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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


秋冬の狭間



◇■◇


 竜田姫が染め上げた美しい野山は、冬が近づくにつれゆっくりと色を落とし、真っ白に変わらなくてはならない。
 全てが白く染め上げられ、暖かくなる日差しに雪が溶け始めると、今度は佐保姫が野山を草花で彩る。
 夜が短くなり、風が南から吹き始め、日増しに強くなる陽の光にアスファルトが熱せられ、空が高く澄んで来る。
 蛍が淡い光を発し、蝉時雨が響き、やがて雨の音とともに全てが掻き消えていく。
 一雨毎に穏やかになっていく日差しに、竜田姫が野山を色鮮やかに彩り・・・・・
 四季の移り変わりはいつだって曖昧で、気づいた時には春は夏に、夏は秋に、秋は冬に変わっている。
「けれど、四季の変わり目は明確にあるんです」
 笹貝 メグル(ささがい・−)はそう言うと、右手に持っていた小さな提灯を差し出した。
 明かりの灯っていないその提灯の側面には、色鮮やかな紅葉が1枚描かれていた。
「本来なら、四季の変わり目をそれぞれの季節に伝える役目の者がいるはずなんですけれど・・・」
「初めてこっちに来た子みたいでね、遊びまわってるみたいなんだ」
 鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)が困ったようにそう言って、頭を掻く。
「私達がその子の代わりに冬の到来を伝えるべきなんでしょうけれど、生憎仕事が入っていまして。・・・どうか頼めないでしょうか」
 メグルの縋るような瞳に、思わず頷く。
 でも、冬の到来を伝えるとは具体的に如何すれば良いのだろうか?
「この山を登っていくとね、途中から紅葉が雪に変わっているんだ」
 詠二が背後に聳える山を指差してそう言うが・・・色付いた山は頂上を見ても雪なんて被っていない。
「もっとずっと上だよ。頂上よりも上。秋と冬の狭間があるはずなんだ。そこは何もない空間でね、そこに立って、紅葉が広がっている方に“秋の終わり”を告げるんだ。そして今度、雪景色が広がっている方に“冬の始まり”を告げるんだ」
「山に入りましたら、提灯に明かりをつけてください。そうすれば、道が真っ直ぐに照らされます。その導きに従って行けば、必ずつけますから」
「良ければ、紅葉を楽しんでみたらどうかな?そんなに急いで行くこともないから・・・あぁ、でも、あんまりはしゃぎすぎて道を外れてしまわないように気をつけてね」
「もし迷子になってしまっても、山の動物達はきっと正しい道を教えてくれますからその点は安心なさってくださいね。秋の終わりと冬の始まりを告げる貴方を、山の動物達は歓迎してくださいます」
「・・・でも、1つだけ気をつけて欲しい事があるんだ。動物も植物も、皆歓迎してくれるけれど・・・瞳が紫の動物と真っ赤な花の導きには従っちゃダメだよ。惑わされてしまうから」
 詠二は難しい顔をしながらそう言うと、おまじないだと言って1つの小さな笛を手渡した。
「山の中で迷ってしまったら、それを吹けばきっと誰かしらが手を貸してくれるから」
「狭間での仕事が終わりましたら、冬がだんだんと秋を染め上げて行きます。私とお兄さんがお迎えに上がるまで、暫しその場でお待ち下さい」
「雪山で迷子になったら、笛を吹いても助けに来てくれる人はいないからね。だから、これは絶対に守ってね」
「それでは、お願い申し上げます」
 メグルがそう言ってふわりと頭を下げ・・・瞬き1つ、目を開けた時には2人の姿は掻き消えていた。


◆□◆


 秋の野山は、どこか寂し気だ。
 実りの秋は温かく、収穫は人々の糧となり、笑顔をもたらしてくれる。
 秋は決して、寂しい季節ではないはずだ。
 一番豊かな季節。
 それなのに、寂しいと思うのは何故なのだろうか。
 冬の訪れを感じさせる、この冷たい風のせいなのだろうか。
 それとも、夏の名残を残しながらも着実に冬へと向かっている、空の色のせいなのだろうか。
 夏と冬、鮮やかに分けられる季節の境目は朧。
 曖昧でどこか穏やかな季節は、心を少しばかり感傷的にするのかも知れない。
 ――― 赤く色付いた葉を見上げながら、シュライン エマは過ぎ去って行った風に含まれていた甘い香りに目を閉じた。
 秋独特の、夏と冬が混じり合った様な匂い。
 葉が一片、目の前で揺れる。
 先が赤く色付いた葉は、シュラインの爪先に乗った。
 しゃがみ込み、それを手に取る。
 薄い膜の張ったような弱々しい太陽の光にかざしてみる。
 右手に持った提灯の明かりを視線の高さに持ち上げると、周囲を見渡した。
 風が駆け抜ける音がやけに大きく響くこの場所では、静寂が強調されていた。
 この山から少し歩けば、都会の喧騒が時間を追い立てる。
 けれどこの場所では、時は進むのを躊躇っているかのようにゆっくりと過ぎていた。
 ふと、詠二の言葉が過ぎる。
 紫色の瞳と、赤い花 ―――
 何故、彼らは惑わすのだろうか。
 去って行く季節の後ろ髪?それとも、先の季節に行けずに留まるしかない魂だとか?
 秋にその魂を空に飛ばした。
 冬の厳しさを知らずに、秋のボンヤリとした季節しか、知らずに・・・?
「どうしてなのかしら?」
 呟いた程度の声。
 それなのに、大きく響いた。
 静寂を乱す声に抗議するかのように、木々が激しく揺れる。
 ・・・いや、もしかしたらこれは、答えようとしているのかも知れない。
 どうして紫色の瞳が人を惑わすのか。
 どうして赤色の花が人を狂わすのか。
 その答えは・・・・・・
 シュラインに、木の言葉は分からなかった。
 ただ、全てを許し、慈しむかのように、木々はざわめいていた。
 木々の囁きの中、上空で鳥が長く尾を引きながら声をあげる。
 これも、シュラインの問いに答えようとしているのだろうか。
 ・・・全ては、シュラインの味方・・・
 暫く両者の言葉に耳を傾けた後で、思わず口をついて出た秋の歌をハミングする。
 哀愁を帯びている秋の歌は、ジワリと吸収されていくかのように野山に響く。
 提灯が照らす道から外れない程度に、シュラインは秋を満喫した。
 様々な色が混じり合った景色を眺め、両腕を高く空に伸ばしている木を撫ぜ、耳を寄せる。
 木の鼓動が聞こえてこないか。
 そっと目を閉じ、ゆっくりと・・・耳を済ませる。
 自分の規則正しい呼吸が、鼓動が、聞こえて来る。
 風が頬を撫ぜ、空から降る太陽の光はシュラインの体を優しく包み込む。
 木の上からリスが1匹、どんぐりを持ってやって来るとシュラインの掌にポトリと落とした。
 思わぬお土産を貰ったシュラインが、リスに手を伸ばし・・・そっと、その小さな頭を撫ぜる。
 人差し指で間に合ってしまうほどに小さなリスの頭に、頬を緩める。
 リスは暫く嬉しそうに目を細めてジっとしていたが、何かを思い出したようにハッとした顔になると、するすると木を登って行ってしまった。
 背中で揺れる尻尾の柔らかさを見詰めながら手を振ると、歩き出した。
 足元で音を立てる落ち葉を見ながら、先へ先へと進んで行く。
 もうすぐで境目に入るのではないか。
 前方から吹いてくる風が冷気を帯びてきた。
 そう思った時、不意に右手の茂みが揺れた。
 視線を移せば、紫色の瞳をしたウサギが1匹、手に赤い花を持って佇んでいた。
 その先に行ってしまうのか。
 訴えかけているような視線から目をそらす。
 魅入られそうになるほどに、深い色をした瞳と花は、ジっと見詰めていてはイケナイ。
 何時の間にか止まっていた足。
 シュラインは秋の空気を肺いっぱいに吸い込むと、旋律に乗った言葉を紡ぎ始めた。
 彼らの慰めになれば良い。
 少しでも、その心が癒せれば良い。
 ・・・もしかしたら、人の可能性もある。
 動物と花に変えられて入るけれども、心は人と同じものを宿しているのかも知れない。
 ウサギは暫く、硬直したようにシュラインの歌を聴いていた。
 そして・・・ペコリと、小さくお辞儀をするとこちらに背を向けて茂みの中へと去って行った。
 去って行く刹那、その瞳が赤くなり、花が紫色に変わっていたのを・・・見た、気がした。


◇■◇


 紫色の瞳をしたウサギと赤い花に出会ってから更に歩くこと半刻。
 シュラインは秋と冬の境目に来ていた。
 目の前に広がる景色は白銀で、自分が立っている部分は何もない。
 そして、振り返れば秋の景色が広がっている。
 シュラインはその場に正座をすると、秋には終わりを、冬には始まりを告げた。
 ――― 徐々に変わって行く景色は、美しかった。
 冬がシュラインの立っていた境界に近づき、冬色に染めると秋の世界を変えて行く。
 ジワリジワリと変わって行く秋を見詰めていると、上空からはらり、はらりと白いものが降って来た。
 雪だ ―――――
 掌に乗せれば溶けて行く雪の冷たさに、思わず苦笑する。
 あまり厚着はしてこなかった。
 肩を抱きながら、詠二のくれた笛を取り出す。
 ここで吹いても、誰にも聞こえないとは思うが・・・
 ふっと息を吹き込めば、確かに音は響いた。
 けれどその音は、広がりを見せなかった。
 全て、雪の白さに吸収されてしまう ―――
 音さえも響かない雪。
 高貴な白は、何者の侵入も許さない。
 例えそれが、澄んだ笛の音でも・・・。
 空から止め処もなく降って来る雪を見上げていた時、不意に誰かが雪を踏んで近づいてきた。
 詠二とメグルだろうか。
 そう思い、視線を下げる。
 心の隅で、あの子達ならわざわざ山道を上がって来なくともここに来ることくらい出来るだろうけれどと、思いながら。
「やっと冬が来たか」
「武彦さん?」
 右手を上げた草間 武彦が、持っていたコートをシュラインに差し出す。
「あの2人からな、迎えに行ってくれって頼まれたんだ」
「そうだったの。有難う」
 コートに袖を通し、武彦が持ってきた傘に2人で入る。
 腕をギュっと密着させ・・・
 シュラインの視界の端を、真っ赤な瞳をしたウサギが駆け抜けて行った ―――――



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0086 / シュライン エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『秋冬の狭間』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 秋冬の狭間と言いつつ、冬真っ只中納品で申し訳ありませんでした・・・!
 幻想と耽美かどちらか・・・と言う事で、幻想を重視して執筆いたしました。
 ゆっくりと、溶けるような穏やかな時が描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。