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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「ホークちゃん『エンジェル・フェイス』お願いね」
「かしこまりました」
 静かなジャズと煙草の香り。そして楽しいお喋り。
 ヴィヴィアン・ヴィヴィアンは、隣に座っている松田 麗虎(まつだ・れいこ)に悪戯っぽく微笑みながら、追加のカクテルをカウンターの中にいるナイトホークに注文していた。
 麗虎とは、少し前ヴィヴィアンが蒼月亭に来たときに知り合った。その時に締め切りがないときにでも電話して…と言われ名刺を渡されたので、今日は一緒に飲んでいる。
「ヴィヴィアン結構いける方だな」
「うふふー。ヴィヴィアン楽しくて、美味しいお酒が好きなの」
 つまらないことをお酒で紛らわせるのは、心が寂しい。
 美味しくないお酒を無理に飲むのは、体が嬉しくない。
 手際よく振られるシェーカーを見たり、取材した先の話などを聞いたりするのは楽しいし、そこに美味しい物があれば言うことはない。綺麗にネイルが塗られた指先で、クラッカーをつまむヴィヴィアンを見て麗虎がスコッチの入ったロックグラスを傾けている。
「………」
 本当ならずっとこうやって楽しい時間を過ごしていたいのだが、そろそろ帰る時間だ…ヴィヴィアンが椅子から立ち上がると、カウンターの中にいるナイトホークが顔を上げた。
「ヴィヴィアン、そろそろ帰り?」
「うん。あ…今度の日曜日ね、ホークちゃん」
 ヴィヴィアンのその言葉を聞き、麗虎が頬杖をつきながら煙草をくわえた。一緒に飲んでいたヴィヴィアンが先に帰ろうとしても、嫌な顔をして追ったりはしないが、今度の日曜日に何があるのか気になるのだろう。
「ヴィヴィアン、マスターとどっか行くの?」
 普段ナイトホークは休みの日にあまり出かけたりしないらしく、ほとんど家にいるという。内緒にしていても良かったのだがちょっとぐらい自慢したいし、麗虎には言ってもいいだろう…とびきりの笑みを返しながら一言。
「フフッ、デート」
 デート…という言葉に、麗虎の目が少し光ったような気がした。ヴィヴィアンに何か言うわけではなく、ナイトホークに羨ましげな目を向けながら、空になったグラスをカラカラと鳴らす。
「マスターも隅に置けないな」
「うるせぇ、俺がどんな休みの過ごし方してても俺の勝手だろ」
「そいつはそうだけど、マスターが外出るって話珍しいなと思ってさ。何がどうなってそういう経緯になったか知りたい」
「…一杯奢ってやるから黙れ」
 最初からそういう魂胆だったのか、それとも単に記者魂がうずいたのか。
 このままひらりと帰ってしまったら、きっとナイトホークが困るだろう。色々と詮索しようとする麗虎の頭をヴィヴィアンがちょんと指先で突く。
「んもう。じゃ、今度一緒に遊ぼうね、麗虎」
 それでこの話はやめということで、お互い笑顔を返す。
 野暮なことはしない。一つ合図があれば麗虎はちゃんと分かってくれるので、その辺りは一緒にいて気を使わなくていい。
 スコッチが満たされたグラスを手元に寄せ、麗虎が笑う。
「この話はもう触れないから安心して。今日は楽しかった、前の約束通り俺が奢るから」
「うん、今日はありがとうね。ごちそうさま。またね、ホークちゃん」

 日曜日…。
 ヴィヴィアンは待ち合わせ場所から離れた場所に時間より少し前に来て、ナイトホークが来るのを待っていた。いつも店の中にいる姿しか見ていないが、休日の日は一体どんな格好をしているのだろう…。
「あ、ホークちゃん早ーい」
 待ち合わせより十五分前。
 時計を確かめながら、ナイトホークが待ち合わせ場所に現れる。いつもは襟付きの黒いシャツだが、今日は黒いスタンドカラーのハーフコートの中に、ジップアップのセーターだ。全身黒なのはいつもと同じだが、やはり店の中と違って少しラフな感じに見える。
 長身のせいか周りより目線が少し高く、それにヴィヴィアンは何だか嬉しくなった。
「ホークちゃん、お待たせ」
 そっと後ろに周りポンと背中を叩くと、ヴィヴィアンに気付いたナイトホークが一瞬吃驚した表情をした後、いつものようにふっと優しく笑った。
「一瞬誰かと思った…」
「ふふ、意外だった?」
 いつもはレースのビスチェや、エナメルのハーフパンツなどで決めているヴィヴィアンだが、今日はベージュのニットキャミソールにココアブラウンのベロアジャケット、そしてゴールドに黒いレースが重なったソフトなプリーツスカートにしてきた。セクシーな衣装も好きだが、初めて二人きりで出かけるのだから、いつもとは違う自分を見せたい気持ちもある。
「意外だけどそういう服も似合ってる。今日はどこ行く?」
「ありがと。今日はね…」
 行く所はずっと前から決めていた。
 映画はスクリーンしか見ないからつまらないし、ウインドーショッピングも同じだ。ヴィヴィアンはナイトホークの姿を見ていたいし、一緒に楽しんでもらいたい。
「あのね、ヴィヴィアン遊園地に行きたいの。ホークちゃん大丈夫?」
「オッケー。絶叫マシーンとかずっと乗ってないから、大騒ぎするかも知れないけど」
 それでいい。
 いつもと同じ姿ではなく、店の中では絶対見られないナイトホークが見たいのだ。ヴィヴィアンは満面の笑みを見せ、ナイトホークの手を引いた。

 ヴィヴィアンが案内したのは、よみうりランドだった。
 せっかくの休みなのに、あまり遠くに行くと移動時間だけで疲れてしまうし、やたら人が多い所も待ち時間ばかりで退屈だ。一緒に遊ぶのだからなるべく色々なアトラクションを廻りたいし、食事なども楽しめる所がいい。
「ちょ!ヴィヴィアン初っぱなからそれは勘弁して」
「一緒に乗ろ。ヴィヴィアン隣で手握っててあげるから。観覧車は最後だけど、最初はやっぱりこれじゃなきゃ」
 いきなりヴィヴィアンが誘ったのは、ボルトとレール以外木で出来ている『ホワイトキャニオン』というジェットコースターだ。ある意味ここのメインと言っても良さそうな所だが、やはり遊園地に来たからにはジェットコースターは押さえなければならないだろう。
 手を繋いでいる姿は、仲のいい恋人同士に見えるだろうか…口では勘弁してと言いながらも、ナイトホークは笑ってちゃんと着いてきてくれている。
「うわーヤバイヤバイ、俺絶対叫ぶ」
 そうは言っていたが、実際コースターが走り始めるとナイトホークは結構楽しそうに笑っていた。言うほど怖くないのだろうか…そんな事を思いながらコースターから降りてしばらく歩くと、ナイトホークがいきなりしゃがみ込む。
「大丈夫、ホークちゃん?」
「めちゃくちゃ怖かった……」
 結構横に揺れたりもしたので気分が悪くなったのかと思ったが、そうではないらしい。横から顔を覗き込むと、確かにいつもの笑顔とはちょっと違う。
「笑ってたから、喜んでるんだと思ったの」
「いや、恐怖って突き抜けると笑う…っと、慣れれば大丈夫だから、次行こうぜ」
 ナイトホークはすっと立ち上がると、ヴィヴィアンの肩に手を乗せた。思いも寄らなかった仕草に、ヴィヴィアンは笑ってナイトホークを見上げる。
「ん?どうかした?」
「なんでもない…」
 何だかそんな仕草が嬉しい。
 並んで歩くときも速度を合わせてくれるし、人が多い場所だと自然に自分の内側に庇ってくれる。ここのお化け屋敷はテレビでも結構有名で、本物の幽霊が出るという噂もあるのだが、そこではしっかりと手を握って前を歩いていく。
「キャー!」
 幽霊が怖いわけではないが、急に驚かされるとやはり吃驚する。時々そうやってヴィヴィアンが悲鳴を上げると、ナイトホークはその度に楽しそうに笑った。
「お化け屋敷はやっぱ怖い?」
「怖いって言うか、吃驚するの。ホークちゃんがこういうの怖くないって、やっぱり男の人って感じだね」
 暗闇の中、ヴィヴィアンの細い指をナイトホークの温かい手が包み込む。
「絶叫物に比べたらな…あれはやっぱ女の子の方が強いわ」
 クスクス…と、闇の中でお互いが笑った。
 やっぱりこういう姿は店の中では絶対見られない。『クレージーヒュー・ストン』というフリーフォール系のアトラクションで思いっきり足が固まっていたり、ゴーカートの運転が上手かったりと、今まで見たことがない姿が見られるのが嬉しかった。それはナイトホークも同じようで、ポップコーンを持ってはしゃいでいるヴィヴィアンを楽しそうに見て笑っている。
「遊園地なんて何年振りかな…何かすっげー楽しい」
「ホークちゃんが楽しんでくれて、ヴィヴィアンも嬉しいの。次あれ乗ろっ」
 ヴィヴィアンが指さしたジェットコースター『バンデット』からは、乗っている人たちの楽しそうな悲鳴が聞こえてくる。それを見送り、ナイトホークはポケットから煙草を出した。
「乗ってもいいけど、どこかで一服して落ち着いてからでいい?」
 もちろんそのつもりだ。
 ヘビースモーカーのナイトホークのために、ちゃんと喫煙所があるのを調べてきたのだから。
「うん。じゃ、煙草吸ってからね」

 日が傾き始めると、あっという間に肌寒くなる。
 最後に観覧車を取っておいたのだが、色々と連れ回したせいかナイトホークは何だか少し疲れているように見えた。
 日曜日が休みといっても、午前二時まで店はやっていたはずだ。あまりわがままを言ってしまうのは、良くないかも知れない。
「もうそろそろ帰ろっか」
 ヴィヴィアンがそう言ってゴンドラ乗り場に行こうとすると、ナイトホークはそれと逆方向に歩いてから足を止めた。長い影が地面に伸び、ヴィヴィアンを呼び寄せる。
「観覧車乗ろうぜ。楽しみにしてたんだろ」
 語尾が笑っていた。
 きっといつもなら普通に家で休んでいたりして疲れているはずなのに、そう言ってくれるのが本当に…すごく嬉しい。
「いいの?疲れてない?」
「ジェットコースターはちょっと無理だけど、観覧車はゆっくり出来るから」
 二人手を繋いでゆっくり歩く。
 やって来た観覧車に乗り、斜めに差し込んでくる日差しにナイトホークは少し目を細めた。そんな仕草を見ながらヴィヴィアンは正面に座り、ナイトホークの顔を見る。
「優しーね、ホークちゃん」
「ここに来たときヴィヴィアン『観覧車は最後』って言ってただろ…乗らないで帰ったら勿体ないと思って」
 日差しが何だか急に寂しさを感じさせた。
 楽しい一日が終わってしまうこと、優しくしてくれること。あんなにはしゃいでお互い笑っていたのに、それがもうずいぶん前のことのような気がする。
「どうした、ヴィヴィアン?」
 今なら…。
 今なら色々なことを話せたりするだろうか。膝の上で指を組み、ヴィヴィアンはナイトホークの足元を見た。ちゃんとした黒の革靴。それはたくさん歩いたりしたのに、しっかりとヴィヴィアンに向いている。
「今日は、すごく楽しかったの…」
 今、ナイトホークはどんな表情をしているのだろう。顔を上げればそれが見えるのに、何だか上手くそう出来ない。
 これはどういう気持ちなのか。
 ヴィヴィアンは戸惑いながらも、自分の中にわき出る感情を言葉にして流し出す。
「あのね…ヴィヴィアンいつもあんな感じだから、よく勘違いされちゃうの」
 それはサキュバスであるという、自分の能力のことだった。自分が好きな服を着て、普通にしていてもどうしても人が寄ってきてしまう。それを奔放だと言ってしまうのは簡単だが、必ずしも自分が望んでいるわけではない。
 俯いているヴィヴィアンの頭をナイトホークが撫でる。
「知ってるよ」
「えっ…」
 銀の髪が揺れた。
 ナイトホークの黒い瞳には、銀の髪に赤い瞳のヴィヴィアンが映っている。それがスッと伏せられ、もう一度ナイトホークはこう言った。
「知ってるよ。ヴィヴィアンが普通の女の子だって…」
 そう。
 ヴィヴィアンは何か特別なことをしているわけではない。自分が好きな人に好かれたくて、可愛い所を見て欲しくて、普通にしているだけなのだ。それが時々勘違いされることもあるが、本当はただそれだけで……。
 日差しが二人を赤く染める。
 ほんの少しだけ深呼吸をする。
 サキュバスの能力など関係ない自分の感情を、小さな声で呟く。
「ヴィヴィアン…ホークちゃんのこと、好きよ」
 返事が聞こえるかどうか待たずに、ヴィヴィアンは目の前のナイトホークに抱きついた。慌てて避けられるかも知れない…もしかしたら照れて手をはねのけられるかも知れない…だが、ナイトホークはヴィヴィアンを優しく抱き留める。
「ねえ…もう一周してもいい?もうちょっとだけ、二人きりでいたいの」
 今日だけは、今この時だけは二人きりでいて欲しい。
 店の中では絶対見せてくれないその表情を、独り占めしていたい。
 夕日に映った影が一つ、小さく縦に頷いた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4916/ヴィヴィアン・ヴィヴィアン/女性/123歳/サキュバス

◆ライター通信◆
ご来店ありがとうございます、水月小織です。
ナイトホークをデートに連れ出して頂けるということで、休日の二人という話にさせていただきました。絶叫マシーンはちょっと苦手な模様です。
観覧車のシーンではちょっとしんみりと、お話ししているという感じです。普通にしているのに人が寄って来ちゃうのは、時々辛いのかな…などと思い、普通の女の子という所を出してみました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またのご来店をお待ちしています。