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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 一つ仕事をすると、それが縁となって繋がりが出来ることがある。
 黒 冥月(へい・みんゆぇ)自体はそれを悪いとも良いとも思っていないが、そのしがらみは時々面倒だ。
「冥月、前に仕事を依頼した人が、また仕事を請け負って欲しいって言ってるんだけど」
 夜、蒼月亭でコーヒーを飲んでいたときナイトホークからそう言われ、冥月は少し離れている場所に座っているスーツ姿の青年を見て小さく溜息をついた。以前ある企業からファイルを盗む仕事をしたことがあるのだが、おそらくそこからの繋がりなのだろう。
「…篁(たかむら)か」
 ものすごく小さな声でそう呟くと。目の前にいたナイトホークがほんの少しだけ目を丸くする。
「前に名前を明かした覚えはないんだけど、知ってたんだ」
「ま、少しはな」
 それは闇社会で生きてきた冥月の癖みたいなものだ。相手の正体を知らないまま、闇雲に仕事を請けるのは性に合わないし落ち着かない。それに相手が誰なのかを知らぬまま秘密を知りすぎて、消されるようなことがない為の自己防衛手段でもある。
「じゃあ面倒なことはすっ飛ばした方が良いか。今ちょっと声かけてくる」
「そうしてくれ」
 ややしばらく冥月はナイトホークと篁が話しているのを横目で見ながら、色々と考えを巡らせていた。篁 雅輝(たかむら・まさき)…篁コーポレーションの若き社長だが、その凛とした見た目の裏には色々闇を隠している。それは以前冥月が関わった『Bloody Train』という名の『時限式細菌』であったり、雅輝自身が持っている個人組織などのことだ。世襲制の会社と言え、祖父から父を飛ばして孫である雅輝が会社を継いだ裏には、色々なものがあるのだろう。
 自分に頼みたい仕事とはいったい何なのか。
 コーヒーを一口飲み息をつくと、冥月の席の隣に雅輝が移動してくる。
「こんばんは。詳しい自己紹介はお互い不要ですね」
「ああ。その様子だと私が何者かを知っていそうだからな」
 やや冷たい口調に聞こえるかも知れないが、これが冥月の素だ。相手が何者であれ、その身分で口調を変えたりする気はさらさらない。
「以前は面倒な仕事をありがとうございました…と言っても、これから僕が貴女に頼みたい仕事も、また面倒なものですが」
 そうだろう。
 一筋縄でいくような簡単な仕事をわざわざ指名で頼むはずがない。それに返事をせず沈黙したままでいると、雅輝が一度眼鏡を外して目を閉じる。
「その沈黙は肯定と取っていいんですね」
「何故そう思う?」
「否定でしたら僕が面倒といった時点で、席を立ち店を出ることが出来るからです」
 食えない奴だ。おそらくここで全て話を聞き、その上で依頼を断ったとしても雅輝は何も言わないだろう。その寛容さと冷酷さは、ある意味ビジネスパートナーとしては相応しい。
「話を聞こう」
 その依頼は前もって『面倒なもの』と雅輝が言ったとおり、一筋縄でいかなそうなものだった。
 空港から篁の研究所まで動物を運搬するという仕事。ただその動物が問題で…。
「…血液中に危険な病原体をもつキャリアの動物です。元々ワクチン開発の為研究所に運び込む予定だったんですが、それを狙う者の情報が入ってきまして」
「ずいぶん物騒な話だ」
 そのウイルスの感染経路は血液や分泌物などが主で接触感染はしないのだが、感染すると死亡率が80%を越えるようなものらしい。悪用されれば細菌兵器としても使えるそうで、雅輝はそれを警戒している。
「無論対策はしてあるんだろうな」
 冥月の前にある空になったカップに、熱いコーヒーが満たされる。
「ええ。ダミーを用意しそれら全てに護衛をつける予定なのですが、人手が足りないんです。貴女に『Nightingale』の一人と共にそれを守って頂きたい…それが仕事の依頼です」
 『Nightingale』と聞き、冥月はそっと目を伏せた。雅輝の子飼いである組織…それは滅多に表に出てこない組織のはずだが、それをわざわざ出してくるということは相当危険な仕事なのだろう。
「私一人でも大丈夫だが、それは信用されていないと言うことか?」
「いいえ。貴女を信用しているから『二人』での任務をお願いするんです。実戦に勝る経験はないと言いますから…」
 雅輝が説明したその内容を聞き、冥月は溜息をつき頷いた。
 確かに自分はかなり信用されているらしい。それが嬉しい事かどうかは分からないが、それを断る理由はない。
「お願いできますか?」
「ああ、三日後だな。間違いなくその仕事引き受けよう」

 運ぶ物はラットが五匹ずつ入った水槽だった。病原菌については詳しく聞かされなかったが、感染源が血液ということでラットに怪我をさせないようにという指示だ。そしてどれがダミーかは、実際運ぶまで誰にも明かされないらしい。知っているのは雅輝だけ…というわけだ。
 冥月が車の助手席に座って待っていると、コンコン…と窓を叩く音がした。
「黒 冥月さんですね」
「ああ、そうだ」
 そこに自分が組むパートナーを、雅輝の秘書である冬夜(とうや)という青年が連れてくると言うことは前もって聞いていた。ドアを開けると、そこには夜なのにサングラスをかけたままの冬夜と、黒い髪を横で縛った少女が立っていた。少女は手にラットが入った水槽を持っている。その少女を見て、冥月はふっと鼻で笑って見せた。
「一人でやる。足手纏いはいらん」
 急に辺りの空気が硬質的なものを帯びた。痛いほどの緊張感…だが、冥月も冬夜も表情を全く崩そうとしない。
「足手纏いでも、社長の指示はこの葵(あおい)と『二人で』仕事をすることです。無事に運ばれるのなら手段は問いません」
「冬夜様…私が足手纏いというのですか?」
「足手纏いと言われたくないのなら、無事に任務をこなせ。社長の指示はそれだけだ…俺もこれから任務に入る。後は任せた」
 冥月にかけたのとは違う冷たい言葉が闇の中に響いた。葵と呼ばれた少女は去っていく冬夜の背を見た後、キッと冥月を睨む。
「…足手纏いとは言わせませんわ。とにかくこれを研究所に運んでしまいましょう」
「そうだな。面倒事はとっとと済ませてしまうに限る」
 黒い髪にぴっと伸ばした背筋。そしてほどよく鍛え上げられた筋肉…だが、冥月は葵の弱点に気付いていた。それは戦闘力はあるが、経験が絶対的に不足していることだ。だから自分や冬夜の言葉がいちいち気に障り、それに関して突っかかってくる。
「自動車の運転は葵に任せよう。私はラットを預かる」
「そのつもりですわ。では短い間ですが、よろしくお願いいたします」
 ぐっと感情を押し殺してはいるようだが、自分に対する刺々しさは空気を通して伝わってきた。その態度に冥月は雅輝の言った言葉を思い出す。
 『二人』での任務。
 それはNightingaleの新人である葵に、経験を積ませるということだった。彼女は長い髪を武器にして戦うという異能を持っているのだが、気位が高く自信過剰らしい。そのせいで協調性もなく、とにかく上を目指すことばかり考えているのだがそれでは長生きできない。ただ使い捨てにするのであればそれでも構わないのだろうが、その事を問うと雅輝は少し笑いながらこう言った。
「僕個人を慕って来てくれる者を使い捨てに出来るほど、僕は冷酷になりきれないみたいです。この『授業料』は僕からの別料金と言うことで」
「………」
 車が急発進し、闇の中スピードを上げていく。
 全てが同じ道を通って研究所に向かうと一網打尽にされる可能性があるので、ルートは前もって葵が聞いているはずだった。空港から離れ、車はどんどん人気のない方に進んでいる。
「お前はずいぶん自分の力に自信があるようだな」
 冥月の呟きに、ハンドルを握りながら葵が初めて口の端を上げる。
「無論ですわ。私が本気で戦えばもっと上を目指せると思っていますとも…それこそ、雅輝様の秘書ぐらい」
 ああ、やっぱり葵は井の中の蛙だ。
 先ほど会った冬夜は全く感情も気配も揺らしていなかったが、そのぶん隙のなさがあった。実戦で武器を見せてない相手こそ油断ならない者のように、本当に力がある者は、普段から力を見せびらかすことはない。それが分かっていないのだ。
「ならばその手並み、じっくり拝見させてもらおうか」
 道路の先に工事中の標識が見えてくる。そこに人が立っているのが見えた。警備員の格好をしているが、そこから漏れる殺気は冥月にはごまかせない。
「…分かりましたわ」
 車を道路脇に止め葵がドアから出た。そこに警備員の男が近づいてくる。
「申し訳ありません、ここは通行禁止ですので…」
「………!」
 仕掛けたのは葵が先だった。髪を結んでいたゴムを外し、ザッという音と共に髪が伸び男に襲いかかる。
「この私を騙そうとしても、漏れ出る殺気はごまかせませんわ」
 脇に提げていた銃を手に取り、葵はそれを軽々と撃ち放った。髪に絡め取られた男の体にはいとも容易く風穴が開き、そこから赤い物が飛び散る。
 確かにオートマチックの銃を片手で撃つ腕力と、命中させる力はたいしたものかもしれない。髪を伸ばして武器にする能力も、もっと上手く使えばモノになるだろう。
 だが、やはりそれでもやはり経験値は圧倒的に足りない。最初に仕掛けたのはいいが、もしそれが誰かに命令されていた一般人であればどうするのか。もし間違っていたときに、雅輝はそれを許すような寛容さは持ち合わせていないだろう。
 そして……。
「………」
 冥月は闇と同化してじっとその様子を見ていた。
 そろそろ葵も気付くはずだ。自分が絡め取った相手が、単なる傀儡だということに。今まで人に見えていたそれは、急に力を失ったようにぱさ…と音を立て倒れていく。それと同時に闇の中に声が響いた。
「血の気の多い馬鹿程、扱いやすいものはない」
「えっ……」
 何か糸のような物が光ったかと思うと、葵の長い髪が肩口で切り落とされる。それに葵が気付いたときにはもう遅かった。
「くっ…」
「おっと、あまり動くと糸が食い込んで身が切れる。輪切りになりたいというなら話は別だが」
 闇から現れたのは手の先から糸を操る男だった。それはまるで蜘蛛の糸のように葵の体や髪に絡みつき、その動きを束縛していく。
「相手を束縛してなぶり殺すことが出来るのが、自分だけだと思っていたのか?さて、どう可愛がってやろうか…」
 自分達の前に現れた警備員の男も、男が糸を使って操っていた人形だ。そこから殺気を出し注意を惹きつけておきながら。全く違う場所から現れる。それはまるで本物の蜘蛛のように容赦ない殺人者だ。
「い、いや…」
 蜘蛛の巣から逃れる蝶のように葵がもがこうとする。こうなってしまえば髪を伸ばして攻撃することも出来ない。自分より圧倒的に強い者を目の前にして、すっかり怯え動揺している。
「ゆっくりいたぶりたい所だが、殺してからにしようか」
「…それは困る」
 ざわ…と闇が揺れた瞬間、葵を束縛していた糸が切れた。力を失いぺたりと地面に座り込む葵の前に、冥月が闇から姿を見せる。じりじりと肌の上を這う緊張感。
「貴様、どこにいた」
「さっきからずっとお前の前に。さて…私はその小娘ほど甘くはないぞ」
 そして自分の後ろにいる葵を一瞥…。
「いいか葵、先手を仕掛けるのもいいが、相手の力やその裏を見極めずに突っ込むのは猪と同じだ。自分の武器は極力最後まで相手に見せるな。立て、座っている奴を守ってやるつもりはない…自分の身は自分で守れ」
「はい…」
 膝をつきながらも葵が何とか立ち上がる。目をそらしているように見える冥月に、男が糸を延ばす…。
「よそ見とはずいぶん余裕を…っ」
 くす…。
 その瞬間立っていたはずの冥月の姿が消えた。そして男の後ろから不意に姿が現れ、そのまま首元に手刀が飛ぶ。
「お前が先ほどやっていた、見せかけの術の応用だ。目の前で殺気を放っている相手は恐ろしくない…本当に恐ろしいのは、殺気を見せることなく冷酷に人を殺せる奴だ」
 そうは言ったが本当に殺す気は冥月にはなかった。自分はもう暗殺者ではない。ただ葵には教え込まなければならないことだからこそ、言ったまでだ。
 本当に恐ろしいのは、殺気を放っている者ではない。
 葵のようにやる気満々な者はいくらでも対処が出来る。それこそ目の前しか見えていないのだから、足下をすくうのは簡単だ。
 だが…人を殺すことに慣れ、それに感情を揺らすことのない者は見た目だけでは分からない。それこそ息をするように、ただ歩くのと同じように人を殺すことが出来る。
 がく…と倒れかけた男の脳天に、冥月は容赦なくかかと落としを入れた。
「そして相手が動かなくなるまで、決して容赦するな。分かったな」
 これだけ見せればきっと自分の言いたいことが分かるはずだ。元々素質はあるし、向上心もある…一度恐怖を知れば必要以上に粋がることもない。その時だった。
「…素敵です。冥月様!」
「はぁ?」
 今まで反発していた葵が、唐突に冥月の足下に土下座する。
「私、間違っておりました。社長…雅輝様も尊敬してますが、冥月様、私の師になって下さいませ!」
 どうしてこういうことになるのか。何だか脱力しつつも、冥月は倒れた男を軽々と持ち上げる。
「冥月様はやめろ。あと、この男をお前の髪で縛り上げておけ。とっとと研究所に行くぞ」
「はい、何でも申して下さいませ。冥月様」

「…もうお前からの面倒な仕事は受けん」
 研究所に着き、雅輝と顔を合わせた冥月は心底疲れた感じでそう言った。あの後ずっと運転席の葵が「冥月様、冥月様」と言うのでどっと疲れてしまった。こんな事ならまだ反発されていた方がいい。
 雅輝はそんな話を聞きながらクスクスと笑う。
「ああ、あの子は気位が高い割にぴしゃりと言われると急に大人しくなるんだ。どうやらそれがきいたみたいだね」
「知っててよこしたのか。ところでキャリア本体はいったい誰が持っていたんだ?」
 それを聞くと、雅輝が自分の足下にある水槽を指さした。どうやら本命のラットを自分の車で運んだらしい。まさか相手も社長自ら危険な病原菌を持つラットを運ぶと思っていなかったのだろう。そう思っていると、葵が後ろから冥月に飛びついた。
「冥月様!私の師になって下さいませ!」
「ええい!ならんと言っただろうが…お前もこいつを引き取ってとっとと帰ってくれ」
 何だか雅輝の思う壺になってしまったような気がする。
 飛びつく葵を一生懸命引き剥がしながら、冥月は雅輝に恨めしそうな視線を投げた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
篁雅輝からの依頼で、Nightingale新人の少女を鍛える…ということで、プレイングを見ながら色々考えさせて頂きました。最後は指定通りお約束の展開なのですが、いつもと少し違い「冥月様」と呼ばせて頂いてます。ちょっと宝塚的ですね。
雅輝が大変狡猾な感じになってますが、そういうことを見越して冥月さんにお任せしたのだと思います。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。