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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


人食い絵本

「本当に開けるんですか……?」
 情けない声を出した三下に、麗香はびしりと言い放った。
「開けてみないと、調査にならないでしょ」
 三下が手にしているのはよくある幼児向けの絵本だ。
 表紙にはデフォルメされた桃太郎と、三匹のお供。
 一見、どこにでもある普通の絵本であるけれど、実はこの絵本には妙な噂が纏わりついている。
 この絵本を手にした者が、次々と行方不明になっているというのだ。
 もちろん、これが嘘か本当か、ただの都市伝説か。それはまったくの不明。
 だからこそ、これを調査しようとしているのだ。
「本当に食われたらどうするんですか〜」
「あら、その時はこれが本物だと証明されるわね」
「…………」
 まあ本当に見捨てられる……ということはないだろう。
 というか、ないと思いたい。
 自分のデスクに戻っていく麗香の後姿を見送って。三下は、覚悟を決めて絵本を開いた――が。
「普通の絵本……ですね」
 最初のページには桃太郎が桃から生まれる場面が。
 次のページには旅立った桃太郎が犬猿雉を仲間にする場面が。
 その次のページには、桃太郎が鬼と戦う場面が。
 そして最後のページには、鬼退治をし、宝を手に帰る場面が描かれている。
「あれ……?」
 ぱらぱらと中を読んでいくうちに三下は、桃太郎の話にはそぐわない絵を見つけて首を傾げた。
 旅立ちの場面、鬼退治の場面、帰還の道。
 そのあちこちに、洋服を着た人物のイラストが入り込んでいるのだ。和服ではなく、洋服の人物が、ざっと数えて十人ほど。
 確か……この本に関わって行方不明になっているとされる人数も、そのくらいではなかっただろうか?
「あの、麗香さん」
 声をかけようとしたその瞬間。
 三下は、青空の下、青々と茂る大地に立っていた。



「うーん、開けなければ一応問題はないのよね?」
 麗香の呼びかけに集まった三下救出要員の一人、シュライン・エマは、テーブルの上に置かれた絵本の表紙を眺めつつそう呟いた。
 同じテーブルを囲むソファに座っているのは他に三人。
「碇様の言うことには、そのようですが……」
 シュラインの隣の席に座るパティ・ガントレットが、杖を片手に答える。
「けれど、三下さんは本の中に入り込んでしまったのでしょう? 入っていけば三下さんは見つかるのじゃないかしら」
 至極もっともな意見を述べたのは神宮寺夕日。夕日の隣に座る桐月アサトがこくりと頷き、ひょぃと絵本に手を伸ばした。
「なら、話は決まりだな。ちょっくら行ってみよう」
「ちょっ!?」
「待ちなさい」
「戻って来れなかったらどうするのっ!」
 慌ててアサトを留める女性陣三人。
「何かの呪いかもしれませんし、呪いではないにしても、原因がわからないのですから。ミイラ取りがミイラになってしまう可能性がある以上、直接入っていくのは危険すぎます」
「そうねえ……。こうなってしまった原因を探れば解決法も見つかるかもしれないし」
 パティとシュラインの提案は悪くないものだ。救出する側の人間が同じように捕らわれてはお話にもならない。
 だが。
「本の中に閉じ込められっぱなしの人たちが気になるのも確かよね。……鬼退治をしたら戻るなんてことないかしら」
 言っている夕日自身、そう簡単なものではないだろうとも思っているが。可能性のひとつとして考慮しても良い意見でもある。
「ならやっぱり、俺は行ってみるわ」
 言うが早いかアサトは絵本をぱらぱらとめくってみる。描かれている文章は子供向けらしく短めで、読み終わるのはすぐだった。
 そうしてアトラス編集部の片隅から一人の男が姿を消し、残された三人は麗香に絵本の持ち出し許可を貰ってから編集部をあとにした。



 女性陣三人はまず、この本の作者について調べることにした。調査のプロとも言える夕日がいたため、これについては早かった。
 調べ始めてものの一時間と経たずに、文・絵ともに製作者はすでに亡くなっているとわかったのだ。本は、出版社を経由してそれなりの部数が出ているもので、すでに五版め。
「作者の思い入れが強くて、ストーリーが意思を持ってしまったのかと思ったけれど……その可能性は低そうね」
「そうねえ。あとは、この本の持ち主に何かあったとかじゃないかしら」
「持ち主の方から探った方がよさそうですね」
 この本に関わる行方不明がいつから始まったか、また、その最初の一人は誰なのか。この辺りはすでに麗香から資料を貰っている。
「入手先がオークションやフリーマーケットならいいけれど、古本屋で買ったのなら辿るのは大変そうね」
 シュラインの呟きに、夕日が強気に笑ってみせる。
「大丈夫。そういうのは私の得意分野だから」
 なにせ夕日は現役警察官。聞き込みや身元調査はお手の物だ。
 ふと。シュラインがひとつ、考え込むような仕草を見せた。
「どうしました?」
 パティに問われて、口を開く。
「今、ちょっと思いついたことがあって。本に詳しい知り合いがいるのだけど、本を持って行っても良いかしら」
 手がかりが増えるのは良いことだが、中に取り込まれた人間の安否がわからない以上、出来る限り調査は急ぐ方が良い。
 ここで一行は、さらに二手に分かれるこことなった。



 シュラインと別れた夕日とパティは、麗香の資料を頼りに、最初の被害者の家へと向かった。
「行方不明事件について調べているのですけど、お話を聞かせてもらえませんか?」
 最初こそ不審そうな目で見られたものの、夕日が警察手帳を見せるとすぐに質問に応じてくれた。
 そこでわかったのは、本はネットオークションで買ったものだということ。届いた本を読んでいた娘が、いつの間にか消えていたこと。
 数日後、元気付けにきてくれた友人の子供が本に興味を持ち、彼女は特に深く考えもせずに本をあげたのだ。
 その日のうちに友人とその子供が行方不明になり、けれど彼女は本と行方不明を関連付けて考えることなどしなかった。
 今度は友人の親戚の子供が本に興味を持って――自分の妻と子が行方不明になった時に、貸す貸さないの問答をするような気力もなく――本は別の子供の手に。
 彼女はそこから先の本の行方は知らないと言う。
「どの家にも他に本はたくさんあったみたいなのに……」
「子供の興味を引くようにできているようですね」
 そんな話をしながら二人が向かった先は、本の以前の持ち主だ。ネットオークションで郵送のやりとりをしたということで、住所はすぐに判明した。
 だが。
「空家のようですね」
 辿りついた住所に人の気配はなかった。
「とりあえず、お隣さんにでも聞いてみましょ」
 ここでもやはり、夕日の肩書きは大いに役立った。周辺の家に聞き込みをしてみたところ、前の持ち主の少女が亡くなり、その後家の人間も引っ越していったとのこと。
 幼い頃から病を患い、友達もなく外で遊んだ記憶もない少女。その少女が一番大切にしていたのが、問題の本であったのだそうだ。両親は、少女が大切にしていた本が他の子供の手に渡ることで、少女の寂しさが少しでも癒されるようにと、本を売ったのだと言う。
「少女の寂しい想いに本が意思を宿したのか、少女の霊が宿ってしまったのか……どっちかしら」
「どちらにしても目的はおそらく、遊び相手が欲しいため、でしょう」
 本が意思を宿したのだとしたら少女のために。少女の霊が宿っているのだとしたら少女自身のために。
 とはいえ、どちらの場合にしても、目的は変わらず、それはある意味で性質が同じであるということを指す。
「ここまでわかれば、わたくしの力で本の性質を変えることができると思います」
「あら、そんなことができるの?」
「はい。ただ、本が必要となりますが」
「じゃあ、合流しましょうか」
 シュラインが向かった先は、前もって聞いてある。芳野書房という古書店だ。
 古書店にはカウンターに一人の老人がいるだけで、シュラインの姿はない。けれどシュラインのことを訪ねると、老人はすぐに問題の本を渡してくれた。
「シュライン様は……?」
「すぐに戻ると言っていたが……。行き先までは聞いていないなあ」
 仕方なく老人に伝言だけ残し、二人は一足先に編集部へと戻った。
「それで、どうするの?」
 夕日の問いに答えるように、パティはゆっくりと瞳を開く。
 その視界に、子供向けのデフォルメされた絵で描かれた桃太郎が映る。
 人を引き込むその性質を、変化させる。
「これで終わりです」
 パティから本を受け取った夕日は、ぱらぱらと読み進めてみたが、確かに人を引き込む性質は消えているようだ。読み終わっても、夕日にはなんの変化も起きなかった。
 だが。
「これだけじゃ、引き込まれた人は助けられないみたいね」
 もう一度考え直しかと思った時だ。
 本が淡く光ったと思ったら、その真上に人間が、現れた。
「きゃああっ!」
「うわっ!?」
 ドドッと賑やかな音を立てて落ちてきたのは、シュラインとアサト。そして、三下とその他行方不明になっていた人たち。それからもう一人――見覚えのない、青い髪の少年だ。
「無事戻ってこれたみたいだな」
「どうやって……」
 本の性質を変えたことが原因だとは、パティと夕日には思えなかった。
「あ、あんたたちがやってくれたのか、今の」
 少年の問いに、二人は頷く。
「助かったよ。本の留める力が強くてさ、俺一人ならともかく他の人を連れて出れなかったんだ」
 パティと夕日の疑問の視線がシュラインに向く。
「この子が、本に詳しい知り合いなの」
 とりあえず、事情を説明しあうには少々時間がかかりそうだ。
 四人は先に麗香に、事態解決の報告をしに行くことにした。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

4538|パティ・ガントレット|女|28|魔人マフィアの頭目
6735|桐月・アサト    |男|36|なんでも屋
3586|神宮寺・夕日    |女|23|警視庁所属・警部補
0086|シュライン・エマ  |女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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         ライター通信          
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こんにちは、日向 葵です。
このたびは三下さんの捜索にご参加いただき、ありがとうございました。

今回は調査の方が多く、夕日さんとパティさんは行動の方針がほぼ同じでしたので、同一描写とさせていただきました。
他のお二方は方向性がちょっと違っていたので、少しずつ内容が変わっています。
本の中で何があったのか、外側で何が判明したのか。
お時間ありましたら、他の方のも読んでみてくださいませ。

>パティさん
先日に引き続き、ご依頼ありがとうございました。
解呪のことを気にかけてらしたようなので、その役目をお願いしました。

>アサトさん
はじめまして。ご参加ありがとうございます!
今回、しょっぱなから本に突入するという方がアサトさんお一人でしたので、三下さん&行方不明者の保護役に回っていただきました。
賑やかなプレイングは読んでいて楽しかったのです。

>夕日さん
はじめまして。ご参加ありがとうございます!
いろいろと考えてくださって、ありがとうございます。鬼退治はお約束ですよね(笑)
一般の方への聞き込みに、警察と言う肩書きはとても使いやすかったです。
おかげさまで情報収集がすんなりと進みました。

>シュラインさん
いつもライター登録のNPCを気にかけてくださり、ありがとうございます。
調査には他にも人員がいたので、結城と一緒に行動する方のプレイングを優先させていただきました。
といっても、本そのものから聞くということはできませんでしたが……結城てば役立たずで(笑)


少しなりと楽しんでいただけることを祈りつつ……。
また機会がありましたら、その時はどうぞよろしくお願いします。