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<東京怪談・PCゲームノベル>


みどりの黒髪



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「刀夜…っ、大丈夫か?!」

長い黒髪を乱しながら聡呼が慌てて駆け寄る姿が見える、痛む身体に眩暈を覚え、自分の体が傾くのが判った。

「っ…最悪だ、な…」

鳶色の着物には、柄の様に点々と幾つかの染みがついている。どしゃりと、土の固さが頬に冷たかった。




・・・・・・




「聡呼、依頼が終わったら飲みに行かないか?」

事の起こりは数時間ほど前のことだ。鳶色の着物の男、静修院刀夜は今日の依頼の相棒である聡呼を連れて、依頼の現場へと歩みを進めていた。今宵の依頼はそう骨も折れそうな相手ではない。少し気を緩めていたのは確かだった。

「ッ馬鹿モン!そう言う事は仕事が終わってから言え!」

「良いだろ、此れから行こうといっている訳じゃあないんだ」

そういう問題じゃないっ、依頼を前にして既に性格が変わっている聡呼に怒鳴られながらも、歩む先にあるのは古い墓地。無縁仏もそこいらにあり、苔生す墓石も少なくは無い。刀夜は辺りを見渡し、倒すべく相手の気を探る。…しかし、いくら感覚を鋭敏にしようと、その様な気は感じられない。目を聡呼のほうへと向ければ、聡呼も其の事には気付いたらしい、感覚ではなく目で探そうとゆっくり首を回している最中だった。

「何も、…いない?」

聡呼は警戒をしているのか小さく頷くばかり、何か何時もとは違う空気が此処を支配している。一度も来た事は無いが…何かがおかしい、ざく、刀夜は足を進め調査を始めた。聡呼も後に付いて、妖魔が何時現れても良いよう弓の準備をしている。墓石の多さは邪魔で、切られた古木が張った根は刀夜と聡呼の行く手を阻むようにむき出しになって邪魔をした。聡呼のつま先が木の根に引っかかり、前のめりによろめくも倒れる事は刀夜の背に、ぶつかる事で免れた。

「っうわ……刀夜…?」

どうした、そう聡呼が急に歩む足をぴたりと止めた刀夜に声をかけようとした時だ。血の匂い、妖魔のものだろう、それが聡呼の鼻を突いた。ぐっと眉間に皺を寄せ、臭いの源の方へと視線を放る。…既に退魔され、身体も地も半分土へと戻っている妖魔の姿…、しかし、他に目を奪う箇所があった。刀夜の符と良く似た符が落ちている。どうした事だと、刀夜へ目を向ければ、何時もと違う表情、顔色もまた違う。

「おい、刀夜?何か知って…っ!」

聡呼が再度刀夜に声をかけようとした瞬間だ、墓石の影より現れるのは四つの影。それは四方から刀夜と聡呼を取り囲み、暗く影になった顔の表情は見て取れず。気配からして妖魔ではない、この気…身の動かし方を見るに、現れたものたちは熟練者…無論、退魔師の。不意を突かれた為、構えを取る前に先手を打たれる、人影が此方へと風を切るようにして素早く襲い掛かってきた。四方から来られればまともに戦っては、手痛い傷を負ってしまうだろう…それは困る。だが、相手は待ってくれるほど優しくない事など刀夜は判っていた。ちらと厳しい閃光が当夜の目の端を掠める。

「っ、聡呼!」

ぐいと、聡呼の手首を掴み刀夜は聡呼を護るようにして抱き込んだ。其の腕に強く力が入った後に、一筋、刀夜は左の肩から、左の肩甲骨の部分までが強く熱を持つのを感じた後に、激痛が走る。低く唸って強く顔を顰めるが、そんな事をしている暇などは無い。袖に手を入れ、四枚の符を取り出し風に舞わせた。それは木の葉のように一瞬舞ったかと思えば、吸い付くように襲ってきた四人の眼前へと落ち強い光を放った。爆発するように強い光を何度も繰り返し放ち…後に残るのは、墓石に付いた少量の血糊。

『………』

暗がりの中、八つの目は互いを意識し目の奥で互いの意思を嗅ぎ取った。視線で交わされる静かな会議は数秒で終わりを告げ、四つの影は霧散した。




溢れる液体を吸い込んだのだろう、べっとりと肌に張り付く着物の感触は気持ちが悪い…。背に感じる古木の乾いた木肌の感覚は背に痛い。おまけに、先ほど倒れたお陰で泥や枯れた草が所々に付着している。頬も恐らく汚れているだろう…刀夜は一つ息を吐く、守る為とは言えども思った以上に痛手のようだ。
少々身体も鈍ったか?しかも、倒れた刀夜を聡呼は安全だと思われる場所まで担いで来てくれたのだと言う。刀夜は己の不甲斐なさに、眉根にも自然と皺が寄っていく。冬間近、晩秋の張り詰めた空気は重く澱んでいた。其れを打ち破るように、聡呼が震えた声を絞り出す。

「すまん…すまん、うちのせいで…っ」

刀夜の肩から背に掛かるまでの切り傷、其処から溢れ出た血痕を見れば、普段ならば見慣れた光景だと言うのに聡呼の震えは止まらない。仏にでも祈るように両手を合わせ、刀夜に詫びるが…刀夜は軽く口端を上げ、震える聡呼の手へと右手を重ねてやった。

「聡呼の所為じゃあない、俺がただヘマを遣ったんだ。聡呼は先に、帰ってくれ」

だから、そんな気にするな、続く言葉に聡呼は遂に泣き出してしまった。聡呼の性格を思い、逃げろではなく帰れといったのだが…これには流石の刀夜も焦る、右手で聡呼の肩をさすり、泣き止むようにと必死に声を掛けるが聡呼はしゃくりあげ、泣く一方。

「泣くな、これは俺の、…身内の問題なんだよ。あいつら、最初から俺を狙ってたんだから、仕方が無い…聡呼には関係ない事だ」

困ったような笑い顔の刀夜を、ようやっと聡呼は目線を上げて見た。聡呼の視線がようやっと定まったのを刀夜は確認したらば、未だ困ったような笑顔のままに話を紡ぐ。

「身内の厄介ごとでな、俺の所為で、あんたに傷が行くのは申し訳ないだろ?」

「っだ、だが、それなら尚の事、うちが守るべきじゃったんじゃ…」

聡呼の申し出に、一瞬目を丸く見開く刀夜だったが、次の瞬間は大きく笑い出す。それも背の痛みが邪魔をして、すぐに咳き込み止ってしまうが、依然小さく笑みを称えたまま。聡呼は心配そうに見ているも、大きく笑い出された事に対しての不満は少しだけ、眉間の皺に出してしまっている。

「馬鹿言え…、そんなのは俺らしくないね。それに、本当に俺の問題だ、其処までさせられない。だから、帰ってくれ」

刀夜の言葉を聞く聡呼は、泣きながらも首を横に振っていやだという意思を示した。刀夜は一つ息を吐く、強情な聡呼をどう言い負かす事ができるか…。

「俺の分家はな、少々厄介な奴が多いんだ。…俺以外、やる奴が居ないことをやってる。其れが気に食わないらしくてな」

刀夜は淡々と話を続ける、聡呼は泣き止んできたものの、未だ説得は出来たとは思えない。しかし、聡呼の目の強さが、幾分落ちてきたのが手に取るように判る。刀夜は一拍、間を置くと再度、言い聞かせるようにして聡呼の目を見つめた。

「あんたに危険な事はさせられない、俺が一人で何とかする。だから、帰れ…逃げろ」

飽くまで刀夜個人としての問題だと、その言葉を聞いた途端に、……聡呼は少し大人しくなったように思えた、目線は地へと、首をしな垂れ黒髪も地面を擦る。その様子を刀夜は認めると、少し考えるように目線を夜空へと彷徨わす。其処に何があったという事は無い、そろりと視線を聡呼へと合わせようと、少し身体を下にずらした。

「…まあ、今回は四人も相手だ。しかもこの傷、…寺田聡呼さん、あんたに依頼しよう」

…? 聡呼は良く意味が飲み込めていないらしく、顔を上げきょとんとした眼差しをだまって刀夜に向けているだけ。

「襲撃者撃退、手伝ってくれるよな?」

口端を上げた刀夜の言葉、数秒の後、ようやっと聡呼の脳は思考を始め、理解できたか何度も勢い良く頷く。

「………ッ!も、勿論じゃ!任せておけ!!」

力の入る声音に、刀夜の笑みも深くなった。右手をついと伸ばし、掌が着地するのはみどりの黒髪がある聡呼の頭。ぽんぽんと軽く撫でれば、聡呼は不思議そうに刀夜を見上げた。

「じゃ、此れが終わった後の看病も頼もうか」

「はあ!?」

その言葉に返されるのは、勿論、聡呼の威勢の良い怒声だった。刀夜は笑いながら、怒る聡呼の頭を撫でて鎮め、右手で符を取り出し傷口へと当てた。深く深呼吸をすれば、痛みに伴う熱は癒えて行く。此れをもう暫く貼っていれば、まあ今すぐに傷は塞がらないにしても、だ。傷は刀夜の体には残るまい。後は…聡呼へと与え得る危険をどうやって、減らす事ができるだろうか?
聡呼は其の間に弓の準備をしている、何時、先ほど襲ってきた輩が再度襲ってくるかは判りはしない。

「聡呼、此れを遣る。それと…」

右手を伸ばし別の符を聡呼へと差し出した。首を傾ぎながらも、一つ頷き聡呼はその符を受け取る。聡呼には判らない文字の羅列、小さな符に何が込められているのだろうか。そんな事を考えながら、続く刀夜の話しに耳を傾けた。
…月が群雲に隠れる、星の瞬きも消え、嵐の予兆のような風が一陣…びゅうとつむじを巻いて消えた。…夜が明けるのは未だ遠い。




かさりともしない、時折風が吹き抜けて行くのに草が擦れるくらいだ。どの程度時間が経ったろうか、長い黒髪が揺れた。刀夜は依然木に寄りかかったまま、顔は薄暗く確認できないが目を閉じているようだった。聡呼は弓を構えては居らず、弓はどこぞへと仕舞っているのだろうか、聡呼の周りには見受けられはしない。

『…………』

視線と視線が何処かでかち合う、鋭く細やかな師事が潜む陰へと伝わるのは一瞬の事。そうして瞬く間に聡呼の影へと飛び交う陰たち、それは三つしか見えない。聡呼を捕らえんと腕を伸ばし、細い身体を掴もうと、掴もうとするのだが

『ッ!!!』

「悪いな、俺にそっちの趣味は無い」

聡呼を描いた霧の中から出でたのは、右手で小太刀を構えた刀夜の姿。右手のみ、肩から背の傷を物ともしない太刀筋は影達の足を後退させた。其処へ遠いうちを駆ける様に、光の矢が陰を照らすように三叉の線を描き、火音の速さで陰の太ももへと次々に命中させた。…しかし、口端を上げる刀夜の緊張は解けては居ない。二人の腕を小太刀で裂いたが…、叫び声など上げはしないあたり、余程訓練されたものだろう。それに…先ほど見たのは、何人だったか?今目の前に居るのは…1、2…3

「聡呼!」

一人足りない、刀夜の声は切羽詰っていたものだった。振り返った其処にあるのは…

「っはあ…、危なかったー…」

長い黒髪を揺らす、聡呼は一件落着とばかりに息を吐いて額の汗を拭っている所だった。そして、足元には…黒装束の男を足蹴にして。身体半分は、刀夜らしき影の後ろ…古木から現れた。聡呼が影から抜け出れば、残ったのは影ではなく、一枚の符。
刀夜の視線に気付けば、聡呼は笑顔で手を振り、少ししゃがめばぐいと男の首根っこを掴みずるずると引き摺って来る。…気の強いお嬢さんだ事、聡呼の男に対しての躊躇ない扱いには、流石の刀夜も軽く笑うだけで留まってしまった。

「見事撃退、有り難うよ」

ぱんぱんぱんと、数度拍手を聡呼へと送る刀夜に聡呼は照れているのか俯き加減に笑うだけ。さて、刀夜は未だに痛む左手は懐へと仕舞った、目線を向けるのは倒れた四人の男の姿。

「…もう来ないで貰いたいんだがね、今回で何度目だ?いい加減に懲りたらどうだ」

刀夜の表情は、怒っていると言うよりは…呆れ、困り、と言う方が色濃く見えた辺り、余程何度も襲撃されているのだろう。そんな表情を汲み取っているのかいないのか、聡呼に捕らえられた男が声を張り上げる。

『黙れ!静修院の名を穢す者めが!』

その言葉、何度も聞いただろうが、刀夜の表情にも多少変化が入る。聡呼は聞いて良いのだろうかと、少し視線を刀夜へと向ければ、刀夜は其れを笑って頷き追い払いはしない。何度か瞬きをして、聡呼もまた頷き確りと男たちを見張っている。

『貴様も!この男に関わらぬ方が身の為だぞ』

「…何だと」

まさか此方へと話が及ぶとは思っては居ない聡呼の目が瞬いた、刀夜は別段男の話を遮ろうとはしない。ただ静かに男の言い分を聞いてやっている。

『妖魔の女を囲う男なぞと関わっては、其の身が穢れると言う意味だ!』

聡呼の眉根がピクリと動く。刀夜の表情にさほど変わりは見えない。

「囲っているわけじゃあない、それに…自分たちの宗家の娘を妖魔扱いとはな」

聡呼の表情が次第に困惑したものとなっていく、先ほど言っていた話の事だろう。そう、理解は出来たのだが…刀夜やこの男達の言っている娘、聡呼の心裏に不安めいた物が広がる事に、聡呼自身、気付く事は出来なかった。

「俺は困っている女性を放っておけないだけだ」

『ハッ、その様な寝言…何時までも通ずると思ってか…!』

…刀夜の顔が少し俯き影が覆う、すぐに顔を上げるが…表情には何とも言いがたいものが現れているようだった。それを何かと判る術を、残念ながら聡呼は持ち合わせては居なかった。

「行くぞ」

投げ掛けられた言葉は聡呼へと、刀夜の表情に疑問を抱いていた聡呼ははっと我に返れば先に歩みだした刀夜の後を慌てて追いかけた。踏んだ砂利の感触が足裏に痛い。鳶色の着物は風に靡いて、ゆっくりなのだろうが…刀夜の横へと並ぶのは、何故だか聡呼には躊躇われた。先を歩む刀夜の背、常日頃、見ているわけではないが…やはり何処となし違う風に見える。

「…とう」

「聡呼」

聡呼仮名を呼ぶより先に、刀夜の声が聡呼の耳をくすぐった。振り返る刀夜の表情は笑っている、右手で手招きされれば、戸惑いながらも刀夜の横へとゆっくりと並ぶ。

「今度は俺が帰れといったらちゃんと帰れよ?全く、危険な事ばっかりやってると親御さんが泣くぜ」

「…父がこの仕事を申し付けるのだから、仕方ないじゃろ」

そうなのか、刀夜は軽く笑った後に、其の視線はすぐに天へと昇った。冬の空は高い、灯りも少ないお陰で、星の瞬きも良く見えた。中に一つ、赤い灯を灯して行く夜間飛行の飛行機を見つけた。詳しい事は何も言わない当夜に対して、何か言いたい風の聡呼だったが…天を見上げる刀夜の表情は、嫌味なほどに晴々していた。

「………呑みに行くぞっ」

「お、良いねえ。聡呼姐さん、どこかいい所連れて行ってくれよ」



いきなり奮起に立ち上がった聡呼に、刀夜は目を丸くしたが、すぐに何時もの調子で笑い声を上げる。聡呼は、その何時もと変わらない笑い声に内心安心し、ほっと白い息を吐いた。
肌を刺すような寒さは、手先に沁み込み指先を紅くする。二人が吐いた白い息は、天へと昇る前に風に掻き消されて行く。澄んだ空気は、月を透かして見せてくれた。何時もよりも大きく見える月は、常時灯りが灯る街並みへと、二つの影が溶けるまで、歩む道筋を照らしてやっただろう。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 6465 /PC名 静修院・刀夜 /性別 男性 /年齢 25歳 /職業 元退魔師。現在何でも屋】

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■         ライター通信          ■
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■静修院・刀夜 様
毎度、発注有難う御座います!ライターのひだりのです。
戦闘描写、説得までの流れ、楽しかったです。
事情は詳しく語らない…と言う、印象が何処となくありましたので
其処の辺は曖昧な風にしてみましたが如何でしたでしょうか!
刀夜さんのプレイボーイっぷりも発揮できていると良いなあと思いつつ
お気に召していただけると幸いです!

此れからもまだまだ精進して行きますので
是非、また機会がありましたら何卒宜しくお願いいたします!

ひだりの