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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


大神家の一族【補遺の章】
●オープニング【0】
 11月――一応の事件解決から、早半年が過ぎようとしていた。金沢の資産家である大神大二郎殺害を発端とした、あの一連の事件のことだ。
 そう、事件は一応解決した。だが……明らかにならなかった謎も決して少なくはない。半年が経ったのだ、関わった人物においても色々と変化が出てきていることだろう。
 例えばその中の1人が石坂双葉だ。双葉の実の父親が大二郎だという話こそ表には出なかったけれども、事件に巻き込まれたがゆえに願わぬ形で名前が知られることとなった。だが、それで知名度が上がったからかどうかは分からないが、この10月から始まった、内海良司が監督する双葉出演の連続ドラマは初回から視聴率20%に迫る勢いなのだとか。
 時間が経ったから見えてくること、時間が経ったからこそ分かること、などなど様々あることだろう。気になっていることを調べるには、ちょうどよい時期ではあるまいか?
 ……些細なことでも、あなたは気になっているのではないですか?

●あれから半年【1】
「半年経つのって早いな」
 草間興信所を訪れていた守崎啓斗は、いわゆる3流芸能誌に読みふけっていた草間武彦に向かってつぶやいた。
「ん? ああ、もう半年だ。早いよな……もう年末が見えてくる頃だ」
 雑誌から顔を上げ、やれやれといった様子で答える草間。たった半年、されど半年。様々なことが起こるには十分な時間である。
「知ってるか。1年の体感時間は、年齢を分母にした分数らしいぞ」
 草間がどこで仕入れてきたのかよく分からない情報を口にする。要するに年を取るにつれ、1年という時間は短く感じるようになるということだ。
「……あれから向こうはどうなったんだ」
 啓斗は単刀直入に尋ねた。無論、件の金沢の事件のことだ。事件というものは、犯人が逮捕されて全てが終わる訳ではない。さらにその先というものがある。
「裁判のことでいいか?」
「あんたが知ってることなら何でも」
「1審は有罪判決、被告側が揃って控訴だそうだ。石坂双葉に対する殺意の有無やなんかで争ってるようだな。で、判決の詳細については別にいいよな」
「ああ」
 啓斗は詳細を聞かなかった。どうせ主として殺人未遂についての裁判だ。おおよその量刑は推定出来る。
「有罪か」
 そうつぶやいてから啓斗は少し思案。
「……あの捜査でよく有罪に出来たもんだな」
 啓斗が石川県警に対する皮肉を口にした。傍から見ていてあれは、わざと手を抜いているんじゃないかと思えるようなずさんな捜査だった。いっそのこと再び金沢に出かけて、検証なりしてやろうかとも考えたが、思いとどまったのか何となくか東京から離れることはなかった。
(駄々こねてる奴も居たけどな)
 ちらりと台所の方を見る啓斗。ちょうど台所の方からは、ドーナツの箱を抱えてほくほく顔の弟、守崎北斗の姿があった。
「なあなあ、ほんとに全部食べていいんだよなっ?」
 嬉しそうに草間へ尋ねる北斗。このドーナツ、冷蔵庫からの戦利品である。
「ああ。どうせ貰いものだし、俺1人じゃ食い切れん」
 草間が苦笑して言った。他の仕事の依頼者がお礼だと言って持ってきてくれたのが、その北斗の抱えているドーナツだった。
「さすが怪奇探偵、太っ腹!」
 いや北斗さん、怪奇探偵と太っ腹は繋がりませんから、ええ全く。
「んじゃ、いっただきまー……ん? 1人?」
 草間の気が変わらないうちにドーナツを食べようと箱に手をかけた北斗だったが、ふとその手を止めた。『俺1人』とはどういうことか。
「零はシュラインと一緒に金沢だ。俺は同行出来なかったから代わりに、な」
 と草間が答えた瞬間、啓斗が眉をひそめた。まるで『地雷を踏んだな』と言っているようにも見える。
「金沢〜?」
 すると一転、先程までのほくほく顔はどこへやら、北斗の表情がたちまちに曇っていった。
「ずわいがに。ああズワイガニズワイガニ……一本太葱……金沢春菊……げ〜ん〜す〜けだ〜い〜こ〜ん……」
 さらには北斗、ドーナツの箱にのの字を書き始める始末。
「どうした、あれは?」
 困惑した様子で草間は啓斗へ尋ねた。
「食べたかったらしい。ここに来る途中も大変だった……」
 小さく溜息を吐く啓斗。それがどうにか落ち着いて、ドーナツに気が向いて、このまま何事もなく……と思っていた矢先に草間が地雷を踏んだという訳だ。
「葱や大根がどうとかって……大根持って新幹線に乗るのか……」
「あいつなら躊躇なく乗るな」
 啓斗のつぶやきに草間は即答した。
「……次回は絶対先に食べ貯めしといてやる」
 悔しそうにつぶやく北斗。そこまでして食べたいか、あんた。
「それはそれとして……で、だ」
 のの字を書き続ける北斗を他所に、啓斗が草間のそばへ近付いた。
「草間……次の鍋は猪でもどうだ?」
 啓斗は草間の頬を手の甲で叩いて苦笑した。パチンといい音がした。音はよく出るが痛くはない叩き方だったようだ。
「牡丹鍋なら味噌仕立てだよな……」
 と言って、じっと啓斗を見る草間。どこか意外そうだ。
「……人が笑ったくらいでそんな意外そうな顔するな。たまには俺だって笑うんだからな」
 ほんの少しむっとして啓斗が言った。
「いや、そうじゃなくてな。何だかんだ言いながら、やっぱりお前は弟のこと気にかけてるよなって、改めて思っただけさ」
 草間はニヤリと笑った。

●事件は本当に終わったのか?【2】
 警視庁――超常現象対策本部・対超常現象一課。例の事件について調べているのは警察も同様だ。
「葉月係長」
 葉月政人警部の机の前に、オペレーターを務めている不動望子がやってきて声をかけた。書類ケースを小脇に抱えて。
「金沢から早い帰還でしたね、不動巡査。それで、どうでした」
 余計な前置きなしに、政人は本題へ入った。要件についてはもう先日に十分望子に伝えているのだ。ここで再度語る必要もなかった。
「……これを」
 望子は書類ケースから4枚の似顔絵を取り出して、政人の前に並べた。それはいずれも女性の似顔絵。眼鏡をかけていたり、ツインテールであったり、シニヨンだったりと違いはあるが、どれも優しそうな感じの漂う女性であった。しかし、よくよく見てみれば分かる。4枚とも輪郭や目元、鼻筋などがよく似通っていることに。つまりこれは、本来同じ女性について描いたものではないだろうか。
「…………」
 無言で、厳しい表情で4枚の似顔絵を見つめる政人。
「これはもう、疑いようのない……」
 政人はそうつぶやいてから望子を見た。
「各人から特徴を聞き、その都度描いていったんですけど……これはやはり、同一女性だと私も思います」
 自らの見解を望子は口にした。この4枚の似顔絵は金沢に出向いて描いてきたものである。相手は例の事件の関係者4人。大神正一、大神彰子、『小田原興信所』所長、そして……大神尚。紹介状や手続きといった手配は政人がしてくれたので、望子は基本的に出向いて面会して話を聞いて似顔絵を描くだけで済んだ。その結果がこれである。各人の記憶によって多少の差違は認められるが……それを差し引いても、だ。
「それで、何が読めたか答えてくれますか」
 政人がそう言うと、望子は一瞬躊躇いを見せて口を結んだ。それを奇妙に思う政人。望子は何を読んだというのか。ややあって、望子は口を開いた。
「黒……いいえ、闇と言うべきかと」
「闇?」
 政人が怪訝な表情を浮かべた。
「闇です。何も見えないのでなく、見えるのが……」
「4枚とも闇ですか」
「ええ」
 頷く望子。能力を用いて、似顔絵から女性の心を読んでみた。けれども、この女性の心は闇。何やら得体の知れない相手のように思えてならなかった。
「ふうむ……」
 4枚の似顔絵を見つめ思案する政人。この女性は果たして何者であるのだろうか。
「ともあれ、この女性の写真がデータベースにないか調べてみましょう」
 政人は似顔絵を手に取り立ち上がった。

●見ている人は居るのだから【3】
「ほらいい加減諦めろ。そんなに鍋食いたいなら、来月にでもやってやるから」
 のの字を書き続ける北斗を窘めるように草間が言うと、北斗は手を止めて草間の顔を見た。
「……カニあるのか?」
「努力はしてやる」
「分かったよ、今日の所はドーナツで辛抱するさ……ふ……ふふ……」
 未練たらたらな北斗であるが、のの字を書くのはとりあえず止まった。
「あ、何も別に食べ物だけで金沢行きたいって言ってるんじゃねぇからな。……尚のこともちみっと気になったんだ」
 言い訳ではない、これもまた北斗の本心である。あれから尚はどうなったのか。その年齢ゆえに罰せられることはないけれども、父親や叔母は逮捕されてしまっているし、自身の犯した行動のこともあって、普通に暮らせているのかどうなのか……。
「安心しろ。それも含めて、シュラインが行ってくれたんだ」
「え、そうなのか? そうか、そうかー……」
 草間の言葉に、うんうんと納得するように北斗は頷く。と、思い出したように草間へ尋ねた。
「そういや……双葉、真相知ってるんだよな?」
「知ってるだろうさ。あの娘には知る権利がある。それにあんなことになった以上、父親には話す義務があるだろ……」
 その口振りからして、草間は明確にどこまでと双葉へ尋ねた訳ではないのだろう。が、探偵としての勘なのか、それとも人を見る目なのか、そのように判断していた。
「そっか。ま、何にしろ今あれだけ頑張ってるってことはいいんじゃねぇの?」
 北斗がそう言うと、啓斗が軽く咳払いをした。てっきり注意でもされるのかと思った北斗だったが、啓斗から出た言葉は予想と違っていた。
「双葉の評判がいいならよかったじゃないか。なるようになったんだから」
「……だよな」
 北斗は啓斗に向かってニカッと笑った。
「案外、世間にばれちまっても潰れちまうような様子じゃねえよな。過去がどうだろうと今ベスト尽くしゃプラマイ0だっけ? 結局双葉そのまんまじゃん」
「ああ、芸能界は実力の世界でもあるしな。頑張ってれば誰かがどこかで見てるんだ」
「あ、見てるで思い出した。内海監督とかも協力したんだろうけどさ、双葉に」
 こう北斗が言った所、草間は何故か苦笑いを浮かべた。
「どうした、草間?」
「苦笑するような発言だったのか?」
 北斗と啓斗が相次いで尋ねると、草間は頭を掻きながら答えた。
「実はその、内海監督のことなんだがな……」

●影から見守る【4】
「はい?」
 この日、双葉の出演しているドラマの撮影現場を訪れていた宮小路皇騎は、内海良司監督の発した言葉に対し思わず聞き返していた。
「だからな、どうやら教えたのは俺のようなんだ」
 皇騎が撮影現場を訪れたのは、撮影の陣中見舞いのためであった。といっても一個人でやってきたという訳ではない。スポンサー視察という名目である。実はこのドラマのスポンサーには、宮小路のグループ企業の1社が名を連ねていたのだ。
 そして休憩中に内海と歓談している時に、この発言が飛び出したのである。
「つまり……こういうことですか」
 整理して皇騎が話し始める。
「芸能界に詳しくて口の固い探偵として草間さんを知り合いのプロダクションの方に紹介したけれども、実はその方も別の方から頼まれていて……元を辿ると大神大二郎氏だった、と」
「そういうことだな。こないだ草間と話していてな、ふとしたことでそれが分かったんだ」
「全ての謎も、分かってみれば単純といいますが……」
 皇騎もこれには何と言っていいか、ちと困ってしまった。どうして金沢の大二郎が草間のことを知っていたのかが謎だったが、よもやこういう繋がりであったとは。
「巡り合わせは不思議なもんだよな。彼女だってそうだ」
「石坂双葉さんですか」
「ああ。えらい事件に巻き込まれたなと思ったもんだが、ありゃ精神的に強いぞ。演技にそんな様子、微塵も見せてない。ドラマや映画ってのは、主役だけ頑張ってもしょうがないんだ。全体がいい演技を見せてこそ、作品が底上げされるんだよな。彼女を起用してよかった、そう改めて思ったのは久々かもしれん、俺は」
「将来が楽しみですか」
「当然だ。ありゃいい女優に育つぞ。もっともトップは無理だ」
「おや、どうしてです?」
「トップは俺の奥さんだからな」
「それはどうもごちそうさまです」
 笑って言う内海に対し、皇騎も笑って返した。ちょっとした冗談というか、ぶっちゃけのろけだ。
「どうだ、彼女に会ってゆくか?」
 内海が尋ねると、皇騎は少し考えてから口を開いた。
「今日はやめておきましょう。会うのはオールアップしてからでも出来ますしね」
 皇騎はそのように判断した。いや、最初は実際に双葉に会って調子を尋ねたりしようかと思っていたのだ。けれども内海の話を聞く限り、双葉の調子は絶好調のようだ。ここで下手に会って水を差すのもどうだろうかと思慮した結果、皇騎はそういう選択をしたのであった。
「頑張っているのを、影ながら応援していますよ」
「そうか。なら、その言葉だけでも伝えておこう。お前は応援してくれる人がいっぱい居て幸せ者だな……でいいか?」
「ああ、それはいいですね」
 笑みを浮かべる皇騎。お世辞ではなく、実際そうかもしれない。
「おっと、そろそろ撮影再開だな。じゃ、俺は戻るけど、草間によろしく言っといてくれよな」
 時計を見た内海は、皇騎へそう言い残してスタッフの所へ戻っていった。皇騎はそれを見送ってから、大きく深呼吸をした。
「……さて……」
 今度は別のことに思いを馳せる皇騎。
(撫子は今日はどこに行ったんでしたっけね)
 皇騎の従妹、天薙撫子はこの半年の間も時間を取っては件の事件にまつわる調査を続けていた。皇騎や宮小路の調査部がその支援や連係、要するにパイプ役を買って出て現在に至っている。
(遠出が続いていますからね……。それに)
 撫子の身を案じる皇騎。まあ女性1人であちこち出かけているから……というだけの理由ではない。もっと大きな理由が存在していた。
「……虚無の境界絡みで妙な動きがあるのが……」
 それは調査部が調査継続している過程で引っかかった情報。一部の構成員が、何やら動いているようであって――。

●面会【5】
 場所は変わって金沢市内某所。街中ではなく山手の方にある施設を、訪れている者たちが居た。
「尚しゃ〜ん♪」
 シュライン・エマの頭上に乗っていた露樹八重はぴょこんと飛び下りると、今度は目の前に居る尚へとよじ登っていった。
「あー、うごくおにんぎょうさんだー」
 八重を見て笑顔でそう言う尚。それを聞いてシュラインと草間零は思わず顔を見合わせた。もちろん八重は人形ではない。何だと問われたら、妖精とでも答えておくのが手っ取り早いのかもしれない。
 八重やシュラインたちが訪れていたのは、子供たちを預かっている施設だ。突っ込んで言えば、何がしかの問題を抱えている子供たちがここで寝起きをしているということだ。だから、尚も現在ここに引き取られているのである。そして3人は面会の許可をもらって、面会室でこうして会っているという訳だ。
「……顔色がよさそうで安心したわ」
 尚の顔を見てシュラインは安堵の溜息を吐いた。尚の血色はよい。きちんと食べて寝て暮らしているのであろう。
「おねえちゃんたちどうしたのー? こないだもべつのおねえちゃん、ぼくにあいにきたんだよー?」
 この尚の言葉にはっとなるシュライン。まさか……例の女性か?
「どういうお姉ちゃんが来たの?」
「えっとねー、ふけいさんー」
「あ。婦警さん……ね」
 シュラインは胸を撫で下ろした。ちなみにその婦警とは望子であったりするのだが、それはさておき。
「ご飯はちゃんと食べているでぇすか? 金沢銘菓を食べつつお話しましょうなのでぇす♪」
 ようやく尚の頭へよじ登った八重は、そう言って零を見た。零は持ってきた袋の中から金沢のお菓子を取り出してそれを開けた。単に八重が食べたかっただけではないのかという疑問は、思っていても口にしてはいけない。
 それから少しの間、一緒にお菓子を食べる4人。ある程度食べて満足したのか、八重が口を開いた。
「……おじーしゃんにお謝りしたでぇすか?」
 尚に優しく尋ねた八重。尚は口の中のお菓子がなくなってから答えた。
「うん、あやまったよー。おじいちゃん、ゆめのなかにでてきたんだー。だからぼく、あやまったんだよー」
「おじーしゃん、何て言っていたでぇすか」
「ううん、なんにもー。でも、ぼくのあたまをなでてくれたんだー」
「……なでてくれたでぇすか」
 ぽつりと八重がつぶやいた。これはどう判断すればよいのだろう。尚の許されたいと思う気持ちが夢の中の大二郎の行動として出たのか、あるいは大二郎本人の思念や霊なりが夢へ登場したのか……。
 どちらにせよ、尚が謝ったことは事実のようである。
「尚しゃん、その気持ちをずうっと忘れちゃダメでぇすよ。自分に誓うのでぇす。あたしが誓ったのを見届けてあげるのでぇす♪」
「うん、わかったー。ぼくちかうよー」
「頑張って『本当のよい子』になる第一歩でぇすよ♪ あ、でも、どうよい子になるかもちゃんと聞かせてもらうでぇすけどね♪」
「うん、がんばるー。あのね、あのねー、ぼくここのおそうじのおてつだいしてるんだよー」
「あや、もう頑張ってるでぇすね、尚しゃん。そうやって1歩ずつでも前に向かって歩いてゆくでぇすよ」
 八重が尚の頭を撫でた。……髪の毛を掻き回しているようにしか見えないのは、きっと気のせいである。
「……シュラインさん、尚くんにあのこと聞かなくていいんですか?」
 尚と八重のやり取りを見ていたシュラインの耳元で、零がぼそりと言った。シュラインはこくんと頷くと、尚の方へ向き直ってこう尋ねた。
「ねえ尚くん。1つ聞きたいことあるんだけど、いいかしら」
「なあにー?」
「尚くんと遊んでくれていたお姉さんって、今から言うような感じの女の人?」
 そう言ってシュラインは外見の説明を始める。それは予め正一や彰子、『小田原興信所』所長から面会して聞き出してきた、彼らが会ったという女性の特徴である。
「うん、そんなかんじだよー」
「……やっぱり……」
 確信を持ってシュラインはつぶやいた。いずれの女性も、同一人物であると。
(意図的……よね)
 同一人物が『偶然』4人に出会うとは考えにくい。うち3人は一族であるのだ。そこに何らかの考えがあったと思わない方が変だろう。
 この後、3人は大神三郎にも会った。上の2人が居なくなり、今はこの三郎が大神家を切り盛りしなくてはならないのだ。先行きはどうなるか誰にも分からない。
 そこで尋ねたのは、三郎が何故双葉の母親である明美を庇っていたのかということだ。事前に八重が言っていたことを、シュラインが代わりに尋ねた。この時、八重は零のポケットの中へと入っていた。
 答えは単純だった。明美はよく三郎と遊んでくれていたのだ。他にもテストで悪い点を取って叱られた後で、明美がこっそり慰めてくれていたりとか……。そんな経緯もあって、三郎は明美のことを庇ったのだそうだ。

●影を追って【6】
 同じ頃、撫子もまた東京を離れていた。訪れていたのは広島である。
「お話、ありがとうございました。祖父にはそちらの件を、よく伝えておきますので……」
 撫子は訪れていた神社の神主にきちんと礼を言い、その神社を後にした。
(ここでもやはり同様の影があったのですね)
 歩きながら思案する撫子。この半年で撫子が訪れた都市はいくつになるだろう。金沢、大阪、札幌、福岡に飛んで九州1周、さらには四国1周して、ここ広島だ。
 これが旅ならさぞかし楽しいのかもしれない。けれども、撫子が行っているのは調査だ。それも追いかけていると、どんどんと嫌になってくる調査。楽しいはずがない。
 撫子は例の事件にまつわる気になることがあった。それは例の事件の他に、金沢で些細なことから事件になっていた件だ。そのラインに、大神家の事件も含まれるのではないかと感じたのだ。
 そしてその大神家の事件、経過を見ると誰かにそそのかされて行ってしまったような印象を撫子は受けていた。実際、そのように取れる発言を正一たち3人はしている。
 そこで撫子は、金沢での他の事件について調べてみた。事件の直前に、誰かに会っていたりはしないのかということを確かめるために。
 残念ながら誰かに会ったという話は聞けなかったが、代わりに面白い話が耳に入ってきた。犯人が犯行に及んだ理由なのだが『そうするべきだと思った』などと、どうも一様に取り調べの際に口にしていたようなのだ。もっとも取り調べ段階での供述なので、裁判で否認したりしているみたいだが。
 このことから撫子は、調べる範囲を全国に広げてみた。金沢から邪気は払われたが、ひょっとしたらどこかへ移動しただけかもしれないという疑念があったからである。
 情報収集や助力は、従兄の皇騎や祖父といった伝手を頼りにした。そして金沢のケースと似たような話が出てきたら、撫子がそこへ飛んで詳しく調べてゆくという方法を取ったのだった。
 もちろん情報が入ってから時間を取って動く訳だから、どうしても撫子は後手に回ってしまう。撫子が調査する頃には、事件はもう起きてしまっているのだからたまったものではない。
 けれども、決して無駄な調査ではない。追いかけているうちに、事件の裏で見え隠れする人物の影が濃くなってゆくのだから。
(女性1人が日本の各地を転々として……その後には、些細なことから始まった事件がちらほら……)
 見え隠れするのは女性の影。しかし直接何かをしている様子はない。けれども……。
「……異能者なのでしょうね、やはり」
 撫子の推測が口を突いて出た。思うに、人に道を踏み外させるような能力を持ち合わせている異能者だと。
(広島にはもう居ないようですし、今度はどこへ向かったのでしょうか)
 今の広島に邪気は感じられなかった。もうすでにまたどこかへ移動してしまったのであろう。
 さて、この女性はいずこへ――。

●彼の人の想い【7】
 場所は再び草間興信所。啓斗が草間へ尋ねていた。
「今回も含めて今まで金沢で起こった事件の報告書……あるよな?」
 すると草間は怪訝な表情を浮かべた。
「まさかないのか?」
「あるも何も……。金沢のことなら、俺より麗香に聞いた方がいいんじゃないか? あっちの方が金沢に縁があると思うぞ」
 草間の言う通りだ。金沢に縁が深いのは月刊アトラスの方だ。詳しく知りたければ、編集長の碇麗香へ聞くのが一番だろう。
「……いや、今後の参考のために読ませてもらおうかと思ってたけど、ちょっと思い違いしてたようだな」
「どうした、急に何の風の吹き回しだ?」
 不思議に思った草間が啓斗へ尋ねた。
「たいしたことじゃないさ。最近気付いたんだ、あんたの行動の把握も勉強のうちだってね」
「……他の事件でもよけりゃ、好きに読んでいいぞ」
 草間がファイルの棚を指差して啓斗へ言った。
「そいや、草間は金沢で居た時、怪しい奴に出くわしたりしなかったのかよ?」
 ドーナツを全て平らげてしまった北斗が、口の回りを拭いながら草間へ尋ねた。
「ないな」
 即答だった。
 と、そんな時である。事務所を政人と望子が連れ立って訪れたのは。
「少し、見てもらいたいものがあるのですが」
 政人はそう言って4枚の似顔絵を草間たちへ示した。
「これは?」
 北斗が何気なく政人へ尋ねた。
「金沢の事件で、関係者に接触したと思われる……同一の女性です。残念ながら写真がないんですよ。で、心当たりのある人は居ませんか?」
 政人は草間たちに尋ねるが、あいにく啓斗も北斗も、そして草間も心当たりはなかった。
「どういう女性なんだ」
「恐らく、霊能力者。ですね、不動巡査」
 望子に確認する政人。実はここに来る前、警視庁で似顔絵をコンピュータに取り込んで画像処理して、望子の画像霊視能力に対応させたのだ。その結果、この似顔絵の女性に霊的なものを感じ取ったのである。
「……普通に暮らす人に闇から囁く女性でしょう」
 政人はそう付け加えた。得られた情報からプロファイリングを試みた結果である。もっとも不完全である可能性も否めないのだが。
「やってきた理由はこれだけなのか?」
「いえ、もう1つあります」
 草間の問いかけに答えたのは望子だった。
「大神氏の似顔絵を描かせてください。草間さんは、死の直前の大神氏にお会いしているではないですか。ですのでその時の大神氏の考えが、読めるかもしれません」
「……分かった。特徴を話せばいいんだな?」
 かくして望子による似顔絵描きが始まる。眼鏡をかけてからあれこれと望子が質問をし、その都度草間が答えてゆく。
 やがて――大二郎の似顔絵は完成した。
 望子はその完成した似顔絵を無言でじっと見つめていた。すると、おもむろに望子が眼鏡を外して目頭を押さえたではないか。
「不動巡査?」
 驚き、政人が望子に声をかけた。
「すみません……大神氏の想いが……」
 そして望子は読めた大二郎の考えを口にする。それは双葉の母親、明美に対する愛情と申し訳ない想い。また、テレビや雑誌などでしか一方的に知らない我が娘・双葉へ対する愛情。『これで少しでも罪滅ぼしは出来るだろうか』……と。
「……双葉さんに伝えるかどうかは、草間さんにお任せします」
 最後にそう望子は締めくくった。草間は少し思案してから言った。
「折を見て、今の父親に伝えておくさ。少なくともそれは、俺みたいな第三者が伝えるようなことじゃないだろうからな」
 ともあれ確実にこれだけは言えるのかもしれない。双葉は、望まれてこの世に誕生したのだと――。
 皇騎と撫子が事務所を訪れたのは、このすぐ後のことであった。

●東京駅にて【8】
 その日の夜、シュラインと八重、そして零の3人は東京へ戻ってきた。
 だがまっすぐに草間の待つ事務所へ戻らず、何故かシュラインは東京駅構内を歩き回っていた。まるで何かを探すかのように。
「どうしたでぇすか? お土産なら向こうで十分買ったと思うでぇすよ?」
 不思議に思った八重が、零の服のポケットから顔を出してシュラインへ言った。
「ん、ちょっと探してる人が……」
 どうやらシュライン、人探しのようだ。
 と――シュラインの足が不意に止まる。視線の先にはボディラインにぴったりした紅いシェープド・コートを羽織っていた黒髪ポニーテールの女性が1人。
「……見付けた」
 つかつかとその女性の方へ歩き出すシュライン。零も慌てて後についてゆく。女性の方も気付いたのか、シュラインに向かって微笑んでいる。
「お久し振り。シュライン・エマさん……だったかしら。私をお探し?」
「ええ、もちろん」
 シュラインは思わず女性の手を握っていた。
「誰でぇすか?」
 八重がシュラインへ尋ねる。そこでシュラインは零と八重を女性に紹介した。
「あらそうなの。よろしくね。私は……『東京駅の女』よ。それ以上でも以下でもないわ」
 八重と零にも女性は改めて挨拶をした。
「ちょっと聞きたいことが……いいかしら?」
 さっそく本題へ入るシュライン。それは金沢の事件で見え隠れした女性らしき者や、妙な毒や悪意をまとったような者の出入りの有無だった。
「……それを知ってどうするの」
 じろりとシュラインを見る女性。シュラインはその理由を話し始めた。金沢での事件のこと、先日の碧摩蓮を狙ってきた者のこと、さらに以前の墓地で知り合いの女性刑事・月島美紅たちとともに遭遇した事件のこと……などなど。
「それに、全国のニュースを調べていると、何だか似たように感じる事件もあれこれ見えちゃって……もしその女性が移動しているのなら、東京駅を経由することもあるんじゃないかって思ったの」
「いい所に目をつけたわね、あなた。東京駅は大ターミナル、出発地にして目的地ですもの」
 女性がシュラインを褒めた。が、その後に続いた答えはあいにくシュラインの期待したものではなかった。
「でもごめんなさい。そういった女性に記憶はないわね」
 もっともな答えかもしれない。利用者数を考えれば『東京駅の女』といえども、分からないことの1つや2つあるはずだ。
「……そうですか」
 ふう、と溜息を吐くシュライン。すると女性はシュラインの肩に手を置いてこう言った。
「けど、これから注意してあげるわ。もし見かけたら連絡すればいいのかしら?」
「あ、はい!」
 こうして『東京駅の女』の助力を得られることになったシュラインは、自宅や草間興信所などの連絡先を女性へ伝えたのだった。
 女性と分かれ、急いで事務所へ帰るシュラインたち3人。扉を開くと、啓斗に北斗、政人に望子、それから皇騎に撫子といった面々の姿があった。もちろんここの主である草間の姿だってある。
「ただいま……武彦さん」
 草間の姿を見て安堵するシュライン。思わず隣に居た零の頭を撫でてしまう。
「シュラインさんっ?」
 急に撫でられた零が驚いた。
「何だかね、撫でなくなった気分だったの」
 笑うシュライン。つられて零も笑う。笑顔は皆に波及してゆき、事務所に居た全員が笑ってゆく。
 平穏な一瞬であった。

【大神家の一族【補遺の章】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
          / 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】
【 1855 / 葉月・政人(はづき・まさと)
   / 男 / 25 / 警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課 】
【 3452 / 不動・望子(ふどう・のぞみこ)
  / 女 / 24 / 警視庁超常現象対策本部オペレーター 巡査 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ようやくこれで5月から長々と続いてきた『大神家の一族』も終了です。長丁場のお付き合い、本当にありがとうございました。
・今回は補遺の章ということで、積み残しの謎をちらほらと解消させています。まだ多少残っていたりするのですが……まあ気にするようなことじゃないです。今後に影響しない謎ですので。1つ例を挙げるなら『古びたリボン』のこととかでしょうかね。
・読み返していただければ分かるかもしれませんが、裏で妙な女性が動いています。これは来年に影響するお話です。恐らく2月頃から本格的になってゆくと思いますので、対処される方はくれぐれもご注意を。ただ、関連するお話は年内から徐々に出してゆきますので……。
・シュライン・エマさん、115度目のご参加ありがとうございます。『東京駅の女』を持ってきましたか。いい考えだと思いますよ。何かあれば教えてくれるはずです。もっとも飛行機を使った場合は分かりませんけれど……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。