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<東京怪談・PCゲームノベル>


諧謔の中の一日










【1】



 ―――――その日。

 一人の天狗が、諧謔空間を歩いていた。



「あー……」
 意図せずに、だらしの無い呟きが口から漏れる。
(……むぅ)
 いかんいかん、と思い直し、彼――つまり諧謔空間を歩く天狗だが―――天波・慎霰は気合を入れ直す。
 そう。此処は折角の、先輩天狗もいない絶好の環境なのだから、と―――


 ………だが。

「あー……」

 少しだけ我慢してみたが、しかし三秒でその決意は決壊した。
 ……つまり、自分は相当に精神が参っているということだ。
「うう、こりゃ大分拙いな……」
 思わず頭を抱えて、彼は力なく呻く。
 ……厳密に言えば、参っているのは心というか、精神的な面が大きい慎霰である。
「くそっ、長に梢さんめ……ありゃ鬼畜だ。間違い無ぇ…」
 そう。
 彼が現在色々と疲労しているのは―――先日まで行われていた、先輩天狗の「愛の鞭」の効果に他ならない。
 梢という名の天狗に、山篭りに強制的につき合わされ。
 里へ帰ったと思ったら、何故か今度はテンションの高い里長にしごかれた。

『―――ほう。慎霰、貴様は三ヶ月間不眠不休で居ることも無理なのか?』

 そんなことをしようとする奴は、凄い奴ではない。
(……そんなの、ただの馬鹿だ)
 愛の鞭と謳われていても、その先端に棘やら鉄球が付属していたら―――たまらない訳で。
 勿論、里長のその修行決定に異を唱える天狗は居なかったし、



「と、巴さん!助けてくれっ!?」
「ふむ。確かにな」
「おお!」
「―――うむ。三ヶ月では、俺の想定の五分の一だ」



 唯一の部外者は、長を超越するほどに鬼畜だった。
「くそっ、見てろよ……いつか俺も愛の鞭を振るってやる」
 それよか新入りが入る方がずっと早いかなぁ、などと空想しつつ……彼は歩いていた。
 そして此処は―――そう、前述したように彼の里ではない。
「確かこの先……お!へへっ、俺の脳も優秀じゃねえか」
 何故なら、彼は骨休めのためにこの空間に来ているのだ………。

 竹林を歩く先。

 その遥か彼方に見えてきたのは、彼の目的地―――『諧謔』の名を持つ旅館である。

「唯、って言ったかな。優しそうだったし、何とかなるだろ」
 柔らかなイメージで彼の脳に刻まれているのは、そこの女将。
 今回は―――ぬかりはない。ちゃんと金銭も持ってきた。
(まぁ、多分……要らないのかもしれねぇけど)
 そんな、妙な確信を抱きつつ―――

「よぉし、行くぜっ!」

 彼は、目の前に見えるその建物に向かって全力で駆け出した。






【2】


「あら、貴方は……確か、慎霰さん?」
「よぉ、久し振り……ところで、梢さんいる?」
「?」
 
 上之宮・唯は、ちゃんと自分のことを覚えていてくれたようだった。
 喜ばしいと思いつつ―――旅館の「裏口」から顔を出した彼女に、慎霰は訊く。
「梢さんですか?いえ、残念ながら今日はまだ来ていらっしゃらないようですけど…」
「いや、全然残念じゃねぇって!そうか、そりゃ良かった」
「?…良いのですか?」
 不思議そうに首を傾げる唯に、彼は笑って手を振りつつ安堵する。
 んじゃ、と前置きをして、慎霰はずばりと本題に入ることにした。
「それで、唯……お前を見込んで頼みがある」
「あらあら、一体どうしました?」
「ああ……」
 急にかしこまる彼に、唯は頬に手を当てて小首を傾げる。
 おそらく、心の中では既に――頼られたからには、全力で答えねばならない、などと考えているのだが。
 慎霰は真面目な顔を崩さないまま、彼女を見据えて――

「頼む、飯を食わせてくれ!」
「…はい?」

 そんなことを、切り出した。





「いやー、美味い!美味すぎるぞこりゃ?!」
 
 そして、暫し後。
「いや、こりゃ手放しで褒めるぜ唯!!」
「あらあら、喜んで頂けて嬉しい限りですわ」
 居間で、涙を流しながら英気を養っている慎霰が居た。
「お茶はいかがです?」
「いる!っていうか米も呉れ!」
「はい」
 ――その様を、まさに怒涛の勢いと評しても異を唱える者は居ないだろう。
 とにかく、手品のように彼の前の食事は消えていく。



 そう、彼は最近まともな食事を摂っていなかった。
 梢との山篭り中は言うまでも無く、元々天狗の里では、贅沢な食事など望むべくも無い。
 加えて、過剰な修行が続いたのだから―――慎霰の困窮振りも推して知るべし、であろう。



「いやー、おい、今日の客はスゲェな…」
「そうだねぇ。まぁ、幸いこの場所は食料に困らない土地だしね?」
 因みに彼の対面で小さく笑うのは、この旅館に居付いている二人の術者。
 感心しつつも箸の勢いが衰えない、汐・巴とセレナ・ラウクードである。

「いや、こんなもん毎日食えるなんて――アンタ達は反則じゃねぇか!?」
「「はっはっは、いやまったく」」
「……っていうか、折角の料理人に毎日そんなもの作らせてんのか?」
「「はっはっは、まさにその通りだな(だね)」」
 異口同音に笑う彼等は、けれど異質。
 無論、その身体に纏う雰囲気も一級の実力を感じさせたが―――
「そうですねぇ、だから慎霰さんの食事はむしろ作りやすいですよ?」
「だろうな……」

 異質なのは、彼等の前に並ぶ料理である。

 片や、この食事だけで何キロの香辛料を使用したのか問いたくなる激辛の赤い料理で―――

 ―――もう一方は、この食事の糖分摂取だけで倒れるのではないかと言いたくなる、菓子の山だ。

「俺は甘党でな」
「僕は辛党でね」
「……とまぁ、こういう方ばかりなので、食事にお金なんか要りませんよ?」
「……ありがとう。っていうか、頑張れ」
 人としての領域を超越している両者の味覚に呆れつつも、慎霰は食事を進めていく……。






【3】

「ふぅ、食った食った…」
 そして、食後。
 手に日本酒の注がれた杯を手に、久々の食事らしい食事でご満悦な慎霰だった。
「しかし食ったなぁ……」
 今居るのは、縁側。
 夜に映える満月は言うまでも無く美しく、これ以上無い酒の肴である。
 そして――――
「あ、天狗だー」
「ん?」
「この前にも来た天狗だー」
「その後で梢と一緒に戻ってきた天狗だー」
「何故だかアザだらけで梢と帰ってきた天狗だー」
「…微妙に痛いところを突いてくる奴が居るな、おい!?」

 いつのまにか、様々な姿で周りを囲む妖怪の姿が在った。
「大人気だな」
「だねぇ」
 居間のほうで将棋を指しつつ、冷やかしてくるのは巴とセレナである。
「あのな?俺の名前は天波・慎霰!ついでに言うと弱く無ぇ!」
「慎霰、痛いー」
「うるせぇ!うりうりうりうり!」
 童のような姿の妖怪の頬をつねりながら――実はつねり返されているが――親交を深める。
 酒に酔っている所為もあり、妙にハイテンションな己を自覚する。
(いや、悪く無ぇけどさ)
 ともあれ、それは……
「……典型的なガキ大将タイプだな」
「うん、それは適切な比喩だ。はい王手」
「ぐっ!?」
 それは、確かに悪く無い時間の過ごし方なのだろう。


「えー?本当に慎霰って天狗かよー?」
「かよー?」
「あ?……おいテメエ等、何口走ってるんですかコノヤロウ?」
「……口調おかしいぞ、慎霰」
「ほっとけ!よーし、それならテメエのその身に分からせてやろうじゃねぇか!」
 さながら―――
 縁側を陣取って、(巴のツッコミにもめげず)宴はたけなわ、といったところだろうか。
 小憎らしいことを言ってきた妖怪の一人をびし!と指差して、彼は高らかに叫ぶ。
「う…な、なんだよ、戦る気か?」
「ふっふっふ、死よりも恐ろしい術で苦しめてやるよ……」
 言いながら、彼は一瞬目を閉じ、小さく呟いて「術」を紡ぐ―――
「せあっ!」
 裂帛の気合と共に相手へ送り出したその術は、

「おおっ!?」

 相手の簡素な和服を、ジークンドー御用達のトラックスーツに変え―――

「おおおおおおお!?」

 突如として虚空から現れた仮面を相手の顔に装着させ、無理矢理躍らせた。

「はっはっは!どうだテメエ等!?これでも俺が腑抜けで使えない駄目天狗だって言うのか!?」
「そこまでは言ってないー」
「「術を解いてぇぇぇぇぇ!?」」
 ぱちぱちと拍手する他の妖怪達に笑いかけ、被害者が絶叫する……
「慎霰ー、自分も自分もー」
「おお、面白ぇ!よーし、こいつは馬鹿師匠の目を盗んで開発した大技でな―――!」

「……おお、凄いね巴。今度は妖怪が、ハリウッド男優みたいなアメリカ人になったよ」
「うむ、面白い術を使う奴だな」
「ああ、君もああいう悪ふざけは好きなクチだっけ……うわ、今度は体調10メートルの怪獣か」
「お前も人のこと言えねぇだろ?―――おい、今度は慎霰が梢に変化したぞ。意味あるのかアレ」
「無いと思うよ?」

 ……とまぁ、こんな具合に。
 酒のご機嫌ぶりも手伝って、慎霰の新技発表会が始まったりもした―――





【4】

「……でな?その梢ってのは、本ッ当に鬼畜でなぁ」
「鬼畜ー?」
「そりゃそうだ。もうあんなの、天狗じゃなくてただの鬼だね、鬼」

 夜も更け始めるというのに、まだまだ慎霰の語り口は止まらなかった。
「あの天狗は絶対うちの里長とデキている。オレもやばかったんだよなあ」
「デキてるー?」
「ああ。そもそも、もう里長なんて男か女かも分からねぇけどな……」
「梢は変態野郎ー?」
「ああ、そうだぞ。だから近寄らないよーに。多分死ぬから」
「わかったー」

 本人が居ないので、あること無いこと(というか、後半は殆ど後者に属していたが)を妖怪達に吹聴しまくる慎霰。因みに、巴とセレナも書斎に引っ込んでしまった。
 いつもならブレーキがかかるのだが、今夜は格別の食事や酒の力が打ち勝ったということなのだろう…。
 だが――――
「な?だからよ、もういっそ廃絶運動とか起こしても良いと思うんだ俺は」
「梢は敵ー?」
「おう!」
「それじゃ、危ないねー」
「うん?ああ、確かに危ねぇ野郎だな!」

「―――たわけ。危ないのは己の窮地に気付かぬ貴様自身だ、慎霰」

 現れたそのプレッシャーに、ぴたりと慎霰の動きが止まる。
 ぎぎぃっ、と擬音の出そうなモーションで、無理矢理顔を下に向かせた。
「……」
 汗。
 汗が、いきなり噴出してくる。
「成程のぅ。中々面白いことばかり言うではないか?」
「……あの、いつからそこに?」
「ふふ、そうだのう。そもそも俺以外の天狗は全部馬鹿―――の辺りか」
(それ、殆ど最初の方じゃ…)
「はっはっは、そうかそうか。可愛い後輩は、斯様に歪んでおったか」
「はっはっは、やだなぁ師匠。全部冗談ですよ」
「そうかそうか―――それで、他に言いたいことはあるか?」
 とてつもない状況になると、笑うしかないらしい―――そんな、どうでもいいことを学ぶ。
 おそらく、自分の背後に立っている天狗―――梢は、自分を超える笑顔を咲かせているに違いない……
 彼が、どうか命だけは助かりますようにと梢に振り向き、

「あら?梢さん、こんばんは」

 その瞬間、女神が降臨した。
「唯!」
「あら?」
 神速。
 梢でさえ呆れる速度で、彼は唯の背後に回り込む。
「助けてくれ!実は梢さんが俺を―――」
 そこからは、まくし立てるように事情を話した。

 自分が、梢をはじめとする天狗に迫害されていること。

 明らかに梢は殺意を持っていて、この間など山に置き去りにされたこと―――
 ……どれも、「一応、全て事実ではある」のだ。
(多分、師匠はこういう女に弱いはずだ……!)
「あらあら、それは些かやり過ぎですねぇ」
「そうだろ!?それで今もそんな苦行を行おうとしてるんだ!」
「あらあら」

 瞬間、数にして無数と形容するしかない大量の式神が唯と慎霰を囲む!

「梢さん、良識ある大人がそんなことをしてはいけませんよ?」
「くっ、小賢しい……」
「ふはは、諦めろ梢さん!悪は滅びるのだ!」
 ここに、勢力バランスは拮抗した。
 平和主義者とはいえ、唯も伊達ではない。梢をして、やや面倒を感じる……
 なにより、怒らせて飯が食えないと非常に困る。
(考えろ……)
 どうすれば目の前の弟子――ああ、今こちらに向かって舌を出した。後で殺す――を里長の元へ連れ戻せるか、梢は真剣に考え込む。
「む」
 そして―――
「……唯、聞いてくれ」
 唯に近付き、その肩をがっしりと掴んだ。
「はい?」
「確かに、そいつの言うことは間違いではない……だが、それもこいつの為に仕方なく行っていること!」
「いや、アンタそれは―――」
「そう!確かに苦行は慎霰にとって辛かろう!だが―――ああ、我等とて辛い!非常に辛いのだ、唯……分かるか?彼に理解されずとも良い。だが、己は己の為ではなく、まさしく慎霰の為だけに修行を施さなくてはならんのだ……分かって、くれんか……!?」
「……」
 異議を申し立てようとする慎霰を置いてきぼりにしつつ、彼は熱く語る。
 彼は役者なのだろうか?―――台詞の途中から、熱い涙を流し力説する!
「まぁ……そうでしたの?」
「子供は、大人の心など分かってくれぬこともある…だが、いつか分かってくれると信じるのだ……!」
「ええ、分かりました…」
「唯!?まさか今の信じるのか!?何処までお人好しなんだアンタ!?」

 愕然として慎霰が呟くが、既に唯の瞳に争う気はない。
 ―――唯は、本当に『純粋な、良い人』なのだ。

「慎霰さん、これは愛の鞭なのですよ?」
「愛の鞭で死んだら世話無ぇだろうがあああああ!?」
「ふ、仕方の無い奴だ……では、邪魔をしたな。飯はまた今度頂くとしよう」
「はい。でも、あまり苛めてはいけませんよ?」
「はっはっは、それは当然。俺は大人だからな」
「嘘だ!?その笑顔は嘘でしょ師匠!?」
「はっはっは」

 あっさりと退いてしまった唯に愕然としながら、梢に襟首を掴まれる。

「ほれ、まだまだ日課の修行は残っているだろう?帰るぞ」
「嫌だああああああ?!」
「それでは、修行が終わったら遠慮なくどうぞ?ご馳走しますよ、慎霰さん」
「うん、今日はご馳走さん……って、何かおかしくねぇかこの終わり方!?」
「慎霰、さよならー」
「さよならー」
「ちっくしょおおおお!絶対苛める気だろ!?長の特別修行だって今日終わったんだぞ!?」
「うむ、故に俺も今日くらいは褒めてやろうと来たのだが―――」
「が?」
「気が変わった」
 梢の声は、どこまでも冷たいものだった。

「くそっ、覚えてろ!?梢さん、絶対近いうちにぎゃふんと言わせてやるからな!?」
「それは楽しみだ……というか、貴様はもう少し慎ましやかになるべきだぞ?」

 そう、師匠に食って掛かりながらもどんどん旅館との距離が離れていく。

 こうして―――


「くそ―――このままじゃ終わらねぇぞ!?」


 楽しい時を過ごしながら、最後にやや腑に落ちない結末を迎える慎霰だった―――。

                               <END>








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1928 / 天波・慎霰 / 男性 / 15歳 / 天狗・高校生】




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■         ライター通信          ■
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 天波・慎霰様、こんにちは。
 ライターの緋翊です。この度は「諧謔の中の一日」へのご参加、ありがとうございました!

 今回は山の中の修行ではなく、『諧謔』を舞台とした一幕ということでコミカルな展開を意識してお話を作らせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
 穏やかな唯、騒ぐ妖怪たちはまだ良いとしても、今回も梢をどのように登場させて慎霰さんと会話させるかで大分悩みました。なんと言うか、元々が他人様に何かを言えるような人格者ではないNPCなので……(苦笑)



 さて……今回も楽しんで読んで頂けたら、これほど嬉しいことはございません。
 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。

 緋翊