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<東京怪談・PCゲームノベル>


ALICE〜失くしものを探しに〜

 何となく足が向いて、寄ってみることにした古書店。
 店に入って、とある本を開いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
 タイトルは・・・確かそう。あの有名な話。
 不思議の国のアリス―――


【ランチをあなたと〜小坂・佑紀〜】


 朝から気分が悪い。それはきっと先程、怪しげに高笑いをしながら去っていく帽子屋の姿を見たからだ。
 発明に使えそうな珍しい部品が手に入ったと、嬉々と話してきたっけ。
 その発明の実験台にされるのは何故かいつも三月ウサギだった。

「まあ、君っていじりやすいからねえ」

 というのがチェシャ猫の言い分である。
 どいつもこいつも馬鹿にして・・・!
「あれ?三月ウサギじゃないか」
 ・・・噂をすれば何とやら。
 三月ウサギは無視して通り過ぎることに決めた。
「おーい。もしもーし?」
 無視だ、無視。どうせまたからかわれるに決まって・・・
「・・・・・・チビ」
「誰がチビだって!?」
 怒鳴ってから「しまった」と慌てて口を噤んだ。チェシャ猫がにやにやとこちらを見ている。
「・・・・・・何の用だよ?」
「いや・・・ちょっと困ったことが起こってね」
「困ったこと?」
 そこでやっと、チェシャ猫の横に見慣れぬ顔の少女が立っていることに気付いた。
「・・・誰、その小さい女」
「小さいって・・・あんたとそんなに変わらなくない?」
 少女が一歩前に出て、こちらをじっと見つめてくる。初対面なのに随分と態度のでかい女だ。
「チェシャ猫!ちゃんと説明しろよっ」
「はいはい」
 チェシャ猫は苦笑しながら、事情を説明してくれた。
 どうやらこの少女は、外の世界からこちらの世界に迷い込んできてしまったらしい。別にそれだけなら問題ない。外に出るのは意外に簡単なのだ。
 ただ好奇心旺盛な住人だらけの不思議の国に迷い込んで、無事でいられるはずがなく・・・
「・・・何か取られたのか・・・?」
「そうみたいなのよね」
 答えつつ、少女――小坂・佑紀というらしい――は右手で左手首に触れた。そういえば先程から、しきりにそこを気にしているようだ。
「持ってかれたのは十字架のブレスレット。心当たりない?」
「心当たりっていったって・・・」
 ブレスレットというと、盗んでいったのは女性と考えるのが妥当だろうか。
 白うさぎは・・・あの体力馬鹿がアクセサリーに興味を抱くわけがない。
 女王は・・・
 ――いや、そうじゃなくて、もっと最近・・・・・・
「あっ!」
 ある男の姿が閃き、思わず大声を上げていた。
「何か知ってるのね?」
 佑紀が一歩詰め寄ってくる。
 その表情はかなり真剣で、取られたブレスレットが大事なものだということがわかった。
「いや・・・知ってるっていうか、さっき帽子屋の奴が珍しい部品が手に入ったって言ってたから、それかもしれないな・・・って」
「それだ!間違いないね」
 ぱちんと指を鳴らすチェシャ猫。
 やはりそうか。
 何やら厄介なことに巻き込まれてしまったようである・・・・・・。


 左手首に触れる。いつも手にあたる感触がなくて、顔をしかめた。
 ――そっか。取られたんだっけ
 片時も外したことがなかったので、まだ「無い」という感覚がイマイチ腕に馴染まない。
 何とも落ち着かなかったが、それよりも横を歩く三月ウサギの様子の方が気になった。先程からずっとそわそわしているのだ。
「ねえ、ちょっとは落ち着いたら?余計小さく見えるわよ」
「小さい言うな!お前は帽子屋の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだよっ」
 どうやら三月ウサギは帽子屋のことが苦手らしい。楽しげに彼の様子を伺っていたチェシャ猫が佑紀に耳打ちをする。
「帽子屋はかなりの発明オタクでね。いつも三月ウサギが実験台にされてるんだよ」
「こら!何暴露してんだ、馬鹿猫!」
「へえー」
「てめえも哀れみの目を向けるんじゃねえっ!」
 そんなに怒鳴り続けていて疲れないのだろうか。
 確かにからかい甲斐があるというか、何と言うか・・・
「・・・・・・おい・・・何の真似だ・・・・・・?」
「え?」
 気付くと佑紀は三月ウサギの頭を撫で回していた。
「いや・・・何か可愛いなーっと・・・」
「殺されたいのか、てめえ・・・っ」
「おや。またお会いしましたね、三月ウサギくん」
「うぎゃあああああああああっ!?」
 第三者の声に、三月ウサギが物凄い悲鳴を上げて飛び上がる。素早い動きで、佑紀の背中にへばりついた。
「ちょ・・・っ何、人を盾にしてんのよっ」
「ぼ・・・ぼぼぼぼ・・・帽子屋・・・っ」
「え?」
 目の前に胡散臭いつば付きの帽子をかぶった眼鏡の青年が立っている。
 彼が帽子屋・・・?
 奇抜な格好だということを覗けば、ごく普通の青年に見えるのだが。
 青年は帽子を脱ぐとまずは、チェシャ猫に一礼をする。
「これは、チェシャ猫君。2日と3時間と20分と11秒ぶりですね」
「発明の方は進んでる?」
「上々です。これ、一瞬で天国で行ける秘密の薬なんですけど、どうですか?一粒」
「・・・遠慮しておこう」
 ・・・前言撤回。やはり変人だ。
「あの・・・帽子屋さん?」
「はい?」
 そこでやっと、帽子屋は佑紀の存在に気付いたようだった。目を見開いたかと思うと、凄い勢いでこちらににじり寄ってくる。
「これはこれは!先程のお嬢さんではないですかっ。貴女には色々と話を伺いたいと思っていたんですよ」
「え?ちょ・・・っ、え?」
 目が血走っている。
 はっきり言ってかなり怖い。
 突然肩を掴まれ、反射的に「ひっ」と短い悲鳴をあげていた。
「外の世界の技術というのはどの程度進んでいるものなんでしょうね?やはり僕としては・・・」
「いい加減にしやがれっ変態帽子屋!!」
 そろそろ生命の危機を感じ始めた頃に、タイミング良く三月ウサギの跳び蹴りが帽子屋にきまった。
 吹っ飛んだ帽子を回収し、しっかりと被りなおしてから帽子屋はやれやれと首を振る。
「相変わらず乱暴ですね、三月ウサギ君は」
「つーか、お前!こいつのブレスレット、返せよ!」
 そういえば、そうだ。
 帽子屋の勢いに圧倒され、本来の目的を忘れるところだった。
「あれ、大事なものなのよ。返してもらえない?」
 佑紀からも頼むと、帽子屋は手を顎にそえ眉間に皺を寄せた。
「困りましたねえ・・・。あれがないと”キエルキエール”が完成しないのですが」
「キ・・・キエ・・・?」
「透明人間になれるマシンです」
「・・・ネーミングセンス最悪ね・・・」
 一気に力が抜ける。チェシャ猫が「それはなかなか面白そうだね」と笑った。
「・・・あんたはどっちの味方なわけ?」
「もちろん佑紀さんだよ。盗みを働くのは良くない」
 口ではそう言っているが、本当の所どうだかわからない。どうにもこのチェシャ猫という男は三月ウサギとは正反対で、考えている事がさっぱり見えないのだ。
「あのね、帽子屋さん。あのブレスレットは元々あたしのものなの。あんたにどうこうされる筋合いは微塵もないと思うけど?」
「・・・・・・勝負をしませんか?」
「は・・・?」
 唐突な申し出に面食らった。
「勝負?」
「ええ。それで貴女が勝てば大人しくブレスレットは返しますよ」
「・・・」
 このまま説得を続けても、埒があかなそうではある。
 佑紀は受けて立つことにした。
 ややこしく話を続けるよりも、その方が手っ取り早くていいと思ったからで・・・


 決して三月ウサギを追い詰めたいとか、そういうつもりではなかった。神に誓って。
「あああああああ。どうすんだよ、もう・・・っ」
「まあ、なるようになるんじゃないかな」
「人事だと思って・・・!薄情猫・・・!」
 三月ウサギの声は今にも泣き出しそうだ。
 佑紀が勝った場合はブレスレットを返してもらえる。
 そして帽子屋が買った場合は、三月ウサギが一ヶ月間帽子屋の実験台になる。
 それが今回の勝負のルールだった。もちろん、帽子屋が勝手に決めたことなのだが。
「困ったわね・・・。全然答えがわからないわ」
「はあ!?ふざけんなよっ。頭使うのは得意だって、自信満々に言ってたじゃねーかっ」
「だって実際得意なんだもの」
「だったら早く答えをだ・せ・よ!」
 そう言われても、わからないものはわからないのだから仕方が無い。
 20分以内に帽子屋が出した問題の答えが出せれば佑紀の勝ちなのだが、その問題というのが謎かけのようなものだったのだ。

「言葉にはできるけれど、目には見えない。近づけば近づくほど遠くなるものは何?」

 あまりに抽象的過ぎて、明確な答えが少しも浮かばない。
「うーん・・・結構簡単だと思うんだけどなあ・・・。わからない?」
 チェシャ猫の言葉に顔を上げる。
「あんた、わかるの?」
「何だよ!だったら教えろよな」
 チェシャ猫は首を横に振った。
「俺が答えたって意味がないよ」
 確かに。
 あのブレスレットは佑紀のものなのだ。彼女自身で答えを見つけないと意味が無い。
「理屈で考えないで、自分の経験と照らし合わせてみるのがいいと思うよ」
「自分の経験・・・」
 言葉にできて、でも目には見えなくて
 近づけば近づくほど、遠くなるもの・・・?
「さて、そろそろ時間ですよ」
 帽子屋が時計を確認しながら佑紀の前に歩み寄ってくる。
「貴女の答えを聞かせてください」
 佑紀は彼を見上げ、はっきりと答えた。
「人の心・・・っていう答えはどうかしら?」
「理由を聞かせて頂けますか?」
 嬉しいとか悲しいとか切ないとか。言葉ではいくらでも表現する術がある。しかし、どんな手を使っても人の心が目に見えるなんてことはない。
 そして、近づけば近づくほど、近ければ近いほど、他人の心というのはわからなくなるもので・・・
「そう思ったんだけど・・・違う?まあ、主に恋愛の場面で成り立つ心理状態よね」
「・・・」
 帽子屋は無言で帽子を脱いだ。帽子の中から十字架のブレスレットを取り出し、左手首に元通りにはめてくれる。
「え?」
「貴女の勝ちですよ。そのブレスレットは返します」
 あまりにあっさりしているので、佑紀は逆に戸惑ってしまった。帽子屋が寂しげな笑みを浮かべる。
「機械ばかり相手にしているせいか、僕には人の心というものがさっぱり理解できないんですよ。だからいつか人の心が見える機械を作ることができたらと、いつも思っているんです」
 人の心を見ることができる機械。
「・・・くだらないわね」
 ばっさりと全否定した佑紀に、目を見開く帽子屋。
「・・・くだらない?」
「ええ。まったくもって馬鹿らしいわ。人の心が見えたからって何か変わるの?その人のこと、完全に理解して仲良くなれるっていうの?それって何か違うわよ。あたしはあたし、あんたはあんた、まったく違う人間なんだから」
「・・・」
「大事なのはわかろうとする気持ちなんじゃないの?」
 しばらく沈黙が続いた。三月ウサギがはらはらとした様子で、佑紀と帽子屋を交互に見ている。
 やがて帽子屋は、目を細め小さく息を漏らした。
「・・・なるほど。今後の参考にしましょう」


 どうしてもお礼をすると言ってなかなか引き下がらない佑紀に、三月ウサギとチェシャ猫は顔を見合わせた。
「いいから早く何でも言って。こういうのはしっかりしときたいの」
 意外に律儀な性格をしている。チェシャ猫が三月ウサギの肩を軽く叩いた。「お前に任せる」ということらしい。
「じゃあ・・・えーっと・・・」
「何?」
「外の世界の食べ物を食べてみたい・・・かな」
 佑紀は「了解」とニっと笑う。
「じゃあ、今度お弁当作ってここに来るわ」
「手作り・・・?」
「何よ、不満でもあるわけ?」
 じろりと睨まれ、三月ウサギは慌てて首を横に振った。佑紀は帽子屋に駆け寄り・・・


「ねえ、あんたもどう?一緒にお昼」
「え・・・?僕もですか・・・?」
「機械じゃなくて、あたしの相手もしてみなさいよ。今後の参考に」
「あ!こら、馬鹿佑紀!何帽子屋なんて誘ってんだよ!冗談じゃねーぞ!」
「はいはい、落ち着いて落ち着いて」
「離せ、ボケ猫ーーーーっ!」

「・・・・・・それもいいかもしれませんね」



 今度の休日は、沢山のバスケットを持って不思議の国へ出かけよう

「賑やかなランチになりそうよね」


 あなた達と、素敵な一時を


fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【5884/小坂・佑紀(こさか・ゆうき)/女性/15/高校一年生】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。二度目まして。ライターのひろちです。
今回も納品がかなり遅くなってしまい、申し訳ありませんでした・・・!

佑紀さんを書く機会が再び!ということで、大変楽しく書かせて頂きました。
帽子屋は今まであまり登場していなかった人なので、新鮮でもあり・・・。
チェシャ猫は主に傍観者、三月ウサギはひたすら煩かったと思いますが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

本当にありがとうございました!&すいませんでした!
また機会がありましたら、よろしくお願いします