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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワンダフル・ライフ〜ココア色の再来、そして受難〜










「うぅ、さむーい」
 ドアに取り付けてあるベルの鳴る音と共に、店内に飛び込んできた明るい声。
私がひょい、と首を伸ばして玄関のほうを見ると、きちんとドアを閉めてから振り返った顔と視線が合った。
私を認めてにっこり笑うその顔が誰かを知った私は、目を開いてパッと立ち上がった。
「真帆さん! お久しぶり、いらっしゃい」
 ぱたぱたと彼女のところに駆け寄ると、嬉しそうな笑顔を向けてくれる。
「こんにちは、お邪魔します。今、大丈夫ですか?」
「ええ、全然。見てのとおりよ」
 私が肩をすくめ、片手で背後の店内を指して見せた。無論、店内には他に人はなく、閑古鳥が鳴いている。
私の言葉の意味を素早く察し、彼女はくすりと笑った。
「よかった。…っていったらまずいですよね、お店ですもん。でも、私にとっては好都合でした」
 彼女は微笑んだまま、片手に下げた包みと、もう片方の手に握る無骨な箒を私に見せる。
「この子のお礼に、紅茶のシフォンケーキをお持ちしたんです。良かったら、ご一緒に如何ですか?」
 彼女、真帆―…樋口真帆の提案に、私は一、二もなく飛びついた。









 温かい紅茶を一すすりして、真帆はほう、とため息を付く。
「ああ、生き返りました。ほんっと、寒くなりましたね」
「そうねー、そろそろ暖炉も蘇らせなきゃ。この前秋が来たと思ったら、もう冬将軍の季節だもの」
「ですよね。って、あの暖炉、まだ現役なんですか?」
 真帆は片手でカップ、片手でソーサーを持ち、ちらりと傍らの暖炉に目を向ける。
しっかりした煉瓦で汲まれた暖炉は、去年の冬から使われておらず、微かに残った灰の上には埃が溜まっている。
掃除を全くしていないのを気づかれたかしら。私は苦笑を浮かべ、
「実は、そうなの。やっぱり冬は暖炉でしょう? 手入れは大変だけど、あのパチパチ燃える火が何ともいえないのよね」
「へぇ、いいなあ。でも薪の調達とかって難しそうですよね」
「力仕事だものね。女の子には辛いけど…ほら、うちは力自慢がいるから」
「ああ…さすが大型犬、ですね」
 ふふ、と笑って真帆はまた紅茶に口をつける。
そして私たちの話題は、使い魔の話へ―…向かうかと思われたけども、その前に小さな子供の声に遮られてしまった。
「かあさん、お腹へったー…あっ、真帆姉さん!」
 とんとん、と元気良く階段の音を響かせて下りてきたリネアは、顔を覗かせると明るい声をあげた。
”やっほー”と軽く手を振る真帆のところに駆け寄り、ぺこっと頭をさげる。
「いらっしゃいませ! このあいだは、おいしいチーズケーキ、ありがとう」
「いえいえ、どう致しまして。お久しぶりだね、リネアちゃん」
 そう言って、二人の少女はにこーっと笑みを浮かべる。そういえば、真帆さんはこの間の運動会以来だったかしら。
一通り挨拶を済ませたリネアは、空いている椅子の上にちょこん、と座った。どうやら自分も混ざる気のようだ。
…まあいいか、リネアも真帆さんに懐いているし。
 うん、と頷き、私はリネアの分の紅茶を入れてこようと席を立った。
「リネア、グッとタイミングね。おいしいケーキがあるわよ」
「ほんとっ!?」
 ぱぁ、と顔を輝かせるリネア。私は真帆と視線を交わし、くすっと笑い合った。










 それから十数分後。幸せそうな顔で真帆特製紅茶のシフォンケーキを堪能しているリネアを眺めつつ、私たちは他愛もないお喋りに花を咲かせていた。
「…それでね、この子に名前をつけたんですよ」
 真帆はそういって、傍らに立てかけてあった箒の柄を、愛しそうに撫でる。
へぇ、と頷く私。この子、というのは勿論箒のこと。何を隠そう、同業者…つまり魔女である真帆に依頼され、私が差し上げたものなのだ。
 華奢な印象の真帆に似合わず、その箒は無骨でごつごつしている。柄は少し黒ずんだ樫、房は小麦色の藁。
でもよく見ると、房には幅の広いリボンが巻きつけられていて、柄の先端には可愛らしいキーホルダーがくくりつけられている。
こう見ると、やはり真帆さんの箒なんだなあ、という気がするから不思議だ。
 この箒は魔女特製の箒。柄の内部には精霊が眠っている。
真帆の言う名前とは、この精霊のことも同時に指しているのだろうと思いつつ、私は尋ねてみる。
「どんなお名前?」
 すると真帆は、待ってましたとばかりに嬉しそうな顔になった。
「ええ、フィルっていうんです。…ちょっと、可愛すぎたかな、とも思うんですけど」
「そんなことないわよ。真帆さんらしくて、とっても良いと思うわ」
 私がそういうと、真帆は安堵したような笑顔を見せる。
「えへへ、良かった。フィル、とってもいい子ですよ。…でも、お掃除のときに、うっかり使ってしまいそうになるんですけど」
「あはは! それは大事ね。精霊は気難しいから、うっかり喧嘩しちゃうとあとが大変よ」
「ですよね…。でも、仲良くしていきたいから、がんばります。末永く一緒にいたいですもん」
 真帆がそう呟くように言って箒を撫でると、心なしか箒の柄が微かに震えたような気がした。
ははぁ…この箒の精霊、ひょっとした男の子ね。だとしたら、真帆さんとの相性はぴったり。
気難しいことで有名な風の精霊でも、そのにっこり笑顔でばっちり躾けてしまいそうだ。
「…ルーリィさん?」
「はっ? あ、ええと…何?」
 唐突に声をかけられ、私はハッと我に返った。きょとん、と不思議そうな顔をして私を覗き込んでいる真帆。
「いえ、なんか目が焦点に合っていなかったから…。また、何かおかしなことを考えているんじゃないか、って」
 ぎく。見かけによらず(といったら失礼だけど)、なかなか鋭いわね、真帆さん。
「でも、私の気のせいですよね」
 そうにっこりと真帆が笑うので。
「あはは…そうそう、気のせい、気のせい」
 私は笑って誤魔化しておいた。…ごめんなさい、将来精霊を尻に引く真帆さんを妄想してました。



「おいしかったー! ごちそうさま!」
 話がひと段落ついたところで、唐突にリネアの声が響いた。ふと目を落とすと、いつの間にか彼女のケーキ皿は見事に空になっていた。
「真帆姉さん、すっごくおいしかった! これ、ホントに真帆姉さんが作ったの?」
「? うん、そうだよ。そんなに気に入ってくれた?」
「うん! こうね、スポンジみたいにふわーっとしててね、口にいれたらすぐにとけるの。シフォンケーキってすごいね!」
 リネアは感動して頬を赤らめている。うんうん、確かに真帆さんのケーキはとびっきり美味しい。
どんなコツがあるのか、一度ご教授願いたいわね。
 私のそんな心の声が届いたのか、真帆は笑いながら、私とリネアを交互に見る。
「でも、そんな特別なことはしてないんですよ。ただ、基本をしっかりと、そして材料に気を使うこと、かな?」
「へえー…」
 リネアの真帆を見る目が、尊敬の色で瞬かれる。
よく考えれば、うちの店は自分でお菓子を作るって発想を持つ人がいないのよね。食べることはしっかりするくせに…これは盲点だったわ。
 うんうん、と頷いている私をちらりと見て、真帆はおずおず、と口を開いた。
「あの…もし良ければ、ですけど」
「うん?」
 首を傾げる私に、真帆は続ける。
「リネアちゃんと一緒に、ケーキを作ってみたいな、って思って。…こちらのキッチンをお借りできれば、なんですけど」
「ほんとっ!? 教えてくれるの?」
 真帆の言葉が終わるか終わらないか、のタイミングで、リネアが大きな声でそう言って、がたんと席を立つ。
「私、一度自分で作ってみたかったの。真帆姉さん、お願いします!」
「あはは、そうだと思った。自分で作るとね、ケーキってもっと美味しいんだよ。…ルーリィさん、どうですか?」
 真帆はちらり、と私を見る。リネアも哀願する目を私に向ける。
…全くもう、あなたたちは。この私が、そんな申し出をあっさり却下すると思う?
 私はふぅ、と息を吐いてから、彼女たちに言った。
「…勿論、大歓迎よ。但し!」
 え、と目を開く真帆に、私はにっこり笑って見せた。
「私にも教えてくれるなら、ね。お願いできるかしら、パティシエ真帆さん」
 










 数日後。私の店、『ワールズエンド』では、珍しく”closed”の札が掛かっていた。
勿論、臨時講師の美少女パティシエを招いての、一日お菓子教室を開くため、である。
「あーやれやれ、思いっきり睨まれちゃったわよ」
 肩をすくめつつ、キッチンに入ってくるリース。
赤毛をきゅっと後ろで縛り、使い慣れないエプロンのボタンを後ろでとめつつ、その口元にはにんまりとした笑みが浮かんでいる。
「真帆ちゃん、あれどーすんの? あの様子じゃあ、ずーっとキッチンのドアに張り付いてるつもりみたいよ、あいつら」
「まぁ」
 リース同様、真帆もまた、きれいなココア色の髪を頭の後ろで縛っていた。
愛用のリボンを使い、高い位置から垂らされている髪は、真帆が頭を動かすたびに左右に揺れる。まるで馬の尻尾のよう。
 そんな真帆は、うーんと考え込んでから、苦笑していった。
「じゃあ男性陣には、完成品をおすそ分け…ってことで我慢してもらいましょう」
 …そう、本日の一日お菓子教室は、講師も女ならば参加者も皆女。
結果的に蚊帳の外となっているうちの男性陣、銀埜とリックは恨めしそうにキッチンの外に張り付いている、というわけだ。
 少し可哀想だけど、今日ばかりは仕方がない。だってお菓子作りなんてこと、女の子だけでわいわいするほうが楽しいもの。それに何より―…
「うちのキッチン、全員は入らないのよねえ」
 …というわけなのだ。




「で、今日のレシピは? 先生」
 リースがそういうと、真帆は照れたように笑った。
「そんな、先生なんてよしてください。お菓子作りに関しては、私なんてまだまだ素人ですもん」
 そういいつつ、真帆はなにやらきっちり書き込まれたB5程度の紙を私たちに配った。
ふと目を落としてみると、そこには可愛らしい文字で、きちんとケーキつくりの手順が書き記されている。
「真帆さん、これって」
「えへへ、ちょっと張り切って作ってきました。今日のレシピです」
「!」
 私たちは驚いて目を丸くする。何と真帆は、今日のために手書きのレシピを作ってきてくれたらしい。
「分量とか手順とか、割とすぐ忘れちゃうんですよね。メモ書き程度のものですけど、こういうのがあれば、次から楽になりますよ」
「うん、ありがとう!」
 リネアは嬉しそうに笑い、真帆から貰った紙を、いそいそとエプロンのポケットに仕舞った。うん、私も失くさないようにしなきゃ。
「さてと。じゃあ、そろそろ始めますか?」
 真帆の声に、私たちは威勢よく掛け声をあげた。









 真帆特製レシピを見ると分かるとおり、今回のお題は、先日真帆が手土産に持ってきてくれたシフォンケーキ、らしい。
真帆はお手製レシピを片手に、材料の確認をしている。
「ええと、薄力粉130グラム、ベーキングパウダー小さじ3分の2。それから上白糖80グラム、サラダ油70cc、水120cc。
ココア小さじ5,6杯にお湯50cc、卵黄4個、卵白6個。以上、揃って…ますね」
 はーい、と生徒各自は手をあげる。うーん、シフォンケーキって、なかなか材料がたくさん要るのね。
「計るのってなかなか面倒ねえ…。こんなの、適当でいいんじゃないの?」
 お砂糖を計っていたリースが、やれやれと面倒くさそうに言う。卵黄と卵白を分けていた真帆は、苦笑しつつそれに返す。
「だめですよー、特にシフォンケーキは分量を間違えると、全然膨らまなかったりするんです。料理は下準備が肝心なんですよ」
「…はぁい、了解」
 そのやり取りを聞いて、私は思わずふふっと笑ってしまう。さすがのリースも、真帆さんにかかると形無しね。
「あ、ルーリィさん。それ、サラダ油じゃなくて胡麻油…」
「…はっ」
 真帆の指摘に、私は手の中の瓶を良く見る。…何故かこげ茶色をしている。
「ど、どおりでなんかいいにおいがしてたと思ったのよね」
 あはは、と笑いながら、私は瓶の中に油を戻す。…真帆さんが気づいてくれてよかったわ…。

 そして何とか材料の準備が完了し、真帆は”さぁて”と腕まくりをした。
「じゃあ皆さん、美味しいケーキを味わうため、がんばりましょう。
まずは、卵黄に上白糖を半分入れて、ハンドミキサーでかき混ぜます」
「はいっ」
 程なくして、キッチンにガガガっという独特の音が響く。
暫くハンドミキサーを操り卵黄をかき混ぜていた真帆は、スイッチを止めてボウルの中を覗き込む。
「ええと、こんな風にしてもったりしてきたら、水とサラダ油をいれます。リネアちゃん、どうぞ」
「はぁい」
 真帆が背をかがめてボウルを下に向けてくれたので、リネアは背伸びしつつ、水、油の順番にボウルに注ぎいれた。
「次は薄力粉を振るいながら、ボウルにいれます。…リースさん、お願いできますか?」
「まかせといてー」
 振るうとは、つまり目の細かいザルを使って、薄力粉をダマにならないように生地にいれていくこと。
真帆の持つボウルの上でザルを振るうリース、意外に手馴れた手つきである。
 少し感心してみていると、真帆が首だけ振り向いて、私を見た。
「ルーリィさん、メレンゲお願いできますか?」
「めれんげ?」
 私はきょとん、と首を傾げる。メレンゲって何かしら、聞いたことないわ。
「ええと、卵白に砂糖をいれて、ようく混ぜるんです。そうすると、白く泡立つんですよ」
「へぇー」
 なるほど、それがメレンゲなのね。よしきた、任せて。
 …そう安請け合いした私は、数分後、激しく後悔した。
「…け、結構大変なのね、これ…」
 延々とハンドミキサーで混ぜるのが、これほどしんどいとは。
卵黄の生地を混ぜ終わった真帆は、心配そうな顔で私を見る。
「…大丈夫ですか? かわりましょうか」
「大丈夫っ!」
 私はぐっと親指を立て、再度メレンゲに挑んだ。うう、腕が痛いわ。
でもかき混ぜればかき混ぜるほど、白い泡が生まれてきて、これはこれで結構楽しかったりする。
ボリュームだって3倍以上に膨らんでるし、ほんと卵白って不思議ねえ。
 そうやって暫く激しい音を経てて混ぜている背中では、真帆がリネアと一緒にココアを溶かしているようだった。
「こうやってね、ココアにお湯を少しずつ混ぜて、粉が固まらないようにするんだよ。トロッとしなかったら、お湯を足してね」
「うん! …なんかこれだけでも美味しそうだね…」
「あはは、砂糖を入れてないから、これだけだと苦いと思うよ?」
 うーん、何て平和な背後なのかしら…。聞き耳を立てている私は、腕がつりそうである。はあ、ケーキ作りってなかなか体力がいるのね…。
「あ、ルーリィさん。もうそのぐらいでいいですよ」
「本当?」
 真帆の声で、私はハンドミキサーのスイッチを切った。
ミキサーを上げてみると、きめ細かな白い泡と化した卵白が、つんと山のようにボウルの中でそびえているのが分かる。
「このぐらいまでメレンゲを硬く泡立てると、ふっくらしたシフォンが出来るんですよ。で、このメレンゲを3分の1ほど、さっきの生地に流し込みます」
 真帆は今度はヘラを使い、3分の1すくったメレンゲを、生地の中に投入する。
片手をボウルに沿え、慣れた手つきで生地とメレンゲを素早く混ぜ合わせていく。
「このときのポイントは、あんまり生地とメレンゲをぐちゃぐちゃっと混ぜないところです。ざっくり、切るような感じで混ぜると上手くいきますよ」
 ふむ、なるほど。さっきのお手製レシピにメモしようと思ったら、既に可愛らしいうさぎさんが、”ポイント!”と記してくれていた。
ちらりと真帆を見ると、ぺろっと舌を出して言う。
「えへ、もう書いちゃいました。ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそありがとう!」
 私は慌てて手を振る。うーん、ホントにいいお嫁さんになりそうね、真帆さん。私も出来ることなら、真帆さんの子供に生まれたかったわ。
そしたら、美味しいケーキが毎日…
「それで、きっちり混ざったら、残りのメレンゲも入れて混ぜます」
 はっ。真帆の声で我に返る私。気がつくと、既に生地とメレンゲは全てしっかり混ざり合い、きれいな薄いタンポポ色になっていた。うん、美味しそう。
「ここからはスピード勝負です。この生地に、溶かしたココアを入れます。リネアちゃん、型の用意は出来てる? あとオーブンもチェックしてね」
「はい!」
 真帆の指示でリネアが動く。型は前もって、ちゃんとクッキングシートとバターを塗ってある。オーブンはきっかり170度。
 真帆は手早く生地とココアを馴染ませ、型に注ぎ込もうとした。
だがその前にぴたりと手を止め、傍らにあったブランデーの小瓶を手に取る。
「…あ」
「ココア生地には、アルコールもよく合うんですよ。といっても少量ですけど」
 といいつつ、ブランデーを数滴生地に入れる。
「で、型に流し込みまして、オーブンに入れて―…」
 生地が流し込まれた型を鉄板に置き、オーブンの取っ手を持ち、素早くドアを開ける。
鉄板を滑り込ませ蓋を閉じ、タイマーを45分にあわせる。
「あとは焼き上がりを待ちます。これで完了!」
 真帆はパン、と手を叩き、リネアとにっこり笑いあう。
焼き上がりが楽しみだね、なんて言葉を交わす二人を見つつ、私とリースは内心複雑だった。
「…? ルーリィさんとリースさん、どうかしました?」
 私たちの様子に気づき、真帆はきょとん、と首をかしげる。
 私たちは、あーだのうーだの呟いて、顔を見合わせた。
「まあ…大丈夫だとは思うんだけど…」
「ええ、きっといけるんじゃない? あんな少しだし…」
「?」
 私たちの呟きに、ますますワケが分からなくなったのか、真帆は更に深く首を傾げていた。












 そしてそれから約一時間後。
 きちんとテーブルに座った私たちワールズエンドの面々に、出来立てほやほやのココアシフォンケーキ、生クリーム添えが運ばれてきた。
「へえ、真帆さんたちが?」
 ちゃんとキッチンの中で何をしていたか知っているくせに、素知らぬ顔で目を見開く銀埜。…わざとらしすぎるわ。
 だが真帆は銀埜の演技を知ってか知らずか、にっこり笑ってお皿を勧める。
「ええ、リネアちゃんやルーリィさん、リースさんと一緒に、作ってみました。きっと美味しいと思いますよ」
「そうですね。では遠慮なく」
 そういってふんわりしたシフォンケーキにフォークを差し、一切れ口に運ぶ。ゆっくりと味わってから、銀埜はうん、と頷いた。
「これはいけますね。確かに美味い。素朴な感じが好きですよ」
「えへへ、良かった」
 銀埜だけでなく、リネアや私たちも、和やかなムードで出来立てのケーキを楽しんでいた。
真帆は、皆が美味い美味いというので、心から嬉しそうな顔をしている。
 これは、特に心配することもなかったかしらね…? 私がそう思った瞬間、…恐れていたことが起こった。

 和やかなムードをぶち壊すように(事実、そのとおりなんだけど)、突然、ぽんっという軽い爆発音が響いた。
皆が驚いて振り返ると、音がしたと思われるところには灰色の煙が漂っていて、さっきまでそこにちょこんと座っていた者の姿はなかった。
「え? っ、きゃあ!」
 驚いたのもつかの間、真帆目掛けて小さな何かが、顔面すれすれに飛んできて、すごいスピードで天井に逃げた。
 思わず顔を覆った真帆は、目をぱちくりしている。何が起こったのか、判断がついていないようだ。
…そりゃそうだろうなあ、と私はこめかみが痛くなるのを感じながら、天井にいる”それ”に向かって叫ぶ。
「こらぁ、リック! 悪ふざけはよしなさい!」
「え、ええ? リックさん?」
 真帆は乱れた髪を整えながら、天井に目を向けた。
 …天井には、まるで光に群がる蛾のように、キーキー喚きながら蛍光灯のあたりを飛び回るリックの姿があった。
「うわぁ…リックちゃん、やっちゃった…」
 ありゃあ、と呆れているリネア。だが真帆にはまだ何が起こったかよく分からないようで。
「り、リネアちゃん。どういうこと?」
「えーと、ごめんなさい、真帆さん…私から説明するわ」
 私はトホホ…と内心呟きながら、真帆の肩に手を置いた。
「あの子ね…とんでもなく、お酒に弱いの」
「……え?」
 呆気に取られている真帆に、リースが私の言葉を引き継ぐ。ちなみにリースは、もう片方の肩に手をかけている。
「ケーキに入ったブランデーに反応しちゃったみたいね。あいつ、酔っ払うとコウモリになって、キーキー喚くの」
「……え…ってことは…」
 事の次第が判明したのか、真帆はさぁっと青ざめた。
「わ、わ、私のせいですか!?」
 愕然とする真帆に、リックを除くワールズエンドの面々は、揃って首を横に振った。
「…真帆さんは何も悪くないわよ」
「ええ、真帆ちゃんのせいじゃないわ」
「真帆姉さんは悪くないよ!」
「真帆さんに非はありませんとも」
 方々から飛んでくる、慰めというか諦めというか、そんな言葉は果たして真帆に届いたのだろうか。

 まあでも、暫く愕然としたあと、やっちゃったものは仕方がないと気を取り直してお茶会を続けてくれたので、私は心底ホッと安堵した。
そんなわけで、本日のワールズエンドお茶会は、手製のケーキと美味しい紅茶を楽しみつつ、
天井で響くコウモリの喚き声をBGMにする、という、なんとも一種異様なものになったのでありました。




 あ、でも、ケーキは本当に美味しかったです。ご馳走様でした。

 







                   おわり。





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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【6458|樋口・真帆|女性|17歳|高校生/見習い魔女】

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▼ ライター通信
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この度はご依頼頂き、有難う御座いました!
そしてまたもやの遅延、申し訳ありません;

お手製のケーキと共に、箒のお礼にいらして下さったということで、ありがとうでした!
真帆さんと箒のフィルくん(さん?)が仲良くなっているといいなあ、と思いつつ。
ケーキ教室のオチは、こんな感じになりました。いかがだったでしょうか。
お酒は、弱い人はほんとに弱いですよね…と思いつつ、
楽しんで頂けたら、とても嬉しいです!

それでは、またお会いできることを祈って。