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<東京怪談ノベル(シングル)>


もっと特訓しましょ!

「おっと、どうやら暇そうだな!」
 小太郎はニヤリと笑って冥月を見た。
 それを受けて、冥月は何か反応をするでもなく、読んでいる本のページを静かにめくった。
「暇そうだな、師匠!」
「……見てわからんか。私は今、読書で忙しい」
「つまりは暇だな!」
「お前の頭の構造はどうなってるんだろうな?」
 まぁ、読書は暇つぶしみたいなもので、実際に暇なわけだが。
 それにしても、興信所の所長とその妹の留守中の番、電話番、それに加えて子守もつけられては、冥月もウンザリしてしまうのだ。
「暇なら特訓してくれよ!」
「お前もよくもまぁ飽きずに特訓、特訓と言ってられるな」
「ふふふ、そんな事を言ってられるのも今のうちだぜ! 今日の俺は昨日までの俺とはちょっと違う!」
「……無根拠な自信もいつも通りだと思うんだが」
「ところがどっこい! 師匠に言われた事を地道にこなしてきた俺が成長してないわけが無い!」
 どうやら小太郎なりに自主トレしてたらしい。
 なるほど、今回特訓して欲しい、と言うのは特訓を通して自分の成長を見てもらいたい、という事か。
 そんなところに、冥月は昔の自分と重ねて苦笑した。
「良いだろう。少しだけなら付き合ってやる」
「よぅし、それでこそ師匠!!」

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「まずは頭の上に光の板を作り出せ」
 言われて小太郎はすぐに光の板を頭上に出現させる。
 生成はかなり早く、作り出されたものもそれなりの精度である。
 やはり口だけではなく、ちゃんとトレーニングしていたのだろう。
「こんなもんで良いのか?」
「ああ、十分だ。その上にこれを乗せる」
 そう言って冥月が影の中から取り出したのは拳ぐらいの大きさの石。
 それを光の板の上に乗せ、そして言う。
「ここから特訓開始だ。それを落とさないように気をつけろ」
「お、押忍!」
 そんな簡単で良いのか、と特訓内容が気に掛かった小太郎だが、言われた通り、石を落とさないように注意して立っていた。

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 十分くらいした後。
「なぁ、師匠」
「なんだ?」
「……これって何時まで続ければいいんだ?」
 頭の上に石を置いて十分。小太郎はずっと石を落とさないように気を裂いていたが、無風である興信所内で石はそうそう落ちない。
 小太郎もそれなりに身体能力があり、板も小太郎の意思で操れるのだ。その上にある石が落ちてくるなんて、彼には考えられなかったのだろう。
「さっきから大分経つけど、こんなの絶対に落ちないって」
「ほぅ、絶対と言い切るか」
「……ああ、言い切れるよ」
 冥月はふむと唸って読書の手を止め、小太郎を見た。
「今、お前は大分経ったと言ったが、まだほんの十分かそこらだ。これからどうなるかわからんだろう」
「わかるよ。だって石はさっきから微動だにしないし。別の力が働かなきゃ、落とさない自信があるよ。俺はてっきり師匠が石を狙って何かしてくるものだとばかり思ってたけど」
「……っふ、私がその石を落とそうとしたら、物の数秒もしないうちに落ちる。それでは面白くあるまい」
 冥月の言葉に、小太郎が顔をしかめる。子供心にプライドが傷つけられたのだろう。
「わっかんねぇだろ! 師匠相手にしても秒単位で負けなんて事は無い!」
「口だけならなんとでも言えるさ」
「おぅおぅ! だったら試してみようか!?」
「馬鹿いうな。本当に私がお前の相手をするとでも? それならまだ読書の方が有意義だ」
 嘲笑した後、冥月は再び読書に戻った。
 BGMは小太郎の唸りと歯軋り。趣味のいい音楽とはいえないが、これも彼女の狙いの内なので一応スルー。
「……ああ、そうだ。我らが所長様から預かっておいたものがあるんだ」
 そう言って冥月が取り出したのは一枚の紙。
「……何? 俺宛て?」
「ああ、手紙だ。誰からだと思う?」
 小太郎は首を捻り、一頻り考えた後に首を横に振った。
「いつぞや助けた女の子からだ」
「え? まさかユ……痛で!?」
「はい、失格」
 小太郎が手紙に興味を示した瞬間、小太郎の頭の上にある光の板が緩み、石が落っこちて小太郎の頭にぶつかった。
「あ、あれ?」
「石が落ちたので、失格。今回の特訓はもう終わりだ」
「え!? いやいや、もう一回チャンスをくれよ! っていうか今のはアレだって。不可抗力?」
「どう考えても不可抗力ではないな。……まぁだが、チャンスはくれてやろう」
 冥月はもう一度、石を小太郎の頭の上に乗せ、ついでに紙切れも渡す。
 小太郎はすぐに二つに折られた紙を開き、中身を読もうとするが……
『ウソだ。馬鹿が見るー』
 小太郎の恨みの唸りと歯軋りが一層強くなった。

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 また数十分後。
「はいどうぞ、お待たせしました」
「ああ、すまないな」
 小太郎にコーヒーを淹れさせた冥月。
 小太郎はその間も頭の上に石を乗せ、落とさないようにコーヒーを淹れてきたのだ。
 当然、その程度のハードルで石を落とすような小太郎でもなく、難なくコーヒーはカップに注がれ、冥月の前に出された。
 冥月はカップに口をつけ、一口コーヒーを啜る。
「……少し甘いな。小太郎、砂糖を入れたか?」
「え? 入れてないけど? 甘いなんて馬鹿な」
「実際に甘いんだ。それとも何か? 私がウソをついているとでも?」
「ついさっきウソをついたばかりだった記憶があるんだが」
「……ああ、わかった。ならばお前も飲んで確かめてみろ。甘いから」
 言われて小太郎は冥月の差し出したカップを受け取る。
 そしてすぐにでも飲んで確かめようとしたのだが、ふと、白いカップに妙な模様がついていることに気がつく。
 カップの口に薄紅い半円がウッスラと描かれているのだ。
 ……これは口紅の赤か?
 そういわれれば、ついさっき冥月がこのカップに口をつけたばかり。これはいわゆる間接キスチャンスだ!
「痛でっ!!」
「はい、失格」
 再び落石。小太郎の頭に強かぶつかった。
「あぁクソ!! 何で落ちるんだよ!」
「まだまだ鍛錬が足りないからだろう」
 的確な物言いをしながら冥月が石を拾い、また小太郎の頭の上に乗せる。
「くそぅ……今度こそ絶対落とさないぞ」
「そうしてくれ。……それにしても、これくらいのトラップに引っかかってもらうと仕掛け甲斐があるな」
「と、トラップだと!?」
「ああ、さっきの手紙も、この口紅も私のトラップだ。今日の特訓はこれだ」
「……これ、と言われてもピンと来ないんだが」
「心の鍛錬。何をされても、何を言われても心を動かすな」
「な、なるほど」
 ハッキリと言われても未だピンと来ない小太郎だが、一応納得したように見せておいた。
 それを見抜いて、冥月が言う。
「……だが、間接キスぐらいで心が揺らぐとは、やはりまだまだ青いな」
「な、なにおぅ!」
「試しに本気のキスでもしてみるか?」
 屈む冥月。小柄な小太郎を、それでも上目遣いに見上げ、艶かしく下唇の上を舌がなぞる。
「痛で!!」
「はい、失格」

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 さて、特訓開始から一時間が過ぎた頃。
 最早、妙な耐性ができた小太郎はちょっとやそっとでは石を落とさなくなっていた。
「うぉし! もう絶対落とさないぞ! なんでも来いや!」
「絶対落とさないって台詞はこの一時間で何度聞いたことだかな」
 呆れる冥月だが、やはりこのままでは特訓の意味が無い。
 考えた結果、幾つか思いついた。

 まずは所長の机から取り出した本。
「おい、小太郎」
「ん? ……っと、わ!」
 冥月は小太郎のその本を投げ渡し、反応を観察する。
 投げ渡した本とは所長秘蔵のエロ本である。
 内容は色々とルールがあって詳しく書くことはできないが、中学生には刺激が強めのものである。
「痛で!!」
「はい、失格」
「おいおい! こりゃ反則だろ!」
「言っただろう。何があっても石を落とすな、と」
 何があっても、の中にはどんな事象も含まれるのだ。この程度の関門は序の口なのである。
 小太郎は本をすぐに床に棄て、蹴り飛ばして部屋の隅に追いやった。
「ほら、次」
「え? またか!」
 また本が飛んでくるかと思えば、次に飛んできたのは布切れ。
 なぁんだ、布切れか。ならば問題あるまい。と小太郎はヒラヒラと宙を舞うそれを余裕でキャッチしたのだが、三角形の白い布切れの形状に顔を真っ赤にする。
「そこに落ちてた零の下着だ」
「痛でぇ!! って、そんな無造作に落ちてるわけねーだろぉお!!」
 落石の痛みもそこそこに、小太郎はあんまり見ないようにして丁寧にたたんで、どうしようもないのでテーブルの上に置いておく。
「くっそ! もう何もキャッチしないぞ! もう師匠の罠は見切った!!」
 小太郎は目を閉じ、深く深く深呼吸して頭の中で素数を数え始める。
「二、三、五、七、十一、十三……」
 ボソボソと数を数え始めるアブナイ小太郎だが、不意に胸倉をつかまれ、足を踏まれ、前に引っ張られる。
 当然、足を踏まれているので足を移動してバランスを取るのは無理。と言うわけで、下手に身体能力の良い小太郎は目を開け、両手を前に出し、倒れて怪我をしないようにするわけだが、やはりそれすら冥月の術中。
 小太郎が両手を差し出した先、そこにはなんとも柔らかいクッションが二つ。冥月の胸にあるたわわなオッパイだ。
「はい、セクハラ」
「うぉあ!! 痛で!!」
「はい、失格」
 慌てて手を放すも、動揺MAXな小太郎の頭の上からは石が転げ落ち、脳天にヒット済みだ。
「最終的には自分の身体まで使うかっ、この外道師匠! もっと自分を大事にしなさいっ!」
「阿呆が。中坊のお子様相手に羞恥もクソもあるまい」
「ムッグアァ!! くそぉ! 意地でも落とさねーぞ、今後絶対一度も落とさねーぞ!」
「ああ、頑張ってくれ」
 冥月は薄ら笑いを浮かべながら、バケツを取り出す。
「……何やってるんだ、師匠?」
「ああ、ペナルティ追加だ。さっきから石を落としっぱなしだからな。緊張感が足りないのかと」
 言って、バケツに満杯の水を入れ、それに影でふたをして、光の板の上にさかさまに置く。そして影の蓋を解く。
「次に石が落ちるような事があれば、その瞬間水浸しだ。良かったな、水も滴るイイ男」
「そんな言葉には惑わされんぞ! と言うか、もう水かぶる事前提!? 見てろよ! 俺はもう新生小太郎だ!」
 小太郎が言うとおり、最早並みのイタズラでは光の壁はビクともしまい。
 考えた末、冥月は再び影から小道具を取り出す。
「おい、小太郎」
「なんだよ! もう何もキャッチしないぞ!」
 振り返った小太郎。その瞬間、右腕がガッチリ掴まれる。
 力任せではなく、相手の意思を問うように引っ張られ、小太郎はそれに抵抗するでもなく足を動かしてしまった。
 引き寄せられた先には冥月。どうやら小太郎の右腕と彼女の左腕がガッチリ組まれているらしい。逃げる事は、男として困難。
 引っ張られた小太郎の右腕には心地よい弾力。先程掌で感じたあの柔らかさだ。
 小太郎はその感触に光の板を緩ませかけたが、なんとか意思を繋ぎとめて難を逃れた。
「っふ、甘いぜ師匠。俺に同じ手は通用……」
「記念写真だ。『こんなに頑張ってるぞ』と言う様子を、例のあの娘に見せ付けてやろう」
 意地悪そうに微笑む冥月の右手にはデジカメ。
 それに小太郎が気付いた時には、シャッターが切られた後だった。
「痛ブグブグ」
「はい、失格」

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 そんなこんなで、特訓が終了した夕暮れ時には、興信所の中に打ちひしがれた少年の姿があった。
 色々と駆け足で大人の階段を上りかけて複雑な心境なのだろう。
 なにやら百合だかなんだか、花の名前を呟いてしきりに謝っていた。
「……そんな事では先が思いやられるな」
「ひぃ!」
 冥月の接近だけで悲鳴をあげるようになってしまった小太郎。
 ……少し面白がってやりすぎたか。
「もっと心を鍛えろ。お前は恐らく怒りで力が増すタイプだ。だが感情は弱くもする。常に心に揺るがぬ芯を持て。冷静に怒る、それができればもっと強くなれる」
 優しく言って、小太郎の頭の上に手を置く。
「でも師匠」
「なんだ?」
「今回の特訓で、なんだか俺、女の人が恐くなって逆に心が弱くなった気がするんだ」
「……気のせいだ」
 こうして第二回目の特訓も幕を閉じた。
 めでたし……めでたし?