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再就職斡旋希望っ娘。
□Opening
応接室に通されたその女を見て、草間・武彦は心の中で首を傾げた。俯き気味で、表情は硬い。静々とお茶を飲む様は、一般的な成人女性と特に変りは無い。
おかしい、と言えば、そう。例えば可愛らしくプリーツの入ったミニスカート。黒と白の縞模様のニーソックス。足先が必要以上に丸く可愛らしい厚底の靴。それに、裏地に派手な色を使用したマント。
もうハロウィンは終わったのになぁと、ぼんやりと考る。すると、小さな声で彼女が話し始めた。
「あの……、私、東京の平和を守る……魔女っ娘だったんです」
「……、そ、そうか」
危うく、持ち上げた湯のみを落しそうになった。が、それを必死でこらえ、搾り出す様な思いで武彦は彼女の言い様に頷いたのだ。
『……っ娘? え? 何その冗談』その言葉を、首のすぐ上までで押さえ込み、いかにも冷静に対処していますと言うアピールをするつもりで、武彦は一口お茶を飲んだ。
「でも、もう駄目なんです、私……、こんなに成長しちゃって、ぐす」
なるほど、確かに女性の身長は、高い。零よりも高いし、武彦よりも少し低いくらいだろうか。それに、良く見ると、腕の筋肉はたいそう引き締まり、力強さを感じる。
「そ、それで、俺にどうしろと……」
魔女っ娘だと、本人がそう名乗っているんだ、だからそれで良いじゃないか、落ちつけ草間武彦。しかも、よほど思いつめているのか、目の前の女性は涙さえ浮かべている。
「だから、私、魔女っ娘を引退します、それで、再就職先を探しているんです!」
「そうか、職安は通りをもっと向こう側だ」
元・魔女っ娘の主張を受けとめ、武彦は即答した。けれど、彼女は首を横に振るだけだ。
「技能はこんな魔法……、前職は魔女っ娘……、そんな人間を普通の企業が雇ってくれますか? いいえ、職安だってきっとまともに取り合ってはくれない、私は、魔女っ娘の修行に明け暮れていたからどうして良いか分からないんです、だから、私の再就職先を一緒に探してくださいっ」
そうして、彼女は叫んだ。確かに、今の彼女の姿では、門前払いを受けるかもしれない。彼女が叫ぶと同時に部屋中に伸びた荊の茎を掻き分けながら、武彦はうめいた。
「わ、わかった……、だから、落ちついて……、この棘棘何とかしてくれ……」
「はっ、私ったら……、ごめんなさいすぐに消しますぅ」
と言うわけで、元・魔女っ娘の再就職先を一緒に探してくれる者を武彦は探した。
■01
しゅるしゅると引いて行く棘棘の蔓を上手く避けながら、シュライン・エマは武彦に近づいた。大きな声だったので、だいたいの状態は把握したのだが、それでも何故よりにもよってこんな部屋の中では迷惑にしかならない魔法を使うのか。きっと、つっこんでは負けなのだろう。
「……、ええと、はい武彦さん、絆創膏」
大丈夫? と武彦の顔を覗き込む。
棘棘は綺麗に無くなったが、その中心にいた武彦には、たまったものではなかっただろう。
「うう、あ、助かるシュライン」
武彦は、差し出された絆創膏を受け取り、棘の刺さった部分をさすった。
その様子に、大事は無いのだと頷き、ようやくシュラインは依頼人の女性に微笑みかけた。
「依頼内容は分かったわ……、ええと、お名前聞かせてもらえるかしら?」
思わず棘を現出させてしまった張本人は、あわあわと棘の処理に追われていたのだが、シュラインの問いかけにぴっと背筋を伸ばした。
片方の手を腰に当て、もう片方はマントの先で固定された。
「はいっ、私、魔女っ娘シュガー・リ・ロミリン、貴方のハートを絡め取っちゃうゾ☆」
うりゅうりゅと、棘のついたツタが蠢く。
武彦は、その時ようやく腰を落ち着けていたソファーからずり落ちた。
「なぁ、シュライン……」
「何かしら、武彦さん」
笑ってはいけない。大切な依頼人なのだ。勿論、つっこむなどもっての他。真剣な相手を傷付けてしまうかもしれないじゃないか。ああ、人間は優しさに満ち溢れているなぁ。
武彦とシュラインは、依頼人をぼんやり眺めた。
「氷嚢……、あったかな」
「しっかり、その頭痛はきっと気のせいよ?」
しかし、現実から目をそらしてはいけない。
シュラインは、頭を押さえる武彦を励まし、心の中でため息をついた。
□06
「とにかく、本名を聞いても良いかしら?」
依頼人を囲むように皆が集まってきた応接室で、シュライン・エマがまずそれを聞いた。
わざわざ本名をと聞いて、武彦が若干引きつったように感じられた。
「え? ほ、本名……ですか」
依頼人は、戸惑ったように下を向き、考え込んだ。
そこに、桜塚・詩文がくすくすと助け舟を出す。
「あらぁ、魔女っ子は、正体を知られたら駄目なのよねぇ、分かるわぁその悩み」
そのまま、依頼人の頭を撫でて、抱き寄せる。
「ふえ、えええええ、ええと、ですね」
詩文の腕の中で、依頼人はびくびくと怯えたように震えながら、真っ赤になってしまった。
その様子がまたおかしい。詩文は、上機嫌で依頼人を解放し、るんるんとリズムを取った。
「……、職を変えるのではなかったのですか?」
本名を名乗れない事に、まだ魔女っ娘への未練を捨てきれていないのかと、不愉快そうに眉を寄せたのはパティ・ガントレット。
「あ、いえ、はい、あの、私、佐藤弘美と申しますです」
職を変えると言う言葉に後押しされるように、ようやく依頼人はそう名乗った。
「何だ、普通の名前だ」
「武彦さん、当たり前よ」
まだ棘が刺さった部分が痛むのか、いや、それ以上に何故か打撲痕がある武彦は、ポツリと安心したように呟く。それを、シュラインがたしなめたのだ。
「私としては、魔女っ娘が職業だというのが不思議で仕方ないんだが」
打撲痕をさする武彦を横目に、黒・冥月は胡散臭そうに弘美を見つめた。
「大体そんな格好でどうやって東京を守っていたんだ?」
そう、可愛いプリーツのスカートに縞縞模様のニーソックス。いかにも目立つファッションは、あからさまに人目を引くようだし、そんな事では変質者も裸足で逃げ出しそうだった。
「そう、職歴がないのは問題ですね……実際の生活は何をしていたのです?」
パティはあくまで現実的だ。報酬を貰う魔女っ娘なんて聞いたことが無い。何かしらの飯の種はあったはずだ。
しかし、弘美は何も言葉を発しない。
「ふふふ、実際、魔女っ娘だったのよねぇ?」
助け舟を出したのは詩文だった。魔女っ娘に、表も裏も無い。魔女っ娘こそ彼女の職業で、魔女っ娘に実際の飯の種など無いっ。のだ。
弘美は詩文の言葉に頷き、大きく首を縦に振った。
「……、まぁ、いい」
何だか、非常にもやもやするが、それでは話が進まない。冥月は、ふるふると拳を振るわせながらも、必死に色々な感情を押さえ込み弘美に言い放った。
「取り敢えず、出来る事を全部やって見せろ、話はそれからだ」
「特技が魔法なら、それを活かしてみればいかがでしょう? 魔女や占い師は?」
冥月の言葉に頷いたのは加藤・忍。あくまで物腰やわらかに弘美に微笑みかける。
「そうねぇ、マジシャンなんて、衣装を歳相応にしてみたら違和感無さそうだけど」
シュラインも、その意見に賛成なのか、同じように頷いた。種も仕掛けも無いので、本業のマジシャンには失礼かもしれないが背に腹は変えられない。取り敢えず、魔法とはどの程度なのか。皆の視線が集まる。
「あ……う、では、その……、まずは魔法で絡め取っちゃいます☆」
さて。
出来る事と聞かれて、弘美はぴっと背を伸ばし、片方の手を腰に当て、もう片方はマントの先で固定した。その言葉に合わせる様に、棘棘の蔓がうようよと沸いて出る。
シュラインは、迫ってくる蔓の音を聞き分け、すいとそれを避けた。
詩文は、鼻歌のリズムに乗りながら、ひょいひょいと蔓を越えて行く。
冥月は、当然のように蔓を寄せつけない。
忍は、ゆっくりとしかし確実に蔓を避ける。
パティは、ツインテールの髪を揺らしながら正確に蔓を断ち切った。
「おいっ、何するんだっ」
結果として、武彦のみが棘棘の蔓に身を絡められ、悲鳴を上げた。
「はいっ、そして、悪を砕くのですっ」
ぶんと勢いをつけて、弘美は武彦の目の前に踏み込んできた。そして、勢いに乗った拳を武彦に繰り出した。
「ちょっと待てーーーっ」
手足の自由を奪われ、武彦は叫んだ。
ぴたり、と、その顔の目の前で拳は止まる。しかし、その風圧で武彦は固定されていなかった頭だけを吹き飛ばされたような感覚を味わった。
「おい、どこが魔法で守ってたんだ?」
冥月は、頭が痛いと、片手を大袈裟に額に当てた。
「拳がメインでしょうか、大丈夫ですか? 草間さん」
魂が抜けきったような武彦に、忍は苦笑いした。その後ろで、絆創膏は足りるかしらとシュラインは薬箱を探っていた。
□07
「……魔法を捨てるんだな。日本は飽食の国だ、アルバイトでも死なない程度には生きていける」
弘美の魔法に、冥月は首を振った。
まさか、魔法で出来る事が、棘棘の蔓のみだったとは……。これでは、マジシャンも占い師も無理だ、無理。
「そうですね、魔女の能力と無縁な職業についてくださることを望みます」
冥月の言葉に、上機嫌で答えたのはパティ。どうしても、そこにこだわりがあるようだった。
「うーん、ぼんやり連想したのは御当地ヒーローかしら」
シュラインは、しゅんとしょげるようなそぶりを見せる弘美を励ますように、提案した。
「……、それはいけません、ヒーローなどと!」
しかし、それにはパティが反対した。シュラインは、首を傾げたが、それほど強く推すほどの職業でもなかったので、黙り込む。
「あのぅ、私、ヒーローなら何とか……」
「……、人前に出る才能はあるみたいですし、接客業など如何?」
弘美の小さな声を遮るように、今度はパティが提案をした。
「とりあえずウチくる? 社会にでる前に水商売を経験しておくのも勉強になるわよん♪」
接客業と聞いて、詩文が手を挙げた。彼女は、駅前のスナック『瑞穂』のママなのだ。同じ魔女っ娘として、放って置けないし、弘美の容姿ならば問題無い。
「え? え? 私……」
水商売と聞いて、弘美は顔を赤らめ俯いてしまった。
「そうですね、あとは……最終手段で永久就職という手も」
と、忍が本当に、最後の手段を口にした。
なるほどと頷く一同。
ウチの店のお客さんて中小企業の社長さんとかもけっこう多いから、ひょっとしたらご縁があるかも……なんだけどねぇと、詩文は心の中で呟いた。どうやら、いきなりの水商売は、彼女には無理そうだ。無理なら無理強いはしない。詩文は、黙って、弘美の動向を見守っている。
「ふぇ、……、あの、相手が、相手が居ません」
そう。この最終手段は、一生もの相手を選ばなければ意味が無いのだ。相手が居ない事を悲観する弘美を励ますように、忍が優しく囁いた。
「素敵な相手を見つけるには、まず自分が輝なければ。くよくよせずに自分の魅力をアピールして下さい」
「は、はいっ、あの、でも、アピールって……?」
ここに、一筋の光が見えた気がして、弘美は瞳を輝かせた。
アピール。それは、大勢の男性に彼女の姿を見てもらう事。そこで、ずっと考えていたシュラインがポツリと呟いた。
「他は……、そうね、特撮系のショーアクターとか」
弘美は、体格も良いし、魔女の修行に体力作りなんかも有ったのならば良い線を行くかもしれない。
「ショーアクター」
その響きに、弘美は嬉しそうに、いや、期待を込めた瞳で空を見上げた。いや、実際には応接室の天井だけれども。
「時には悪役になる事もあるでしょうけど、子供達の心に何かを残す一環を担ってる事には変わりはないもの」
シュラインは、そんな弘美の様子に微笑みながら、こう付け足した。
直接ではなく、将来の芽を鍛え東京を守るって、良いんじゃない? と。
「魔法を使うわけで無いのならば、……仕方が有りませんね」
そんな生き方もアリかもしれない。そして、それならば自分の敵になるまでには行かないか、と、パティは、今度はシュラインの意見に頷きを返す。
「仕事には形から入るというのもあります。まずは、それなりの格好を」
どうやら、結論が見えてきたようだ。忍は、優しく今後の方針などを打診した。
「ああ、それなら」
冥月は、そこで、影から真っ黒の魔女っぽい衣装を取り出した。
「わぁ、凄いですっ、でも、何故こんな衣装をお持ちなんですか?」
その、素敵な魔女衣装に弘美の瞳は更に輝く。何故このような衣装を? その質問に、冥月は、ちょっとだけ頬を染め、
「聞くな」
とだけ、呟いた。ああ、気になる。が、それ以上追求は出来なかった。残念。
「ほら、男どもは外に出てろ」
その話題を逸らすように、しっしと冥月が忍と武彦を部屋の外へ追い出す。
「うっふふーん、ほら、お姉さんが着せてあげるわよん」
女性だけになった部屋で、詩文が機嫌良く弘美を脱がしにかかる。
「はわわ、一人で出来ますからっ」
勿論、詩文の冗談だったのだけれども、弘美は必死で逃げ隠れた。
□Ending
「どうですかッ? 私、ショーアクターっぽいですか?」
ぴっと背筋を伸ばした弘美。
片方の手を腰に当て、もう片方はマントの先で固定されている。そのポーズが、意外に様になっていた。真っ黒な魔女の衣装と非常にマッチしていた。
「これからは“魔女”として東京の平和を守れと言いたかったが、本人が納得しているならそれでいいか」
冥月は、恥ずかしげも無くその衣装を着こなす弘美を見て、まぁ良いんじゃないかと肩をすくめた。
「そうね、魔女っ娘姿の便利屋さんって言うのもあったんだけど、本人がそれで良いなら良いんじゃないかしら」
ただ、この時点でショーの衣装に着替える必要はどこにも無いけれど、と、シュラインは一つ息を吐き出し頷いた。
「うーん、似合ってるわよん」
詩文はにこやかにほほ笑み、弘美を安心させる。
「魔女の能力と無縁な職業についてくださるのならば、あなたは私の敵では有りませんね?」
パティは、確認するように念を押した。
「人は望むものになれます、大丈夫、自分の魅力をアピールしてください」
忍は、そう言って、弘美に向かって力強く頷いた。
弘美は、そんな皆を一度ぐるりと見まわし、そして、笑顔でお辞儀を一度。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました、私頑張ります」
そう。
きっと大丈夫。
それから、一同は、揃って弘美を送り出した。
<End>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6625 / 桜塚・詩文 / 女性 / 348歳 / 不動産王(ヤクザ)の愛人】
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【5745 / 加藤・忍 / 男性 / 25歳 / 泥棒】
【4538 / パティ・ガントレット / 女性 / 28歳 / 魔人マフィアの頭目】
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■ ライター通信
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こんにちは、ライターのかぎです。この度は、ノベルへのご参加ありがとうございました。きちんと、元・魔女っ娘は進む道を見付けたようです。様々な助言・手助けをありがとうございました。
□部分が集合描写、■部分が個別描写になっております。
■シュライン・エマ様
いつもご参加有難うございます。沢山のご提案ありがとうございました。しかし、全てを反映できずに申し訳有りません。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
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