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Bad ass Wedding
結婚式といえば、人生の一大イベントである。それは恐らく、誰であっても変わりはない。
人生で最良のパートナーに出会い、そして永遠を誓い合う。言葉にするだけで、どれほど甘美なものか。
ここに今、その一大イベントを迎えようとしている者がいる。
しかし、些かその様子はおかしいようにも感じられる。
低すぎる身長。
メリハリのない体つき。
成人女性というには程遠い、幼い顔つき。
普通こういう場合、童顔であるといえば大体は納得できるだろう。
しかし、ここにいる彼女は童顔などという言葉では到底納得できるものでもない。
なぜなら彼女は、まだ8歳なのだから。
◇Are you happy?
その時彼女は幸せの絶頂だった。
生まれ、気付けば戦場に立ち、今まで奪った命は数知れず。
同時に死にかけたことも数知れず。
戦いが全てだった。
父がいるとすれば、それは戦場という大地で。
母がいるとすれば、自分の身を守ってくれた銃とナイフがそうだったのだろう。
気付けば、齢一桁という普通の傭兵であってもまだ平穏な日々を過ごしていたような頃には、超がつくほどの一流の傭兵と化していた。
酒もやった。煙草もやった。人も殺った。
この世にあるありとあらゆる悪意を包み込むその場所で、少女はそれでも成長していった。
そんな少女が、ふとした切欠で出会った一人の男性。
最初は冴えない男性だと思った事もある。
初めて名前を聞いたときは、何その三流サラリーマン、なんて思った事もある。
しかし、そんな平凡な男が、彼女の全てを変えてしまった。
そういえば、前に殺し屋の男と少女が心を通い合わせていく映画があったわね。
成長した彼女なら、そんな風にも思える二人組。
しかし、彼女が彼と出会ったときは、その映画の二人よりもさらに歳が離れていた。
何より、殺し屋は少女のほうであったし。
ともあれそんなこんなで二人は恋に落ちて、そして子供までその身に宿してしまった。恐らくギネスに申請すれば軽々と世界記録を破れるであろうその奇蹟は、何よりも彼と彼女を喜ばせた。
何時も柔らかい笑顔を浮かべている彼が、泣きそうなほどに喜んでいた事をよく覚えている。
そして二人は、結ばれる事を選んだ。
お腹が目立つ前にデートをしようと、パリでデートをして。
そして今度は、お腹が目立つ前に結婚式を挙げようということになった。
彼と会ってまだ然程時は経っていないというのに、彼女の周りは目まぐるしく変化していく。
「……たまさん、海原みたまさん?」
「…ぁ、ぇ、私?」
「そうですよ。時間のほうの確認だけしておきたいのですけど…」
そして、一番の変化がこれだ。
彼女が呼ばれても気付かなかったのは、ボーっとしていた以外にも理由がある。
今、彼女がいる場所。それは、紛れもない日本であった。
彼女にとって、日本という国は常に遠い国だった。
それはそうだろう、彼女が生きてきた戦場と日本とでは、あまりにも違いがありすぎる。
なんだかんだとありながらも、結局は『こちらからしてみれば』平和すぎる日本。
それに対して、こちらはリアルな殺し合いが日常茶飯事の戦場である。それも仕方はないだろう。
彼と出会わなければ、終ぞそんな国とは縁がなかっただろう。
そんな彼女が、今はウェディングドレスを纏ってその平和すぎる国にいる。なんとも数奇な運命ではないだろうか。
ちなみに、日本といえば色々と法律の問題もあるのだが、何故かその辺りは全て問題はないとのことだった。
彼女自身後で知った話だが、彼がその辺りのややこしい問題は根回しをして解決してくれていたということだった。
それにしても、8歳の少女と結婚してしまうなどというのはとんでもない話なのであるが、彼は後にこう言った。
『何も問題はないよ』
「そんなダンナ様も素敵♪」
また一つ、惚れ直してしまうみたまだった。
「ありがとう、そんな感じで」
「それでは」
説明が終わり、女性が部屋を出ていった。その女性を見送りながら、みたまは一人考える。
まぁ、この国も悪くない。
常に気を張っている必要もないし、何より物が豊富で食べ物も美味しい。その辺りのスーパーにあるものでさえ、『あっち側』に比べれば月とすっぽんなのだから。
(確かに、この国に住むのもいいかも)
そんな国に連れてきてくれた彼に、みたまはまた一つ感謝した。
結婚式のスケジュールと言っても、大半は待ち時間であるのが普通である。それは例え、ろくに参列者がいないとしても変わりはない。
ましてやみたまは結婚すると言ってもまだまだ子供、その時間が退屈でないわけがない。
自然と、待っている時間が嫌になり、やがては何かの行動を起こす。
「…これなんて武器にはいいわね」
そういいながら手に持つのは、壁にかけてあった燭台。三叉に分かれたそれは、確かに武器にはなるだろうが、一体どんな場面でそのようなものを使うのだろうか。
しかし、みたまの目は真剣みを帯びている。未だに戦場での癖が抜けきっていないのだろう。
『!!』
とその時、ギィっとちいさな軋む音を立てて、扉がひらく。
戦場の目に戻っていたみたまが、燭台を構えて小さく後ろに飛んだ。しかし、
「そんなものを持ってどうしたんだい?」
扉の向こうから現れた人物を見て、彼女は恥ずかしそうにそれを置くのだった。
彼はそんな彼女の姿を見て開口一番、
「ん、よく似合っているよ」
そう告げる。ただそれだけで、みたまの頬が赤く染まった。
小さな彼女の体に纏われているのは、純白のプリンセスラインのドレス。ウェディングドレスらしくふんだんにレースのあしらわれたそれは、彼女のためだけに作られているだけに、その可愛らしい魅力を引き立たせている。寧ろ、一種の色香さえ漂わせるほど。
「そう言われるとなんだか恥ずかしいわ」
言いながら、みたまはぎこちない笑みを返す。それは紛れもない本当の気持ちで、しかしそういう風に言われるたびに、また一つ彼女の中でダンナ様への想いが大きくなっていく。
なんて不思議な感覚なのだろう。
彼の一言、一挙手一投足が、みたまをどんどん変えていく。
彼は何処をとっても平凡な男だ。多分、平凡という文字を表すのならそのまま彼を引っ張っていけばいいだろうと思えるほどに。
しかし、だからこそ、なのだろうか。彼と過ごす一分一秒という時間の単位で、みたまはどんどん変わっていく。
まるで、二人は必ず出会って、そして結ばれる運命だったと言わんばかりの恋愛劇。
そして、それは当然だと言い切れるほど偶然にして必然の出会い。
二人は、本当に幸せなのだ。
◇Bad ass
幾ら常識外れの二人とは言っても、参列者のいない式は粛々と行われた。
途中、入場の時になれないドレスにみたまが転びそうになったり、本当ならフラワーガールでもやっていそうなその花嫁に神父が度肝を抜かれたり、といったちょっとしたトラブルもあったが、まぁそれも結婚式の中の一つのいい思い出と言っていいだろう。
「それでは、誓いの口付けを」
言われ、二人は向かい合った。
随分と身長差があるため、彼はそっと屈んでみたまにかかるベールをあげる。そこには、何時も自分に向けている笑顔を、やはりそのときも浮かべている愛しい少女の姿があった。
「なんだか人前でするのって恥ずかしい」
「ははっ、それは仕方がないよ」
そして静かに、親子のような二人がその唇を重ねた。と、
「……!!」
静かな教会に響き渡る、軽い音。
「今日は特別だから♪」
言いながら、みたまが何度も彼に口付ける。これには、神父たちもまた度肝を抜かれてしまった。
「これからもっと愛して幸せにしてね、ダンナ様♪」
「はははっ…努力するむっ…」
最後まで言い終わる前に、またみたまが小さな唇を重ねていた。
その光景に最初は唖然としていた神父たちにも、見ているうちに笑顔が戻る。
「なんともふざけた二人ではあるが…その愛に偽りはなし」
最初に地が出てしまい、神父は一つ咳をして、あらためて言葉を続ける。
「今ここに結ばれし二人に、神の祝福があらんことを」
そして、言葉が続くその中で、二人はまだ口付けを交わしていた。
何処までも常識はずれ。
そして、何処までも素晴らしい。
親子のようにしか見えない二人には、しかし周囲のものを納得させるほどの愛情があった。
「海原みたまと…また随分と平凡な名前の新郎であるな。
こんな二人には、恐らくこの先一生出会うこともないだろう」
神父の心に、二人の名前が刻まれる。
そして、二人の結婚式は一種の伝説としてその教会に伝わっていく。
誰が言ったのか、『Bad ass Wedding』と。
スラング混じりに、しかし『素晴らしい結婚式』と言われた二人の結婚式は、この世のどんなカップルよりも愛情深く、素晴らしい結婚式だった。
* * * * *
式が終わり、しかしみたまはウェディングドレスを脱がないままダンナ様が来るのを待っていた。
「まだ脱がないのかい?」
そう言いながら入ってきたのは、いつもと変わらないダンナ様。
「えぇ、これを着たまま帰ろうかと思って」
「本気かい?」
「えぇ。私がこんなにも幸せなのよって、他の人にも見せてあげたいんだもの」
「しょうがないなぁ…」
困ったように笑い、彼はベールを外してみたまの頭を撫でる。
擽ったそうに笑うみたまに、今度は彼の両腕が伸びた。
そっと抱きしめるようにして、また頭を撫でる。みたまは幸せすぎて、同じようにその小さな両腕をそっと回した。
「結婚式が終わったし…」
「ん?」
「次は新婚旅行かな。お腹の子が安定してきたら、だけど」
新婚旅行。その言葉に、彼女の瞳が一際輝く。
「ダンナ様、私行ってみたいところがあるの!」
それは、彼女が名前だけ聞いたことがある場所。それも何箇所も。普通のものなら卒倒しかねないその数に、しかし彼はただ微笑んだまま頷いていた。
「それじゃ、全部行こうか」
「いいの?」
「あぁ…何も問題ない。きっと素晴らしい新婚旅行になるだろうね…間違いない」
間違いないと言い切る彼の言葉は、魔法のようにみたまを包む。彼がそういうのなら、きっとそうなるのだから。
と、そこで一つ思い出して、みたまは彼の腕の中から離れ、向かい合った。
「えっとダンナ様…なんていえばいいのかな…と、兎に角、これからも宜しくお願いします!」
「あ、あぁこちらこそ」
頭を下げるみたまにつられて彼も頭を下げる。そして、そんなお互いの様子を見合って、また二人は笑いあった。
「それじゃ、帰ろうか」
「えぇ」
そっと差し出された大きな手に小さな手を重ね、二人は歩き出す。
ドレスの裾を摘みながら歩く少女と、それを父親のように見守る男。
二人は、誰にだって負けない、世界一の夫婦だった。
<END>
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