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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


私を捜して

 秋は日が落ちるのが早い。
 冷たい雨が天から降り注ぎ、薄暗い街をしっとりと濡らしている。
「…寒いな」
 草間 武彦(くさま・たけひこ)はそう呟き、最後に残ったマルボロをくわえながら外を見た。
 薄暗い道には傘の花が咲き、テールランプが道路に反射している。こんな日は客も多分来ない…いや、怪異というのはこんな日にやってくる。それも、急に。
「すみません…」
 そう言って草間興信所に入ってきたのは、髪の長い女性だった。傘をさしていなかったのか、着ているジャケットやスカート、髪までがすっかり濡れている。だがその中で目立っていたのは、両手にしっかりと抱えている封筒だった。
「今日はどのようなご相談でしょう?」
 すると女性は抱えていた封筒をテーブルの上に乗せ、一言こう言った。
「私を…捜してください」
「はい?」
 突然言われた言葉が分からず、武彦は聞き返す。
「捜して…とは、どういう意味でしょうか」
「私の全てを捜して欲しいんです。名前、歳、体…それが全く分からないんです。お願いします」
 そう言った瞬間女性の姿がかき消すように消えた。彼女が立っていた場所に小さく水たまりが出来ている。武彦は残された封筒を開け、溜息と共に煙を吐く。
「まいったな…」
 その中に入っていたのは札束と一枚の写真だった。

「砂漠で一粒の砂金を捜すような話ですね…」
 次の日、草間興信所で武彦からその話を聞いたデュナス・ベルファーはそう呟きながら天を仰いだ。手がかりは一枚のピンナップ写真…そこから引き出せるだけの情報を使って『彼女』を捜さなければならないのだ。
 興信所の中にはデュナスの他にシュライン・エマや、ジェームズ・ブラックマン、陸玖 翠(りく・みどり)などが話を聞いており、おのおの写真を見たり武彦に確認などを取っている。
「昨日シュラインに連絡しておいたときに、水たまりの水保存していて欲しいって言われたからフィルムケースに入れといた」
「ありがとう、武彦さん」
 武彦から水の入ったフィルムケースを受け取りながら、シュラインが少し笑って頷いた。手がかりが極端に少ない場合は、水の成分の違いですら重要な情報だ。今はとにかくほんの少しでも『彼女』に繋がる何かが欲しい。
「さて、どこから手をつけましょうか…デュナスの言う通り、途方もない話ですね」
 椅子に座ってコーヒーを飲みながら、ジェームズは窓の外を見た。昨日は夜中まで雨が降っていたようだが、今日はうってかわった青空だ。冬の訪れを感じさせるぐらい空が高く、天上の青が澄み切っている。それに翠はふぅ…と息をつくと、デュナスが持っていた写真を手に取った。
「この写真から彼女が生きているか死んでいるかぐらいは、判断がつきそうですけどねぇ」
「でも依頼主が写真の彼女自身なのか、それとも彼女を捜してる誰かが彼女の姿を摸して現れたのかが分からないのよね。それが問題だわ」
 全く途方もない話だ。
 写真の彼女を捜すだけならいいが、依頼人が本人かどうかすら分からないのだから。手元にあるのは一枚の写真と、残された水、彼女が持っていた封筒…封筒自体は濡れてはいたが、中に入っていた札までは濡れていなかったようだ。写真の裏にも封筒にも特にメモのような物はない。
 武彦が見たという服装も、グレーのベロアジャケットにチェックのスカートでそれ自体はどこにでもありふれている。逆にありふれすぎていて不自然なぐらいだ。
「どこから手をつけたもんかね…」
 煙草の煙と共に武彦は溜息をつく。それを見ながらジェームズと翠は顔を見合わせた。
「仕方ありませんねぇ。面倒ですが、私は『写真の彼女』の意識をたどりましょう…取りあえず写真に写っている『彼女』は生きているようですよ」
「翠がそちらを担当するなら、私は『ここに来た彼女』の意識を。この話は現実と非現実双方から調べた方が良さそうです…シュラインとデュナスには現実側を担当していただいてよろしいですか?」
 ふっと微笑むジェームズにデュナスが頷く。
 そもそもデュナス自身に心霊系の能力は全くないので、後は足を使うしかない。それにこの写真…彼女にピントが合っている所を見ると、偶然撮られたものではないようだ。この写真を撮った人物は、多分彼女に何らかの関係があるのだろう。そうでなければ、球場の売り子にカメラを向けたりはしないだろうから。
「よろしければ写真のコピーもらえますか?草間さんの頼みですからね、頑張ってみますよ」
「じゃあ私はデュナスと一緒に現実班ね。水たまりの成分分析とかから手がかりが掴めないとやってみるわ。どちらにしろ無事なまま見つけられるといいわね、武彦さん」

 翠は写真を借り、自宅で彼女の意識を追っていた。
 武彦の目の前に現れた『彼女』と、写真に写っている『彼女』が同一の者かはひとまず別の話として、まずは本人を捜すのが早いだろう。それに生きているのであれば、逆引きで『何を捜しているか』が分かるかも知れない。
「何となく数学の解を見て式を導き出すようですけどねぇ」
 目を閉じる。
 雑多な意識や感情を少しずつ抑え込む。
 東京は人の海だ。だがそれぞれに個を持っている。その個に少しずつ近づき、意識のまま翠は彼女の側に立った。
「…何もおかしな所は見えませんが」
 ちゃんと生きている者の意識。
 部屋は雑誌やバケツなどが置いてあり、カーテンで薄暗くされている。だが何か特に負の要素を持っている物が置かれているわけではない。
 そんな中、翠は少しずつ彼女の意識と同調する。

 ……日。
 …今日は水の取り替えの日。
 そろそろ水温にも気をつけないと…水草も入れ替えた方がいいかな。
 はぁ…それにしてもどこに行ったんだろう。せめて大事にされてるといいんだけどな…やっぱり、雑誌になんか載ったのが良くなかったのかな…。

「…水草?」
 同調した意識の中で、彼女はくみ置きしていたバケツの水に何か機械を入れ水を調べていた。目の端には水槽が見え、そこでは熱帯魚が泳いでいた。
 雑誌に載った。大事にされているといいという言葉。そして武彦の前に現れたときに全身濡れていたという彼女…。
「これは何だか妙なことになってきましたね」
 シュラインが言っていたように、依頼主はもしかしたら『彼女を捜している誰か』なのかも知れない。だが少なくとも彼女の居場所は分かったし、ちゃんと生きている。可能性としては、何らかの理由で依頼主は『彼女』を捜せないのだろう。名前、歳、体…というのは、もしかしたら暗喩なのかも知れない。
「さて、一体何が隠れているのでしょうね」
 『彼女』の憂いが依頼主に繋がっているのは確かだ。翠は溜息をつきながら今見えたものと、自分が知った彼女の名前などをメモに書き付けた。

「アルカリ水質…」
 水質分析を頼みに言った先で、シュラインが聞いたのはそんな言葉だった。アルカリと言っても飲料水ではない。それは水質調整剤などの反応があるので、おそらく熱帯魚などの飼育水槽の水ではないか…ということだった。
「熱帯魚の水槽…その辺りから何か掴めそうね」
 飼育している魚によっては、そこから何かが掴めるかも知れない。翠の話では『写真の彼女は生きている』ということなので、取りあえず水槽の中に沈んでいるというわけではなさそうだ。それが分かっただけでもホッとする。
 コーヒースタンドでその分析結果を見ていると、シュラインの後ろからトレーにコーヒーとあんパンを乗せたデュナスが現れた。
「待ってたわ、何か分かった?」
「お待たせしました。球場の方、知ってる方にお会い出来ました」
 シーズンオフではあるが、球場方面のアルバイトに関してはすぐに足取りが掴めた。写真の光の当たり具合、周りに映っている人の服装、そこからそれがドーム球場ということが分かり、彼女を知っている人を見つけることが出来たのだ。
「どうだった?」
「ええ、あの写真ですが…ペット情報誌に載ったもののようです」
 『彼女』が映ったピンナップ。
 それは珍しい熱帯魚を飼育している彼女を取材した記者が「野球場と熱帯魚」という取り合わせが珍しいということで、わざわざアルバイトの風景を撮ったものらしい。シュラインが調べてきた水の成分とも一致する。
「珍しい熱帯魚…」
「ええ、『アジアアロワナ』という熱帯魚を飼っていたそうなんですが、この雑誌に掲載された後、その魚が盗まれたそうなんです」
 何となく事件の内容が見えてきた。
 武彦の前に現れた『彼女』は、写真に載った本人ではなく、盗まれたという熱帯魚なのかも知れない。飼い主を捜し求めても、魚であればその場から動くことは出来ないし、全身が濡れていたという説明にもなる。
 デュナスはあんパンをかじりながら、考え込む。
「…にしても、どうして『名前、歳、体…全てが分からない』と言ったのでしょうね」
「うーん、それは依頼してきた『彼女』が、自分を魚だと思っていないからなんじゃないかしら。鏡があるわけでもないし、自分の目に入るのが餌をくれる飼い主だけだったら、それを自分と思いこんじゃうこともあるのかもね…」
 人間に育てられた動物が、自分を人間と思いこむのは良くある話だ。魚にそれが当てはまるかはよく分からないが、個を認識するために目に映る相手を自分だと思いこむことがあっても不思議ではない。
「問題はどうやって依頼人を彼女に会わせるかよね」
「それは皆さんの調査待ちですね…でも、出来れば無事に会わせてあげたいです。わざわざ人の姿をとってやって来るなんて、それほど会いたいということですから…」

 ……薄い意識。
 願うのは「私を捜して…」という想い。
 ジェームズは興信所の入り口に残っていたその意識を探り、『依頼に来た彼女』の目の前にいた。あたりは生暖かい水…その中に彼女が佇んでいる。
「私を…私を捜してください」
「貴女はそこにいますよ。ちゃんと」
 水が揺れる。
 着ているジャケットやスカートが揺れ、黒髪が水草のようにふわっと舞い上がる。
「貴女はちゃんとそこにいる。でも、貴女が捜しているのは自分自身ではない…違いますか?」
 すい…と彼女が踊るようにジェームズの前に来た。
 『彼女』が人間ではないということは意識の底で分かっていた。何かを失っているわけではない。人でないものが意識を持ち、人に焦がれる…ただそれだけだ。
 これだけ大勢いる人間たちの中で、ただ一人を想う…愚かしいほどの強い想いが形となり、人の姿を取らせたのだろう。
「私を…捜してください。そして、私を元の水に戻してください」
 戻して欲しい。
 その瞬間、ジェームズの脳裏にあるヴィジョンが流れ込んできた。

 温かい水。そこは静かで暗く、快適な場所…。
 自分以外にいるのは、時々自分を眺めている彼女だけ。でも、それで良かった。
 自分はこの世界以外を知らない。知らなくてもいい…外にいる彼女を眺め、彼女が自分を見て喜んでくれる。それが自分の幸せだった。
 でも、それはある日突然失われる。
 突然体が水から出され、息が出来なくなる。
 助けて…苦しい。ここにいたい、どこにも行きたくない。
 目の端に映ったのは一枚の写真…見たことのない格好で笑っている彼女の姿…。

「…見つけましたよ、ちゃんと。だから安心してください」
 目を開ける。ジェームズの目の前に映るのは、いつもの草間興信所の風景だった。武彦はパソコンのキーボードを叩きながら、煙草をくわえている。
「どうだ、何か分かったか…っと、オークションにも結構出てるんだな」
 シュラインとデュナスが集めてきた情報。翠とジェームズがそれぞれ見たヴィジョン。
 興信所に来た『彼女』の正体が分かったとしても、あとは二人をどうやって巡り会わせるか…。

「…結局こうなるんですね」
「肉体労働は男性の役目でしょう」
 真夜中…デュナスとジェームズ、武彦は、ある熱帯魚専門のペットショップに忍び込んでいた。熱帯魚と言うが、流石に水がたくさんある場所は寒く手がかじかむ。
「で、何が悲しくて俺はビニール袋なんぞ持ってるんだ」
 武彦が肩から提げているのは水の入ったビニール袋だった。アジアアロワナは体長が大きく体が硬いので、バケツに入れて持ち歩くことは出来ない。かといって水槽を抱えて歩くのは現実的ではないので、ビニール袋に入れて運ぶということになったのだ。多分アロワナを盗んだ相手もこうやって運んだのだろう。
「誰もいないようですね」
 防犯装置などはあらかじめ切っておいた。ライトを使うと誰かに気付かれる可能性があるので、デュナスが指先に出している光を頼りに、三人は奥へと進む。
「アロワナはいいけど、それがどのアロワナだって分かるのか?」
「ご心配なく。まさか適当に捜すなどというつもりはありませんよ」
 パシャ…と水が跳ねる音がした。
 大きな水槽で一匹のアジアアロワナが落ち着きなく動いている。そこにジェームズはそっと近づいた。
「お待たせいたしました、囚われのお姫様。助けに来ましたよ」
 ジェームズが水槽の蓋を外し、デュナスが近くにあった網でそっとアロワナをすくう。自分がどこに連れて行かれるのか分かっているのか、先ほどまで落ち着きがなかったアロワナは大人しくすくわれるがままになっている。
「ちゃんと飼い主さんの元に連れて行ってあげますからね。草間さん、持ち運びお願いします」
「デュナス、お前も手伝え」

 『彼女』と『彼女』が再会したのは、草間興信所だった。
 写真に写っていた『彼女』…川崎 しぐれは、目の前の水槽に入っているアロワナを見て涙を浮かべている。
「盗まれてからずっと捜してたんです…でも、どうして私の子だって分かったんですか?」
 湯気の立つコーヒーをそっと出しながら、シュラインは武彦の代わりに今までの出来事を説明し始めた。信じてもらえるかどうかは分からない。だが、水槽の中の『彼女』が、自分を捜してもらってしぐれの元に帰りたいと願ったのは真実だ。
「自分を捜して欲しいってここに来たのよ。私達はその依頼を聞いただけ」
「この子が……」
 あの雨の日、全身濡れたままで立っていた彼女はもうどこにもいなかった。そこにいるのは大きな水槽の中で優雅に泳ぐ一匹の魚…その姿を見ながら、しぐれは武彦とシュラインに何度も頭を下げる。
「ありがとうございます。捜していただいたので、お礼をしたいんですが…おいくらぐらいかかりますか?」
「いや、礼はもうもらってるんだ。だからそのお金は水槽の輸送費に使うといい…それを人力で運ぶのは、多分女の子には無理だと思うから」
 いったい水槽の中の『彼女』はどこからあの札束を持ってきたのか。
 気になることはまだあるが、礼金を二重取りするわけにはいかないだろう。少なくとも目の前にいる二人が再会し、笑い合っているだけで今は充分だ。
 目の前の水槽に映る嬉しそうな表情を見ながら、シュラインも同じようにそっと微笑んだ。

「…そういうわけでよろしくお願いします。では」
 公衆電話の受話器を下ろし、翠は大きく溜息をついた。集めた情報と独自に調べた情報を重ね合わせた所、アロワナを盗んだペットショップは組織的に珍しいペットを盗み、それをオークションや闇で売買するという事をやっていたらしい。自分で手を下すのも面倒なので、その辺りは警察に任せることにした。
「お電話終わりました?」
 コンビニの入り口からジェームズとデュナスが揃って出てくる。それを見て翠はもう一度溜息をつく。
「ええ…でもこういう事はデュナス殿かジェームズがやるべき事では?」
 本来であれば面倒事は自分がやることではないのだが、二人が「肉体労働したので、こっちはお任せします」と、半ば翠に押しつけたのだ。こんな事なら自分が肉体労働を担当するべきだったかもしれない。
 ジェームズは買ったばかりのあんまんを翠に渡しながらふっと笑う。
「そういえば、あの札束がペットショップから盗まれたものだって武彦達に言わなくてもいいんでしょうか…」
 そう。
 『彼女』…アロワナが持ってきた依頼金。あれはペットショップが闇売買で得た売上金の一部だったのだ。写真も雑誌に載ったものを、ショップ関係で手に入れたらしい。
 アロワナは、自分がしぐれの部屋で見た雑誌の記事の写真とそれが全く同じ事に気付いたのだ。
「『魚が盗んできました』って言っても、信じてもらえないでしょうし…」
「終わりよければすべてよしということにしましょうかねぇ。私はこれ以上の面倒事はごめんです」
 『彼女』と『彼女』は再会できた。
 ならそれでいいだろう。自分達が捜すべきものは見つかったのだから。

 私を捜して……。
 東京では時々こんな不思議な事件が起こりうる。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵

◆ライター通信◆
「私を捜して」のご参加ありがとうございます、水月小織です。
今回グループ分けということで、こちらでは四名様で『彼女』を捜す『誰か』について捜していただきました。戦闘などが全くないこぢんまりとした地味な話でしたが、自分を人間と勘違いするペットの話を見て、魚でもそういうのがあるのかな…と思いながら書きました。
広範囲に見えてかなり地味な作りです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。