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二人の暗殺者 第三話
「おいおい、殺すって、そりゃいくらなんでも飛躍しすぎじゃないか?」
零たちが連れ帰ってきた暗殺者の妹の言葉に、堪らず武彦も口を挟む。
「なんだって兄貴を止めるのに殺す必要があるんだよ。お前の口は何のためについてるんだ? まずは話し合え」
「いや、お兄ちゃんは言ってた。『もし自分が鬼になるようなことがあれば、殺してでも止めてくれ』って」
「自分が鬼になる予測はたってたのかよ……」
呟く武彦を零が小突く。
「『殺してでも』という事は、まだ別に方法があるかもしれません」
零が言ったが妹は首を振る。
「お兄ちゃんは修羅に堕ちるのを嫌がってた。多分、私がどうにかしてお兄ちゃんを止めても、すぐに自害してしまう」
「……どっちにしろ、結局兄のほうは死ぬ、と。なんとも面倒な思考回路だな」
妹の話を聞いて武彦がため息をついた。
「お兄ちゃんが鬼になったのなら、多分、また私を襲ってくる。その時を狙って、今度は私がお兄ちゃんを討つ」
「……それで本当に良いんですか?」
妹の決意を聞いて、零が静かに尋ねる。
妹は少し間を置いて、黙って頷いた。
「……悲しいですね。妹が兄を殺さなくてはならないなんて」
「でも、多分、これが私の役目。お兄ちゃんのブレーキは私がやらなきゃ」
「……っだー!! もぅ! 馬鹿! お前馬鹿!!」
そこで黙って聞いていた小太郎が叫ぶ。
何かに堪えられなくなったのか、今までの鬱憤を晴らすような口振りだ。
「簡単に『殺す』とか言うな! 実の兄を殺すなんて馬鹿じゃないのか!」
「ば、馬鹿っていうな! 弱いくせに口を挟まないで!」
「ああ、弱いよ! でも、俺は弱いけど、馬鹿が目の前に居たら黙ってられないんだよ! 俺も馬鹿だからな!」
小太郎は妹の胸倉を掴んで吼える。
「お前は今まで人を殺しすぎて馬鹿になってるんだよ! 人を殺すって事の重さがわかってないんだろ!」
「わかるよ! わかってても生きる為には人を殺さないとならなかったんだ!」
「仕事だからか? 頼まれたからか? 仕事なら他にある! 頼まれても断れ! そういう判断すら出来ないほど馬鹿か!?」
「ば、馬鹿じゃないって言ってるでしょ! 判断はお兄ちゃんがするの。私はそれに従うだけ!」
「そういうのも馬鹿だって言うんだ! お前の兄貴が白っていえばカラスも白かよ!? 違うだろうが! お前の意思は何処にある!?」
「私の……意思……」
「お前はどうしたい。本当に兄貴を殺したいのかよ?」
しばし、沈黙。
今まで子供の怒鳴り声が響いていた興信所で、その少しの時間がとても長く感じられた。
きっと妹は色んな事を思い、一つずつ噛み潰して自分の意思を探っているに違いない。
「私は……」
それでも、妹は決意する。
「やっぱり、お兄ちゃんを殺さないと。万が一止められたとしても、その後にまた鬼が目覚めたりしたら……」
「……っ! ああ、そうかよ!!」
答えを聞いて、小太郎は舌打ちして興信所の隅に座った。
「そろそろよろしいでしょうか?」
口喧嘩が終わったと見て、零が会話に割って入った。
「依頼内容を確認します。『後三日、貴方を守る』で良いのですか?」
「いえ、変更します。兄を殺す手伝いをしてください。きっと、私一人じゃ無理です」
「わかりました。では今後は貴方の兄を倒す事を目的として我々も動きます」
その依頼内容を聞いて、零は少し浮かない顔をした。
やはり、同じ妹として心境が複雑なのだろう。
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「兄の能力は、動かない物を自ら作り出す異次元の部屋に閉じ込めて、変形させて再出現させるモノです。動くものでも自分の近くであれば閉じ込められるようです。当然、自分も」
妹が語る兄の能力。
篭手を作り出す能力は前者、瞬間移動に近いあの能力は後者だろう。
「そして、変形させて再出現させる際、出現させる器を小さくして、余った魔力を自分の強化に使うようです」
「つまり、百あった魔力を収める器の許容量を八十にして、溢れた二十を自分の力にする、って事か。やっぱ面倒臭い事してるな」
武彦がまた呟く。
それを無視して零は先を促した。
「元の魔力許容量が高い良質の対象があれば、それを狙ってくるはずです。多分兄は手近な所でまず私を狙ってくるはず」
「自分の手におえるギリギリの範囲が貴方、という事ですか。その能力で貴方の魔力を全て吸収する事も可能なのですか?」
「いえ。出現する際に吸収量を変える事は出来るそうですが、全てと言うわけにはいかないようです。どう頑張っても対象に少量の魔力を残して出現させるようになっているらしいです」
「残る少量、と言うのはどれくらいなのですか?」
「その対象が存在できるギリギリの量だそうです。兄の能力だけで対象を殺す事は出来ません」
という事は、接近戦で兄に吸収されたとしても再出現させられる時に行動不能にはなるかもしれないが死亡はない、という事か。
その後に兄に攻撃されると死なない保障は出来ないが。
「なるほど、わかりました。これで多少対策が立てられます」
零はそう言って神妙な顔をして頷いた。
今まで未知の能力だった兄の能力がわかったのだ。これからは積極的に攻撃も出来よう。
「きっと貴方のお兄さんを倒して見せますよ」
「はい。お願いします。私も出来る限り手伝います」
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行動の大まかな方針は決まった。今度は具体的な作戦だ。
「作戦を立てる前に、少しいいか? お前、名前は?」
冥月が妹に尋ねる。妹は今までまともに名乗っていなかった事に気づき慌てて答えた。
「私は橘 千歳(たちばな ちとせ)。兄は樹月(いつき)です」
「ふむ、千歳と樹月、か。……罠の可能性は棄てきれないが、コイツの情報は確かだな」
名前に聞き覚えでもあったのだろうか、頭の中の情報と一致したようで冥月は納得したように頷いた。
その後にシュラインが尋ねる。
「そのお兄さんが鬼になる、って言うのはどういう事なの? 色々考えてやっぱり腑に落ちないんだけど」
「それは私も気になるところだ。鬼とは殺人衝動みたいなものか? それとも別の何かか?」
冥月にも質問されて千歳は多少困ったように見せたが、すぐに答える。
「鬼の正体は、実は私もあまり把握していません。多分、破壊とか殺人衝動に近いと思いますが、ハッキリした事は特に聞かされてませんし……」
「では、貴方たちの能力に鬼が関わってるって事はないのね?」
「はい。私たちの能力は生まれつきです」
答えを聞いてシュラインは難しそうに頭を捻った。
「お兄さんの能力があまりに面倒な手順を踏むから、その辺に鬼が関係してると思ったんだけど……どうやらハズレみたいね」
「ですが、能力を使って殺人を犯すならば、その行為によって衝動が膨れ上がり、鬼に成り代わる、と言う事も考えられない事はありません」
シュラインの呟きにセヴンがフォローを入れる。
シュラインはそれに軽く微笑み、次の質問に移る。
「じゃあ、お兄さんが意図的に吸収しなかったもの、または出来なかったものってあるかしら?」
「そうですね……あまり生身の人間は吸収しなかったように思います。殺してから吸収するだけで、動いている物を吸収する事はあまり……」
「じゃあ千歳さんが生きている内は吸収されないと思って良いのかしらね? あ、でもお兄さんが鬼になる寸前で、今までとは色々と違うって事はそういう例外の行動もありえなくは無いか」
「あ、でも、初めて自分以外の生身の人間を吸収した時、すごく気分が悪くなったって言ってました。行動に支障が出るほどだったので、多分、今回も人間をそのまま吸収する事はないかも」
となると接近戦の心配も大分減少してくる。
接近戦での注意点は兄、樹月の基本戦闘能力と動くものすら吸収してしまう能力だった。
前者は前衛担当の冥月にしてみれば、彼の力はそれほど脅威ではなく、小太郎が突っ走った時に危ない! 程度だったが、後者は一旦吸収されるとギリギリまで能力を吸われて行動不能になる上、相手の強化まで助けてしまう事になる。
それは避けたい所だったので、この心配が除外された事は大きい。
「それ以外にはあまり思いつきません……」
「そうかぁ……だったら取り込む瞬間にさりげなくその苦手なモノを混ぜ込ませるって事はちょっと難しいかもしれないわね。じゃあ最後に一つ、お兄さんの能力で吸収できる限界ってあるのかしら? 例えばこれぐらいの質量は無理、とか、一回の能力発動で吸い込む対象は一個とか」
「あ、それはあります。確か、取り込めるのは最高で一つ。ですが吸収、発現を瞬時に繰り返してあたかも多くのモノを同時に吸収して同時に発現させるように見せることは出来るようです。あと、大きさもあまりに大きいものは取り込めないみたいです」
「能力の連発可能、か。でも、取り込むのがたった一つだけなら何か利用できるかもね……。うん、ありがとう。色々役に立ったわ」
シュラインは礼を言って千歳の肩を軽く叩いた。
役に立った、と言ってもシュラインの考えていた作戦はほぼ総崩れだ。もう一度一から作戦を立て直さなくては。
再びウンウンと頭を捻り回し始めたシュラインを置いて、今度は冥月が質問する。
「お前は最初、三日間自分を守ってくれと依頼してきたが、その期間の意味はなんだ? 兄が理性を保っていられる期間か?」
「いえ、あれは兄から聞かされた、目撃者を消すために使える最長期間です。それ以上長くなれば能力の分析もされて、こちらが不利になりますし」
「という事はその期間は今となってはもう意味は無し、か。という事は、あと残る仮題はどうやって殺すか、だな」
冥月の言葉に、今まで部屋の隅で不貞腐れていた小太郎が勢いよく立ち上がる。
「師匠! だから、殺すとか言うな!」
「悪いな、誰かさんが言うには、どうやら私も仕事で殺しをする馬鹿のようだからな」
「……っう」
冥月に冷ややかに睨みつけられ、小太郎は言葉に詰まる。
「殺人が当然の境遇で育った奴もいる。違う環境で育った奴の価値観を崩すのは難しい。殺さなければ守れないモノも、殺す事で救えるモノも確かにあるんだ。千歳にとって兄の樹月が心の拠り所なら、兄の為に人を殺すし、兄との約束を守りもする、そういう事だ。納得しなくていいが覚えておけ」
「……納得なんてできるもんかよ。人が死ぬのを避けられる可能性があるのに、それを考えもせずに殺すのか!?」
「可能性はあるか? 向こうは死ぬ気で、そして殺す気で襲い掛かってくる。そんな相手を殺さずに止める、それは可能か? しかも向こうは、少なくともお前よりは強い。そんなヤツを相手にして殺さずに勝つなんて芸当がお前に出来るか?」
「できない事なんてあるか! どうしても出来ない事なんて、最初から諦めるから出来ないだけだ! 頑張れば……」
「『頑張れば何でもできる』か? やめてくれ。餓鬼臭い意見は反吐が出る」
武彦の横槍が入る。それを聞いて小太郎は敵意の視線を武彦に向けた。
だが、構わずに武彦は続ける。
「お前はまだ世の中ってモンを知らなすぎるんだよ。『できない事』なんてこの世の中にゃ腐るほどあるんだ。中坊が夢を語るだけなら何も言わないが、俺の目の前で青臭い妄言を吐くのはやめろ」
「……っ!!」
小太郎ははたと気付く。武彦の言葉にハッキリと反論できないのだ。
それは自分に知識が無いからに他ならない。知らないから、何も反論できないのだ。反発するのは簡単だが、相手を説き伏せるなんて夢のまた夢である。
つまり、武彦の言ったように、小太郎は知らな過ぎるのだ。
そんな自分に情けなく、恥ずかしく思った小太郎は勢いのまま興信所を出て行った。
「あ、小太郎くん!」
「放っておけ、と言いたい所だが、樹月ってヤツが小太郎に釣られないか心配だな。零、ついてってやれ」
「でも兄さん……」
「こっちの件はコイツらだけで十分だろ」
武彦の言葉に冥月、セヴン、シュラインの三人は軽く頷く。
それを見て零はなんとも微妙な顔をしながら小太郎を追った。
妹対兄の結末をどうにか良い方向で終わらせたい思いが後ろ髪を引くのだろうが、一応所長の意見に従ったようだ。
「……実を言うと、私も少し反対です」
興信所が静かに成った後、セヴンが呟く。
「殺さないで済むなら、それに越した事はないのではないでしょうか?」
「殺さないで済むなら、な」
武彦の答えを聞いて、セヴンは金色のライフルを抱く手に力を込めた。
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「小太郎さん……」
小太郎に追いついた零。小太郎は興信所からやや離れた公園のベンチに座っていた。
「興信所へ帰りましょう。今日は寒いですから、こんな所に居ては風邪をひきますよ」
「……俺は、」
近付く零から顔を背け、小太郎が呟く様に言う。
「俺は人の為にこの力を使いたい。他人とは違う力を持ったなら、それを役に立てたいんだよ」
「……わかりますよ」
人とは違う存在である零が、人である武彦の為に自分の力を使いたいと願うのと少し似ている。
「でも、なんでその力を人殺しに使うんだよ? そりゃ、樹月って野郎を殺す事で千歳はいくらか救われるのかもしれない。でも樹月はどうする? 死んだら終わりじゃんか。俺はアイツの役には立てないのか?」
敵を哀れむのは兵として失格、だがやはり人としてはそれが正解なのだろうか。
「私も、妹が兄を殺す結末なんて見たくありません。ですが、止むを得ない場合はそうなってしまうでしょう」
「……そんなのは嫌だ」
「そう言っているだけでは何も変わりませんよ? 嫌だ嫌だというだけでは、それこそただのガキです」
一見して、淡々と冷ややかな言葉に聞こえるが、小太郎はその奥に零の温かみを見た。
そして、立ち上がる。
「嫌な事があるなら、変えるために努力なさい。まだ間に合うんじゃないですか?」
「……やってみるよ」
小太郎はその右手に光を宿し、公園から駆け出した。
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その頃、一行は樹月を見つけていた。
「おや、案外とアッサリ見つかってしまいましたね」
彼が居たのは先程の廃工場。
どうやら一行がここを出た後に再びここに潜伏していたらしい。
冥月の影の感知圏内にこの工場も含まれていたのだが、樹月を探してみるとアッサリとここで発見したというわけだ。
「逃げも隠れもしない、か? 随分と余裕があるんだな? それとも死にたがりか?」
冥月の問いに樹月は軽く笑うだけで答える。
そして冥月の奥に、シュラインとセヴンに守られる形で千歳がいるのを確認して、再び笑った。
「どうやら獲物は向こうから来てくれたようですね。これで手間が省けた」
「……お兄ちゃん、ホントに鬼に……?」
「愚問だね、千歳。僕の一撃を受けて、それでもまだ確信できないと?」
それを聞いて、千歳は腕を抑えて小さく震え始めた。あの時の痛みを思い出して恐れているのだろう。
痛みが恐ろしいのではなく、兄を失う事が恐ろしいのだが。
「おや、あの元気の良い少年はどうしました? もしかして、逃げ出しましたか」
「お前に答える義理はあるまい。死に逝く者との問答というのも無意味だしな」
言うが早いか、冥月は樹月に向かって踏み出していた。
その場に居た全員は戦闘開始を感じ取り、各々構える。
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冥月が易々と樹月の後ろを取って見せた。
そしてそれに気づいた樹月はすぐに自分も移動するが、その時にシュラインは不思議な音を聞いた。
「……これは、異次元の扉が開く音?」
前回まではこんな音は聞こえてなかったはずだが、怪我を負った樹月がそこまで注意を払えなくなったのだろうか。
次に樹月が現れた瞬間もその音が聞こえ、その音を頼りにシュラインが音で攻撃を試みる。
「そこっ!」
樹月に命中した音は相手の内部を攻撃する。
すると僅かな時間、彼の足が止まる。
そこにすぐ冥月が近付き、それに気付いた樹月がまた距離を取る。
その時にもまた音。やはりこれは移動の能力を使う時に必ず鳴る音と見て間違いないらしい。
音がしてから樹月が現れるまで多少のタイムラグがある。それを考慮して再び声で攻撃。
今度は音の攻撃が完全にヒットした。樹月の足も完全に止まる。
それを見逃さず、冥月が逃げようと開く樹月の異次元の扉に割り込んだ。
影の剣を扉に引っ掛け、そこを強引にこじ開けて樹月を引きずり出す。
これで十中八九決まる。
だが……
「でも、これで良いの……?」
疑問は残る。ここで樹月を殺して本当に解決を見るのだろうか?
『鬼』だけ殺して兄を助けられれば良いのだが……。
そんな事を考えている間に、冥月が樹月を刺す。だが、それは防御されたようだ。
すぐに追撃。剣を引き抜き、同じように剣を突き出す。
だが、その次の瞬間には冥月は樹月から離れていた。樹月も異次元を使って冥月から離れた。
何が起きたのかと耳を澄ませば、聞き覚えのある足音が一つ。
「ちょっと待った、その戦い」
そこに居たのは小太郎だった。
「随分と偉くなったものだな、小太郎。どういうつもりだ?」
「嫌な事があったから正しに来ただけだ」
よくわからないが、小太郎が冥月の攻撃を阻害したらしい。
それに気分を害したのか、小太郎を見る冥月の表情が恐い。
まさか、冥月が小太郎に斬りかかる事は無かろうが、この状況はどう見ても思わしくない。
「ちょっと冥月さん、仲間割れはだめよ」
「わかってるさ。私だって馬鹿ではない」
ため息をついて冥月が答える。
「ただ、アイツがまた邪魔をするようならそれも保障できんな」
「小太郎くんのことよりも、敵に集中!」
何とか気をそらさなければ、本当に仲間割れに発展しかねないな、とシュラインは心中でため息を漏らした。
「どうやらそちらの援軍みたいですけど、あんまりアテになら無そうですね」
樹月が荒い息を抑えて言う。
援軍どころか、今の所不和の種でしかない。
「関係無いさ。結末は結局変わらない。お前が死ぬだけだ」
冥月が答えて樹月に踏み出す。シュラインもそれを見て身構える。
まずは樹月をどうにかしなければ落ち着いて仲を取り持つ事もできない。
「ああぁ、もぅ面倒臭い!」
状況が複雑になって行くに連れ、シュラインは胃がキリキリ痛むような錯覚を覚えた。
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小太郎の乱入で攻防は複雑化する。
元からまったく連携とかは考えずに行動する小僧だ。それに加えてこちらの意思とは別の行動をとっていれば、更に複雑になるのは眼に見えている。
「そこ……っあ!」
樹月目掛けて声を出そうとするが、そこに小太郎が割り込んできたりして、邪魔な事この上ない。
援護も上手くできない上に、小太郎が度々視界を阻んでくるので状況把握も多少困難になって来ている。
そろそろ冥月が間違って小太郎をサクっとやってしまっても良いんじゃないか? と思い始めた頃に、戦闘の終結がチラリと見えた。
再び冥月が樹月を掴んだのだ。
これでもう一度貫けば高確率で樹月が死ぬ。そうでなくとも大ダメージだろう。
だが、その瞬間に、冥月に小太郎が飛び掛った。
ゴロリ、と一回転して、そのまま小太郎が投げ飛ばされる。
「いい加減にしろ! 邪魔を許容するのも限界がある!」
「だったらそっちも折れたらどうだよ! 俺はソイツも生かしたいんだ!」
冥月の剣が小太郎に向けられる。
シュラインは頭を抱えても痛みが治まらないようになってきた。
戦闘の邪魔をする上に冥月を挑発するような物言い。
いくら小太郎が子供だといっても許容できる範囲を踏み出している。
ああ、胃が痛い。これは最早錯覚なんかじゃない。
「いいか? これは遊びじゃないんだ。これ以上邪魔をするなら本当にお前から斬り捨てる」
「……それならそれで良いさ。でも、それでも俺はソイツを生かしてみせる」
「脅しではないぞ?」
「だろうね」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
堪えかねて止めに入るが、剣の先も少年の瞳もどちらも動かない。
こりゃもう止められないのだろうか、と思った瞬間。
ドン!
乾いた銃声一つ。
セヴンが発砲したのだ。今までタイミングを虎視眈々と狙っていたセヴンが発砲したという事は、それは絶好の好機だったのだろう。
銃弾は特殊なものだったようで、跳弾もせず、シュラインが振り返った時には既に事が終わった後の様だった。
銃弾は樹月を貫き、そして彼はその場に伏せた。
「依頼終了です」
セヴンの声が聞こえた。
どうやら本当に樹月は撃たれたらしい。
「喉に何か突っかかるけど、これも仕方ないのかしらね」
シュラインはそう呟いて樹月を見た。
すると、そこに近付く小柄な影一つ。小太郎だ。
「おいコラ! 死ぬなよ! 俺が命賭けてまで助けようとしてるのに、アッサリ死にやがったら許さねぇぞ!!」
彼を抱き起こして傷口を探す小太郎。だが、遠めにしてもシュラインの目に樹月の血は見当たらない。
外した? そんなはずは無い。射撃能力の高いセヴンが『依頼終了』とまで言ったのだ。
だったら何故?
「あれ!? 銃創、何処だ!?」
小太郎も探しているようだが、一向に見つからないらしい。頓狂な声が響いてきた。
「……どういうこと?」
シュラインは振り返ってセヴンに尋ねるが彼女はただ指をさすだけ。
そしてその先は、自力で起き上がっている樹月が。
「……あれ、僕は……? どうして?」
「どうしてって俺の方が聞きたい!」
樹月に尋ねられて小太郎もテンパる。
「私が撃ったのは『鬼になる力』。貴方の兄はもう鬼などではなく、能力も使えないただ一人の人間です」
そこにセヴンの声が聞こえてきた。
なるほど、特殊な銃弾だとは思っていたが、そこまで特殊だったとは。
「私たちに課せられた依頼は『鬼となった兄樹月を殺す事』。鬼でない兄を殺すのは依頼内容に反します」
それを聞いて千歳は泣きそうな笑顔を浮かべた。
それを見ていた小太郎と樹月は二人とも各々の感情で微妙な表情になっていた。
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「で、どうして帰ってくるときには一人増えてるんだ?」
憮然とした表情で一行を向かえた武彦。確かに帰ってくるたび一人増えている。
「色々と事情を聞きたいのよ。もう抵抗する気も抵抗する手段もないみたいだし」
そう言ってシュラインが樹月の頭の上に手を乗せた。
「実は、鬼なんて居ないんですよ」
事情聴取、第一声がそれだ。
樹月の話にその場に居た全員が驚かされた。
「元から僕が作った話でして、一芝居うったってワケです」
「どうしてそんな事をしたんだ。理由がわからん」
冥月の問いに樹月は苦笑した。
「身勝手な話ですが、千歳の独り立ちをさせようとしたのです。見ての通り、千歳は僕への依存が強い。そんなコイツを独り立ちさせるには僕が完全にコイツの前から消えなきゃならないと思ったんです」
「それで短絡的に『死ぬ』か? つくづくガキの思考にはイラつかされるな」
武彦は部屋の隅でブッスリ不貞腐れている小太郎を睨みつけながら言う。
「いえ、それだけで死ぬなんて僕も考えませんよ。もう一つ理由があるんです。それは僕たちの職業の事です」
「暗殺者、よね? 確か」
「はい。どう頑張っても他人に自慢できる職業ではありませんし、真っ当とも言い難いですよね。僕自身、この仕事に多少ウンザリ来ていたのもありますが、千歳を真っ当な道に帰すにはやっぱり裏のルールで色々と足を洗うための儀式みたいなものをしなければなりません。妹を辛い目に遭わせるより何か良い方法がないか、と考えた時に至った結論が今回の件です」
「……未だにハッキリしませんね」
セヴンの呟きどおり、なんとも遠まわしな口調だ。彼の能力の面倒臭さも彼の性格からきていたのかもしれない。
「つまりですね。今回の件で僕が死に、妹が身を隠せば裏の世間としては『あの兄弟は死んだ』という事になるでしょう。色々とご高名な草間興信所の面々に追われた、と付け加えれば信憑性も増しますしね。そして僕が死んだ後、千歳は知り合いに預け、表の世界に帰すつもりだったんですが、少々予定が崩れましたね。僕は生きてますし、これからどうしたものやら」
苦笑する樹月。本当に身勝手な事件だったモノだ。
「あ、でも一応興信所には報酬は払いますよ。千歳が最初に出した三倍の金は用意しましょう。それくらいあなた方には迷惑をかけましたし」
報酬は貰えるとは言え、この兄妹、というか樹月に良い様に使われただけのようで、なんとも釈然としない。
そう思った所に一声怒声が響く。
「ああ、もう消極的過ぎる!!」
声の主は小太郎。
「お前ら二人とも消極的過ぎるんだよ! 兄貴に殺せって言われたから殺す、死ぬしかないかなって思ったから死ぬ! そんなのもう少し考えてから結論を出せよ! もっと他に選択肢があったかもしれないだろうが!」
その声に樹月は驚いたようだった。
「お前が妹を大切に思うなら、もっと大事な事もあったんじゃないのかよ!? 見てなかったのか、戦闘中の千歳の顔! 泣きそうだっただろうが! 妹の笑顔を蹴ってまで欲しいものだったのかよ!? そうしないと手に入れられないものだったのかよ!? お前ら、考え方が後ろ向き過ぎるんだよ!」
「……お前は前向きすぎだがな。前を見すぎて周りが見えてない節がある」
横から冥月の怒気を含んだ声が聞こえたが、小太郎は一瞬声を詰まらせ聞こえなかったフリをした。
「俺だって、お前らがもっと考えてたらあんな無謀な事をしなくても済んだかもしれないだろ。セヴン姉ちゃんの意図も知ってれば尚だ」
「責任転嫁か。見苦しいな」
「まぁまぁ。でも小太郎くんのいう事も少しは理があるんじゃない?」
シュラインの止めが入り、話が戻される。
「千歳ちゃんだって本当は樹月君を失いたくなかったろうし、樹月君だって未だに死にたいわけではないでしょう? だったらこういう答えもあったって事よ。自分たちだけで決め付けないで、偶には他人も頼った方が良いわよ。大勢の方が良い案が出やすいってモンよ」
言いながらシュラインは千歳の背を押す。
一歩前に出た千歳はすぐに二歩、三歩と樹月に歩み寄り、そして抱きついた。
「ヤだよ。ホントはお兄ちゃんが居なくなる何てヤだよ……」
「……うん、そうか……。ゴメン」
抱きついてきた妹の背に手を回し、頭を優しく撫でた樹月は苦笑を零した。
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その後、兄妹は一旦隠れ家に帰り、今後を相談してどうにか表の世界に帰れるように頑張るらしい。
彼らは興信所を去る際に頭を下げて帰って行った。武彦はどうにも納まらない鬱憤があるようだが自分はほとんど手をつけていない件だし、黙っていた。
関わった女連中は兄妹の微笑ましい抱擁に毒気を抜かれ、怒る気も吹っ飛んだらしい。
……だが
「こんなに綺麗に終わって良いのか?」
色々と片付いていつもの様を呈し始めた興信所で武彦の一声。
「あの件、色々とややこしくなった事もあったんだってな?」
「確かに、誰かの所為で面倒事が増えた事もあった」
冥月が頷く。
「そうね、あんまり褒められる行動とは言えなかったわね」
シュラインも頷く。
「罰は受けるべきかと」
セヴンも頷く。
視線の先の小太郎は壁を向いたまま、小刻みに体を揺らしていた。
「……な、何のことかな」
必死にとぼける小太郎だが、これから数週に渡って地獄の日々が続くことは免れないだろう。
その様子を見て彼をたきつけた零は、黙っておこうと決心したという。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4410 / マシンドール・セヴン (ましんどーる・せぶん) / 女性 / 28歳 / スペシャル機構体(MG)】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様、皆勤賞おめでとうございます、ありがとうございます! 『生きてるってなんだろ、生きてるってなぁに?』ピコかめです。
今回はくどい位に殺す殺さないって話が続きましたが、どんなモンでしょうね?
ストーリー展開に必死になりすぎた感が無いでもないですね。
声での戦闘とギスギスしかけたキャラの仲裁。
八面六臂の大健闘ですよ、お姉さん!
その代わり、ちょっと突発的な胃痛と頭痛を患っちまいましたがw
ではそんな感じで、次も気が向いたらよろしくお願いします!
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