|
僕を捜してもらえませんか?
「うわ〜ん、草間さん、助けてくださいっ……!」
そう言って、少年――というにはあまりにも小型過ぎる『それ』が駆け込んできたのは、草間がそろそろ昼食にしようかと思っていたときのことだった。
ぼふっ、と抱きつかれて、空きっ腹がきりきりと痛む。いったいなんなんだ、これは。こんな小さな知り合いはいないはずだ!
声を出すのもおっくうなほどに空腹なので、草間は心の中でそうつぶやく。
そんな草間の心中を知ってか知らずか、『それ』はもそもそと顔を上げた。
「ん? おまえ、朝野か?」
その顔が見知ったものだったので、草間は思わず首をかしげた。
自分の記憶が確かなら、彼――朝野時人は、こんなに小さな子供ではなかったはずだ。 いつもだぶだぶの黒いローブをひきずって、背の高さとさほど変わらない杖を手にしてはいるけれど、彼は小柄なだけでごく普通の15歳の範疇に入る程度の、大きさであったように思う。
「そうなんですよ〜! 実はですね、聞いてください! 僕、なんか変な魔法をかけられちゃったみたいで……半分になっちゃったんです!!」
「は、半分? いったいなんのことだ、それは」
意味がわからず、草間はおうむ返しに問いかけた。
「あ、えっとですね、なんていうのかなあ……魔法で僕、ふたりにされちゃったんです。でも僕をふたりにしても、僕は僕だから、大きさを半分にしてうまく釣り合いを取ったみたいな感じっていうか〜……」
「……ああ、わからないことがよくわかった」
草間は額をおさえて、時人の言葉をさえぎった。
「で、とりあえず、どうして欲しいんだ?」
「大きさが半分だと困るし……元に戻りたいなあ、って!」
待ってました、とばかりに時人が言う。
そんなふうに気軽に言われても困るのだが……さて、どうしたものか。
草間はこの厄介ごとを押し付けられそうな人間が誰かいなかったかどうか、知人の顔を頭の中にめぐらせた。
「あら武彦さん、そんな難しい顔をしなくても」
そこにするりと、まるで空気のようにシュライン・エマは割って入った。
えぐえぐと泣いていた時人が顔を上げて、すがるようにシュラインを見る。
「まずは昼食にしましょうね。それからゆっくり調べてあげましょ、ね?」
シュラインはそっと、小さな子供にするように時人の頭をなでてやりながら、草間に向かって微笑みかけた。
草間はああ、とか、うん、とか、曖昧に返してくる。
普通ならば草間の意図などつかめないところだが、長年の杵柄というやつで、シュラインにはなんとなく草間の考えがつかめている。多分、同意してくれているのだろうと思う。
草間の前に、テレビにでも出てきそうな「典型的日本のごはん」を並べながら、シュラインは時人にソファに座るようにうながした。
「それで朝野くん、もう一人の行き先はわかる? あと、犯人の姿は見たのかしら。できるだけ詳しく、状況を教えてちょうだい」
「ええっと……今日、小包が届いたんです。お師匠様の名前が差出人のところに書いてあったから、つい、うっかり開けちゃったんですけど……そしたらこんなことになっちゃって」
「小包、ね。中身はなんだったの?」
「魔法を込めた宝石――だったかな、って思います。崩れちゃってたから、確証はないけど……多分。箱を開けたら発動するようにしてあったんじゃないのかな」
「それだと犯人のセンからは難しそうねぇ……」
どうしようかしら、とシュラインは首をかしげた。
そんなとき、急にきゅるるーと時人が腹の虫を鳴かせる。
「あ……」
恥ずかしそうにうつむくが、小さくなっている今は、なんだか幼児がお腹をすかせているようにしか見えない。シュラインはくすくすと笑った。
「ご飯はまだなの?」
「あ、はい……その、あわててて……」
「それじゃ朝野くんのぶんも何か作ってあげるから、もうちょっと我慢してね。サンドイッチとおにぎりとどっちがいいかしら?」
「どっちでもいいです……その、ごめんなさい」
しょんぼりされると、本当に子供の相手をしているようで、なんだかおかしくなってしまう。
「あーそうだ。今思い出したんだけどな」
それまで黙って食事をしていた草間が、顔を上げてぽつりと言う。
「はい?」
「今日は午後から別の依頼が入ってるんだった。悪いけど頼まれてくれないか」
言葉こそ依頼形ではあったけれど、草間はおそらく、シュラインが断るとはかけらも考えていない。
それがなんだか誇らしくもある。
シュラインは笑みを浮かべながら、大きくうなずいた。
「さて、と」
シュラインは時人を連れ、あやかし荘を訪れていた。
お腹がすいたらどこへ行く? というシュラインの問いに、「多分自分の家に帰る」と時人が答えたからだ。
まあ確かに、普通に考えれば、お腹がすいたら家に帰るだろう。そんな当たり前の行動を取るかどうかは疑問だったが、それでも手がかりのない状態よりはよっぽどマシだ。
小さくなったおかげで、ドアを開けるのにも一苦労している時人に代わって、部屋のドアを開けてやる。
中には所狭しとものが積まれていて、足の踏み場どころか、身体を入れるのも大変なほどだ。
時人は慣れているらしく、そんな中を、すいすいと入っていく。
シュラインはなんとか部屋に身体をねじこんだ。とりあえず、この依頼を片付けたら、部屋の掃除の手伝いもオマケでつけてやってもいいかもしれない。そんなことを考えてしまうくらい、部屋の中はひどいことになっている。
「あ」
先に行っていた時人が、小さく声を上げた。
あわてて声のしたあたりまで行くと、そこには小さなちゃぶ台が置いてあって、半分の大きさの時人が座って、もしょもしょと食事をしているところだった。
「案外、楽に見つかったわね」
これならば、解決も早そうだ。シュラインが言うと、時人がくるりと振り返る。
「でも、どうやったら元に戻れるのか……」
確かに、会えば戻れるというわけでもないとなると、どうやって戻ればいいのかな悩むところだ。ふたりをぐいっとつかんで、おでこ同士をごつんとやったら戻ってくれたりすれば楽だけれど――まさか、そんなこともないのだろうし。
「ええっと……朝野くん?」
『はーい?』
声をかけると、ふたりが声をあわせて首をかしげる。
これはこれで面白いんだし、このままでもいいんじゃないかしら――なんてことを思うけれど、口には出さない。
「ややこしいわね……今、私と一緒に来たんじゃないほうの朝野くんに聞きたいのだけれど」
「あ、はーい」
食事をしていた手をやすめて、時人その2がシュラインの方を向く。
「どうしてこういう状況になったのかとか、何かわかることとか、ないのかしら」
「あー、はい。えっと、それだったら、さっき、お師匠様から絵ハガキが……」
と、ごそごそとローブの中をさぐって、時人その2が大き目のポストカードを差し出してくる。
観光地などによく置いてある、写真入りのポストカードのようだ。余白に、走り書きのような文字でなにか書き付けてある。
「ちょっと変わった女が行くからよろしく……?」
「多分、その、また何か変な約束でも……したんじゃないかと……」
と、ふたりあわせてため息をつく。
「あぁら、ヘンな約束だなんて、ひどい子たちねぇ!」
と、突然背後からハスキーな声が聞こえた。
振り返ると、典型的な魔女の服装をした、女がひとり立っている。
黒いとんがり帽子に黒いマント、そして黒いローブ。髪は蜂蜜色で、くるくるとカールしており、真っ赤な紅を引いている。年はそれなりにいっているようだが、年齢不詳の雰囲気がある。
「だ、誰ですかっ」
「あなたのママよ?」
『え、えええええっ!?』
少年ふたりが声を上げると、女はすねたように細い眉をしかめた。
おそらく、これが絵葉書に書いてあった「ちょっと変わった女」なのだろう。
確かにかなり変わっているようだ。
「お母さんなの? あんまり似てないようだけど」
「そんなわけないじゃないですかっ」
ぶんぶん、と時人が首を振る。確かに、時人の母親というには似ていない。
「本人はこう言ってるみたいだけど……?」
シュラインが訊ねると、女は金髪をかきあげながら、腰に手を当てた。
「この子のお師匠様からいわれてるのよ……この子を僕たちの子供だと思って大事にしてやってくれ、って……」
「……お師匠様のバカ……」
小さな小さな声で時人がつぶやくのが聞こえた。だが女は聞いていなかったらしく、そのまま続ける。
「それで来てみたら、私の子供っていうには大きすぎるでしょう? だったら小さくしちゃえばいいんだわって」
名案でしょう、と女が胸を張る。
どこが名案なのかシュラインには見当もつかないけれど、いちいち反論するのもはばかられるような気もする。
「そういえばあなた、この子のナンなの?」
はた、と気がついた様子で女が言う。
「え、何って……」
知り合い、というのが正しいのだろうか。それともここは依頼人?
そんな一瞬の迷いが誤解を生んだらしい。
「まさかあなた――ライバルね!」
「ええっ!?」
そんなことを言われても困る。だが、女はすっかり思い込んでしまっているらしく、ひとりで何かぶつぶつと言っている。
「さあ、勝負よ! そうね、まずは料理対決あたりから……!」
結局、その後しばらくシュラインは女からつきまとわれ続け、時人は元に戻れないまましばらく過ごすことになったのだが――それはまた、別の話。
《了》
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お久しぶりでございます。発注ありがとうございます、ライターの浅葉里樹です。
随分久しぶりに受注窓を開けたというのに、覚えておいていただけて光栄です。今回は復帰1作目ということで、こんな形のシナリオになりましたが、いかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけていれば幸いです。
何かご意見などございましたら、お気軽にお寄せくださいませ。ご参加ありがとうございました!
|
|
|