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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「何処かで飯でも食って帰るか」
 ランチタイムのピークが少し過ぎたぐらいの昼下がり。シュライン・エマの隣に並んで歩いていた草間 武彦(くさま・たけひこ)がそう言って笑いかけた。
 今日は朝から興信所の調査で二人で聞き込みなどに行っていたのだが、仕事は何とか一段落付きそうだ。それなりに忙しく、それなりに一緒に出かけたり食事をする時間があるぐらいが丁度いい。シュラインは少し考えて、小路の方を指さす。
「だったら『蒼月亭』に行かない?留守番してる零(れい)ちゃんに、何かお土産も買っていきたいし」
「そうだな。まだランチタイムには間に合う」
 ここでケーキを買って、興信所に帰ってからお茶にするのもいいだろう。カラン…とドアベルを鳴らして店の中に入ると、何故かカウンターの外と中でナイトホークが羽付のドレスハットを被ってる青年と睨み合っていた。それを横目に、従業員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)が苦笑しながら挨拶をする。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ。ナイトホークさんとドクターは、ちょっと放っておいてください」
 ドクターと呼ばれたのは、この店の常連らしい篁 雅隆(たかむら・まさたか)だ。数々の研究で特許を取っているが、科学雑誌で見る姿とここで見る姿は全く違う。多分こっちが素の姿なのだろう…とシュラインは思う。
「えっと…ランチ二つと、デザート一つテイクアウトで。今日は食後にコーヒー二つでお願いね」
「はい、かしこまりました。ナイトホークさん、睨み合いは後にしてお仕事ですよ」

 今日のランチは、シュラインのメニューがジャガイモのポタージュとハンバーグにゴボウのサラダ。それに小さなパンで、武彦のメニューは根菜のスープにポテトコロッケ、温野菜サラダにライスという組み合わせだった。
「いつも思うんだけど、一人一人メニュー違うのって大変じゃない?」
 ポタージュを一口飲みながらシュラインがそう言うと、カウンターの中でナイトホークと香里亜が顔を見合わせながらくすっと笑う。
「ああ、食材使い回しできるメニューにしてるから。コロッケ用のマッシュポテトはスープにも使えるし、シュラインさんのサラダに入ってるゴボウは、草間さんのスープにも入ってる」
「ドクターが食べていたのはメンチカツでしたから、実は見た目ほど材料代わり映えしないんですよ」
 確かに言われてみればそうかも知れない。挽肉やタマネギ、ジャガイモ…と色々考えればこれだけ見た目が違う物が作れる。でも、それで一人一人気まぐれでメニューを変えられるのはやはりすごい。
「マスター意外にマメだよな」
「意外って言うな。意外じゃなくて、普通にマメな性格なんだよ」
 ニヤッと笑う武彦にナイトホークが憮然とする。それはこの店の中を見ればシュラインにも分かることだった。いつも磨かれているボトルやグラス…ランプシェードにも曇りはなく、店の中に飾ってある花もしょっちゅう変えられている。それに細かく色々気にしてなければ、注文が来てからコーヒー豆を挽き始めるなどやらないだろう。
 シュラインがそんな事を思っていると、近くの席に座っていた雅隆がプリンの入った器を持ち、シュライン達を見た。
「ナイトホークはマメと言うより、変なところで神経質なんだよぅ」
「…この浮かれポンチはいないものとして扱ってくれ」
「うわーん、人を幽霊みたいにスルーするなー」
 その様子にシュラインや香里亜がくすっと笑った。多分こういう掛け合いはお互い挨拶みたいなものなのだろう。不穏な空気が漂っているわけでもないし、賑やかで楽しそうなのはなかなか素敵だ。ナイトホークにそう言うと「違う!」と言われるのだろうが。
「あ、そういえば…私達が来たとき、どうしてナっちゃんさんとドクター睨み合ってたのかしら」
 すっかり忘れていたが、シュラインと武彦がドアを開けたとき、ナイトホークと雅隆がじっと睨み合っていた。
「それ俺も気になってた。マスターが客と睨み合ってるの珍しいよな」
 武彦がそう言った瞬間だった。
 ナイトホークと雅隆が同時にわいわいと話し出す。
「それはこの浮かれポンチが、俺に『納豆チョコ』なんてとんでもねぇ菓子を…」
「ナイトホークがねー、僕それ食べられないって言ってるのに、お皿に意地悪して人参を…」
 一辺に二人で話しているのを尻目に、香里亜が困ったように笑いながら二人に事の顛末を説明してくれた。シュラインは音を聞き分けられるので分かるのだが、武彦が何が何だか分からないという表情をしている。
 それは雅隆がナイトホークに「おみやげー」と持ってきたお菓子が発端だった。
 どこで手に入れたのかさっぱり分からないが『納豆チョコ』という、乾燥納豆をチョコでコーティングしたお菓子を持ってきて「騙されたと思って一個食べて!」と言ったのが、ナイトホークの逆鱗に触れたらしい。
 結局チョコは開けてもいないのだが、そのお返しにナイトホークは雅隆が嫌いだと言い張っている人参をランチに出したわけで…。
「あははははは…」
 武彦は大爆笑しているが、二人にとっては大問題なのだろう。誰にだってどうしても食べられないものがある。ここではお菓子や食材の持ち寄りのイベントなどもあるので、聞いておいた方がいいかも知れない。持ってくるからにはやっぱり気持ちよく、出来るだけ皆の口に入った方が嬉しい。
「ナっちゃんさんや香里亜ちゃんは、食べ物の好き嫌いとかあるのかしら」
「僕はねー、苦い物と辛いものと人参と、お酒あんまり飲めなーい。好きな物は甘い物」
「何で関係ないお前が、一番最初に自己主張するんだよ」
 ぺしっとナイトホークに頭を叩かれた雅隆が、シュライン達に向かってにぱっと笑う。
「えー、僕あちこち留学長かったから、自己主張しないと誰も話聞いてくれないの。こういうときは先に言った者勝ちだと思ってる」
「聞いてねぇ」
「聞いてよー!」
 何だかそのテンポの良さが楽しい。そんな様子にシュラインが微笑んでいると、武彦がふと顔を上げる。
「そう言えばマスター納豆嫌いなのか?食い慣れると意外と美味いぞ」
 ぴた。今まで話していたナイトホークの動きが止まった。よほど嫌いなのか、心なし表情も硬い。
「無理無理無理、絶対無理。あの匂いも粘りもダメ。そもそもオクラや長いもとか粘る物あんまり好きじゃないんだけど、納豆だけは料理することも拒否」
「ナっちゃんさん粘り物ダメなのね」
「口の中の感触がダメだ。あとイモとかカボチャは、あんまり積極的に食いたいと思わない」
 どうやらネバネバするものはナイトホークの口に合わないらしい。カボチャと芋に関しては、香里亜がそっと教えてくれたが「食べ飽きた」という理由のようだ。見かけ通りの歳ではないと思っているが、何だか直球だなぁとシュラインは思う。
「カボチャそんなに好きじゃなかったのね。この前ハロウィンの時とか大丈夫だったかしら」
「ああ、調理してあると割と平気。美味かったよ、シュラインさんが作ったパンプキンプディング」
 だったら良かった。作ってきた物が嫌いなもので食べられないのは寂しいし、やっぱり皆に楽しんでもらいたい。
「ナっちゃんさんの好きな物は、お酒と煙草以外に何かあるのかしら」
 店を見ても分かるように、お酒と煙草が好きなのは確かだ。だがそれ以外に好きな食べ物があるのだろうか…シュラインが期待に満ちた目で見ていると、ナイトホークが天を仰ぐ。
「食い物にあんまり執着ないんだよな、結構甘い物も食うし。でも以外とジャンクフード好きかも。カップ麺とか休みの日に食うと妙に美味い気がする」
 カップ麺にお湯を入れ、待っているナイトホークがあんまり想像できない。隣に座っている武彦も同じなのか、カウンターに肘を突き考え込んでいる。
「マスターとカップ麺が繋がらない…」
「私もよ。ちゃんと聞くと意外で面白いわ」
 人は見た目だけでは案外分からないものだ。ナイトホークが甘い物を結構食べるということや、ジャンクフード好きというのも聞かなければ全く分からなかっただろう。
 こうやって面と向かって話をして、分かり合っていくこともある。
 些細な事なのかも知れないが、そんな小さな積み重ねで人は仲良くなっていくものだ。誰だっていきなり自分の底を見せたりはしない。その心が深ければ溺れてしまうことだってある。
 浅いところから少しずつ…それが案外大事なことなのかも知れない。
 昼下がりの日差しの中シュラインがそんな事を思っていると、急に雅隆が香里亜の方を見た。
「あ、シュラインさん。香里亜ちゃんの嫌いなものすごいよー。めっちゃ突っ込み入れたくなるよ」
「ああ、それだけは浮かれポンチに同意だ。アレは好きとか嫌い以前にどこで食えるのか俺が知りたい」
 二人の言葉に、カウンターで持ち帰り用のケーキボックスを組み立てていた香里亜が引きつった笑いを浮かべる。
「基本的に食べ物の好き嫌いはないんですよ。でも、もう一度食べる機会があったら断るなーってだけで…言わなきゃダメですか?」
 じーっ。
 八つの目が香里亜をじっと見た。もう一度…と言うことは、頻繁に食べられる物ではないのだろう。基本的に好き嫌いはないというのが香里亜らしいが、それでも食べる機会があれば断るというのに興味がある。
 全員のプレッシャーに押されたのか、香里亜がぼそっと呟き始めた。
「…熊肉は二度と食べたくないです」
「くま?」
 一体どこでそんな物を食べる機会があったのか…それを聞いた武彦やナイトホークが必死で笑いを堪えている。
「誰かからもらったりしたのかしら…熊」
「はい。おと…父のお友達が狩猟をしていて、子供の頃たまたま食べる機会が…って、そんなに皆で笑い堪えないでくださいよ。すごい獣くさいんですよ、食べたことないから知らないんですよ」
 どう考えてもシュラインが、蒼月亭の差し入れに熊肉を持ってくることはないだろう。
 香里亜自体も子供の頃から機会は訪れていないのだが、その時の味の印象がすごすぎて二度と食べたくないらしい。
「じゃあ、香里亜ちゃんの好きな物は何かしら」
 そろそろ熊から離れた方がいいだろう。シュラインが聞くと、香里亜はやっと安心したようにほっと溜息をつく。
「ケーキとか好きなんですけど、最近チョコレート系のケーキに弱いです。『オペラ』とか『ザッハトルテ』とか見るとそれだけでウキウキです」
「あら、私も同じよ。チョコレート系のお菓子は別腹よね」
 シュラインもチョコ系のお菓子は大好物だ。それだけはご飯を食べた後でも別腹で、しっかりと食べられる。今の時期なら生チョコもいいし、季節限定で出るチョコ菓子もコンビニなどに行ったついでにちょっと買ってしまう。女同士で同意していると、何故か雅隆が移動してきて、一緒になって同意している。
「あらドクター、どうしたの?」
「僕もチョコ好きだから、自己主張ー」
 その様子に香里亜とシュラインが顔を見合わせて笑った。

 今日は食後のコーヒーにしたのだが、チョコレート系のお菓子好きで盛り上がったせいでどうしても食べたくなり、ガトーショコラも追加で頼んで一息ついていた。もちろん零へのお土産もガトーショコラだ。
「ランチの後に甘い物よく食えるな」
 隣で煙草を吸う武彦に、シュラインは幸せそうに微笑みかける。
「ふふ、武彦さんが何本煙草吸っても飽きないように、甘い物は飽きないのよ」
 濃厚なチョコレートが甘苦く口の中で溶けていき、それとコーヒーを合わせるとそれだけで幸せだ。甘い物を食べていると自然に表情も軟らかくなる。
 そうしているとドアベルが鳴り、外から一瞬冷気が入った。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ。太蘭(たいらん)、久しぶり」
 そこにやって来たのは、刀剣鍛冶師の太蘭だった。シュラインも仕事の協力をしてもらったり、猫と遊ばせてもらったりしている顔見知りだ。
「あ、太蘭だー。何か僕に美味しい物持ってきたのぅ?」
「残念ながら博士にじゃなくて、ナイトホークに頼まれてた梅干しを持ってきた。シュライン殿が来てる事を知っていたら、余計に持ってきたのだが…」
 太蘭には漬け物をもらった事もあるし、シュラインも自分で作ったザクロ酒を持っていった事もある。折角だからこの機会に約束してしまおう。シュラインは太蘭に向かってにこっと笑う。
「いいのよ。その代わり、今度何か作った物交換しましょう。太蘭さん何だか色んな物作ってそうだから」
「ああ。シュライン殿からもらったザクロ酒が美味かったので、会ったときに作り方を聞こうかと思ってたんで丁度いい。何かあったら言ってくれ」
 少しずつの幸せ。
 ほんの少しずつだけど仲良くなって、お互いを知って、そこから繋がっていく人の輪。
「ナイトホークさん、私にもちょっとお裾分け」
「マスター、俺も一個食いたい」
「僕も欲しいー」
「ええい、みんなで一辺に喋るな。やるから大人しく待ってろ、欠食児童か」
 そんな賑やかな様子を、シュラインはケーキを食べながら楽しそうに見つめていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

◆ライター通信◆
ご来店ありがとうございます、水月小織です。
ランチタイムに皆の好き嫌いを聞きながら…というプレイングでしたので、そんな事を話しながらゆっくりとした昼下がりという話になりました。蒼月亭の二人の他に、ご希望の篁雅隆と太蘭が出てますので何となく賑やかです。
チョコレート系のお菓子は自分も弱いです。あと、冒頭に出た「納豆チョコ」ですが、北海道のお土産に実在します。味は…まずいらしいです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またのご来店をお待ちしています。