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<東京怪談ノベル(シングル)>


キング・オブ・トーキョー'06〜ウンディーネ、脱力〜









 海原みなもは、戸惑っていた。
 目の前には、露出の高い衣装を纏い、拳を構える女拳士。みなもは彼女とは初対面である。だが何故か闘志むき出しで凄まれている。
これは問題だ。
 そして彼女の拳には、鈍く光る鉄のナックルが握られている。あれが身体のどこに当たっただけでも、痛そうだ。
これもとても問題である。
 さらには、みなもが現在立っている場所は、大きな湖の真上である。なので厳密に言うと”立つ”ではなく、”浮かんで”いるわけだが、みなも自身がこの場所に自らやってきた覚えはない。
 だが実を言うと、これは問題ではなかったりする。

 そして、最もみなもの頭を悩ませている現象。

 みなもに対峙している女拳士が、拳を構えながらお決まりの口上を述べた。だがみなもがそれに反応する前に、みなもではない”誰か”が、みなもの身体を使って勝手に口を開ける。
「自然界の理を犯す人間たちよ、精霊の報いを受けるが良い!」
(えー…、またこれ?)
 自分ではない誰かに、勝手に口をぱくぱくさせられ、勝手に手を振り上げられ。
無理矢理身体を”使われている”みなもは、トホホ…、と涙した。

 そして、みなもにとっては既に聞き飽きるほど耳にしている、あのゴングが鳴り響く。






                  *





 ことのはじまりは、単純だった。
 海原みなも、古風なデザインのセーラー服をきちんと着こなす女子中学生。そんな彼女でも、ふらりとゲームセンターに立ち寄る日だって、たまにはある。
そしてそんな日に限って、以前馴染みのネットカフェでプレイしたことのある、ヴァーチャル格闘ゲームの新作を発見してみたりもする。
(たまには、気晴らしで…いいよね)
 うんうん、と自分で自分に理由付け、みなもはコインをちゃりんちゃりん、と投入した。
ゴーグルを被り、表示された画面から、キャラクターを選ぶ。経験者であるみなもにとって、ここまでの操作はお手のものである。
(うーん…。前にプレイしたこともあるし)
 みなもは選んだキャラは、”ウンディーネ”。水の精霊という設定で、羽衣のようにひらひらした衣装が特徴的な女性キャラクターだ。
(そういえば…新しいバージョンでも、”取り込まれ”たりするのかな)
 ”ウンディーネ”にカーソルを合わせ、決定ボタンをぽちん、と。その操作をしながら、みなもは頭の隅でぼんやり考えていた。
 前回、彼女がプレイした同タイトルの旧バージョンでは、異能力者はゲーム内に精神が取り込まれてしまう、という特徴を持っていた。もしや、新作でもその特徴はばっちり受け継がれている…なんてこと、あるのだろうか。
(まあ…対戦相手がいないわけだし、多分NPC相手の戦闘…だよね。なら、まあいいか)
 そうみなもは安直に考え、迷わずボタンを押した。

 あとで彼女は、このときの自分の判断を、激しく後悔することとなる。








                  *






(はーっ、はー…)
 一体何度目の戦闘だろうか。
女拳士を地に沈めたウンディーネことみなもは、余裕しゃくしゃくで決めポーズを取る。
だがその中に閉じ込められているみなも自身は、急激な運動のせいか激しい呼吸をしていた。
(うぅ…休みたい)
 さめざめと涙を流してみたりもするが、勿論みなもの訴えは誰にも届かない。
(いつまで…続くんだろう)
 無限地獄、の言葉がみなもの胸によぎった瞬間、目の前が暗転した。







 目を開けると、そこは大きな湖だった。みなもはそこに浮かんでいる。
湖をぐるりと巡る地面の上には、精悍な青年が一人。
(はぁ…またか)
 みなもはそろそろ自分の境遇に涙することを通り越し、最早”げんなり”しだしていた。

 自分の身体であるウンディーネは、勝手に目の前の男性と戦闘を開始した。何もやらなくてもとりあえず身体は動くので、みなもは考えることに集中することにした。
 とりあえず、現在の状態を整理することから始めてみる。
 まず、どうやら自分は、またもやゲーム内に”取り込まれ”てしまったようだ。だが前回取り込まれたときとは、今回は少々…いや、かなり事情が違う。なので緊急事態と認識する。
 次に、戦闘相手は生身のプレイヤーであるらしい。それはウンディーネとして行う戦闘で明らかである。いくら格闘ゲームは初心者のみなもといっても、コンピューターと人間の違いはすぐわかる。
 そして、どうやら自分は、そのプレイヤーたちと対戦しているわけではないらしい。もしそうならば、勝手に決められた口上を述べるなんてことはないはずだからだ。

 つまり。
(…あたしは今、CPUでプレイヤーさんの敵…?)
 現状を把握したみなもは、さぁっと青ざめた。
 CPU。つまりプレイヤーの敵。つまりコンピューター上のプログラム。…それにみなもの精神は”取り込まれ”てしまったらしい。
(ってことは、ってことは…。助けがない限り、あたしは永遠にプレイヤーさんたちと戦い続けるってこと?)
 ガーン!とショックを受けたみなもは、ハッと我に返った。いつの間に負けたのか、ウンディーネである自分は地面に横たわっていた。
『You Win!』の声が鳴り響き、青年はガッツポーズを取っている。そのポーズを下から見上げつつ、みなもはくらくらと揺れる頭を抱えていた。
(どうしよう、どうしよう…!)

 みなもさん、ピンチ。








                  *







 
 ところ変わって、こちらはオカルト大好き女子中学生、瀬名雫。
彼女は自分が根城にしている某ネットカフェで、最近話題のヴァーチャル格闘ゲームの新作に関するホームページをサーフィンしていた。
「へぇー、やっぱり取り込まれるんだぁ。ふんふん」
 真面目に情報収集しているかと思いきや、雫の脳内では、今度はどんな能力を持つ友人にプレイしてもらうか、の企みが巡っていた。ここまでくると、一種の妄想でもある。
「本物のユーレイとかがプレイしたらどうなるんだろ… え、なになに?」
 雫は妄想を一人ごちたかと思うと、パッと液晶画面に向き直った。どうやら雫の興味を惹く内容があったらしい。そこのホームページに表示されている文字列を、速記の達人も吃驚のスピードで読み上げていく。
 そしてあらかた読み終えると、顔を上げ、
「そっかぁ〜…。万に一の確率で、CPUキャラに取り込まれちゃうんだぁ…。そりゃ大変だなぁ」
 そうぼそっと呟いた。
 だがその顔は、にんまりと笑んでいたのだが。






                  *






 
 そして、みなも。
 彼女は何十回になるか分からない戦闘を終え、勝利のポーズを取っていた。
数パターン用意されているこのポーズも、何十回となく繰り返した身としては、最早苦行に近いものがある。
(うぅ…誰か、何とかしてください…!)
 神頼みならぬ、プレイヤー頼み。だがそんなみなもの細い声は、勿論誰にも届かない―…と思いきや。
『あれー、その声は…。もしかして、みなもちゃんっ!?』
(っ!?)
 みなもは思いがけない返答に、目を見開いた。キョロキョロと辺りを見渡し(無論”つもり”なのだが)、声の主を探る。
『あたし、雫だよ! 今目の前にいるの』
(目の前…ですか?)
 みなもは内心驚愕しつつ、眼前に意識を向けた。するといつの間に次の挑戦者が現れたのか、大陸風のゆったりした衣服を纏った小柄な少女が立っていた。
(あのっ…この女の子が、雫…さん?)
『そうだよー。あ、勿論ゲームキャラね』
(あ、そうですよね)
 みなもはどこかホッと安堵して胸を撫で下ろした。眼前にいる少女は小柄だが、顔立ちは全く雫とは異なっていたからだ。雫は異能力者ではないから、取り込まれることはない。なので声に合わせて身振りを行うこともないが、みなもにははっきり、雫の明るい声が目の前の少女から発せられていると分かった。
(雫さん! それより、何であたしだって分かったんですか?)
『えーっと、話せば長くなるんだけど。っていうか話す暇あるかなー…もう始まっちゃうね』
(え?)
 みなもが雫の声にきょとん、とした次の瞬間、電子音のゴングが鳴り響いた。


 雫操る大陸風の少女は、どうやら大きな袖の中に隠した暗器で戦うらしい。矢継ぎ早に繰り出される剣や鉛の玉を避けながら、ウンディーネは水球を飛ばす。
(雫さん、大丈夫ですか!?)
『あっは、だいじょーぶ。あたし、このゲーム慣れてるからっ』
 さすが雫、ゲームの操作はお手の物らしい。会話をしつつ、余裕の調子で攻撃を繰り出し、ウンディーネの必殺技をガードする。その様子から、どうやら雫は決着を長引かせているようだとみなもにも分かった。
『とりあえず、ささっと伝えるね。みなもちゃんは今、CPUになってるんだよね』
(そう! そうなんです!)
 みなもはぱぁっと顔を輝かせた。
『了解! なんか新作にはそういうのもあるんだってさ。超低確率らしいんだけどー…あはは、みなもちゃん運良いねーっ』
(ぜ、全然嬉しくないんですけどっ…!)
 笑ってお気楽に言う雫に、みなもは肩を落とす。
『ま、そりゃそーだよね。んで、何であたしがみなもちゃんのこと分かったかってーと、今あたしインカムつけてんだよね』
(インカム?)
『そー。ホントはボイスチャット用なんだけど、普通は一人でプレイするときにはつけないもんなんだよ。でもこれが、CPUに取り込まれてる人を見つける唯一の方法でね。一人プレイでインカムをつけてるとき、相手のCPUの中に取り込まれてる人がいれば、その人の声が聞こえるの』
 みなもは雫の言葉に、ハッと目を見開いた。なるほど、だから雫はみなもの声を聞き取ることが出来、反応を返してくれたということか。
 雫操る大陸風の少女は、ウンディーネが繰り出してきた水で出来た刀を盾で防ぎ、瞬時にその盾を消す。
『で、みなもちゃんは、元に戻りたい?』
(も、勿論ですっ!!)
 みなもはぶんぶんっと首を大きく振ったつもりになって、雫の言葉を肯定した。だがその雫は、けらけらと笑って明るく返す。
『あはは、そっかー。いやね、貴重な体験かなーって思って。そう簡単に元に戻るのって勿体無くない?』
(勿体無くないです! 何なら、雫さんが体験してみれば如何です?)
 雫のお気楽な言葉に、泣きそうになっていたみなもは呆れて言い返す。だが雫も負けてはおらず、
『残念! そうしたいのはやまやまだけど、そもそも取り込まれることもないんだよね、あたし』
(………)
 そういえばそうだった、とみなもはがっくりと肩を落とすのだった。










 第一ラウンドが終了し、ほんのつかの間の休息が与えられる。このときをチャンスとばかりに、雫は早口で捲くし立てた。
『じゃあね、助ける方法について話すよ。これにはいくつか条件があるの。まず、プレイヤー…つまりあたしが勝利すること』
(はい。…でも、あたしはウンディーネを操作できないし…)
 雫の言葉に眉を寄せるみなも。自分で操作できない分、勝敗を操ることも出来ない。
だが雫は笑って答える。
『ま、それはあたしの腕にかかってるってことで! 大丈夫だよ、さっきも言ったけど、このゲームは慣れてるし。多分、勝てるんじゃない?』
(そ…そうですか)
 みなもはホッと胸を撫で下ろす。つくづく、自分がボス級のCPUに取り込まれていなくて良かった、と感じた。
『で、次の条件。最低でも倒される瞬間…つまりHPが0になる瞬間ね。みなもちゃんは、何も考えない!』
(…え?)
 続く雫の言葉に、みなもはきょとん、となった。
『要は精神が取り込まれてるわけだから、心が取り込まれてるのと同じなワケ。つまり、みなもちゃんがみなもちゃんで或る限り、ウンディーネはみなもちゃんを離してくれない。だから心を切り離す必要があるの』
(……結構…いえ、だいぶ難しいと思うんですけど…)
『うん、あたしもそー思う。でもこれが出来なきゃウンディーネは離してくれないよ。多分、一生』
 雫は冷静な言葉で、みなもに告げる。みなもは数秒考えを巡らせたあと、息を吸い込んで告げた。
(…分かりました。どうにか、やってみます)


 そして、第二ラウンドを告げるゴングが鳴り響いた。








 第一ラウンドと打って変わり、強襲をかける雫操る少女。ウンディーネは押され気味である。雫が言ったとおり、このゲームに慣れているというのは事実なのだろう。
 これはもしかすると、数分もかからず決着がついてしまうかもしれない。みなもはそう思うと、深く瞼を閉じた。
(あたしは―…ウンディーネ)
 雫にも聞こえないほどのささやきを、自分の中に響かせる。
それが十分浸透したと感じたとき、みなもはゆっくり瞼を開けた。
(あたしはウンディーネ。目の前の女の子は、あたしたちの世界を荒らす無法者。倒さなきゃいけない)
 みなもは納得していた。何も考えない、心を切り離すということは、それはつまり、ウンディーネになる、と同じである、ということ。
 海原みなもではなく、ウンディーネになる。同じ水の眷属であることが幸いし、それはあまり難しいことではなかった。
(…っ!)
 みなもが思うのと同じタイミングで、ウンディーネは水球を少女に向かって投げつけた。水球は少女がいた場所で爆発するが、少女は既にその場を離れていた。
(どこへ…!?)
 みなもとウンディーネが首をめぐらせた瞬間、はた、と身体が硬直するのを感じた。背骨のあたりに、大きな鉛の球体が押し付けられている。
 いつの間に背後に回ったのか、少女がぴたりとウンディーネの背に張り付いていた。
 少女はにっこりと笑み、ウンディーネの耳元で告げた。
「…チェックメイト」
 その声と同時に、鉛の玉が背骨をへし折る勢いでたたきつけられたが、幸運にも、みなも自身にその衝撃が伝わることはなかった。









                  *








「…もしもし、雫さん? さっきはありがとうございました! あたし、無事戻れました」
『みなもちゃん? 良かったね、お疲れ様!』
 電話口の向こうから、明るい雫の声が届く。みなもは頭がくらくらし、頭痛が酷かったのだが、それをおくびにも出さずに感謝の言葉を伝えた。
「お疲れ様です。本当に、雫さんがいなかったらどうなってたことか…。あたし、このご恩は忘れません!」
『あはは、そんな大げさな。でもそーだなー…じゃあ、あたしのお願い、一つ聞いてくれる?』
 みなもは電話の受話器を握り締め、切羽詰ったような声で返す。
『何ですか? 何でも言ってください。あたしに出来ることなら』
「うん、できるよー。というか、みなもちゃんしか出来ないかも」
 雫はそう前置きし、電話の向こうでぐふふ、と笑った。みなもはその笑い声に悪夢がよぎったのだが、それは一瞬遅かった。
『じゃあねー、また今度、もっかいあのゲームプレイしてみてくれない!? そんで、レポート書いてほしいの! うちのホームページに載せるからさっ』
「………!!!」
 みなもは咄嗟に受話器を耳から離し、愕然として、頭をくらりと揺らした。
(ま…また、あのゲームに入るの…!?)
 電話の向こうからは、まだ雫の明るい声が響いていたが、もうみなもの耳に入ることはなかったという。



 今回の教訓。
 変な趣味を持つ友人からの”お願い”は、むやみやたらに受けないようにしましょう。








                 おわり。