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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【白粉花】



 本格的な冬がやって来るまでそうかからないだろう。
 昼の時間が短くなり、夜が長く空を占めるようになる。
 チェロのケースを手に、初瀬日和は小さく息を吐く。
(早く帰ろう)
 家を目指して歩く日和は、ふいにいつも通りかかる公園のほうへ視線を遣った。
 一月ほど前、ここで深陰と会ったのだ。
 ベンチに座る彼女と一緒に、大量のホットドリンクを飲んだ。
 そのことを思い出し、日和は小さく笑ってしまう。だがその笑みはすぐに消えた。
 深陰は今もどこかで、憑物封印をしているのだろうか? それともすでに……別の地へと移ったか……。
 どうして彼女はあれほど強くあれるのか……日和はわからない。
 日和のよく知る遠逆の退魔士――遠逆和彦も、孤独だった。たった一人で戦い続けていた。
 一人は、辛い。
 支えてあげられれば、と思う。
 けれどそれを望んではいない。
(あの人たちは、強いから……)
 弱さもある。だがそれを凌駕する強さを持つ人たちだ。
(止めても)
 止めても、きっと深陰は憑物封印を最後までやり遂げるだろう。憑物封印が実際、どんなものであるか日和ははっきりとは知らない。
 深陰に告げても、彼女は信じてくれないかもしれない。
 深陰は一度決めたことを覆すような感じではなかった。きっと、最後まで、やる。
(そう。私がチェリストを目指して努力するのと同じように……。誰に言われても、きっと曲げない)
 どんなに辛くても苦しくても。
 自分で選んだ道だから、やるだけ。道を進むか、途中で引き返すか、道を逸れるかは本人次第だ。
 いつか深陰との別れがきても……でも、だからこそ。
(もっと、近づきたいと思うのは……いけないことでしょうか?)
 日和の心の声に応えるものはいない。



 ひと気のない道の真ん中で、ビッ、と深陰は刀を一振りした。刀についた血が飛び、地面に散った。
 巻物を閉じ、そのまま空中に放り投げようとした深陰は……止まる。手の中の巻物を憎らしげに見た。
「あ」
 声に反応し、深陰は振り向いた。
「また……あの、お邪魔してしまいましたか?」
 そっと尋ねてくる日和に深陰は複雑そうな表情をする。
(……こういう子は、貧乏くじを引く)
 自覚なく、だ。
 優しすぎる人間は、自覚なく他人の分の不幸を負う運命を引き寄せてしまうのだ。
 日和が聞けば否定するだろう。自分が選んだことだから、とか、後悔してない、とか。
 切ない。
 と、深陰は思った。

 夕闇の赤。いや、紫。
 その色に染まった髪と、瞳。深陰は薄い紫や青が似合う少女だった。
 異人のようだ。
 異質だと日和は思う。綺麗すぎて、深陰は……『ここに居ないように』見える。
 巻物を右手に握りしめている彼女は日和を見ていた。振り向いて。
「深陰さん?」
 続けて尋ねると、深陰は顔をしかめた。
「……帰り?」
「え?」
「チェロ。この間も持ってたでしょ?」
 深陰が憶えていてくれたことに日和は素直に喜ぶ。
「はい。今日も練習で。帰ってからも練習ですけど」
「……そう。大変ね」
「深陰さんは…………憑物封印ですか?」
 この単語を口にするのは、本当は嫌なのだ。いい思い出がない。
 深陰は巻物を放り投げる。それは空中に吸い込まれて消えてしまった。
「また、会えて嬉しいです私」
「…………」
 日和の言葉に、深陰は反応しない。
 彼女は背を向けて歩き出そうとする。左手に持っていた影の刀を無造作に落として。
「あの!」
 日和の呼びかけに深陰は足を止め、もう一度振り向く。
「お話しを……しませんか? いえ、させてください」
 しませんか? と問えば「わたしは話はない」と深陰が言いそうだった。
 深陰は口を開く。
「どうしてそんなにわたしに構うの?」
 冷たい声だった。
 日和は、一呼吸おいて言った。
「……深陰さんは、日本から去る、とおっしゃいました」
「…………」
「別れが来るって、わかってます。でも、こうして出会ったことを大切にしたいんです。短い間でも、一緒に過ごす時間を大切にしたい」
「……あんたは、やっぱり優しいのね」
 どこか、憐れむように深陰は言う。
「優しいから、辛いことも多いでしょう。優しい人間は、どの時代も生きるには……辛い」
「深陰さんも、優しいと思います」
 何度か出会うことで垣間見た、この少女の本質。日和は深陰の優しさを感じていた。
 この人は、非道ではない。この人は、弱い者の為に戦える人だ。
 深陰は嘲笑した。
「わたしが? 優しい?
 冗談! わたしは優しさとは程遠い人間よ。博愛精神は持ち合わせてないし、ただ――気に入らないヤツを退治するだけだもの」
 それがたまたま、人助けに繋がっただけ。
 深陰の言っていることは、確かに間違ってはいないだろう。
 彼女は笑いを止めて日和を見る。群青と、黄土の色違いの眼で。
「私では……あの、頼りにはならないと思います。できるならお手伝いしたいですけど……戦う力はほとんどありませんから」
「…………」
「だから、そういうことではお役に立てないだろうけど……何か、して差し上げられることがないかと……思うんです。友達として、その、手伝いたくて」
「いらない」
 深陰は即答した。
「友達なんて、必要としてない。いらないわ」
 それに。
「戦う力とか、必要なんてしてない。誰がそんなこと言ったの? 仕事を手伝えとか、こっちの世界に来いとか、わたしは一言も言ってないわ」
 こっちの世界、というのは深陰の居る……立っている場所だろう。
 夜の世界。闇の世界。
 日和の居る、穏やかな日々とは違う場所だ。
「何かしてくれなんて、何かして欲しいだなんて……言ってない」
 勝手に。
「勝手にそんなこと思わないで。迷惑よ」
「……すみません」
 日和は謝る。
 そうだ。これは、日和が勝手に思っていることだ。深陰は願っていない。日和に助けなど、求めていない。
「ただ、私……私……」
「前も言ったけど、そういうのは必要としている者にしなさい。
 わたしはあんたの満足感を満たすために居るんじゃないわ。……ま、わたしもあんたのことは言えないけど。自己満足で仕事を選ぶしね」
「…………」
「じゃあ反対に訊くけど、わたしにはチェロをしているあんたを手伝うことはできないわ。
 で、わたしにできることってある?」
 …………ない。
 悩みを聞いて。励ましてくれて。
 でもそれは、深陰でなくともできることだ。
 必要とされない善意は、苦痛になることが多い。
「立っている場所が違いすぎるの。いい加減、わかったらどう?」
「…………」
 悲痛な表情をする日和は俯く。どうして。
(言葉が届かないの……。気持ちが、伝わらないの。でも、深陰さんの言っていることは、わかる)
 深陰はそんな日和を見ていたが、ふいに嘆息した。
「手伝いたいっていうなら……わたしに関わらないで。それがわたしの手伝いになるわ」
「……足手まといとか、邪魔だからですか?」
「あんたが優しいから」
 はっきりと深陰が言い放つ。日和は顔をあげた。
「言ったでしょ。あんたは優しいから、そうやってすぐ傷つく。
 誰かが傷つけば泣く。自分が傷を負ったわけでもないのに勝手に痛みを共有してしまう。
 例えば……わたしがあんたの前で傷を負うとするわ。あんたは泣かないって、約束できる?」
「そ、れは……」
「できないわね。今まであんたみたいなタイプには散々会ってきたけど、どいつもこいつも碌なもんじゃなかったわ。
 それが悪いってわけじゃないの。
 一緒にそうやって痛みや感情を共有してくれる人間が居ることで安心するヤツもいるわ。
 そういう優しさに救われてるヤツもいるでしょう。 
 ……ま、あんたはまだマシなほうね。自分の力量をきちんと見極めているし、自身でできることとできないことがはっきりとわかっているみたいだしね」
 遠くを見て深陰はわらう。それは儚い笑みだった。
 日和は、わかってしまった。
 ――重い。
 深陰が背負っているものは、重過ぎるのではないのだろうか?
 ソレがなんなのか……どういうものなのか、日和にはわからない。深陰も日和には言わないだろう。
「あんたが」
 深陰の声は静かに響く。
「あんたが、優しくなければいいのに」
「優しさは……悪いことですか?」
 相手を思う気持ちは、悪いこと?
 尋ねる日和に、深陰は言う。
「わたしが普通の人間だったら、あんたの好意は快く受けてた。そんなに落ち込むことはないわ。
 でも、わたしは退魔士。
 常に死と隣り合わせ。いつ死んでも……おかしくない」
「死ぬなんて、簡単に言わないでください……」
「簡単に言ったつもりはないわ。でも事実よ。
 いつ死んでもおかしくない人間に情けをかけることも、関わるのも得策とは言えないわ。あんたが傷つくだけよ」
「そんなこと……っ!」
 例えそうだとしても……。
 諦めきれない日和から去ろうと深陰は今度こそ背を向ける。
「わたしのことは、どうあっても『いい思い出』にならない。『いい思い出』でいたいなら、もう関わらないことよ、初瀬日和」
「なぜ……どうしてそこまで言うんですか!? まるで……」
 まるで。
「自分を嫌ってるみたいに……!」
 日和は慌てて自身の口を手で塞ぐ。
 深陰は軽く笑って肩をすくめた。
「その通りよ。わたしは、わたしほど愚かでバカな人間を知らない。卑怯者で、クズで、どうしようもない劣悪な存在。
 まあ、こんなクズでも使い道は色々あるのよ。ほんと、役に立たないものは世の中ないわね」
「深陰さんはクズなんかじゃありませんっ」
 どうしてそんな悲しいことを平気で言えるのだろう。
「どう思おうとあんたの勝手だから構わないけどね。
 クズに関わるといいことないからやめておきなさい。わたしは自分一人だけで手一杯なの。あんたまで面倒みれないから」
 じゃあね、と小さく呟いて深陰は歩き出した。
 日和は引きとめようとして伸ばした手を、引っ込める。
(深陰さんは……もしかして、憑物封印のことを知ってる……?)
 いつ死んでもおかしくない……それが退魔士。
 遠くなる深陰の背中を見つめて、日和は悔しさに近い思いに辛くなった。
 彼女に対してできることなど、何もないのかもしれない。足を引っ張るだけで、何の役にも立てないのかもしれない。
「一人で」
 つらくないですか? 深陰さん。
 孤独というより、深陰は孤高だった。あれが退魔士の本来の姿なのかもしれない。あれが――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 優しいからこそ遠ざける……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!