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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 自分のいる世界と少しだけずれた場所には、異界の花守が棲むという。
 その場所には誰もが心に持っている花が咲いているけれど、その代わり花が人を惑わせ帰さなくなることがある。
 だから一人で来ちゃいけない。
 でも花守と一緒に来れば、きっと心のわだかまりが解ける…。

「ここでいいのよね」
 白鋼 ユイナ(しろがね・ゆいな)がそう呟いて立っていたのは、ある公園のベンチだった。街は既に冬支度を始めており、公園の木々も冬囲いをされている。紅葉も終わり、街には木の葉が舞い落ちていた。
 ユイナがこんな所にいるのには理由があった。
 それは三日ほど前に入った一件の携帯メール…。

 sub:暇だったら
 お久しぶり、松田です。
 唐突な話で悪いんだけど、暇だったら俺の仕事を手伝ってくれませんか?
 取材の手伝いではありません。内容は会ったときにでも。

 メールの差出人は松田 麗虎(まつだ・れいこ)からだった。
 彼とは一度廃墟の写真を撮る仕事を一緒にやっている。だが、その時のことをユイナは少しだけ気にしていた。
「あの場所は、時間の流れがおかしかった…」
 一晩廃墟で写真を撮っていただけなのに、現実世界では一週間が過ぎていた。その事を妙だと思う気持ちはあっても、それに対して何かを聞くことが躊躇われた。
 果たしてその時一緒にいた麗虎は何を思っているのだろう…それが少し気になったので、普段であれば断るような手伝いにユイナは承諾の返事をした。
 それにユイナは麗虎に関しても気になることがあった。
 初めて麗虎に会ったときに感じた『確かにここにいるのに、何かを何処かに忘れている』ような印象。
 それは表に出ている人格以外の何かを感じさせる。普段ほとんど他人に興味を持ったりはしないのだが、メールからはその『別の人格』が見えた。もしかしたら今日麗虎に会えば、一週間の空白の謎などが少しだけ解けるのではないだろうか…何故か分からないがそんな気がする。
 ひゅうっと一瞬強く風が吹く。
 それに一瞬目を瞑ると、まるで風に乗ってきたかのように麗虎の姿が現れた。
「お待たせ。…っと、こっちでは『初めまして』と言うべきかな」
「こんにちは。貴方、わたしが会ったことのある麗虎とほんの少しだけ違うわ」
 ユイナがそう聞くと、麗虎が嬉しそうに笑う。それはやはり現実の麗虎と何だか少し違う。雰囲気だけではなく、漂わせている気配が人の物ではない。
「やっぱ分かってくれたか。色々あって、上手く『現実の俺』が『異界の花畑の俺』の記憶を認識してくれないんだ。今は異界の花守の麗虎だと思ってくれると話がしやすい。今日はユイナに『異界の花畑』の手入れを手伝ってもらおうと思って」
「異界の花畑…?」
 それは一体どこなのだろう。
 もしかしたらあの廃墟のように時間の流れが違う所だったら困る。ユイナがほんの少し警戒すると、その様子に気付いたのか麗虎がふっと笑って肩をすくめた。
「ああ、そんなに警戒されると困る。時間の流れはここと全く変わらないから、迷惑はかけない」
「異界の花守は、現実で起きたことをちゃんと知っているのね」
「ああ…だから『俺のこと』を分かってくれそうなユイナにメールを出したんだ。手伝いしてくれるなら早速案内するけれど」
 今のところ特に仕事があるわけでもないし、元々そのつもりでここに来た。それに異界の花守の麗虎と現実の麗虎の相違にも興味がある。外見に全く違いはないのに、中身が何となくずれているような感じがする。
「いいわ、行きましょう」
「ありがとう。じゃ、歩きで申し訳ないけど」
 二人並んで公園の中を歩いていく。すると少しだけ世界がぶれたような気がした。おそらく「現実と異界の接点」を越えたのだろう…辺りを見ると公園にある木ではなく、一面桜の木が植えられていた。桜は一種類ではない。ユイナ自身桜に詳しいわけではないが、木の幹を見ただけで何となく違いは分かる。
「麗虎はここで一体何をしているのかしら」
 麗虎は幹にむしろが巻かれた桜の幹を見上げ、白い息を吐く。
「何を…って、花守だから花の手入れが主な仕事だ。剪定をしたり肥料をやったり、花殻を摘んだり…後は、たまに花に惑わされて迷い込んできた奴の道案内か」
「………」
 ここは現実世界ではないが、満開の桜が人を惑わせ誘い込むことはあるかも知れない。桜の下には死体が埋まっている…そんな戯れ言を信じているわけではないが、何となくそれはユイナにも分かる。
「花は桜だけ?」
「いや…人が心に持っている花が全てあるよ。桜だけじゃなくて、梅やツツジ、そして…」
 ザッ…と風が鳴った。葉と枝がお互いこすれあい、大きな音を立てる。その音がまるでユイナの心の動きのように、ざわざわと何かをせき立てる。
 桜の林が開け、目の前に見えたのはつる薔薇のアーチだった。既に花の季節は終わっているのか、そのアーチについている花殻を麗虎がそっと手で取る。
「今日手伝って欲しいのは薔薇の植え替えと、根元の覆いなんだ。花畑も嫌と言うほど広いから、そろそろ花守を増やして欲しいぐらいなんだが」
 心がざわめいたのはこのせいか。
 薔薇に関してユイナは良い思い出がない。アーチの前で戸惑っていると、麗虎は近くにあったスコップを手に取り振り返った。
「薔薇は嫌い?」
「ええ…理由は言えないけれど」
「そう。まあ薔薇は好きずきがあるからな。こんな事なら、先に薔薇が好きかどうかを聞いておくべきだった」
「いいの。別に薔薇が好きかどうかと、手伝いには全く関係ないわ」
 アーチをくぐると今まで冷たく吹き付けていた風が急に止む。薔薇の花に関していい思い出はないが、だからといってこのまま帰ると言うのも何だか麗虎に悪い。それに…ここから一人で帰れる自信はない。
「じゃあスコップで穴掘ってもらうかな。苗を持たせて棘でケガさせるわけにいかない」
 その指示に従ってユイナは薔薇の苗が入るぐらいの穴を掘っていく。麗虎は花が咲いていない苗でも、どんな色の花が咲くのを知っているかのように花に語りかけながらしっかりと苗を植え、支柱を立てていった。
「麗虎は薔薇が好きなの?」
 ユイナがそう聞くと、麗虎は何かを考えるかのように苗を持ったまま立ち止まった。
「好き…と聞かれると微妙だな。薔薇は自己主張が激しいせいで、人の心に残りすぎる」
「そうね。どうしても心に残るわ」
 赤や白の薔薇は、見ていると目に焼き付いてしまいそうなほど自己主張をする。ここには、人の心に咲く花が全てあると麗虎は言った。これだけ広いバラ園があるのもそのせいなのだろう。
「でもMaiden Blush Roseの『我が心君のみが知る』って花言葉は嫌いじゃない。薔薇はそれこそ花言葉も大量にあるけど、これは奥ゆかしさを感じるな」
 我が心君のみが知る…。
 麗虎がそう言った瞬間だった。ある一カ所にふわりと儚い光が灯ったように花が咲く。それは淡いピンクの薔薇で、その様子に麗虎が溜息をついた。
「しまった。花言葉のせいで眠ってた薔薇を起こした…前言撤回だ。こういう自己主張の激しさがやっぱどうしても好きになれない」
 ポケットから花ばさみを出し、麗虎がそこに近づいていく。するとその薔薇の前に女性が現れユイナに声をかけた。
「『我が心君のみが知る』…私はその娘さんの心に呼ばれたんですよ」
「わたしの、心…?」
「ええ、貴女の心。貴女が不安に思っていたりする心…」
 それは一体何を指しているのだろう。
 この場所に関してか、それとも薔薇に関するあまり良くない思い出のことか。それとも…ユイナがそう思っていると、パチ…という音と共に女性の姿が消える。
「ここの花は人を惑わすからな。あんまり本気で聞かない方がいい」
 くすくす…くすくす…。
 微かな笑い声と共にあちこちにピンクの花が咲いた。もう一度女性が現れ、今度は麗虎の方にぐっと顔を突き出す。
「花守だって同じことでしょう?同じ思い出を共有するからこそ、話せることもある…本当はその娘さんとお話ししたいことがあるのに、貴方は不器用だから口実を作らないとお誘いも出来ない…」
「…全部根元から刈り取ってやろうか」
 くすくすくす…女性の姿が消えた。
 どうしていいか分からず立ちつくしているユイナに、麗虎が困ったように頭を掻いた。
「花言葉と真逆のことをしやがる。これが桜ならこんな事しないんだが、薔薇の自己主張の激しさにも困ったもんだ」
「わたしと話がしたいってのは本当なの?」
「ああ。これを渡しておこうと思って」
 革ジャンの胸ポケットから出されたのは、あの時ユイナと麗虎が一緒に行った廃墟のポラロイド写真だった。車のヘッドライトに照らされた蔦の絡まる教会の全景…それは一度丸めて捨てようとしたのか少しシワがついている。
「あの時撮った廃墟の写真は、ナイトホークに言われて全部渡した。それは渡しそびれて捨てようとした一枚なんだが、それも忍びないので拾っておいたんだ」
「これ、わたしがもらってもいいの?」
 ふっと一つだけ麗虎が頷く。
「我が心君のみが知る…本来であれば恋心のことなんだろうが、こういうのもいいだろう。あの時一緒に廃墟に行ったユイナが写真を持っていてもおかしくない…俺がそう思っただけだ」
 確かに自分はあの場所にいた。
 もしかしたらここと同じように、現実の境目にある『どこでもない場所』にあるのかも知れないが、あの廃墟は夢ではなく「確かな現実」としてユイナと麗虎の目の前にあった。その証がここにある…それだけで何だか安心感を感じさせる。
「ありがとう。麗虎は写真を持っていなくてもいいのかしら」
「俺にはこの異界だけで手が余るよ。それに薔薇の言う通り庭の手入れは口実で、その写真を渡したかったんだ…回りくどいことをしたおかげで仕事が増えた」
 くすくす…もう一度微かな笑い声。
 でも何だかその様子を見て、ユイナはほんの少しだけ安心した。廃墟に行ったことが現実だったという安心感と、異界の花守であっても麗虎の根底が変わらないという安心感。
 現実の麗虎が何故異界の花守であることを忘れているのかは分からないが、だからといって別人というわけではない。やっぱり麗虎は麗虎だ。
「盛大に狂い咲かれたわね」
 写真をポケットにしまいながら、ユイナはふっと笑った。こんな広い薔薇園の中、あちこちにピンクの薔薇が咲いていては植え替えどころの話ではないだろう。
「全くな。植え替えした薔薇に水をやったら花を全部切らなきゃならん…手伝ってくれるか?」
「いいわよ。どこで切ったらいいのか教えて頂戴」

 あちこちに狂い咲いた薔薇の花を切り、ユイナはそれを水の入ったバケツに挿していった。麗虎も同じように花を切ったり、気になった茎を剪定したりしている。
「薔薇の葉や棘にも花言葉があるって知ってるか?」
「そうなの?」
「葉は『貴方は希望を持ち帰る』で、棘は『不幸中の幸い』…これだけ花言葉があると、やっぱり薔薇が世界中の人に良かれ悪かれ想われてるって気はするんだ。じゃなきゃこんなに薔薇ばっかり増えたりしないし、蕾にまで花言葉をつけたりしない」
 ここには心に咲く花が全てあるという。
 もしかしたらユイナが心に持っている花もあるのかも知れない。だがそれを聞くのはやめておいた方がいいだろう。知った所でそれをどうすることも出来はしない。
 たくさん薔薇が挿されているバケツを見て、ユイナはふと顔を上げた。
「…この薔薇、少しもらってもいいかしら」
 我が心君のみが知る。
 この薔薇の花言葉を『夢の通い路』にいる人は知っているだろうか。いや、知らなくても渡せばきっと気付いてくれるだろう。
「だったら棘を落とした方がいいかな。ちょっと待っててくれればすぐできる」
「ええ、棘が刺さると困るから」
「じゃあ薔薇を渡したら帰るとするか。今日は全然仕事にならなかった…」
 その言葉にユイナが微笑む。
 それはMaiden Blush Roseと同じ、柔らかい笑みだった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6662/白鋼・ユイナ/女性/18歳/ヴァンパイア・ハンター

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
「異界の花守からの仕事」ということで、前回のゲームノベルの出来事なども少し引っ張りながら話を作らせていただきました。桜の話か薔薇の花しか迷った末に、花言葉で薔薇にしてみましたが如何だったでしょうか。
『我が心君のみぞ知る』という花言葉を持つMaiden Blush Roseは「少女が頬を染めた薔薇」という意味のピンクの可愛らしい薔薇です。薔薇の花言葉はいろいろあるのですが、何となく意味深です。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってくださいませ。
またよろしくお願いいたします。