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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ドッペル現る!


 草間興信所のデスクの上に、一つの桐彫刻が置かれている。
 鳳凰の姿をかたどったそれは、実はただの彫刻ではない。とある神社の御神体であった彫刻であり、その彫刻には神様が宿っている。
 その名も桐鳳。
 何時の間にやら草間興信所に居候している桐鳳は、かつて自分の神社に納められていた品の回収をしている。
 時に興信所の調査員に協力を願い、時に自分一人で行動して。
 かつて桐鳳が御神体として納められていた神社は、曰く付きの品の供養・封印を行うことを主な仕事としていた。
 ゆえに。
 盗難に遭い散逸してしまった神社の品々はすべて、あまり一般に放置しておけないような品ばかりなのだ。


「いつも思うんだが……」
 来客用であるはずのテーブルを遠慮なく窓際に移動している桐鳳に、武彦はひとつ、大きなため息をついた。
「ん?」
 当の桐鳳はといえば、武彦の呆れたような視線をものともせず、作業を止める様子もない。のほほんっとした桐鳳の声に、武彦はもう一度、ため息をつく。
「お前が俺のデスクを居場所にするのも、そこらで虫干しをするのも諦めた」
「うん」
「だがな……さすがに、来客用のテーブルを動かすのは文句を言わせろ」
「でもこの前、床に置いたら危ないって文句言ったじゃない」
 確かに桐鳳の言うとおりなのだが、来客用のテーブルを動かされるくらいなら、床のほうがまだマシだ。折りたたみテーブルを買ってくるとか、そういう思考はないのだろうか、桐鳳には。
「わかった。とりあえず、床で良いから……。テーブルは元の場所に戻してくれ」
「もう〜。武彦さんってば我侭なんだから」
「どっちがだっ!!」
 思わず叫んだ武彦に、桐鳳は爽やかな笑顔で武彦を指差した。

 そうして一通りのものを床に移動して落ち着いた、その、直後。
 台所でお昼ごはんを作っていた零が、置かれていた品の一つに気づかず蹴飛ばしてしまった。
 ……それだけなら、問題はなかった。
 しかしタイミング悪く扉が開き、そして……。

 扉を開けた人物に当たったその品は、小さな音と共に、物から人へと姿を変えた。



 扉を挟んだ向こう側にいたのは、買い物に出かけていたシュライン・エマだ。
 シュラインの真正面には、たった今あらわれた、シュラインそっくりの女性が一人。
「……?」
 突然の出来事に咄嗟に順応できなかったシュラインの前で、そっくりさんはにこりとひとつ笑みを浮かべて、そのまま外へと駆け出した。
「待てっ!」
 硬直から抜け出した武彦が慌てて立ち上がったがもう遅い。
 この時には彼女はもう、ビルの外へと逃げていた。
「……桐鳳くん」
「あはは……やっぱわかる?」
 誤魔化すように笑った桐鳳は、それまでの事情を説明してくれた。
「真似た相手を困らせるのが好き……ねえ。それじゃあ、放っておけないわね」
 シュラインの姿で好き勝手されては、困ってしまう。
「桐鳳くん、偽私は嗜好も私と同じ?」
「うん。だいたいは」
 桐鳳の答えを聞いて、シュラインはその場に考え込む。
 困らせるのが好きと言っても、嗜好が同じであるならば、シュラインの大切なものを盾に取る方法は使えそうだ。
 考えて、ため息をつく。
 偽者を放置しておけないのは確かだけれど、なんだって自分の大切なものを犠牲にしなければならないのか――もちろん、できるだけ本当に犠牲にはしないよう考えるが。
 しかし、能力は互角という話。普通に近づいて行ったのでは、すぐに接近がばれてしまう。
 自分の足音にしろ、武彦の足音にしろ、シュラインにとっては聞きなれている音。近づけば即、偽者も聞きとがめるだろう。
 真正面から向かっていくのは得策ではない。
「音の判別がつかないように慌てさせるか、どうにかして注意を引くかしないとね」
「俺も手伝おう」
「あ、僕も手伝うよ」
「ええ。お願いね」
 言われずとも、協力をお願いするつもりだったが。
「どうするつもりなんですか?」
 零の問いに、シュラインはにこりと笑みを浮かべて見せた。内心は複雑であったけれど。
 本棚から一冊の本を取り出し、告げる。
「これを使おうと思うの」
 それは、シュラインがとても大事にしている古辞書であった。



 偽者は堂々と街中を歩いているようで、ご近所さんに聞き込みをしたらすぐに、足取りを追うことができた。
「それで、ここからどうするんだ?」
 零に留守番を任せ、三人で出てきた一行は、ある程度偽者に近づいたと思われる場所で歩を止めた。
「これから私が向こうの気を引くから、その間に捕まえるなりアイテム取り上げるなりしてくれるかしら」
「気を引くって……どうやって?」
 きょとんと首を傾げた桐鳳に、シュラインは持ってきた古辞書を取り出す。
 とてもとても気が進まないのだが……。ほかに方法が思いつかないのだから仕方がない。
 向き直り、口を開く。
 普通の人間では聞き取れないだろう、不可聴音域の高音で、呟く。
「……今すぐ出てきなさい。大事な古辞書がどうなるかわからないわよ」
 相手の姿が見えない状況では、どれだけ動揺を誘えたかはわからないが……。桐鳳と武彦に目配せする。
 二人はすぐにその意味を悟って動き出した。
 それぞれ反対方向へと歩き出し、偽シュラインの姿を探しに行く。
 だが。
 耳慣れた足音に、シュラインは背後を振り返った。
 どうやら思っていたよりも近くに偽シュラインはいたらしい。
「それは、貴方の大事なものでもあるはずよね」
「ええ。でも、優先順位の問題だから……。仕方がないでしょう」
 出来る限り冷静に、平然と。シュラインは告げて見せた。内心はもちろん、古辞書を傷つけたりしたくない。どうか、そんな事態にならないようにと祈っていた。
 偽者はシュラインの目の前。その視線は古辞書とシュラインにしっかりと注がれている。
 ……捕まえるなら、今のうち。
 そう考えて、桐鳳と武彦の様子を確認しようとした時だった。
 上から細い風の音が聞こえてきた。何かが、落下してくる音だ。
「つかまえたっ!」
「えっ? きゃあっ!」
 空中から飛び掛ってこられて、偽シュラインが地面に転ぶ。
「よし!」
 その隙に武彦が、偽シュラインから、アイテムを取り上げた。開かれている鏡の蓋を閉じると同時、偽シュラインの姿も消える。
「ふう……何事もなくてよかったわ」
「大丈夫だったか?」
 武彦の問いに、シュラインは心からの安堵を浮かべた笑顔で頷いた。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

0086|シュライン・エマ|女|26歳|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員