見る為、アヤカは考えを巡らす。しかし、アヤカとて血は未だ出ていないものの、当たった矢の数はわからない。所々服も裂けているのだろう、脇腹や腕を掠める冷気…脇腹に時折走る鋭い痛み…アヤカはぐっと唇を噛み締めた。

「…時間、よりも」

口元にあったアヤカの指が動いた、聡呼は目を見開いて弓を構える。またも、あの見える事は無い糸が来るかと辺りを警戒し、視線を巡らせたが…

「私も構ってちょうだいよっ」

聡呼の当ては外れていた、来るのは糸ではなくアヤカ自身。華奢な脚は強く床を踏み込み、聡呼の懐へと飛び込む。爪は長く伸ばされ、濡れた爪先は鋭く光った。頬に太股、脇腹と聡呼も弓で何とか防ごうとするが、後半はアヤカの速度に付いていけずほとんどを受けてしまう形となった。服を裂き皮膚の数枚を切り裂き…白い皮の下、赤い肉も顔を出した。少しばかりだが、血が聡呼の肌を滴っていく…アヤカは、爪の先に着いた聡呼の微かな血を静かに舐めとり口端を上げた。


□残り:1分

…時間は無い、後何分あるかさえ分かりはしない。寧ろ、聡呼に後何分残っているかどうか、それを確かめる事すら難しい。息が切れる、喉が痛い、身体も既に限界を聡呼へと訴えていた。絶対にアヤカを射止めなければ。もう、矢の正確さなど考えている余裕は無い。当たれ!当たれ!!大きく足を踏み出し駆けだした聡呼の様子に、聡呼は見えていないだろう。アヤカの唇は弧を描いているまま…寧ろ、それは深くなっていく。アヤカの目を細まっていく、飛ばされる矢はあちらこちらへ飛ばされてくる。何発か、金糸の髪を掠り、白い肌の皮を擦り、服を裂いた。それでも、集中力が散漫となった矢の流れは読みやすい…、さあ…こちらに機が来た、どうしてくれようか…。

「は…っ、当たれ!くそぅ…!」

我武者羅に矢を放つ、焦りを隠す事無く髪を振り乱しアヤカを狙う聡呼の姿には鬼気迫るものを感じる。…人間の方が余程、よっぽど、鬼ではないか?幼い頃、アヤカの感じた疑問が、聡呼の姿を見て思い出される。…しかし、感傷に浸る余裕はアヤカにも無論無かった。連射される矢をするり、しゅるりと絹が流れるように、無駄な動きを一切せず避け行く。さあ、次の矢を…と、振るわれた聡呼の腕は弦を引く事無く固まった。

「な…、に…」

何が起こった?確かめようと動かした弓を持つ手も固まった、足を踏み出そうにも動かない、両足。しまった――――――聡呼の目は見開かれる、背に伝う汗は気持ちが悪い。なんて事だ、平静さを欠いていたなんて問題ではない。身体を締め付ける感触は…ああ、なんて馬鹿な事を。
動き回った事で…アヤカは指を動かすこともなく、聡呼自ら、糸に絡め取られたのだ。

落胆、同時に己のしでかした事に対し唖然としている聡呼の背へと、ズンと重く圧し掛かるのは気分だけではない。崩れるように倒れた聡呼の背には、アヤカが笑みを深くして乗っかっている。
強い衝撃が聡呼の胸を打ったが、嗚咽を漏らすだけで精一杯だった。そして…するりと細い指が聡呼の白い首へと回された、蟻が這うようにゆっくりと、血管も、気管も、ぎゅう…と締め付けられる。血が逆流する感覚で、眉間に皺が寄る。
苦しさに思わず口を開いて酸素を求める。

「っう、ぐぅ…」

「良い様だわぁ」

アヤカの笑い声は甲高く、コンクリートの壁に跳ね返り、部屋を満たすまでにそう時間は掛からなかった。酸素と血が頭を巡らず、朦朧としてきた聡呼にはまるで子守唄のように聞こえるだろう。悶えようにも体は好きなように動かない、

「…良い?すぐには殺さないわ…。」

聡呼の涙腺は箍が外れたように涙を零し始めた、アヤカの言葉が耳に届いているかと言えば…怪しい所。アヤカは少し締める手を締めなおす。
桜色の、若く美しい唇を聡呼の耳へと寄せ、息を聡呼の耳へ吹き込むように静かに声を紡いでいく。聡呼の記憶にゆっくりと、静かに、静かに、水面が波打つように、それでいて焼印を押すように…強烈な。

「これから会う度に痛めつけて行くの…、それで…最期にね」

内緒話をするようなアヤカの声は、右から左へと通り抜ける事は無い。聡呼の本能へと直接呼びかけ、どんどんと記憶、思考をアヤカの声一色に塗りたくられていくような感覚。

「最期に、私に屈服した時に殺してあげる」

其の言葉を聞くと同時に、聡呼の意識は暗闇へと堕ちた。聡呼の身体の力が一気に弛緩する、あんなに必死に握っていた弓さえ手から離されゆっくりと、絡む聡呼の指から堕ちて行く。…アヤカの目線は聡呼の腕時計へと注がれていた。

チッ
チッ
チッ

……からんと乾いた音は部屋に広がり、それと同時に、時計の針は五分の経過をアヤカに伝えた。

「約束よ…さぁ、綺麗に飾り付けてあげましょう…」

月が光る、紅く光る。…アヤカの目ほど紅くはないが、それは煌々と照り昏い部屋を異様な光で見たしていく。アヤカの指先から、月光にちらちらと光る銀糸が幾筋も見えた。



…小さな笑い声を、堕ちる前に聞いたような気もするが…、朦朧とする頭を何とかする事に精一杯だった。聡呼は頭を抱えるようにして、何分後…何十分?いや、何時間かも知れない。最後の言葉、ぼやけた頭でも確りと思い出す事が出来た…強い寒気が聡呼を襲う。それと同時に、鼻につく、この匂い。

「………ッ」

目の前にある女の首、恨めしそうに半分見開かれた目は此方を見ている。
手は糸に引っかかっているのか、宙に浮いている風に見えるようぶら下げられていた。女の脚は付け根から切断され、両手両足の指を辺りに散らされ、胴は紅い胎内を剥き出しに。
…地獄絵図など生温いもの、この様な惨状…頭にすら描けはしないほどの赤に白に黒、ハイコントラストが描く景色は異常なまでに生々しい光を持っている。
壁に散らされた血飛沫を見て、聡呼は小さな声で、何度も何度も謝罪を、聞いてはいないだろう、虚ろな目の、目の前に鎮座する首へと、謝罪を口に、空が白むまでそれは続けられた。
黒い夜が明けた空は、眩しいほどの蒼い色をしている。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 6087 / PC名 アヤカ・レイフォード / 性別 女性 / 年齢 16歳 / 職業 半魔】

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■         ライター通信          ■
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■アヤカ・レイフォード 様

発注有難う御座います!ライターのひだりのです。
制限時間、良いネタ有難う御座います!戦闘シーンはお腹一杯と言うほど描写してみました。
上手くアヤカさんを立ち回らせる事が出来ていますでしょうか〜。お気に召していただけると幸いです!
最後の首を絞めるシーンがとても書いていて楽しかったです。

では、此れからも精進しますので、機会がありましたら是非、宜しくお願いいたします!

ひだりの