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<東京怪談・PCゲームノベル>


セレナ・ラウクードの一日








 ――――ゆっくりと、木々の中を歩く白い魔術師。

          彼の咲かせる笑顔は、いつも通り何処か微笑ましかった。







【1】


「うーん……少し困った、かしら?」


 その日、秋月・律花は―――すっかり慣れた諧謔空間の中で、困ったように小首を傾げていた。


「…ああもう、後々の行動に支障が出るなんて。まだまだ未熟なのかなぁ」
 はぁ、と洩らすその嘆息にも、実のところ見えるのは疲労の色。
 ……イメェジを即座に頭の中へ浮かべ、いつものようにこの空間に来たのは良いのだが――――

(指摘されるし、自覚もあるんだけど……癖とか性質って、中々直らないのが常なのよね)
 
 ………やはり疲れていたのだろう。
 図書館の閉館時間まで文献検索に粘り、家に帰るのが面倒になって、そのまま借りた本と共に近くの漫画喫茶―――よく覚えていない。もしかしたらファミリィレストランだったのかも知れないが―――へ飛び込んだのが、昨日のことだったか。
「……ちょっとだけ、反省かな」
 少しだけ仮眠して、講義に出て。
 更に図書館へ。
 ……出てくる時には、当然のように本も借りていて。


『これは忠告なんだけれどね、秋月君。君は少し―――』


 ……少しは行動力に制限をかけるように、と注意される学生も稀有な存在なのだろうが。
 ともあれ、そのまま『諧謔』へ訪れようとして―――
「少しだけ、ギャップが現れてしまった、ということかしら……困ったなぁ」
 ―――つまりそういう経緯でイメェジがズレてしまい、いつもとは違う地点に立っている律花であった。
(まぁ、問題は無いと思うんだけど…)
 それでも、この空間の要点は掴んでいる律花である。
 慌てず、自分の行きたいところをイメェジして進めば、多少の遠回りはしても確実に至れる。
「……ふぅ」
 ただ、己のミスは少しばかりショックなのであった。


「ええと、巴さんに借りたい本は六冊で、セレナさんに借りたい本は五冊。名前は……」

 因みに、ぶつぶつと歩きながら呟くのは―――この後使うであろう情報の確認であり。

「あれは……ダリア?ううん、駄目。後で確認しないと……」
 次いで首を傾げつつ見るのは、道端に咲く花である。
 ……知識人にとって、「何」「何故」に代表される思考を絶えず行う努力は必要なものだ。



「えーと、花って言えば日本では華道?日本の三大華道……そもそも起源は……ふむ……」




 もっとも。
 彼女の場合は、意識せずにそれを行っている可能性が、非常に高いのだが。






【2】

「あれ?律花君、こんなところで珍しいね」

 セレナ・ラウクードに呼び止められたのは、歩き出して数分後のことだった。

「あ、セレナさん。こんにちは」
「うん、こんにちは」
 いつものように白いコートを着込んで歩いていた彼は、いつものように微笑してきた。歩きながら空を流れる雲に視点を定め、雲の種類を全て言えないことに気付き必死に思い出そうとしていた律花―――つまるところ、彼の接近に気付かなかった訳だが―――も、慌てて返事を返す。
「で、どうしたんだい?『諧謔』に行きたいなら…」
 不思議そうに首を傾げて、彼は自分の背後をくい、と片手で示した。
 つまり、それは彼が来た道であり――
「……普通はあっちの方から来て、こちらには来ないと思うんだけど」
「いや、これには……その、非常に深い訳がありまして」
「寝不足?」
 すばりと訊かれ、ぴくり、と一瞬律花の肩が震えた。
 だが、この程度の質問何するものか。律花は鉄の自制心で言い逃れを続ける。
「……いえいえ。非常に深い訳が、あるんですよ」
「ああ、やっぱりそうなんだ。若いからって無茶をしすぎると、歳を取ってからが怖いよ?」
「いや、そのですね」
「うーん、律花君の観察日記とか面白そうだよね。とにかく、身体には気を遣わないと駄目だよ?」
「……………………………………………………はい」
 作戦失敗。
 あまつさえ、ポケットに常備しているらしい霊薬を渡されてぽん、と肩を叩かれてしまった。





「セレナさんは、これから何をしに行かれるんですか?」
「ああ、僕?うん、これからちょっと森の方へね……」

 ―――聞くところによれば、彼も巴も割りと頻繁に森を訪れるのだそうだ。
 成程、言われてみればその行動には合点が行く。なにしろこの空間はファジィの極地であり――魔物の住む森、などと定義された場所があったなら、およそ古今東西に存在を確認された多種多様な存在が跋扈しているに違いない。或いは、多くの宝や貴重品も。

「この間なんかさ、巴と探索しているときに郵便局を見つけたよ」
「え!?それ、機能してたんですか?」
「いや、中は水族館だった。イルカが黙々とショーの練習をしていたよ」
「……そうですか。イルカさんも大変なんですね」
 ともあれ、妙な空間であるということは理解した。
 ……好奇心の塊であるところの律花にすれば、非常に魅力的な世界であることは言うまでも無い。





「因みに、律花君」
「はい?」
「今のはジョークだ」
「ああ、水族館じゃなくて動物王国だったんですね?」
「む」




 歩みは止まらず、木々は景観の多くを占めるようになった。
 ……二人の速度は落ちない。或いは、行く先に疑問を抱かない。
「あ、そういえば考古学の実習なんかはもうしているのかい?」
「ええ。そもそも、私の場合は既にボランティアで発掘作業もやっているんですけどね」
「へぇ。でもまあ、最初に君が希望していたのは歴史学だったっけ?どうして変えたの?」
「それはまぁ……あるでしょう?民俗学の人が人類学へ、とか」
「神学から哲学へ、とかね?古い例で、」
「―――ハイデガーですね」
「くっ、そうやって言い当てるとより格好良く見えるね律花君……!」
「あ、自分で言いたかったんですか?」
「ははは、まさか」
 淡々と繰り広げられる会話には、悪い意味の隙が無い。
 或いはボケであると判断し、すかさず突っ込みを入れてくる律花である………
「……考えてみたら、確かに神仏習合も宗教的シンクレティズムですよね?」
「その辺りは巴が大好きでねぇ。まあ、違うんじゃないか?なんていう向きもあるし……ただ、修験道なんかは間違いなくその属性を帯びていると思うけど」
「ああ、役小角ですね?」
「そうそう。まあ、でも―――」
 
 ……総じて、聞こえてくるのはアカデミックな雰囲気を気取れる類のもので。
 こくこくと頷くセレナは言うまでも無く、律花は一層集中して論議しようと努め始める。
 その、彼女の集中力たるや―――
「仏教を始めとする外来宗教は、在来の粗野な宗教に形式を与える……という理解で、良いんですよね?」
「うん。まあ、普通思い浮かべるシンクレティズムは…諸国へのキリスト教布教だろうね。君はそっちのが?」
「一応、専門に定めているフィールドは東アジア圏ですけど……宗教関係は興味深いですよね」
「んー、それは同意できる。神話構造とかね?」
「ええ、それも確かに!」
 うんうん、とセレナが頷く。
 ………そして、ついに。
「あ。そういえば、律花君も探索に来るかい?」
 口にした。
「え…」
「歩いている内に、森の入口にも近付いてきたしね。どうする?」
 セレナに言われて、初めて気が付いたというように律花が周りを見回した。
 言われてみれば―――成程。自分は、結果として歩いた距離をセレナとの会話でほぼゼロにしていたらしい。最初に自分が立っていた地点と、既に自分の居る場所は殆ど同じ場所だった。
「ああ、いつの間にか戻って来てる!?」
「はっはっは。さあ、どうする?君にとって、魅力的な土地の筈だが……」
「……そ、それは認めますけど」
 確かに、セレナの提案は魅力的だった。
 学問の徒は、時に研究の為に睡眠時間を削ったり、食事を一日一食にする用意がある……
(でも……)
 しかし、森の中において自分はセレナの足手まといではないのか?
 冷静な思考は、自重せよと警句を告げてくる―――
「この間なんか、でっかい遺跡を見たよ。疲れていたから入らなかったけど」
「む」
「しかも東洋系」
「…むむむ」

 ああ、けれど彼の言葉は魔力に満ちているのではないだろうか?
 警句など知るか、と、自分の思考の少なくない部分が反抗を始めている!
「い……いやいやいや。でも、やっぱり駄目ですよ。足を引っ張ってしまいますし」
「心配ない。僕が―――必ず。絶対に君を守るよ」
「……セレナさん。そういうことを、気軽に真面目に言わないで下さい」
 白い魔術師は、ひたすらに紳士を貫き通す。
 ………彼はもう少し、場の雰囲気や話す対象を考えた方が良いと思うのだ。
「いや、そんなことを言われてもねぇ。ひょっとして僕、またお株を下げた?」
「いえ。別にそういうことではないんですけど…」
 しかし―――迷う。
 異端と触れる機会が多い故に、彼女は死や危険に敏感な深奥を持つに至った。


 自分は、この申し出を受けても良いのだろうか?
「えっと……」
「うん?」
 彼女が、答えを口にしようとするまさに一瞬前。
 ――――何処からともなく現れた木の枝が、彼女を縛り空へ追いやった。
「え?えええええ!?」
「っ、僕としたことが……!」
 二人が驚愕し、同時に視線を滑らせれば―――そこには、木が。
 ただし樹木子と呼称される妖怪が、笑いながらこちらを見ていた。
「樹木子……!?人間を襲って血を吸う妖怪です!」
「凄いぞ律花君、変なところで冷静だ……!」
 ツッコミを入れながら、しかし内心セレナは舌打ちしていた。
(もう大分この空間に住んでいるが……出鱈目だ!)
 此処は、森の入り口の更に手前。妖怪魔物の類はまず出ない筈だ。
 ―――それなのに、今回目の前に居る妖怪の格はどうだろう。見た目は木であっても、おそらく相当な魔力耐性を持っている。無論、一撃で屠る魔術はあるが――論外だ。おそらく火には弱いのだろうが、それも使いどころが難しい。
(彼女は友人だ)
 彼が一度認めた者に注ぐ情は、厚く深い。
 例えば自分が彼女ごと妖怪を倒したら、相棒は自分に死ねと吐き棄てるだろうし、それは当然のことだ。
「セレナさん、すみません……」
「いや、今のは完全なイレギュラだよ。むしろエスコート不足な僕の所為だ……紳士失格だね」
 律花へ注意が行かぬよう、魔術で牽制しながら彼は敵の攻撃を回避し続ける。
 

 そして、静かに笑んだ。

「待っていてくれ、友人。すぐに助ける」
 動く彼は、ひたすらに速い。敵は枝を無数に生やして追撃するが、一つとして当たらない。
 ただ、状況は変わらない。
「……」
 ぎり、と歯噛みして律花はそれを見る。
 セレナは自分を助けると言ってくれている。それは素直にありがたいことだ。
 だが、自分は。
(考えないと。知識だけの人間に意味は無い。同時に醸成された知恵を……!)
 自分の在り方は、震えて助けを待つだけの人間で良いのか。
 彼女は即座に否定する。自分は、これ以上彼に迷惑をかけない。

 そして、出来るなら援護を。負担を減らしてやらなくてはならないのだろう。

「……」
 状況を確認する。敵を見て、セレナの性能を見て、自分の出来ることを考える……
「………!」
 そしてすかさず、持っているコンパクト、ルーペ、それに類する物を探し始めた。





「“Es ist vortrefflich, es ist grün”」
 閃光が、敵の枝を数本一気に削り取る。
「くっ、埒が明かない……!」
 舌打ちして、セレナは動き回る。
 少しでも。
 些少でも。
 一ミリ程でも。注意はなるたけ多く、こちらに向けさせなければならない。
(いざとなれば、身体強化を魔力枯渇の極限まで上げて―――否、最早使わねばならぬ)
 一瞬で決心して、彼は再び敵と律花を見る。
「……」
 そして、彼は目撃した。
(ああ。それはとても、君らしい)


 ―――手荷物で火を起こし、敵の枝を焼き切って落下する律花を。



「よし、これで……!」
 光を収束させて、枝を焼き切る。
 口に出せば義務教育中に理科で学ぶそれだが、実戦で素早く行えた彼女は賞賛に値するのだろう。
(それで、下まで何メートル!?)
 敵からは脱した。
 だが、その代償は少しばかり痛いことになりそうだと―――嘆息しながら覚悟を固める。
 実のところ、ある程度以上の高度から落下すると、その浮遊感は不安を誘発する……
「ああ、今日は反省することが多いなぁ……」
「いや、君は立派だと思うよ?」

 そして、しっかりと誰かに抱かれる感触を覚えて安堵した。
「セレナさん!」
「ふ。良いね……女性は、否、人はかく在るべきだ」
 彼はにっこりと微笑みながら、地面に着地すると同時、常軌を逸した速度で敵の射程から離脱する。
 ゆっくりと、そこで律花を降ろした。
「さあ、次は僕が頑張る番だろうね」
「ええ、頑張って下さいね」
「御意。では、ケレン味たっぷりの終幕を見せてあげよう」
 ふ、とそこで身体強化の呪文が解かれ、彼の容姿には不似合いな刀が抜かれる。
 彼は、そのまま敵へと歩いて行った。
「オオオオオオオ……!」
「遅い」
 途中で数十の枝に襲われたが、全てを等しく、一瞬で切り捨てる。
 ……ゆっくりと、彼が手を翳す。
「よくも僕の友人を巻き込んでくれた。万死に値するぞ、外道」
「オ」
「――――“Explosion der Extremität”」


 そして―――爆音と爆発が、森を満たした。






【3】

「さて、終わった終わった。疲れたねぇ?」
「そうですね…」 
 うーん、と大きく伸びをして呟くセレナを見て、律花は楽しそうに笑った。
 ……正直、やはり魔術とは興味深いと思う。凄まじい爆発だった。
「ふむ、何だか一段楽しちゃったなぁ。律花君、『諧謔』でお茶でも飲む?」
「あ、良いですね…それじゃ、お邪魔していいですか?」
「うん、勿論だ。巴も唯も喜ぶ」
 消し炭すら残っていない敵との戦闘跡を跨ぎながら、目的地が決まったと頷いてセレナはさっさと歩き始める。当然のように、律花もやや遅れてそれを追った。
(うん、まあ……)
 ……到着の時点からして、今回は色々と問題があったが。
 それでも―――今日という日は、中々に悪く無いと、彼女には思えた。


「あ、見えてきたね」
 神話構造について会話をしていたら、あっという間に宿が見えてきた。
 ずぼらなもので、セレナは食事を摂っていなかったらしい。
 可笑しいですね、とそれを笑った三秒後に―――自分も同様であることに気が付いた。
「まずは昼食かなぁ。律花君は……食べる?」
「頂きます」
「うわ、即答したね」
 食事はちゃんと摂らないとね、とセレナが笑う。全く以ってその通りだ。
「さ、今日は和食かな。洋食かな」
「セレナさん」
「ん?」

 そして、最後に。
 玄関に到着し、戸を開けようとするセレナへ律花は声を掛ける。

「今日は、中々に格好良かったですよ?」

「……ふふ、そうかい?ありがとう」

 戸が、閉まる。
 ―――そして彼女は、いつものように黒い退魔師に、青い女将と談笑しつつ、疲れを癒した。
 結局今回、律花は興味の対象が沢山あるだろう森には足を運ばなかったのだが……





 ―――――それでも良い一日が過ごせた、と思えたのであった。

                                <END>







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6157 / 秋月・律花 / 女性 / 21歳 / 大学生】







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■         ライター通信          ■
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 秋月・律花様、こんにちは。
 ライターの緋翊です。この度は「セレナ・ラウクードの一日」へのご参加、ありがとうございました!


 さて、今回は辛党な駄目魔術師のセレナをご指名という事で、彼とのやり取りを中心に書かせていただきました。律花さんのように利発な女性と並べると益々駄目っぷりが強調されてしまい、頭を抱えながら執筆に当たらせて頂きましたが……(苦笑)

 今回は妖怪などのシチュエーションも指定されておりましたので、そこに焦点を当ててダメ男の烙印を押されたセレナが汚名返上出来るようお話を作らせて頂きましたが―――如何でしたでしょうか?うちのセレナが、律花さんの信用をある程度は取り戻せていることを切に祈るばかりです(笑)


 もう一件受注を頂いた「汐・巴の一日」は未だ製作中です。
 申し訳ありませんが、今暫くお待ち頂けるようお願い申し上げます。



 さてさて、楽しんで頂ければ本当に幸いです。
 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。


 緋翊