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<東京怪談・PCゲームノベル>


汐・巴の一日








【1】


「わぁ……」

 ―――秋月律花は、秋にも関わらず咲き誇っている桜を見て感嘆の吐息を洩らした。


「面白いなぁ。この間来た時は、葉桜だったのに……」

 彼女がうきうきと歩くのは、お馴染みの諧謔空間。
 咲き誇る桜の傍らには、葉を殆ど落とした裸の木がひっそりと立っているし―――その向こうを見れば、和風の景色の中で何故か古びたバス停が在ったりして。
 相も変わらず、曖昧な雰囲気を売りとしている場所だった。
「♪」
 そんな中で、彼女が向かうのは『諧謔』の名前がそのまま冠せられた旅館。
 式神使いの女将が切り盛りし、二人の術師がその邪魔をしている場所である。
「えーと、上の十冊がセレナさんで、下の九冊が巴さん、と……」
 ……彼女が持つのは、約二十冊の本。
 更に言うなら、小一時間で読めるペーパーバックではなく―――人を撲殺できそうな専門書だ。
 そして―――
「鞄の中にあるのは、十四冊……えーと、こっちの割り当てが……?」

 彼女はそこで、終わらない。
 肩にかけるショルダーバッグには、二人と―――唯に貸すと約束していた本が入っている。
 特に自分とそう歳の変わらない女将の友人は、他の面々に比べて読書狂では無い分選ぶのが大変だった。


「あ、見えてきた。あの旅館だけはイメージすれば到達できるんだから、不思議よね……」
 律花は、目的地へと足取りも軽く進んでいく。
 基本的に暇人揃いの旅館だ。外出して居ないイレギュラーがあろうと、最悪唯は居るだろう。
 そんな風に思いながら、ひたすらに歩いていくと―――

「あれ、律花じゃないか。どうしたんだ?」

 こともあろうに、自分の頭上から聞き慣れた声が降って来た。
「え…」
 素早く彼女は顔を上げる。
 ……するとそこには、笑顔で手を振る汐・巴の姿が、『桜の木の上に』認められた。
「…巴さん?」
「おう!」
 ―――いや、そんな元気の良い返事が聞きたいわけではないのだ!
「何を、やっているんですか?」
「うむ。いや、ちと野暮用で森に出向こうと思ってな」
「……そうですか」
 成程、と言って彼女は暫し考える。
 ―――それだけの言葉で足りると思っているのか、それとも純然たる馬鹿なのか。
(どちらもありそうだけど…)
 少しだけ考えて、彼女は再び顔を上げた。
「それで…桜が綺麗で、近くで見たいから桜の木を飛び移りながら移動してたんですね?」
「おお、よくもまあそこまで考えが捻り出せるものだな」
 まあ、正解だけどさ――と、微笑しながら巴が目の前に飛び降りてくる。


「森については、知っているか?」
「ええ、まあ……」
「そうか。面白いぜ?律花も来ないか……っと、まずはこの荷物を旅館に置いてくるのが先かな」
「いや、そもそも私じゃ足手まといじゃ、」
「よし、此処は紳士的にそのショルダーバッグをおおおおおおおおおお!?」
 任せろ、と律花の荷物を持とうと彼女の肩からバッグを受け取ろうとして―――
 巴の手が、『沈んだ』。
「あ、それ、結構重いですよ?」
「……うん。もう少し早く教えて欲しかったな」
 凄く良い笑顔で呪文を唱え、筋力を強化した巴は再び荷物を手に持つ。
 大丈夫ですか?とむしろ此方を心配してくる律花に、思わず巴が――首を傾げる。
「なぁ、律花。君の腕力は、」
「私は普通の日本女性だから細腕ですよ?」
「いや、だが、その本を抱えてる膂力は何処から」
「細腕ですよ?」
「……そうですね」

 がっくりと肩を落として、律花に続いて巴は歩いていく。
 ……とりあえずは、律花の重い荷物を置くために『諧謔』へ行かねばならない。

(いやはや。やはり女性は―――)

 強かだなぁ、なんて心の中でしみじみ思いながら、彼は歩くのであった。






【2】


「へぇ。それじゃ、巴さんの目的のものは古文書なんですか」
「ああ」


 十数分後。
 かなり軽くなった身体に満足を覚えながら、律花は巴と並んで歩いていた。
「やはり、奥の深さでは普通の書物と比べ物にならんからな」
「ああ……日本語でも、分かりそうで分からない漢字なんかは面白いですよね?」
「うむ……当時は何かを伝えるための手段でしかなかったのに、時を隔てれば学者の注目対象となる……必然と言えば必然だが」
 黙々と進む先は、言うまでも無く―――彼が目指すのだという「森」。
 やはり行かない方が良いのではないか、と時々口を出すのだが……
「手に入ったら、後で読ませてやろうか?」
「うわあ、それは魅力的ですね!是非!」

 ………出すのだが。

「そういえば、この間神保町で君の専攻の教授に会ったぞ」
「良く分かりましたね?」
「ま、中々面白い御仁だったからな」
「……それで。巴さん、何か言いました?」
「うむ。一言、うちの律花がいつもお世話になっておりますと…」
「あはは、巴さん――――今度そんな馬鹿な返答したら殴りますよ?」
 同時に響く、鈍い打撃音。
「気をつけてくださいね?」
「ぐっ……既に殴ってるじゃねぇか……」
 崩れ落ちる巴に、どうしたんですか?と笑顔で訊いてくる彼女は―――
 さながら、何故か鬼か般若を連想させたのだが……それは多分、言えば怒られるのだと流石に気付いた。
「ふ、ふふ……肋骨を何本か持っていかれたな…」
「あ。そうか、一発じゃ目も覚めなかったんですね?」
「………うう。最近、律花が怖い」
 むっくりと起き上がって、彼は再び歩き始める。
 …何を言ったところで、やはり本質は戦闘者。彼が歩くその姿に衰えは無い。
「あの、それと私は足手まといになるので、森には行かない方が…」
「ははは、何言ってるんだ律花。今の一撃なら、並の妖怪の百や二百物の数では無いさ」
 
 ―――今度は、右ストレートが彼の頬を掠めた。

「……冗談は置いておいて。別に足手纏いでもないだろう?」
「いえ、ですから――」
「そういえば、君はもう卒論のテーマを決めているのか?」
「え?あ、それでしたら……」



 そう。
 足手まといでは、という疑問は口に出すのだが―――巴は、意外と話術に長けていて。
 微妙にはぐらかされたまま、二人は進んでいくのであった。






【3】



「……つまり、ケルト人という単語で括られる範囲は余りにも広くて、曖昧なそこに汎ケルト的な要素は少なかった―――というのが実情なのだろうな」
「そうですね。それに同じ言語を話していたからと言って、全て同じ枠にはめて良いかと言う意見も…」
「む。その立場に立つと、そもそも一般的な括りも結構危ういか?」
「ええ…」
 
 ―――気付いた時には、既に成長した木々が周囲に目立ち始めていた。

「ケルト人はロマンですよねー……代表的なのはラ・テーヌ文化やハルシュタット文化でしたか?」
「いやー、でも、当時のローマ人たちからすれば目を剥く慣習も多かったぜ?」
「えーと……それは、例えば人頭崇拝とか?」
「人の頭とは、彼等によれば魂の宿る強きものだからな……時には黄金よりも価値があったとか」
「ううん……それ。確かに不気味な感じは、ありますよね」
 そう、二人が歩いている足元を見れば、背の高い草は大分目立つようになったし―――
 木々が空を塞ぐ森の中は、当然の如く普通の空の下よりもずっと暗い。
(……あれ?)
 そんなことを自覚して、ようやく律花は気付くのだった。
「っていうか、もう森に入ってませんか!?」
「入ってるよ」
「あっさりと返答しないで下さい!」
 がー、と事実に気付いて怒り出す律花に、巴はあくまでも落ち着いて返答する。
「落ち着けよ律花。というか、君がインド・ヨーロッパ系統の文化と日本のそれに果たしてどれだけの共通点を見ることが出来るのか、という―――いや、違うかも知れんが概ねそんな感じの―――題目を話題に出したときには既に森の入り口に入っていたし……君も気付いていると思っていたのだが?」
「人の「無理です。行けません」っていう言葉をかわし続けていた人が言いますか、それを……!?」
 何を考えているんですか、と睨む律花に、流石に頬に汗を浮かべる巴。
 ははは、と笑いながら、降参のポーズで彼女を説得する彼であるが……。
「正直、君はこちら側の感触を『肌で知っている』からな。深部で無い限り大丈夫だと思ったのだが……」
「だが?」
「えっと、その……嫌だったか?」
「……」
 一転して、叱られた子供のような目でこちらを見てくる。
 はぁ、と律花は嘆息した……そんな顔をされては、怒鳴るわけにもいかない。
「それじゃ、私では逃げ切れない敵が出てきたらどうするつもりだったんですか?」
「いや、その位の匙加減は心得ているし―――その場合は、俺がお前を守る」
「……巴さん。そういうこと、真面目な顔で言わない方が良いですよ」
「あ……すまん。もしかしてまた俺は、君の中での評価を…下げたか?」
 真面目な面持ちで正面からこちらを見据え、次の瞬間には申し訳無さそうな顔。
 ……本当に、その真摯過ぎる態度は時と場合と場所を考えて欲しい、と思う。
(前も、こんな場面に遭遇した気がするけど…)
 ともあれ―――今はそんなことを思っている場合ではない。彼女は即座に思考する。
「ふぅ……」
 そして、こめかみを人差し指で押さえながら、律花は『年上の、大人である』筈の巴に指示を出した。
「仕方ないですね。とりあえず、一度引き返しましょう。挑むなら挑むで、準備が――」


 ……だが、それでも。
 二人は行動の指針を変更するのが、ほんの少しばかり遅かったのだ。


「律花!」
「っ―――ええ!」
 視線をかわす時間は、まさしく一瞬。
 気取った気配に次の行動を決定し、「それ」に近い位置にいた律花が咄嗟に飛びのく!
「巴さん、今の気配って……」
「ああ。すまんな、律花。どうやら少しばかり遅かったようだ」
 自分の傍らにいる彼女に素直に謝りながら、彼は前方から視線を外さない。
 ―――やがて、森の影の向こうからにじり寄ってくる「敵」の姿を二人は見る。

 それは――――

「あれは確か……」
「セイレーンですね。ギリシア神話等にその存在が確認できる怪物……」
 目を細める巴に、即答するのは律花。
 ―――そう。二人の目の前に出てきたのは、上半身が女性で下半身が鳥という怪物。
 セイレーンと呼ばれる、見目麗しき人外だった。
 上半身だけを見れば美しいそれを前に、けれど巴は舌打ちする。
「ち、普通の化物より厄介だな……律花、君は」
「はい?」
「ああ。とりあえず敵の攻撃は分かると思うが―――」
 巴が焦るのは、セイレーンの真骨頂がその「歌声」にあるからに他ならない。
 普通の敵なら、巴が盾となれば問題無い。だが、声という攻撃手段は些か―――
(些か……面倒だな!)
 そんなことを考えながら巴は律花へ視線を移して、

「あ、もう距離は取ったし対処もしましたよ。巴さんに攻撃はお任せしますね」

 既に耳栓をして対処を完了している、たくましい女性の姿を見た。
「……君は」
「あ、これですか?丁度消しゴムがあったので作ったんです。手先、結構器用なんですよ?」
「そ、そうか……早業だな……」
 すっかり対処を完了している彼女を見て少し肩を落としつつ、彼は気を取り直して正面を見る。
 ……微妙に、むぅ、と唸りながら。
「君はどうも、か弱い姫とそれを守る騎士、という構図の逆に居るな」
「嫌ですか?」
「いや。そういうところは好きだよ」
 
 そう。あとは、自分が戦闘を終わらせるだけだ。
(まぁ―――本当に。何とも君らしい行動だよ、律花)
 心の中だけで呟いて、彼はバスタードソードを抜いた。
 そして同時に、彼女に向かって小さな板片を放り投げる。
「これ、一応お守りだ」
「これは……アミュレット?しかもこれ、ルーンですか?」
「セレナに叩き込まれた技術の産物さ。俺もあいつも、時々こうやって人にあげちまうからストックはあるんだ。レアリティが低い代物ですまんな、友人」
 ひらひらと手を振りながら、彼は進む。
 ―――こちらの実力が分かるのか、セイレーンの顔が緊張を帯びる。
「サポートは要りますか?」
「欲しいな。だが今日ばかりは俺が一人でやらせてもらうよ、律花」
 距離が離れて聞こえづらくなった彼の返答は、しかし緩やかな拒絶だった。
 ……次いで、ゆっくりと彼が振り向く。
「君を守ると約束した。最近は格好悪い処ばかり見せていたから―――汚名を、返上させてくれ」

 その顔は、断じて笑顔であった。


「さぁ……覚悟は良いか?長引かせるつもりも無いんでな」
 
『ッ―――!!』
「オーン」
 警戒して放たれる「彼女」の歌声も、低く響き渡る巴の声が掻き消してしまう。
 巴は、小さく意味ある真の言葉を紡ぎながら―――揺らがなかった。
『!!』
「……ほぅ。芸達者だな」
 普通の攻撃では効かないと判断して、敵が簡単な魔術で攻撃してくるが……それも意味が無い。

 そう、術での戦闘となるなら――それは既に、術師のフィールドである。

「悪いが終わりだ……この後、俺は友人の機嫌を直すために何か奢ってやらねばならんのでな」
『ラ、』
「遅い!!」
 一気に間合いを詰めて、西洋の剣を手に退魔師が敵の姿を射程の内に捉える。
「ふっ―――!」
『ア…………、』
 鋭い呼気と共に打ち出された巴の一撃は、セイレーンに悲鳴すら上げさせないままに打倒を完了した。
 ゆっくりと敵が崩れ、そして泡とも粒子ともつかないモノになって消える―――。

「まさか陸地でこいつに遭遇するとはな……分かっていたが、やはり曖昧な空間だ」
 まだまだ俺も甘い、と言いながら彼は律花のいる場所にまで戻ってきた。
「さて、それじゃ帰ろうか、律花?」
「巴さん」
「う……なんだよ、まだ怒ってるのか?」
「いえ、そうじゃなくて……あれ。あの、セイレーンが消えた処を見て下さい」
「え?」
 驚いたように、彼は再び背後を振り返る。
 確かに……セイレーンが消えた後に、何かがある。巴は慌てて「それ」に近付いて、見た。
 ――――それは、果たして。
「おいおい……これ、古文書か!?」
「みたいですね。日本語じゃ、無いみたいですけど……」
「だな。言語の「感じ」は理解できるが、良く分からん……いや、素晴らしいぞ律……」
 嬉しそうに本を拾おうとして―――
 けれど、そこで巴の動きがぴたりと停止した。
「?巴さん、どうしたんですか?」
「……ふ」
 訝しんで律花が顔を覗きこんでみるが、彼は『何かを諦めたような表情で』本を見詰めるだけだった。
 ……彼は無言で、自分にその古文書を渡してくる。
「あ」
「……そういうことだ」

 そして、その本が湿気で読めない代物であることを理解した。

「これは……確かに読めませんね」
「ま、こういうこともあるさ……それにな?」
「はい?」
「今日は、君が本を貸してくれるそうじゃないか。それで問題無いさ」
「あ……そう言えば、確かに持ってきてますけど」
 な?と巴は、こちらにウインク。
 言われてみれば、今日持ってきた荷物の中には―――自分のお気に入りが、数点入っていた。
「さ、それじゃ戻ろうか?もう唯が食事を用意している時間だ」
「ああ、良いですね…」

 互いに頷き、二人は出口へと向かい始める。


「……どうだった?少しは格好良かっただろう?」
「そうですね。まあ、今までのマイナスが千点あるとして――」
「ふむ」
「百点くらいは消せましたね」
「まだ圧倒的にマイナスなんだな!?」
「ふふ、冗談ですよ」
 その間の会話も、勿論楽しく弾んだものだった。
 これから宿に帰れば、此処に更に二名の知り合いが含まれるのだから―――

(この空間も、悪く無い)

 そんなことを思いながら、森の中を存外楽しむ律花だった。

「律花、その、最近君が非常に俺の対処法を心得ている気がするんだが……」
「気のせいですよ?」
「……そうかねぇ」



 そんな会話を繰り広げながら――――巴と共に歩く帰り道は、中々に楽しかった。

                                <END>







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6157 / 秋月・律花 / 女性 / 21歳 / 大学生】



・登場NPC
汐・巴





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■         ライター通信          ■
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 秋月・律花様、こんにちは。
 ライターの緋翊です。この度は「汐・巴の一日」へのご参加、ありがとうございました!


 さて、今回は同時に受注を頂いた作品のもう片方、甘党退魔師の巴のお話をお届け致します。
 セレナと比べても更に駄目人間なだけに、こちらも律花さんとの会話シーンはかなり悩みながら執筆させて頂きました。今回も律花さんの鉄拳制裁が光っております……本当に、このお話でむしろ評価を下げることにならなければ良いのですが……もう一人のセレナ共々、愛想を尽かされないことを祈るばかりです(苦笑)

 なるべくコンパクトな作品を目指しているのですが、今回もやや長めの仕上がりと相成りました。
 ―――果たして、巴と過ごした一日は如何でしたでしょうか?




 さてさて、楽しんで頂ければ本当に幸いです。
 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。


 緋翊