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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


真実の本数


  12月12日―――…
 それは何の変哲もない、至極ありふれた日常であった。
 夕方までは。
 ここひと月の間に請け負った依頼の資料をファイリングしている矢先のこと。
 それまで所長席の前にあるソファーには、いや、事務所内には自分しかいなかったはずだった。
 はぁ…というため息が聞こえ、ふと顔を上げれば目の前のソファーに背広姿の男が一人座っている。
「!?」
 勿論ノックをした音もなければ、ドアを開けた形跡もない。
 突如そこに男が現れ、まるで待たされている依頼人のように座っているのだ。
 だが、その時点でも十分普通の依頼人ではない。
 足元を覗き込めば、例に埋もれず透けている。
「―――オイ、いきなり何の断りもなくそんな所に座られても、幽霊の頼みなんて一文にもならないことそうそう引き受けんぞ」
 ため息混じりに幽霊に向かってそう言うと、草間に今気づいたように幽霊は驚いた顔をした。
『…ここは…?』
 辺りを見回し、更に驚いたような素振りを見せる。
 今の今まで、自分が何処にいるのかすらもわかっていなかったらしい。
 入り口のすりガラスに書かれた興信所という文字を見て、幽霊の表情が変わる。
 なんだか嫌な予感がしてきた草間武彦、三十歳。
『お願いです! あれを探すのを手伝って下さい。 数が足りないんです…十二本必要なのに…ッ』
 そらきた。
「あのなぁ〜〜〜手伝うっていってもだ。 お前さん幽霊だろ? 依頼料はどーすんだよ、こっちはボランティアじゃないんだぞ」
『謝礼ならお支払いできると思います。 金額にもよりますが…僕多分まだ死んでないと思うし』
 現に透けた体が今草間の目の前にある。
 どこからどう見ても幽霊以外の何者でもない。
『救急車で運ばれて…病院のベッドの上にいる所までは何とか覚えてるんです。 だけど何で運ばれたのか、それまで何をしていて何処に行こうとしていたのか…何を持っていたのかがまるで思い出せない。 だけど、何か大事なことがあってその為に何かを用意して……それで…』
 記憶が曖昧で混乱しているのだろうか。 幽霊は頭を抱えて黙り込んだ。
「……だったら病院名言え。 生きてるならきちっと書面で契約書の作成をしないとな」
『有難う御座います!』
 何だかんだとお人よしな自分にため息をつく草間であった。
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■― 16:20 ―

  買い物から帰ってきたシュライン・エマは、四位・いづる(しい・いづる)と氷室・浩介(ひむろ・こうすけ)が腰掛けるソファーの向かいに座る背広姿の幽霊を見て一瞬ぎょっとしたが、草間の説明を聞いてホッと胸をなでおろす。
「いきてるの、よかった。 で、四位さんも氷室君も武彦さんに呼び出された口?」
 台所に袋を置きに行き、お茶を用意しながらシュラインは二人に尋ねる。
「入院患者を当たらなければならないようだから、駆りだされた…って所かしら」
「なんか今日中に何とかしたいらしくて、急いでるから手ぇ貸してくれってさ」
 個人病院を経営するいづるにとっては、平日の夕方院を閉めることは簡単と言えば簡単だ。
 幸い夕方からの診療予約も入ってなかった。
 浩介はいつもの通り、声をかければいつでも手を貸してくれるあたりはさすが何でも屋、といったところか。
「―――さて、人手も揃ったことだし。 入院先や自分の名前とか、その辺の詳細を教えてくれ」
 そういえば聞いていなかった、などとは言えない探偵。
 あくまでも二度手間を省く意味で、と口には出さないか態度で主張する。
『水上明人…水の上に、明るい人で水上明人です。 で、病院は……………あれ…?』
 明人は急に言葉が詰まった。
 病院に運ばれたことは覚えている。 名前も覚えている。
 しかし、肝心の病院名が出てこない。
「――案の定、かな。 恐らく事故にあって病院に搬送されたんだろうが…意識が途切れ途切れの中で、まず病院名を確かめる人なんていないもの」
 ため息混じりに呟くいづる。 明人はついすみませんと頭を下げてしまう。
「だな。 で、足りない何かを探してほしいと言うものの、それが何かもわかってない」
「てーかさ、足りないってなら、それはもともと幾つ必要なモンなわけ?」
 浩介が問うと、その数は覚えているらしく、十二本、と答えた。
「……12月12日はバッテリーの日や漢字の日、いろいろありますが「12本必要」ということから考えて、Dozen Rose Day、恋人に愛情の証として12本の薔薇を贈ろうとしていたのでは?」
 いづるの言葉にシュラインが付け加える。
「多分、そうかも。 でも知名度や提唱者達から、案外新しい日なのかもしれないから、そういうことに詳しそう…には見えないんだけどね。 プロポーズかなとも思うけど、ここまで切羽詰まった風だと誤解解こうとしてたとか彼女の誕生日とか?」
「薔薇なぁ…俺も昨日、実家の姉弟に頼まれて買いに行ったばっかだわ」
 明人が言った言葉から、十二本必要ということで恐らくは花束であろうと一同は考えた。
 そして今日事故にあったというなら、夕方のニュースでやっているはずだと、興信所内のテレビをつける。
 勿論、それに見入っている時間はないので、草間をニュース番におき、いくつかニュースをチェックさせることにした。
「それじゃあ、こちらから警察と病院へ当たってみるわ。 職業柄この手の情報は手に入れやすいし」
 いづるがそういって携帯をかけながら出て行く。
 そのときだ。
 草間がニュース番組を片っ端からチェックしていると、今日の都内で交通事故で運ばれた人の話が挙がった。
「あ、これじゃないか?」
「どれどれ……あら、ホント。 脇見運転で歩道に乗り上げ、会社員の水上明人さんが巻き添えになり、重傷…か」
 年末なだけにこの手の事故もこれから更に増えることだろうとシュラインは深いため息をつく。
「あ! あれあれ!」
 浩介がテレビに映された事故現場の片隅を指差す。
 画面の隅には、その周りに散る血痕の傍に赤い花弁がちらほらと。
「やっぱり薔薇だったのね」
「こっちもわかったわ。 ここから割と近い救急病院に搬送されたみたい」
「んじゃまずは病院の方に行くっきゃないな」
 明人の方を見やり、なっ! と同意を求める浩介。
「そうね。 急ぎましょう。もう夕暮れだし…病院に行くにしても事故現場の方に行くにしても早くしなくちゃ」


■― 16:55 ―

  病院の面会時間終了際に、一同は明人が入院している病院へとやって来た。
 勿論、昨今では個人情報保護を過度に受け止めすぎている為に、面会の理由をつけようとしても首を横に振られることぐらいわかっている。
 それも見越して、草間は先に警察の知人に連絡をつけ、裏からこっそりと面会できるよう根回しをしておいた。
 聞いた話によると彼は天涯孤独の身で、身内は誰もいないと警察関係者から告げられ、ついでに病室へ持っていってくれと渡された私物の中から、シュラインは失礼、と囁き手帳や携帯などをチェックする。
 手帳の今日の日付には、大きく赤丸がされており、それ以上に気になったのは、それより前の日付で同じ曜日の同じ時間に何度か教室、と書かれていたこと。
 そして、紙袋に壊れたカバンや中身と共に、薔薇の花びらが入っている。 しかし、普通の薔薇とは何かが違っていた。
「…精巧に出来た…造花…?」
 シュラインが首をかしげていると、一同が立ち止まる。
「ここか…」
『…自分を見るって変な感じですね…』
 明人は病室の前で躊躇っている。
 この戸をすり抜ければ寝ている自分の姿を見ることになる。
 事故で病院に搬送され、重傷だと報道されていたならば、全身包帯まみれであることは容易に想像できた。
「…時間ねぇんだろ? こんなところで躊躇ってんなよな」
 そういって浩介が病室の戸をノックする。
 中から聞こえるのは若い女性の声。
 病室の戸が開けられる。
 その途端、明人が掻き消えるようにその場から忽然といなくなってしまった。
「!? 水上さん?」
 シュラインが一瞬慌てる。 が、いづるが自分の口元に指をあて、静かにするよう注意する。
「…アキ君……明人さんのお知り合いの方々ですか…?」
 ベッドの横に座る女性が、今の今まで泣いていたであろう目元をぬぐって振り返る。
 草間といづるはそんなようなものだと告げ、浩介は状況から判断してその女性に質問する。
「…今日、明人と会う約束してた?」
 その問いに女性は控えめに頷く。
 デートの約束をしていたと、女性は答えた。
「失礼」
 医者であるいづるは眠ったままの明人を見つめ、彼の幽体が体に戻っていることを確認した。
「…大丈夫。 そろそろ目覚めるわ」
 いづるがそう告げると同時ぐらいに、明人の瞼がぴくりと動く。
「アキ君!?」
「…………理沙…? おれ…なんでこんな………」
 未だにハッキリとしない意識の中で、入り口付近にいる草間たちの姿が視界に入った。
 途端、ハッと目を見開き、起き上がろうとするが体は当然動くはずもなく、苦痛に顔を歪めたと思えば、また意識を失ってしまった。
「アキ君!? アキ君!!」
「…大丈夫よ。 体に戻って急に動こうとしたからだわ」
 いづるの言葉に理沙という女性は首をかしげる。
 言っても信じないことは分かっている。
 だが、このままでは彼の幽体は安定しない。
 そうなれば命に別状がないはずの怪我でも、体が弱ってしまう。
『――――思い出した……今日、理沙と会う約束してたんだ……』
「! 水上さん…」
 急に壁の片隅に立ち、そう呟く明人の姿は今眠っている本体を同じ、病院着で同じ所に包帯を巻いている。
「? 何? 貴方達何なんですか!?」
 理沙がいぶかしむのも当然であろう。
「………信じてもらえないことを承知の上で話すけど、今そこの壁際に明人が立ってるんだ。 俺たちはさっきまで背広姿の明人と一緒にいた。 明人が幽体のままこの草間さんの興信所にいきなり現れて、探し物の依頼をしたんだ」
 当然こんな話信じられるはずもない。
 理沙は眉間のしわを深める。
「あれを探すのを手伝ってください。 数が足りない。 十二本必要なのに…そんな風に言ってきたんだ。 俺たちは彼の依頼を受けて本体探しとその失くした物を探すって依頼をされたわけだ」
 草間達が説明する横で、切なげな目で理沙を見つめる明人。
『…俺が体に戻って説明すれば―――…』
 明人の提案をいづるが却下する。
「だめよ。 そう何度も出たり入ったりは体への負担が大きいわ。 下手をすれば離れ癖がついて戻りにくくなる」
 壁の方を向いて話すいづるに、理沙はぽつりと、そこに明人がいるのかと尋ねる。
 その問いに、いづるは浅く頷いた。
 壁の方へゆっくりを歩く理沙は、恐る恐る手を伸ばし、いづるや周囲の顔を見やる。
「…そこにいるわ。 貴方の前に」
 シュラインがそういうと、明人がいとおしげに理沙の頬に手を伸ばす。
 一瞬、理沙の体がぴくりと震えた。
 何かひんやりしたものが頬に触れたというのだ。
「………アキ君……?」
『理沙…御免な、約束の時間に行けなくて…』
 明人の言葉は当然理沙には伝わらない。
 しかし、頬に触れるひんやりとした感覚の移動で、何となく何を言ってるのか理沙には理解できた。
「……多分、謝ってるんですよね…? バカね、生きてるだけで十分なのに…誕生日なんて生きてれば何度でもくるのに…」
 理沙の言葉に、シュラインの中で途切れ途切れだった事柄が一つに繋がる。
「あの、理沙さん? あ、これは水上さんが呟いたんだけど……で、これを」
 預かった私物を理沙に渡すと、シュラインは話の流れから検討付けた事を語りだした。
「水上さんは、貴方の誕生日にお祝いしようと何かの教室に通ってて、そこで作った何かを今日渡そうと急いでて事故に巻き込まれたみたいなの。 彼が何の習い事をしていたか知ってる?」
 その問いに理沙は首を横にふる。
 本人には内緒で用意したプレゼント。
「―――行こう。 事故現場」
 浩介がそういって明人に手を差し出す。
「そうね…薔薇の花束じゃなく、何か作って渡そうとしていたなら、代わりのものなんてないわね」
 行きましょう、といづるは先に病室を出る。
『理沙、待っててな。 何渡そうとしてたのかちゃんと思い出すから』
 届かないと分かっていつつも、明人は理沙にそう告げ、浩介と共に病室を出る。
「…貴方はここで待っていて。 水上さんの体の様子を見ていてあげて、ね?」
 おろおろとしている理沙の手を、シュラインはそっと握った。
「依頼だからな。 ここで死なれちゃ後味悪い。 ちゃんと探してくるからそれまで体の方と一緒に待っててくれ」
 そういい残し、二人も病室を後にした。
「…アキ君………ホントに、バカなんだから……ッ」
 一行が出た後の病室で、寝たままの明人の傍で、理沙は静かに泣いた。

■― 17:36 ―

  冬の日照時間は短く、もう辺りはすっかり闇に包まれていた。
 幸い事故現場周辺は街灯が多く、懐中電灯がなくても容易に周囲の状況を把握できた。
「…よくこれで生きてたな……」
 キチンと刈り込まれた植え込みは無残にもつぶれ、蛇行したタイヤの後を辿ればコンクリートの塀に激突したのだろう、コーンが置かれ、現場検証の名残がある。
 壁際には大量の血。
 幸い致死量にはいたっていないようだが、それにしても赤黒く変色した地面はいい気がしない。
「あ、これ!」
 夕方のニュースで見た植え込みの陰に、薔薇の花が落ちていた。
 手作りで、それを用意するためにわざわざ教室にまで通って、ようやくプレゼントできる代物になって、当日の約束の時間に間に合うように急いでいた矢先に事故に巻き込まれて。
 ついてないよな、アンタも。 そう苦笑交じりに呟いて、拾った薔薇を明人に見せる。
 途端、明人の目に強い光が宿った気がした。
『…そうだ……プリザーブドフラワー! 教室に通って、ようやっとちゃんとした物が作れるようになったから…!』
「プリザーブドフラワー…そうか、だから普通の生花と比べて軽かったんだわ」
 また少し離れた所で見つけた花と花弁を手に、明人が大きな声で言ったその言葉に、シュラインはようやく謎が解けたと表情を緩める。
 プリザーブドフラワーとは、生花を加工して長期間色褪せることなく保存しておける特殊な技法のことを言う。
 その名前はあまり馴染みはないのだが、ウェディングブーケなどで大きな花束にした際、生花ならば花嫁の負担になるような重さなのだが、この加工をした花はとても軽く、長期保存ができる為に式場では多く使われているのだ。
 明人は理沙のために、彼女の誕生日がちょうど12月12日だったことに合わせて、この加工を施した薔薇を12本の花束にして渡そうとしていた。
『―――これで、理沙に結婚しようって…』
 変わらぬ真実の愛を誓う為に。
 その証として。
「…3、5…9…そっちの数はどう?」
 周囲に散った花びらと花を集めてきて数えるいづるは、シュラインや浩介が拾った分をカウントしていく。
「…10、11、12…よし。 これで全部揃ったわね」
『つぶれちゃいましたけどね…』
 微苦笑する明人に浩介は気持ちが大事だろう、と元気付ける。
「全部思い出したし、つぶれちゃったけど…十二本、キチンと揃ったし…これで依頼は完了かしら?」
 シュラインの言葉に、明人は満面の笑顔で返し、有難うございましたと言ってその場から消えた。
「…体に、戻ったかな?」
 草間の呟きに、一先ずこれを持って病院へ戻ろうといづるが先を歩く。
 強い未練ゆえに幽体が不安定になっていたから、これでようやく体に定着できることだろうと安堵のため息をつく。
 そして、病院へ戻り、意識の回復した明人とそれを喜ぶ理沙の前に、草間達は十二本の深紅の薔薇で作られたプリザーブドフラワーを差し出した。
「これで依頼は完了だな? 依頼料は後日頂きに来るから。 まぁ、ごゆっくり」
 そういって草間はきびすを返した。

■― 18:15 ―

  いったん全員で興信所へ戻り、シュラインと零が用意したお茶とお茶請けでホッと一息つく。
「まぁそう大事にならんでよかったわぁ……っと。 コホン」
 依頼が完了して安心したのか、いづるはふと、いつもの京都寄りの関西弁がポロッと出てしまった。
「それにしても、なんだっけ。 プリザーブドフラワー? あんな技術あんのな」
 感心した様子で今度身内にも教えてやろうと呟く浩介。
「十二本の赤い薔薇…かぁ…なんだかこそばゆい感じ。 武彦さんに渡すならやっぱり薔薇じゃなくて煙草かしら」
 笑いまじりに草間をチラリと見やるシュライン。
 草間は咳払いをして誤魔化すように視線を外した。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6725 / 氷室・浩介 / 男性 / 20歳 / 何でも屋】
【6808 / 四位・いづる / 女性 / 21歳 / 医師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
このたびは草間興信所依頼【真実の本数】に参加頂き、まことに有難う御座います。 
お三方ともご明察! と嬉しくなりました。
12月12日はDozen Rose Day…知名度こそ低い比較的新しい習慣だと思います。
薔薇一輪の花言葉は情熱。それが十二本揃うと真実の愛という意味が発生します。
何か気の利いた演出を、と考えた結果、このような形になったようです。
皆さんの考察な行動を状況と各自の設定応じて少しばかり付け足してみました。
お気に召せば幸いです。

ノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。