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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


私を捜して

 秋は日が落ちるのが早い。
 冷たい雨が天から降り注ぎ、薄暗い街をしっとりと濡らしている。
「…寒いな」
 草間 武彦(くさま・たけひこ)はそう呟き、最後に残ったマルボロをくわえながら外を見た。
 薄暗い道には傘の花が咲き、テールランプが道路に反射している。こんな日は客も多分来ない…いや、怪異というのはこんな日にやってくる。それも、急に。
「すみません…」
 そう言って草間興信所に入ってきたのは、髪の長い女性だった。傘をさしていなかったのか、着ているジャケットやスカート、髪までがすっかり濡れている。だがその中で目立っていたのは、両手にしっかりと抱えている封筒だった。
「今日はどのようなご相談でしょう?」
 すると女性は抱えていた封筒をテーブルの上に乗せ、一言こう言った。
「私を…捜してください」
「はい?」
 突然言われた言葉が分からず、武彦は聞き返す。
「捜して…とは、どういう意味でしょうか」
「私の全てを捜して欲しいんです。名前、歳、体…それが全く分からないんです。お願いします」
 そう言った瞬間女性の姿がかき消すように消えた。彼女が立っていた場所に小さく水たまりが出来ている。武彦は残された封筒を開け、溜息と共に煙を吐く。
「まいったな…」
 その中に入っていたのは札束と一枚の写真だった。

 一人で探せることには限界がある。
 ペットや生きている人間であれば情報を駆使して何とかなるかも知れないが、たった一枚の写真から人を探すなど難しい話だ。これは協力者が必要だ…そう思い、武彦は自分の手帳を見ながら三人の女性に連絡をした。
 医師である四位 いづる(しい・いづる)、ダウジングなどの魔術知識がある桜塚 詩文(さくらづか・しふみ)。
 そして……。
「もしもし、冥月?急だが仕事だ」
 受話器の向こうにいるのは、草間興信所でアルバイトをやってもらっいる黒 冥月(へい・みんゆぇ)だった。冥月は何か取り込み中だったのか、受話器を放して何か話し声が聞こえる。
「すまん、仕事が入った…」
「やっとお忙しい冥月さんにお時間取って戴けたのに…」
 冥月が話している相手は少女らしい。武彦は溜息をつきながら思わずぼそりと呟く。
「悪い、デートだったか」
「……殺すぞ」
 いつもの軽い挨拶のつもりなのだが、冥月はこれが気に入らないらしい。ドスの利いた一言の後、冥月は武彦と自分の目の前にいる相手に同時にこう言った。
「明日鍛えてやるから…ああ草間、今から殴りに行く。逃げるなよ」
 冥月に頼んだのは間違いだったか。そんな事を思っていると、足下の影が揺れた。それと同時に真正面から脳天に軽い衝撃……。
「痛っ…」
 影を伝って来た冥月が目の前に立っていた。長い髪をさっとなびかせ、冥月は空いている椅子に座って武彦を見た。
「殴りに行くと言っただろう。さて、詳しいことを聞かせてもらおうか」
「全員集まってからにしてくれ…」

「水たまりの成分に、余計な物は入れてへんやろな」
 連絡を受けやって来たいずるは、持参してきた注射器を使って床に残されていた水たまりを採取していた。これが今降っている雨と同じ物なのか、それとも全く別の物なのかで居場所を知る手がかりになるかも知れない。いずるが呼ばれたのはそんな理由からだった。
「触ってもいない。少しは蒸発してるかも知れないけどな」
 詩文が「探偵さんにお土産よん♪」と持ってきてくれたセブンスターを開けながら、武彦はその様子を見ていた。その詩文は、冥月と一緒に写真を眺めている。
「『全てを探して…』なんて興味深いわん。生きてるにしろ死んでるにしろ、普通記憶って残りそうなのよねー」
 死んだからといっていきなり無になるわけではない。まして生きているならなおさらだ。名前、歳、体…それら全てが分からない思念というのは、詩文からするとかなり興味深い。
「依頼主は写真の女で間違いないな?あと、来た時の服装、髪型、様子を詳しく教えろ…」
 手元にある写真をテーブルに置きながら冥月が溜息をつく。
 手がかりが球場で撮られたピンナップ写真しかないとは。ポニーテールにサンバイザーとジャンバー、そして背負ったビールのタンク…若い女性ということぐらいしか今のところ手がかりがない。
 水たまりを試験管に入れ終わったいずるも、応接ソファに座り武彦を見る。
「俯いてたけど雰囲気は似てたから、多分同一人物だ。髪が長くて、黒いジャケットにベージュのスカートだった。歳は二十代ぐらい…それは覚えてる」
「途方もない話やな…」
 果たしてその条件に合う人物が、この東京都内に何人いるというのか。あまりに漠然としたその話を聞きながら溜息をつくいずるに、詩文が写真を指さす。
「うーん、この写真多分ドーム型球場ね。私、神戸に住んでいた事あって甲子園球場なら何回も行ってるから写真見ただけでわかるんだけど、光源が日光じゃないのよねん…」
 確かにそれは詩文の言う通り、日光の下で撮られたものではないようだった。それを見たいずるも、何かに気付いたように顔を上げる。
「ピントが女の子に合っとるから、選手や球場を撮ろうとした訳じゃなくて『彼女』を撮った写真やな。偶然で撮ろうとすることなんてあるやろか…」
 どこをどう指示したらいいものか。煙草を吸いながら武彦が考えあぐねていると、冥月がスッと目を伏せた。
「ちょっと待ってろ。体が探せるか確かめてみよう」
 生死はともかく、彼女が動けない状態なのは確かだ。動かないのであれば、写真を元に影で捜すのは容易のはずだ…足下の影が揺れ、それが広い東京中を探し始める。
「どうだ、冥月」
 武彦の言葉に冥月はゆるゆると首を振った。
 彼女の姿に一致する体はこの東京中にはない。もし彼女が死んでいて、遺体が腐敗や白骨化していれば流石に冥月の影で探すのにも限界がある。
 簡単に見つかるとは思っていなかったが、これは結構厄介かも知れない。
「ダメだな…仕方がない、私はこの写真を元に彼女に繋がる物を探そう」
 まずはとにかく最初の足がかりになる物を見つけなければ仕方がない。いずるは液体が満たされた試験管を自分の目の前にかざし、ちゃぽちゃぽと振る。
「草間さん、良かったらその紙幣も貸してくれへん?上手く行くか分からんけど、指紋が採れたら変死体とか照合取れるかも知れんから」
「…使わないでくれよ」
 ふっと笑いながら封筒を渡す武彦に、いずるは少し意地悪く笑って見せた。手がかりを使うつもりもないし、金に困っているわけでもない。
「んじゃ、詩文さんはダウジングして場所を特定するとか、セイズで神託を得るとかかしら?彼女の意識を追っかけてもいいわね♪ちょっと地味だけど、まずはそこからやってみるわん」
 現実と非現実。怪奇事件というのは、その側面から調べなければ手がかりは掴めないだろう。『彼女』にとって何も分からないのなら、それを知るものに伺いを立てるのは詩文にとっては普通のことだ。
「じゃあ、分析が終わったら連絡するわ」
「詩文さんもさっそくお家に帰って調査するわ。何か分かったら電話するわね」
 まだ雨が降り続く街の中、いずると詩文は静かに外へと出て行った。それを事務所の窓から見送りながら、武彦がぽつりと呟く。
「…心配だな」
「そうだな」
 武彦が依頼人の心配をするとは珍しい。モップで床の水たまりを掃除しながら冥月が同意すると、武彦はもう一度溜息をつきながら冥月の顔を見た。
「依頼主と会った途端に、お前が口説かないか心配だ」
 そう言った瞬間、武彦の目の前にモップの柄が飛んだ。

「…雨の成分とは違うみたいやな」
 草間興信所の前で採取した雨水の成分と、床に残されていた成分を見比べながらいずるは小さく呟いていた。水は見ただけでは全く同じように見えるが、成分を調べると全く入っている成分は違う。雨水であれば空気中のちりや排気ガスなどが混ざっているので、それが違うということだけで、いずるにとっては充分手がかりだった。
『彼女』は雨に濡れているのではなく、何か別の何かで濡れている…。
「藻のような物は発見されんかったから、川とかで水死してるわけでもない…」
 医師は生者だけを診るわけではない。死者の声を聞く監察医も立派な医師だ。その働きで他殺か自殺かを調べることが出来るし、検死をしたこともある。
 川や沼などで水死した場合プランクトンなどが肺などから検出されるので、別の場所で水死されられ川に投げ込まれても水の成分で殺害場所が特定出来たりするのだ。この水からはそのような物は全く検出されなかった。
「………」
 ただ、この水に関していずるは考えることがあった。
「A型の血液反応。そして……」
 血液反応よりも気になること。
 この水を、私は知っている。
 だが何故『彼女』がそれに濡れているのか…その理由が全く分からない。
「他の人の調査待ち…やな」
 塩化ナトリウムを0.9%含有する食塩水。
 何故「生理食塩水」に『彼女』が濡れているのか……。

 自宅の一角にあるスペースで香を焚きながら、詩文は指輪に振り子をつけ都内の地図を広げダウジングを始めていた。
 冥月の話では彼女の姿と一致するものはないという。遺体になっているのか、それとも整形などで別の姿になっているのか分からないが、場所が特定出来れば探すのは容易いだろう。
「さて、あなたはどこにいるのか、お姉さんに教えて頂戴♪」
 軽口を叩いてはいるが、ダウジングはリラックスしているぐらいが丁度いい。すうっと手を動かすと、振り子が少しずつ反応し始める。
「あら?あらあらあら、何か変?」
 それはいつもの振り子の動きではなかった。弱い反応が、点々と何カ所…しかも死者に対する反応ではない。生きている、生きているのに『彼女』と言いきれない別の反応が邪魔しているように見えるのだ。
 一度振り子を手に取り、詩文は人差し指を口元に当てながら考える。
「これは何の謎かけなのかしらん…」
 振り子の動きと共に自分の頭に浮かんだイメージを、詩文は整理し始めた。
『死んでいるけど生きている』
 神託は嘘をつかない。振り子の反応に戸惑っている詩文の脳裏に浮かんだのはそんな言葉。
「まさか誰かの心に生きているとか、そんな訳ないわよね。だったら、こんな反応出ないもの…」
 取りあえず武彦に連絡した方がいいかも知れない。首をかしげながら中指につけていた指輪を取り、詩文は携帯電話を手に取った。

 『彼女』に一致する物は見つけられなかったが、『写真』に一致する物はすぐに見つかった。それはフリーのアルバイト情報誌で、東京ドームでアルバイトをしている人を紹介するという小さなコーナーだった。
 冥月はそれを片手に、秋の街中を歩いていた。
「私を捜して、か…」
 そこから身元はすぐに分かった。名前も出ていたし、そのアルバイト先で話を聞くことも出来た。
 …『彼女』は既に死んでいた。
 それはナイターが終わり、家路へ向かう途中の事故だったらしい。雨上がりで滑りやすかった駅の階段を踏み外し、そのまま頭を打って帰らぬ人となった…と、アルバイト先の話では聞いた。
 これが「幽霊の記憶喪失」であれば楽だっただろう。頭を打った拍子にショックで記憶をなくし、自分の肉体を忘れてしまったというのであれば。そうであれば…こんな微妙な気持ちにならなかったかも知れない。
 詩文からの情報も、いずるからの話も聞いていた。
 謎かけのような『死んでいるけど生きている』という言葉。
 「生理食塩水」に濡れている体。
 そして『彼女』が自分の肉体を忘れてしまっている理由…『彼女』は、その言葉通り『死んでいるけど生きて』いた。
 生前書いていた臓器提供意思表示カード…頭を打ちそのまま脳死状態になった『彼女』は、その意志通り他の人の体で生き続けているのだ。
「………」
 興信所に向かう中ポツポツと雨粒が落ち始め、やがて街をしっとりと包み始めていた。

 冥月から連絡を受け、いずるはカルテのコピーを持ち興信所に来ていた。本来であればドナーとレシピエントはお互いを認識しないが、ドナー本人が自分を捜す手がかりになるのであれば告知する義務はあるだろう。日本で行われる脳死移植は数が少ないので、それは容易に調べることが出来た。
「…何で生理食塩水で濡れてたかの理由が分かったわ」
 いずるの呟きに、詩文も溜息をつく。
「『死んでいるのに生きている』…確かに今まであり得なかった死の形だわん」
 死ねば肉の塊になる。それが当たり前だったのに、今はそうではない。誰かが生きる手助けのために、誰かの一部となって生き続けることが出来る…それが正しいかどうなのかは分からないが、それも一つの形なのだろう。
「………」
 そんな呟きを聞きながら、冥月は写真を見ていた。
 あの札束と写真は、あの日『彼女』が帰りに持っていたはずの物だった。フリーペーパーに載せられた写真と共に持っていた給料。その日銀行からおろしたはずだったのに、それだけが何故が見つからなかったらしい。
「雨、やまないな…」
 煙草をくわえながら、武彦は事務所の外を見る。薄暗い道路にテールランプが反射し、街を歩く人は少ない。その時だった。
「すみません…」
 階段を上がる足音は聞こえなかった。
 入り口に立っていたのは、全身濡れたままの彼女の姿だった。武彦は灰皿で煙草を消しながら、少しだけ息をつく。
「依頼の報告は、そこにいる三人の女性から聞いてください」
 その声に、彼女は視線を武彦から逸らせた。冥月は写真を真っ直ぐ差し出しながら、彼女の目の前に立った。
「これは返しておく…自分の顔が分からなくなったら困るだろう」
 ……彼女は何も答えない。
 それを見た詩文は自分のハンドバッグの中からタオルハンカチを出し、彼女の顔をそっと拭いた。前に下がっている髪をあげると、そこから写真と同じ彼女の顔が現れる。
「山崎あかねさん…これが貴女の意志によって、助かった皆さんよ」
 あかね。それが『彼女』の名前だった。
 いずるがテーブルの上に出したカルテの名前を、あかねは濡れた指でたどりながら確認する。
「あかね…それが私の名前なんですね?」
「そうよ。素敵な名前じゃない、もう忘れちゃダメよん」
 そっと詩文がゴムであかねの髪をポニーテールにした。あかねは大事そうにカルテを見た後、自分の写っている写真に目をやった。そして何かを確かめるようにまたカルテを見て、自分の体の一部ずつにそっと手を当てる。
「お前は死んでいるけど生きている。それ以上に調べることはあるか?」
 もしあかねが自分が死んだことを恨むようであれば、その時はいずるや詩文が何とかするということは前もって決めていた。生きているとはいえ、それは既にあかねの体ではない。冥月の言葉に、あかねがそっと首を横に振る。
「いえ…私を見つけてくれてありがとうございます。私を捜してくれて…」
 あかね、はあちこちにいた。
 二十歳の彼女は、誰かの目や体の中で生き続けている。きっとこれから彼女の代わりに泣き、笑い、その人の人生を一緒に送っていくのだろう。
「もう、思い残すことはない?」
 カルテを受け取りながらいずるが少しだけ微笑む。
「お姉さんは理由があってそういうのは出来ないんだけど、貴女が誰かを救ったって事は事実よん。それはいつかちゃんと帰ってくるわ」
 詩文は晴れ晴れとしたあかねの表情を見て、ほっとしたように頭を撫でた。そして冥月は、それを見て自分が聞きたかったことを飲み込んだ。
 この話を聞いたときから、ずっと思っていたのだ。
 『彼女』は自分が死んでいることを本当は知っていたのではないだろうか…。だがそれを聞くのは野暮だ。あかね自身が満足しているのなら、それ以上問いつめても仕方がない。
「ありがとうございました…」
 深々とお辞儀をして消えたあかねの足下に、もう水たまりは残っていなかった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
6808/四位・いづる/女性/22歳/医師
6625/桜塚・詩文/女性/348歳/不動産王(ヤクザ)の愛人

◆ライター通信◆
「私を捜して」のご参加ありがとうございます、水月小織です。
今回グループ分けということで、こちらでは女性三名様で『彼女』について捜していただきました。最近は死の形も色々で、こうやって『死んでいるけど生きている』ことも起こりうるのかなと思って書きました。
草間さんが全然お仕事してませんが、彼は窓口と言うことで…。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。