|
学園七不思議―03蒼いメロディー
噂は本当だったのか、その日たまたまだったのか。
音楽室からはノスタルジィ溢れるメロディが流れていた。
まるで音楽室の中では誰か数人が愉しげに演奏しているようなメロディ。
それでもどこか少し哀愁を感じてしまうのは、その楽器の特製なのか引き手の思いなのか。
黄昏るには丁度良い、メロディなのは確か。
そんな噂を聞きつけて、音楽室にやってきのは屍月・鎖姫。
淡いメロディに耳を傾けながら、我が物顔で音楽室の扉を開けた。
「………アレ?」
ちょっとびっくりしたような呟き。
それは誰もいないと思い込んでいた音楽室に、誰かいたから。
彼もまた噂を聞きつけてやってきたうちのひとりの弓削・森羅。
森羅は音楽室の椅子に腰掛け、座っている。
演奏者ではないのは確か。
閉じられた目、軽く音楽にあわせるように揺らめく頭。
黄昏メロディに聞き入ってどうやら眠りに入りかけているらしい。
鎖姫よりも先に音楽室に来て、何がこのメロディを奏でているのか、探索していたらしいのだが、何も変わったところなどなく、
疲れてちょっと休憩のつもりが、音楽に眠りを誘われたようだ。
鎖姫は音楽室に入りながら、気持ち良さそうに舟をこいでいる相手に声を掛けようかどうしたものか、迷った。
「……………」
なんとなく手を伸ばしたものの、それは相手へと届く距離ではなく。
ちょっと考え込んでしまう。
…………―――――――ガッターン
と、鎖姫が悩んでいれば突然、派手な音が響いた。
気持ちよさ気に寝ていた人物の、ユラユラ動いていた頭がありえないほどに後ろへと傾けられ、その勢いで後方へと椅子ごとひっくり返ったのだ。
それには鎖姫もびっくりして、伸ばした手をそのままに魅入ってしまった。
「………ぁー。ダイジョウブ?」
なんと声を掛けていいものやら分からずに、とりあえず無事かどうかの確認を取ってみた。
「―――ってー。……あぁ、大丈夫、って?……ぁ?え?うっわーッ!!」
こけて目が覚めたのか、ぶつけた後頭部を撫でながら起き上がる。
何気なく鎖姫の言葉に返し、其方の方を向く。
さっきまでは誰もいなかった、音楽室に誰かいてしかも喋りかけてくるという状況が彼を困惑させた。
「いや、ごめん。スミマセン。わ、ワルイコとは何もしてないですっ」
「ぁー?……いや。僕に謝られても困るんだけれども………?」
何を勘違いしたのか、森羅はパチンと両手を勢い良く合わせて鎖姫に頭を下げて謝りだす。
それには鎖姫も少々困ったらしく、軽く肩をすくめて森羅を見る。
それに森羅も何か気がついた様子で、鎖姫をコレでもかと凝視する。
「えー?学校の人?……音楽室の管理してる誰かとか……?」
「いや?」
「用務員のオジサンとか?」
「………こんな格好いいオジサンが用務員なんてしないよ」
「……じゃぁ、誰?」
少しずつ自分の頭を整理していく森羅。
それに答えていく鎖姫。
その間中にも、メロディは流れ続けていた。
そうして最後の質問に鎖姫はちょっとむ、としたとかしないとか。そんな表情で森羅を見れば、森羅も森羅でじゃぁ、このヒトは誰なんだと、人差し指をぴっと立てて鎖姫に突きつけた。
「………―――――んー。僕も君と、一緒だヨ。この素敵な音楽を聴きにきたのさ」
「なんだよー。それならソレと早く言ってくれよなー。 俺、弓削・森羅。あんたは?」
「僕は…屍月・鎖姫」
「おう、鎖姫なー。まあ、よろしく」
学校関係者でないことが分かれば、森羅は大きく笑いながらがばりと鎖姫の肩を抱いた。
勝手に学校の音楽室の鍵を借用し、勝手に忍び込んだことを咎められないと分かった森羅は解き放たれた。
「……で。寝てたの?」
「ちがうわ。 ……音楽を楽しんでいた」
「…………………――――――――――で、何か分かった?」
先ほど寝ていたような森羅の様子を思い出して、くすりと笑いながら尋ねる鎖姫。
寝ていたのは確かだが、それを認めるにはちょっと恥ずかしく誤魔化してみた森羅。
森羅のその言葉に何も言わずちらりと森羅の方を見た後、肩を抱く彼の腕をすり抜けて準備室の方に歩いていく。
「ってー。何か突っ込んでもくれないのかよー」
半分もたれかかるように肩を組んでいた森羅は、鎖姫がすり抜けたことでバランスを崩す。
おっとと。と、態勢を整え、準備室に向かう鎖姫を追う。
「え?音楽を楽しんでいたんでしょ?……それに何を突っ込むの?」
準備室の扉のノブに手を掛けた鎖姫が振り返り、尋ねる。
その表情は意地悪く微笑んでいた。
鎖姫の言葉と表情に、森羅はぁー。と呟き返す。
自分が墓穴を掘ったことがわかったのだ。
「違う、違う、違うってー。オ、俺は純粋に音楽を楽しんで……」
「寝てた」
「そう、寝てた。…………ってちがーう」
ここで認めるにはなんだか恥ずかしくて思いっ切り否定する森羅。
鎖姫はゆっくりと準備室の扉を開けながら、言葉を返す。
その言葉にのってしまう、森羅。
まるでそのふたりの呼吸は何かコントのネタあわせでもしているようだった。
鎖姫の止めの一言に乗ってしまった自分が悔しい。頭を抱え込みながら大きく否定。が、哀しいことに鎖姫は聞いているのかいないのか、準備室の方に釘付けだった。
「………ネェ。これ?」
「あん?……あぁ、俺がさっき調べてみた。何もなかったけどな」
準備室の中はまるで空き巣が入ったような有様だった。
楽器をしまうための戸棚の扉は開けっ放しで、中に入っていた楽器類は無造作に床の上に置かれていた。
とっちらかった準備室の有様に、ため息混じりに鎖姫。
鎖姫のそんな表情に気がついているのかいないのか、森羅はちょっと得意気に返す。
「これじゃぁ、何をどう調べたのかわからないネ」
「なんかなくなっているっていう、アコーディオンはやっぱり29台しかなかったぜ?」
「ふーん」
「やっぱり、なくなったアコーディオンの仕業なのか?」
「いや、僕に聞かれてもわからないよ。僕もソレを探しにやってきたんだから」
「つーか、俺らが居てもなにしてても、音楽は止まないのな?」
言われて見ればそうだった。
軽くコントのような出来事があっても。
無造作に男子2人が準備室に入ってきても。
相変わらずメロディは続いていた。
「それじゃぁ、森羅ちゃんがココを調べたときは?」
「ぁー?鳴ってた」
鎖姫がココに到着してからは、ずっと少し哀しささえ感じしまうメロディが流れ続けている。
しかもその音源がどこにあるのかは分からない。
普通ならこっちの方で鳴っているとなんとなくでも分かりそうなものなのに。
鎖姫の言葉に森羅が答える。
彼がここに到着してからもずっと、メロディは止むことがないのだ。
「そういや、ずっと鳴ってるよな」
流れていて不快になる響きではない。
どちらかといえば心地よい。
どこかで聞いた事があるようなないような、少しの懐かしさと少しの憂い。そうして奏でる楽しさに溢れたメロディは途切れることがない。
「もしかしてさ……このまま探さない方がいいのかな?」
ふっと、森羅が鎖姫に尋ねてみた。
その言葉に鎖姫は曖昧に笑った。
別に音楽を鳴らしてるだけで、実害が出ているわけではない。
しかも寝てしまうぐらいに気持ちがいい。と、きている。
それを無闇に探して、原因を究明して、めでたしめでたし。なのだろうか。
そんな疑問がずっとしていたのだ。
だからさっき準備室を調べたときも妙に、力が入らなかったのはその所為だ。
宝探し、と楽しんでいたつもりだったのだけれども。
森羅がふいっと、鎖姫を見てみれば鎖姫は何かを探しているように楽器をひとつずつ拾い上げて、戸棚へと戻していく。
「何か探してるのか?」
「……うん。 ヴァイオリンがないかなと思って。チョットだけ弾けるんだ」
「ヴァイオリン、さっき見たぜ?」
森羅の言葉に鎖姫は頷きながら答える。
少しだけ弾けるヴァイオリン。
ちょっとこの流れて止まないメロディとあわせてみたくなったから。
学校の音楽室にそんな楽器があるのかどうかだけれども。
森羅は鎖姫の探す楽器を、さっきここを調べたときに見たことを思い出す。
楽器でできた山を、大股でまたぎながら奥へと向かっていく。
途中タンバリンが山から崩れ落ちて、シャラシャラ鳴った。その音でさえも、この淡いメロディに良く似合った。
「これでいいのかー?」
一番奥の戸棚からケースに入ったヴァイオリンを持ってきた森羅。
高らかとケースを掲げて戻ってくる。
鎖姫は森羅からケースを受け取り、中を確認。
そこには入門者用のヴァイオリンが収められていた。
「ん。ありがと………森羅ちゃんは何かやらない?」
「俺ー?……何にもできないよ」
ヴァイオリンを見つけてくれた森羅に礼の言葉を向けながら、一緒になにか一曲やらないかと尋ねてみる。
その言葉に森羅は困ったように、首をかしげた。
身体を動かすことなら得意なのだが、音楽は聴いているほうが得意かもしれない。
が、こんなチャンスはもう2度とないような気もする。
何が、誰が弾いているかも分からない音楽と、一緒にあわせるなんていうチャンス。
「ぁー?コレならできるかな?」
そう言って森羅が手に取ったのは、タンバリンとカスタネット。
コレぐらいなら、このメロディを邪魔せずに合わすことが出来るかもしれないと。
それに鎖姫は笑って頷き、ヴァイオリンを肩に乗せる。
ノスタルジックなメロディはやっぱり絶え間なく流れていて。
鎖姫がゆっくりと弦を指先で押さえ、弓を宛がった。
ゆっくりと弓を引けば、そこから鋭くも切なげな音が零れだす。
鎖姫は昔の感覚を思い出しながら、鎖姫に流れるメロディにあわせようとしていく。
ゆっくりとゆっくりと、二つのメロディは絡み合い、次第にひとつのカタチを作っていく。
重なりあうメロディが心地よい。
森羅が控えめにタンバンリンを揺らす。
シャラシャラと星を流したような音が加わった。
ヴァイオリンの弓が弦を滑る音。
タンバリンが揺れる音。
カスタネットの甲高くも暖かい音。
そうして何の音だかわからないのに、心地よいメロディ。
重なり合う全てが合わさって、溶けていく。
シュルシュルと音を立てているかのように、交わりあってひとつになる。
初めは緊張していた森羅の顔には笑顔が浮かぶ。
鎖姫も久しぶりに触るヴァイオリンの感覚が愉しくなってくる。
二人は自然と顔を見合わせて笑った。
宝探しのつもりで心地よいメロディに誘われてココに来て、結局何も見つからなかったけれども、これはコレで良かったような気がする。
むやみやたらに原因だけを追い詰めていたらこんな楽しい時間とは出逢えなかっただろう。
懐かしいメロディに合わせて叩くだけの楽器だけれども、ナゼにもこんなに愉しくなるのだろう。
ガラにもないけど、今日はちょっと良い事をした気分になる。
楽しい気持ちはどんどん愉しくなって、森羅は重なったひとつのメロディに合わせてベースとなる音を作っていく。
またそれも、ひとつになる。
普段なら聞くのが専門で、まさか今日だって自分がヴァイオリンを弾くことになるとは思ってもいなかった。
噂を耳にしたときに思ったのだ。
探して欲しいからどこからともなく、メロディを流しているのかなと。
けれども、このメロディがもう聞けなくなるのはちょっと寂しい気がする。
最初からどうあっても探して見つけだしたいってワケじゃなかった。
その想いは強くなる一方。
自分はこれからも永く往き続けるであろう。
そんな自分にひとつでも多く想い出が出来ることは、素直に嬉しい。
たどたどしかった鎖姫のヴァイオリンはいつの間にか、するするとメロディを作り出す。
どれくらい二人でそうやって、見えない相手とセッションをしていただろう。
不思議とぴたりと三つメロディが一斉にクライマックスを迎えて終わった。
聞えない拍手が聞えた。
鎖姫と森羅は顔を見合わせた。
二人の表情は達成感で溢れていた。
「あれ?」
何かに森羅が気がついた。
鎖姫もつられて其方の方を向く。
「あんなところに戸棚あったけ?」
森羅の指さす方向。
ナゼだかひとつだけ扉が開いてない戸棚があった。
森羅は全部開けたと、鎖姫に告げる。
これは何なのだろう。
二人は吸い寄せられるように、開いてない扉へと引き寄せられる。
鎖姫がゆっくりと扉に手をかける。
もし鍵がかかっているようなら、能力を使おうと思ったのだ。
しかし扉はなんの引っかかりもなく、するすると開いていった。
開いた扉からコロンコロンと、転がり落ちるものがあった。
蒼い蒼いビー玉二つ。
床に転がったビー玉を拾い上げる、森羅。
親指と人差し指で摘み上げて、かざしてみてみる。
透き通る蒼い色。
ガラスの中心にできた空気の水泡がゆっくりとながら、動いているように見える。
「コレ、何だろ?」
床から拾ったビー玉ふたつのうち、ひとつを鎖姫へと渡す。
鎖姫はそれを受け取りながら、視線を戸棚の中に向けた。
中にはビー玉と同じ色した、蒼いアコーディオンがひとつ、ひっそりと佇んでいた。
鎖姫の視線につられて、森羅も戸棚を見る。
「…………30台目?」
「かもね」
「やっぱり無くなったって言われてたアコーディオンが?」
「どうなんだろう…………」
二人の視線は蒼いアコーディオンに注がれたまま会話は続けられていく。
二人の手には同じ蒼いビー玉が握られている。
鎖姫は扉を閉めた。
なんとなくどちらが言い出すわけでもなかったが、なんとなく互いの気持ちが聞えたような気がした。
――――――――――もう一度、あのメロディ聞きたいよな。
見合わせた二人は笑っていた。
そうして二人は一緒に音楽室を出て、分かれた。
軽く『じゃぁ、な』と、言っただけで二人は振り返ることも無く帰っていく。
音楽室は少し散らかったまま。
音楽準備室はかなり散らかったまま。
それでもひとつの扉だけはきちんと扉は閉められて、丁寧に小さな南京錠がぶら下がる。
ゆらゆら。ゆらゆら。
黄昏時のメロディと同じように揺れて静かになる。
また逢う時があるのかないのか…………。
今は静かに。
――――――FIN
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6608 / 弓削・森羅(ゆげ・しんら) / 男性 / 16歳 / 高校生
2562 / 屍月・鎖姫 (しづき・さき)/ 男性 / 920歳 /鍵師
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
弓削・森羅様
この度は【学園七不思議―03蒼いメロディ】に
ご参加下さりありがとうございました。
初めてのご参加ありがとうございます。
はじめまして、こんにちわ。櫻正宗です。
今回初めてのご参加ありがとうございます。
森羅くんの今どきの元気のいい高校生を表現できたらいいなと思いながら書かせていただきました。
今回の3話は森羅くんが参加してくださったことによって、普段よりも明るく愉しく話が展開でたような気がします。
何も言葉のないメロディを少しでも感じていただけたらと思っています。
それではこのお話はもう少し続く予定です。
年明けには第4話を発表できたらいいなと思っているので、気になるお話ならどうぞご参加してください。
それでは最後に
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会うようなことがあればよろしくお願いいたします。
櫻正宗 拝
|
|
|