 |
東京百鬼夜行 ＋屋＋
◆□◆
「武彦、悪い！しくった！！」
そんな言葉とともに突如として走りこんできた少年に驚き、草間 武彦は飲んでいた珈琲を喉に引っ掛けた。
「げほっ・・・み・・・御来屋？」
土下座でもしかねないほどの勢いで頭を下げる御来屋 左京（みくりや・さきょう）に顔を上げるように言うと、何があったのかと言葉を繋ぐ。
「昨日百鬼夜行が来たらしいんだ」
「昨日！？」
「あぁ。勿論、妖怪がこっちに来てるのは知ってたんだ。でも、力のありそうなやつがいないからって油断してた。そうだよな、妖怪も力だけが全てじゃねぇもんな」
一人納得している様子の左京に、詳しい状況説明を求める武彦。
とりあえず左京に椅子を勧め、零が気をきかせて紅茶を淹れて来ると左京の前に差し出した。
「前回、茨木童子を倒しただろ？当然今度は茨木童子よりも力のあるやつが来ると思ってたんだよ。鬼とか蛇とか竜とか」
「それで、今回はどんなのが来たんだ？」
「燃える行灯って知ってるか？」
「いや」
「つか、行灯は知ってるよな？それが突然燃え上がる事を言うんだが・・・別に、燃えても熱くないし害があるわけじゃない。あと、骨女。これは言葉だけで大体分かるだろ？こいつも特に何かをするわけじゃない。人を驚かす程度なんだ」
「それで？」
「とにかく、今回確認した妖怪は人を驚かしたりなんだり、そう言うことしか出来ないヤツラが多かったんだ。勿論、人を傷つけるやつもいるけど、それでもやっぱり茨木童子と比べれば全然弱いんだ。だから、もっと強い敵がこの後に来るんだろうと思って待ってたら・・・」
「たら？」
「あいつら、妖怪屋敷を作りやがったんだ・・・」
「何か問題でも？」
「大有りだ！妖怪はこっちにいるだけで害を及ぼす。あっちの世界とこっちの世界はまったく別物だ。あっちの世界から来た妖怪は、こっちの世界の気に馴染めずに力が半減する。だから俺らでも茨木童子を倒せた。でも、こっちの世界の気があっちの世界の気に引きずられたとしたら？」
「どう言う意味なんだ？」
「あっちの世界にはない縛りがこっちの世界にはあるってことだ。人の世界には人の世界の秩序がある。それを壊されないために、視えない力が存在する。けれど、それはここが人を基準とする世界だからだ。もし、人が基準であることが根底から覆り、基準が妖怪に変わったならば？世界の秩序が崩れる。それは、人の住み良い世界ではなく妖怪の住み良い世界の始まりになる」
左京はそこまで一気に言うと、紅茶を一口飲んで喉を湿らせた。
「百鬼夜行の第３陣が直ぐ近くまで迫ってる。明日の夜にはこっちに攻めてくる。・・・今夜中に妖怪屋敷をどうにか壊さない限り、次の百鬼夜行到来時に俺らに勝ち目はない」
「妖怪屋敷に住む妖怪全てを倒すってことか？」
「いや。中には倒してはならないのもいる。あくまで狙いはこちらを襲ってくる妖力の高い妖怪のみだ。そいつらの居場所は、中にいる妖怪に聞けば良い」
「妖怪に？」
「あぁ。今回の妖怪の中には、無理矢理こちらに連れてこられたやつらもいる。座敷童子なんかはこっちの味方も同然だ」
「今回、倒さなきゃならない敵は？」
「飛縁魔と言う妖怪は人を襲う妖怪だ。つっても、こいつは男限定で襲ってくる。後は鬼一口かな？まぁ、どっちもそれほど強い妖怪ってわけじゃねぇけど・・・」
「その２体だけか？」
「・・・多分・・・」
煮え切らない言葉に、武彦は微かな違和感を感じ取った。
「何か、俺に隠してないか？」
「な・・・何も隠してねぇよ。んじゃ、夜にでももう１回来るから」
左京はそう言うと、目を伏せて暫く何かを考え込んだ後で立ち上がり、そのまま興信所を後にした。
「どうしたんでしょうね、左京さん。何か思いつめているみたいでしたけれど・・・」
「何かあったのかもな。後で琴音さんの所に行ってみるか・・・」
◇■◇
倉塚 将之は、目の前に聳える２階建ての日本家屋に口を開けていた。
「おい、そんな難しくない依頼だって言ってたよな？」
「るっせー！俺のせいじゃねぇっ！」
パっと見てもジーっと見ても女の子にしか見えない左京が、ふくれっ面のまま目の前の純和風の屋敷 ――― 最も、手入れが行き届いていないためにかなりボロボロだが ――― を見上げると溜息混じりに髪を掻きあげた。
「元々、お前がさっさと来ないからだろっ！」
「バイトだったんだから仕方ないだろ・・・」
「ったく・・・何でただの妖怪屋敷がこんな２階建てになってんだよ。かーっ！ウゼーっ！魍魎ばっかじゃねぇかっ！」
「倒すべき敵は鬼一口と飛縁魔だけじゃないのか？」
「勿論、その２体を倒せばこのウザッテー屋敷も消えると思うけど・・・その２体に行くまでに魍魎がいるっぽいぜ？」
「・・・それも倒すのか？」
「倒さないで進めるもんなら進んでみろよ」
・・・なんとも可愛くない言い方だ。
まぁ、可愛くても男なのだからあまり意味は無いだろうが・・・
「なー、なんかコイン持ってねぇ？」
「は？」
「一緒に仲良く１階ずつ調べるのなんて、タリーじゃん。どうせなら、１階と２階で別れようぜ」
「でも・・・」
「俺がいないと不安？」
ニヤリと、意地の悪い笑顔で聞かれ、将之は強く否定するとズボンのポケットにねじりこんであった財布を取り出した。
「小銭で良いのか？」
「１円と５円でなければ」
その言葉に、１０円を探したのだがなかったために１００円を手渡す。
左京の白い指の上に銀色に光る１００円玉が乗せられ・・・ピィンと、親指で弾くと宙を回転しながら落ちてくる。
どんよりと陰鬱な雲の色が目に入り・・・１００円玉が左京の手の中に落ちる。
手の甲の上に左掌を重ねた左京が、碧色の瞳を将之に向ける。
「表と裏、どっちだと思う？正解したら下、不正解なら上に行ってもらうぜ？」
「・・・んじゃ、裏」
左掌をどければ、１００円玉の裏の模様がキラリと光る。
「俺が下だな。・・・それよりお前、どうやって２階に上るんだ？階段でも探すのか？」
「ンな悠長なことしてられっかよ。おい、ちょっと肩貸せよ」
“ちょっと顔貸せよ”となんら変わらない調子で言われ、渋々ながらも将之は左京に右肩を貸した。
勢いをつけての跳躍は、将之の肩の助けもあって高く跳び、難なく２階の窓を突き破った。
ガラスの割れる音が大きく響き・・・
「あいたたた・・・」
「大丈夫か！？」
「大丈夫なわけねーだろーがよっ！いてぇっつてんじゃねぇかっ！」
少々高い、甘めの声でそんな憎らしい言葉が聞こえて来る。
そんな事を言ってるうちは大丈夫だろうと、それ以上は何も声をかけずに将之は目の前にある扉に手をかけた。
あまり手荒に開ければ外れてしまいそうな扉に、慎重な手つきでゆっくりと開けていく・・・
長く続く廊下は、先が見えないほどに果てしなかった。
床は今にも朽ち果てそうで、果たして自分が乗っても大丈夫だろうかと恐る恐る右足を乗せる。
ギシリと床の悲鳴が響き、それでも何とか体重を支えてくれているらしい。
けれど、あまり大立ち回りをしてしまったらバキリと嫌な音を立てて抜けてしまいそうなのもまた事実だった。
なるべく慎重な足取りで将之は奥へと歩を進めた。
・・・右手に見える穴の開いた障子の向こうには畳の部屋が広がっていた。
不思議な容姿の妖怪が多いが、残念ながら将之は妖怪の名前は得意ではなかった。左京がいれば分かるのだろうかとふと思いかけた時、足元に小さな妖怪が走り出してきた。
あまり可愛くないそれは、確かに前回見た魍魎となんら変わらない姿だった。
将之は風鳴と神楽を構えると、魍魎の上に振り上げた。
グシャリと言う、あまり気持ちの良くない肉を切り裂く感触に顔を顰め・・・
次から次から、降って湧いたように魍魎が廊下に姿を現すとこちらに襲い掛かってくる。
左右に持った刀を振り回して応戦するものの、数が凄い。
このまま一気に蹴散らしながら奥まで進むか、それとも・・・逡巡した将之の耳に、聞きなれた怒声が飛ぶ。
「なにグズグズしてんだよ！ンな雑魚なんかご丁寧に相手にする必要なんてねーだろっ！」
「左京！？」
「名前呼んでる暇があんだったらとっととこっちに来いっ！」
顔を上げれば、左京が廊下の一番奥で魍魎相手に苦戦していた。
左鬼が残像を描きながら、右へ左へと凄まじいスピードで振り下ろされている。
将之は右から襲い掛かった魍魎を払いのけると、足元に注意しながら一直線に左京の元へと走った。
「ダーリンったらグズグズしてるのね」
「誰がダーリンだ・・・」
「んじゃ、ハニー？」
「言っとけ！それより、どうするんだよ！囲まれるぞ！？」
「そこに逃げ込めばいーだろ？」
左京が指差す先には、今まで見て来たものとは違う、綺麗に貼られた障子の扉があった。
薄い紙越しに感じる禍々しい妖気に、将之が顔を顰める。
「こん中に入ったら、挟み撃ちになるじゃねぇか」
「・・・バーカ。なんねーよ」
本当に口の悪い男だ。
そう思いかけた時、突然左京が扉を開いて将之の背中をドンと強く押した。
強くと言っても、それほど強いわけではなかったのだが・・・不意をつかれた将之がよろめいて崩れる。
酷い腐臭と血の臭いに染められたその場所は、いつのものとも知れぬ白骨が転がっていた。
畳の床だろうと想像が出来る部屋のつくりだったが、床には一面に色褪せた着物が敷かれていて畳は見えない。
将之の背後で、バチリと言う音が響き、顔を上げれば左鬼が障子に封印を施した後だった。
「なるほどね、確かに挟み撃ちになんてならないな」
『そんな事より、来ます』
左鬼の言葉に顔を上げれば、暗がりから鬼一口が姿を現していた。
その名のとおりの巨大な口には黒く固まった血がこびりついている。
鬼一口が目の前に現れたご馳走に前進し・・・その速さに驚きつつも、左鬼と将之は右へと回避する。
「随分素早いな・・・」
『前進だけは』
「なんだって？」
『前進だけは脅威のスピードですが、それ以外は大した事はありません』
左鬼の言葉どおり、鬼一口は前進以外の動きはいたって愚鈍だった。
目の前から消えてしまったご馳走を探そうと右に顔を向け ――― 呆れるくらいにゆっくりとした動きだ ――― 将之と左鬼の姿を見つけると凄まじいスピードで前進する。
『あの鬼の動きをひきつけることは出来ますか？』
「ひきつけてどうするんだ？」
『封印します』
そう言って取り出したのは、紫色の玉だった。
前回、戦闘が終わった後に取り出して全てをその中に収めた・・・あの玉だ。
「そんな事するより、倒した方が早くないか？」
『出来るのでしたらどうぞ？』
“お前には出来ない”暗にそう言っているような表情だった。
・・・面白くない。
将之はそう思うと、風鳴と神楽を構えて鬼一口の方へ飛び出した。
まず風鳴で鬼一口が伸ばした手を払い、次に神楽を無防備になった頭に突き刺し・・・・・
キィンと、高い音が響き、神楽を持った手が吹き飛ばされた。
「硬い・・・！？」
驚いて床に着地した将之の足元で、着物が乱れる。
それに足を取られそうになるものの、何とか体勢を整えると反撃を開始する鬼一口から逃れるために体の向きを変える。
繰り出される手を何とか掻い潜り・・・風鳴と神楽を十字に合わせると鬼一口の腕を止めた。
赤い手が将之を押しつぶすべく力を増していく。
グっと奥歯を噛み締め、腕と足に力を入れるが、体重をかけようとする鬼の力に勝つ事など到底出来ない。
・・・このままでは押しつぶされてしまう
そう思った時、鬼一口の背後から真っ白な光が降り注いだ。
あまりの眩しさに目を閉じれば、手に掛かっていた重みがふわりと消え、突風の合間にパチリと何かが弾ける音が響いた。
ゆっくりと目を開ければ、そこには鬼一口も褪せた着物も、白骨も何もない原っぱが広がっていた。
『お疲れ様でした』
左鬼が素っ気無くそう言い、ふっと目を閉じる。
倒れこみそうになる左京の体を何とか支えると、風鳴と神楽を脇に置いてその意識が戻るのを待った。
≪ E N D ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
1555 / 倉塚 将之 / 男性 / 17歳 / 元高校生 / 怪奇専門の何でも屋
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『東京百鬼夜行 ＋屋＋』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、続きましてのご参加まことに有難う御座いました。（ペコリ）
戦闘重視で捜索カットと言う事で、いきなり妖怪屋敷からのスタートになりました。
左京の性格が軽くなっていますが、同い年の男の子と言う事でじゃれているのかと・・・
こんどじゃれ付いてきたら、ガツンと一言言ってやってください（苦笑）
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
|
|
 |
