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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 人が生きてきた証を消すこと?
 そんなの簡単よ。面倒だけど、やろうと思えば誰でも出来る。
 最期のお別れの時に美しい姿を見せるエンバーミングの裏に、ちゃんとそういう仕事があるのよ。あんまりいい気分のするものじゃないけどね。
 流石に万人にお勧め出来はしないね…あれは。

 ジェームズ・ブラックマンが、都内の葬儀社に勤める夜守 鴉(よるもり・からす)にそんな事を言われたのは、仕事の話をしながら蒼月亭でコーヒーを飲んでいるときだった。ジェームズ自身死者に関わる『デスビジネス』に多少興味があり、その事について話をしていたのだ。
 鴉が死者に対して行うエンバーミングはある意味「人の最期の別れを印象づける」仕事だ。損傷や衰弱でやつれた遺体を美しく修復し、好きだった服などを着せ美しい思い出として残しておく。
 だが、その逆の仕事もあるのだろうか…と。
「あるよ。日本ではどうだか知らないけど、アメリカだとビジネスになってる」
「ほう、それは興味深い」
 ジェームズの質問に、鴉はカフェオレに砂糖を足しながらこともなげに言った。
「犯罪現場や事故現場の清掃は、日本だと警察がちょっと水かけたぐらいで終わりって事も多いんだど、血液ってある意味色んな病気の感染源なのよ。だからそれ専門の清掃屋がいるわけ。日本にも最近出来たんじゃないかな…」
 そこまで話すと、鴉は何かを思い出したようにジーンズのポケットから小さな手帳を取りだした。
「あ…犯罪現場じゃないけど、一人暮らしの人が亡くなった後の清掃の仕事が入ってる。人が生きてきた証を消すのはあんまりやりたくないんだけど、最近うちの葬儀社も色々デスビジネス模索中だしね…」
 人が生きてきた証。
 それを消すのはそんなに簡単なのだろうか。
 だとしたら、どのように消していくのだろうか。
「もし人手が足りないのなら、私で良ければお手伝いしましょうか?」
 その申し出に鴉は目を丸くしてジェームズの顔を見た。交渉人というジェームズが、清掃の手伝いをするというのが意外だったのかも知れない。
「手伝ってくれるの嬉しいけど、あんまり気分良い仕事じゃないよ。一人暮らしのお年寄りが住んでた家だし」
「いいんですよ。力仕事には多少自信がありますし、鴉が言う『人が生きてきた証』を消すというのに興味があります。話を聞くだけでなく、自分の目で見ればそれが納得できるかも知れません」
 少しだけ微笑みながらそう言うジェームズに、鴉もくす…と笑った。銀色の瞳が少し伏せられ、何処か遠い場所を見る。
 そして呟いたのがあの言葉だった。

 それから数日後。
「ジェームズさんツナギ似合わないね」
「それはお互い様です」
 清掃用のツナギを着たジェームズと鴉は、ある小さなアパートにいた。
 ツナギだけではなく帽子ににマスク、滑り止めのついた軍手…このアパートには一人暮らしのお年寄りが住んでいたらしいが、家で倒れ救急車で運ばれた後搬送先の病院で亡くなってしまったらしい。本来であれば遺族が引っ越しなどをするのだが、引き取り手のない場合は住んでる区などでその清掃などを受け持たなければならないという。
「換金できる家財道具は持ってっちゃった後みたいだから、俺達は荷物の運び出しと清掃ね」
 鴉はそう告げると、まず家の中に入って全ての窓や押し入れの戸などを開け放った。窓はあまり開けられることがなかったのか、それとも経年変化で歪んでいるのか開けるのに少し力がいる。
「全部開けた方が良いんですか?」
「うん。今は寒いけど、多分ツナギ着てられないぐらい重労働だから…うわ、こりゃ運び出しに時間かかりそうだ」
 押し入れの中を見ながら鴉がそう言った。上の段に布団、その下には色々な小物や本…。
 新しい住民を入れるために部屋を清掃するのは分かるが、これらの物は一体どうするのだろう。鴉は最初に『換金できる家財道具は持っていった』と言ったが、だとしたらこれらは全て廃棄されるのだろうか。
「この布団や本はどうなるんですか?」
 ジェームズが下の段から本を引っ張り出しながら言うと、鴉がチラとそれを見た。マスクで顔半分は隠れているが、何だかそれは寂しそうな目つきだ。
「それね…全部トラックに乗せて捨てるんだわ」
「全部ですか?」
「うん、全部。区が換金できないって判断したものだからね…使える使えない関係なく、全部捨てなきゃなんないのよ」
 ふぅ…とついた溜息がマスクの中にくぐもって消える。
 開け放った玄関から外を見ると、トラックが一台止まっているのが見えた。ここで生きて生活するために使っていた物は、その主がいなくなると同時に役目を終えると言うことなのか。確かに鴉が「あんまりいい気分のするものじゃない」と言ったのが分かるような気がする。
「押し入れから手をつけてよろしいですか?」
「そうね、まず押し入れやろうか。あと、本とかはなるべく一冊一冊ばらして見て頂戴…たまーにだけどそこに換金できる物とかへそくりが入ってる時があるから」
 そう言いながら鴉はジェームズが引っ張り出した本を一冊一冊パラパラとめくっては横に避けた。その仕草はエンバーミングをするときのように、遺体を大事にする物ではなくかなり乱暴にも見える。
「…この仕事、鴉はあまり好きなようではないみたいですね」
 一緒に本を調べながらジェームズがそう言うと、鴉は頷きながら同じようにページをめくる。
「まあね。今日は一人暮らしだからまだマシだけど、遺族に頼まれての清掃はもっと嫌なもんよ…下手に金目の物なんか出たら修羅場だからね」
 その口ぶりから、鴉が何度もこのような清掃関係に携わっているのが分かった。このような仕事は『特殊清掃』と呼ばれ、専門業者もいるようだが日本ではまだ少ないという。
 遺族に見張られながらの清掃や、部屋で亡くなった現場を死臭に耐えつつ清掃しなければならなかった事などが淡々と鴉の口から語られていく。
「結構淡々と話すんですね。エンバーミングの時の鴉とは大違いです」
「あー…やっぱり誰かが生きてきたのを綺麗さっぱりなかったことにするのって、俺がやってる仕事と真逆じゃない?蛆が這ってる部屋掃除云々も嫌って言えば嫌だけど、こういうの見つけちゃうと『何で俺こんな事してるんだ?』って気持ちになるのよ」
 そう言いながら鴉が開いたのは一冊のアルバムだった。
 そこに写っているのは古く色あせた家族などの写真…ここに住んでいたというお年寄りが生きてきた歴史の一部だ。だがそれも『換金価値がない』と言う理由で、全て土に返さねばならない。
 気分の良い仕事ではない。
 誰だって忘れられていくのは辛い。死んでも誰かの心に永遠に残りたいと思う気持ちはよく分かる。
『忘れないで…』
『それを捨てないで…』
 鴉がこの仕事を嫌だと思うのは、死者の声が聞こえるという能力のせいもあるだろう。
 ジェームズは生きてきた時間の長さもあるので、それをある程度聞き流すことも出来るが、鴉にとってそれは厳しい。エンバーミング中には長所となる能力が、こういうときは足枷にしかならない。
「大丈夫ですか?」
 布団をトラックに積み込みながら聞くと、鴉はマスクを下にずらして一回だけくしゃみをした。
「…きっつい。でもまだ一人暮らしはマシ」
「マシ、とは?」
 ぐす…と鼻をすする鴉に、ジェームズは持っていたポケットティッシュを手渡した。それで鼻をかみながら鴉は大きく息をつく。
「遺族に頼まれるよりはね。仲がいいならそういう掃除とかも自分達で少しずつやるけど、とにかくとっとと綺麗にしてくれとか言われると、生きてる人と死んでる人の板挟みで三日ぐらい物食えなくなるよ。これでいて結構繊細なのよ、俺」
 何故こんな仕事をわざわざやっているのだろう。
 鴉の腕があれば、いくらエンバーミングが日本で普及していないと言ってもこんな事をせずに食べていけるはずなのに。
「どうして貴方はこの仕事をやっているんです?」
 自分より先に階段を上っている鴉の足が止まった。
 くるりと振り返ると、そこに冷たい風が吹き付ける。
「鴉、貴方の腕ならわざわざこんな事をしなくてもエンバーミングだけで食べていけるはずです。なのに、わざとこの仕事をやっているとしか思えない」
「ジェームズさんってさ、時々人の心読むよね」
 くるりと振り返った鴉はマスクを元の位置に戻し、目だけでジェームズに向かって微笑んだ。
「私は心を読んでいるわけではなくて、自分が知りたいと思ったことを聞かずにいられないだけですよ」
 また二人で部屋に戻り荷物を手に持つ。布団、アルバム、食器、衣服…ここで暮らしている時には必要だった物が、少しずつトラックに乗せられていく。
「皆が皆幸せに、誰かに思われて亡くなってると思いたくないんだ。エンバーミングをしてもらって、たくさんの人に泣いてもらって惜しまれて亡くなる人の裏に、こうやって誰にも気付かれずにひっそり亡くなったりする人がいるって知っとかないと、勘違いしそうだから」
「なるほど…」
「爺さんに似て、変な所律儀なのかもね…って、自分で言ったら台無しか」
 いや、その通りなのだろう。
 遙か昔研究所で生き別れになった後も、ずっとヨタカのことを悔やんでいたカラス。
 美しい別れを演出する側でありながら、その裏にいる者を忘れないようにする鴉。
 忘れている事も出来るのに、それをあえて忘れずに心に刻み込むことは難しい。それが不器用な生き方だと知っていても、鴉はそのまま生きていくのだろう。
 部屋の荷物を全てトラックに載せ、部屋の清掃が終わったときにはもう日が暮れ始めていた。
 これで畳や壁紙を変えてしまえば、前に住んでいた者の面影は消えてしまうだろう。前の住人がどうなったかは新しい住人に知らされることはない。
「鴉、これから暇でしたら少しお付き合いしてくれませんか?」
「いいよ。連絡が入らなかったら暇だから」

「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 一度葬儀社に連絡し、シャワーを浴びたり着替えたりした後、ジェームズは鴉を誘って蒼月亭へ来た。カウンターの中ではナイトホークが暇そうに煙草を吸っている。
「珍しい組み合わせだな。白黒だ」
 ジェームズはいつもの黒いスーツだが、カラスは白っぽいパーカーを着ている。そう言われ、鴉はそのままカウンターに突っ伏した。
「白って言わないでよ…喪服似合わなくて毎度苦労してるんだから」
「一緒に仕事をしていたんですよ。私は『ブラックルシアン』を」
「俺はコーヒーで。連絡入ったときに酔ってるとヤバイから」
 ジェームズの前にローストチキンのサラダ、カラスの前には小さなチーズケーキを出しとながら、ナイトホークが笑う。
「かしこまりました」
 前に鴉と一緒に仕事をしたときに、夜守 鴉がナイトホークと一緒に研究所にいた「カラス」の孫だということは教えてある。
「人が生きていた証というのは、結構あっさりと消せるものなんですね」
 今日二人で一緒にやった仕事がどんな物だったかを話しながらそう言うと、ナイトホークは注文の品を用意しながら何かを考えるような仕草をした。
「そいつはどうかな。生きてきた証が消えるからと言って、そこにいた記憶までが消える訳じゃないからな…少なくともクロと鴉の心には残ったわけだし」
 ああ、そうか。
 証を消す事を鴉は嫌がっていたが、それがなくなったからといって何もかもが消えるわけではない。今日この仕事に携わったことで、ジェームズの心には『一人の老人が生きていた』事を知ることが出来たし、それは何かの折りにふと思い出すこともあるだろう。
 それを聞いた鴉がケーキにフォークを突き立てながらナイトホークをじっと見る。
「ナイトホークってさ、結構ロマンチストだよね」
「こう見えて結構雅でロマンチストだよ…って、何でクロは笑ってるんだよ」
 言わなければいいのに、どうして自己申告してしまうのか。何だかそれが無性に可笑しいので、ジェームズは思わず笑ってしまう。
「いえ…他意はありませんよ。確かにナイトホークは雅でロマンチストですね」
「そうやって念を押されると嘘くせぇよ。はいはい、忘れた忘れた」
 照れ隠しのようにナイトホークが煙草をくわえてコーヒーを入れに二人の近くを離れた。その様子に鴉が目を細める。
「何かいつも思うんだけど、爺さんから聞いてた人と別人みたいね」
「それは悪い意味でですか?」
「いや、何か俺が聞いた話だと『世の中恨んでる』みたいなのだったから、多分爺さんも今のナイトホーク見て嬉しく思ってるんじゃないかな」
 それもまた時間の経過の賜物だ。
 最初にジェームズと出会ったときは人に慣れない猛禽類のようだったが、いつの間にかこうして自分で店を持ち人を受け入れるようになった。
 時と共に人は変わり、また新しい出会いへと受け継がれていく。
 ブラックルシアンとコーヒーが置かれ、ナイトホークが一言言う前にジェームズが顔を上げた。
「ナイトホーク、もし私が生きている証ごといなくなったとしたら、貴方はどうします?」
 そう言った瞬間だった。鴉の携帯の音楽が鳴り、そっと口元を押さえて喋る。
「はい、はい…今から帰ります…。ごめん、いい所だったのに仕事入った」
「何がいい所だ…コーヒー飲んでないから金いらねぇ。クロ…その答えは鴉が帰ったら言ってやる」
 たとえ証がなくなったとしても。
 財布から小銭を出そうとする鴉やナイトホークを見ながら、ジェームズはそっとブラックルシアンのグラスを傾けた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です
鴉と一緒の仕事をお任せで、そしてナイトホークと一緒のシーンを最初か最後に…と言うことで『特殊清掃』の仕事をしていただきました。本来の特殊清掃はもっと細かかったりハードな仕事なのですが、いきなり犯罪現場の清掃を頼んだりはしなさそうなのでソフトな感じになっています。人の死の裏にも様々なビジネスがあるようです。
証をなくすことは出来ても記憶はなくならないということは、長生き組はよく知っているように思います。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってくださいませ。
復帰の際にはまたよろしくお願いいたします。