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Castle of ice
☆◆☆♪☆◆☆
空気の入れ替えのためにと、開けた窓から感じる風の冷たさに思わず首をすくめる。
「寒い・・・」
「メグル、子供は風の子じゃないといけないんだぞ?」
「炬燵で丸くなってるお兄さんに言われたくないです」
笹貝 メグル(ささがい・−)はそう言うと、頬を膨らませた。
そんな妹の態度はお構いもせず、鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)が炬燵で丸くなりながら蜜柑を頬張る。
「もう。お兄さん、猫じゃないんですから」
「猫で十分だよ。炬燵でぬくぬくしてても怒られないんならね」
「それじゃぁお夕飯はキャットフードにさせてもらいます」
ツンとしたメグルに、詠二が情けない声をあげる。
「あぁぁぁ〜〜〜メグルちゃぁぁ〜〜〜ん」
「もう、情けない声出さないで下さいよ。大体、お兄さんは・・・」
ふと言いかけた言葉を飲み込むと、銀色の長い髪を揺らしながら振り返った。
白い雪がふわり、メグルの目の前で止まった。
「雪の精、ですか?」
メグルが声をかければ、雪がゆるりと溶け始め、白くふわふわの服を着た妖精へと変わる。
『ご主人様から、例の件についてのご確認に上がりました』
「例の件、ですか?」
『鷺染詠二様にクリスマスの日、氷の城の留守をお任せすると』
「クリスマスの日に、ですか!?」
驚いたメグルが詠二を振り返る。
何でも屋をやっているメグルと詠二は、イベントの日は目も回るような忙しさなのだ。
氷のお城で優雅に留守番をしているような時間など無い。
「へ!?そんな事約束したっけ!?」
『昨年、ご主人様とチェスとなさって・・・』
「あー!言う事1個きくって言ったっけ。でも、確かアイツ、俺らの事情知ってるよな?」
「だから頼んだに決まってますよ。もー!お兄さんの馬鹿っ!どうするんですか!ただでさえもクリスマスは忙しいのに、氷のお城の留守番なんて!」
「でも、留守番って・・・アイツ、クリスマスの日どっか行くのか?」
『はいです。ご友人のパーティーに。お城の中の物は好きに使って良いし、お腹がすけばコックに言って下さいとのことでした。お城の者はご主人様の御付以外は皆残りますので、なにかご入用のものがありましたら呼んで下さいなのです』
雪の精は、確かにお伝えしましたと最後に呟くと、ふっと消えてしまった。
「んもうっ!どうするんですかっ!お約束なんですから、まさか違えるわけにはいかないでしょう?」
「あーーーあーーー、アレだ!誰かに頼もうっ!」
「もー!いつも人任せなんですからっ!」
「良いじゃないか、氷の城は綺麗なんだし、お城の人は残ってるんだから、色々してくれるし・・・それに、氷の城って言っても、別に寒くないし・・・」
詠二は矢継ぎ早にそう言うと、ペンと紙を取り出してクセの強い汚い字で招待状を書き始めた。
「お兄さん、字が汚すぎて何が書いてあるのか読めないのですが・・・」
「よし、これでOKと。さて、町に繰り出してこれを誰かに手渡そう」
「ですからお兄さん、字が・・・」
「そうだ。最後に注意書きを書いとかないと。えーっと・・・」
“城の最深部にある扉を開けてはいけない”
「っと。これでOK!」
「だからお兄さん、字がきたな・・・」
「んじゃ、俺行って来るから!」
「あの・・・お兄さんっ!!!??」
★◇★♪★◇★
冷たい風を頬に感じながら、高遠 弓弦は銀のコートに身を包んだメグルの背中を見詰めていた。
吐く息が白く宙を漂い、キラキラと輝きながら消えて行く。
普段歩いている道は足元はるか遠くにあり、弓弦は隣に座るジェイド グリーンの手を無意識に握っていた。
ジェイドが右手に感じる温もりに、地上へと落としていた視線を弓弦に向ける。
薄っすらとピンク色に染まった頬の、可憐な色に目を奪われる。
「凄い・・・ですね」
「え?」
メグルの背中を見詰めながら、弓弦がポツリと呟き、風に流されてしまうほどの小さな声にジェイドが首を傾げる。
「まるでサンタさんみたいな気分ですね」
真っ直ぐに向けられていた視線が、初めてジェイドのそれと絡まる。
柔らかな赤色の瞳がすっと細められ、キュっと握っていた手に力が篭る。
「トナカイさんの引くソリで空を飛ぶって、まるでサンタさんになった気分です」
「そうだね」
「プレゼントは、何も持っていないのですけれど・・・」
少し残念そうに言った弓弦が、ジェイドの上に乗せていた手を自分の胸元へと持って行き、細い指を組み合わせる。
長い睫毛を伏せ、祈るように目を瞑る。
「皆さんが、幸せに今日1日を過ごせますように・・・」
「それがプレゼント?」
「きっと、祈りは届くと思いますから」
穏やかに笑んだ弓弦の隣に体を寄せる。その小さな体は、切り裂くような冷たい風に当てられて冷たくなっていた。
少しでも温かくなれば良い・・・ジェイドはそう思いながら、祈る弓弦の体を抱き締めた。
――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ―――
話は2人が空の旅へと出かける少し前に遡る。
クリスマスムードに染まる町を2人で歩いていた時、聞きなれた声が背後から2人を呼び止めた。
振り返れば、屈託のない笑顔で右手を上げる1人の少年・・・・
「詠二さん?」
「久しぶりだね。夏以来?」
そう言って走って来た詠二がジェイドに右手を差し出す。
「そうですね、お久しぶりです」
「弓弦ちゃんも、久しぶりだね」
「はい」
弓弦はフワリと微笑むと、詠二に頭を下げた。
「今日は2人でどこか行く予定でも?」
「特にキチンと決まっているわけじゃないんですけど、どこかで2人で食事でも出来たらなって」
ジェイドの言葉に、弓弦が頷く。
ふっと息を吐けば白色の靄が宙を漂い、北から吹いた風に流されて行く。
「・・・それじゃぁさ、氷の城に行ってみたくない?」
「氷のお城、ですか?」
「うんうん、まぁ・・・詳しいことはコレに書いてあるから。っと、ヤバイな、時間が」
左腕に嵌めた時計に視線を落とすと、詠二が慌てた様子で懐から取り出した手紙を2人に押し付けた。
「何か予定でも?」
「何でも屋はこう言う行事の時は忙しいんだ」
苦笑しながらそう言い・・・確か、以前どこかで聞いた事があると、弓弦が首を傾げる。
「とりあえず、行くも行かないも後で決めてもらってかまわないから・・・ちょっと目を閉じて」
詠二の言葉に素直に目を瞑るジェイドと弓弦。
しっかりと手を繋ぎ・・・詠二が聞きなれない言葉を紡ぐと一陣の温かな風が2人の頬を撫ぜた。
春を思い出させる柔らかな風と、甘い花の匂いに気を取られた次の瞬間には、凍てつく風が2人の髪を強かに撫ぜた。
「あら・・・弓弦さんとジェイドさん?」
凛と響く透明な声に目を開ければ、透明なガラス細工で出来たトナカイとソリの前に、銀色の髪を靡かせたメグルがキョトンとした顔で佇んでいた。
「ここは・・・」
「お兄さんから何も聞いてませんか?」
「あ、手紙を貰いました」
ジェイドが慌てて手に持っていた手紙を開く。
詠二独特のクセのある文字に悪戦苦闘しながらも、何とか状況を把握すると弓弦に同意を求めるように首を傾げた。
「・・・行きたいです」
「えーっと、どうやって行けば良いんですか?」
弓弦の控え目な主張にジェイドが口元に笑みを浮かべながら、メグルに視線を移す。
「コレに乗っていただきます」
メグルが指差したのは、ガラス細工か氷か、どちらかで作られていると思われる、透明な輝きを発するトナカイとソリだった。トナカイは今にも動き出しそうなほどに躍動的な様子で固まっているが・・・動く気配など毛頭ありそうにない。
良く出来た彫刻と言う印象しかないトナカイとソリに、メグルがそっと手を触れる。
指先がツンとトナカイの首元を掠めた途端に、トナカイを覆っていた透明なガラスが崩れて行く。
ソリの方も同じで、透明なだけで色のないガラスが砕け落ちると中から鮮明なソリの赤い色が、トナカイの茶色い毛並みが見えてくる。
2頭のトナカイが、身震いし、足踏みをする。
「さぁ、行きましょう・・・って、どうしてそんな不思議そうな顔をしてるんです?」
キョトンとしたまま固まっていた2人にメグルが首を傾げる。
クリスマスになったのだから、トナカイとソリが目覚めるのは当然の事・・・そうとでも言いた気な表情だった。
ジェイドが最初にソリに乗り込み、弓弦に右手を差し出す。
可愛らしいワンピースに身を包んだ弓弦の足元を心配しながらソリの中へと引っ張り・・・2人が着席したのを確認した後に、メグルが持っていた銀色の鞭でトナカイの背を軽く叩く。
トナカイが地面を蹴って高く跳躍し、そのまま空へと駆け出して行く。
段々と遠くなって行く地面と、近づいてくる空。切り裂くような冷たい風を感じながら、弓弦は白い息を吐き出した。
☆◆☆◆♪◆☆◆☆
氷の城と言われて、まるで雪の女王が住む城のようだ・・・そう思った弓弦は、赤いソリによって連れてこられたそのお城に思わず目を見開いた。
雪の女王が住むお城だとしたら、きっと冷たくて寂しい場所なのだろう。そんな予想は打ち砕かれた。
トナカイが走りこんだ先には、氷で出きた高い城壁があった。
メグルが凛とした声で自分の名前を告げれば、重そうな扉が内側へと開いて行く。
その先にあったのは、全てが氷で作られた美しい英国庭園風の庭だった。
気の遠くなるほどに広大な面積を持つ庭には、森もあれば川もあった。
氷の木で作られた迷路の入り口が右端に見え、真っ白な色のベンチが中央の噴水の傍に置かれている。
トナカイはグングンとその庭園の中を真っ直ぐに横切っていき、ついにはお城の入り口で足を止めた。
重たそうな両開きの扉には繊細な彫刻が施されており・・・メグルがソリから降り、2人にもそうするようにと目で合図を出す。
ジェイドが先に降り、弓弦を抱きかかえるような形でソリから降ろした時、重たそうな両開きの扉が音も立てずに内側へと開き出した。
扉が開いた先には、赤い絨毯が敷かれ、正装をした老紳士が胸に手を当ててお辞儀をしていた。
「ジェイド・グリーン様と高遠・弓弦様。鷺染・詠二様と笹貝・メグル様からお話は伺っております」
テノールの良く響く声だった。
下を向いていた顔を上げれば、優しそうな目と視線がぶつかる。
「私は雪永(ゆきなが)と申します。本日は貴方様がたのお世話をするようにと仰せつかっております」
「雪永さん、あの人は?」
「ご友人のパーティーに早々にお出かけになりましたが」
「そう・・・一言文句言ってやろうかと思ってたのに」
ブツブツと呟くメグルの言葉に、ジェイドと弓弦は視線を合わせて小さく微笑んだ。
あんなに穏やかで感情のよく読めないメグルが、こんな事を言うなんて思ってもみなかったのだ・・・
「まぁ、良いわ。2人を迎えに来た時にでもガツンと一言言ってやるわ」
メグルがそう言った時、パタパタと言う小さな足音がして階上から1人の少女が駆け出して来た。
真っ白な服を着た、ツインテールのその少女は外見年齢10歳程度だろうか。
ジェイドと弓弦を見上げると、ペコリと頭を下げる。
「初めましてなのです。雪花(せっか)と申しますです。この度は、ご主人様より高遠様とグリーン様のお世話をするようにと仰せつかっておりますです。雪永さんと同じく、何かありましたら何でもご用命下さいです」
砂糖菓子のような容姿をした少女は、銀に近い金色の髪をしており・・・瞳は透明に近い青色だった。
毛先だけがタテロールになっており、雪花が動くたびにクルクルふわふわと髪が揺れる。
「雪永さんは、お仕事まだいっぱい残ってますので、主に雪花・・・じゃなく、私がお2人の身の回りのお世話をしたいと思いますです。まずは、お城の中を案内いたしますです」
一生懸命な言葉は、まるで台本を読んでいるかのようだった。
・・・いや、恐らくそうなのだろう。雪永あたりにお客様が来たらこう言いなさいと指示されている事をそのまま口に出して言っているのかも知れない。
「私は執事室におりますので、なにか御座いましたらおこしください」
そう言った後で、メグルと少し話があると言って頭を下げる。
「それじゃぁ、帰りにはまた来ますね。楽しんで行ってください」
メグルが右手を振りながら雪永の後へと続いて行き・・・2人はその背が見えなくなるまで手を振った後で、足元でチョコンと静かに成り行きを見守っていた雪花に視線を落とした。
「それでは、ご案内いたしますです」
可愛らしい案内人さんは、かなり広いお城の中を何度も迷子になりそうになりながら、なんとか全ての部屋を弓弦とジェイドに見せてくれたのだった。
――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ―――
広い食堂へと通された弓弦とジェイドは、そわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせる雪花に笑顔を向けた。
「このお城は、全て氷で出来ていると聞きましたけれど・・・全て透明と言うわけじゃないんですね」
「はいです。このテーブルクロスも、見た目はちゃんとしたクロスですけれども、触ると硬いです」
そっと手を伸ばせば、確かにテーブルクロスは硬い氷で出来ていた。
勿論、氷で出来ているとは言っても冷たくは無い。
「あの・・・高遠様にグリーン様、なにか御用は御座いますか?」
おずおずと言われた言葉に、弓弦が優しい笑顔を向けながらそっと雪花の髪に手を伸ばす。
「下の名前で呼んでください」
「でも・・・」
ふわり、柔らかい雪花の髪は酷く冷たかった。
驚いたように目を見開いた弓弦に、雪花が苦笑する。
「雪花・・・っと、私は、雪の精ですので冷たいのです」
「そうだったんですか」
「はいです。なので、あまり私に触れているとお手を冷やしてしまいますです」
「雪花さん・・・雪花ちゃんは・・・」
弓弦はあえて雪花の名前を言いなおすと、雪花の髪を優しく撫ぜ続けた。
「私がずっと触っていたら溶けてしまうとか、そう言うのはないのですか?」
「はいです。私はは溶けませんですよ」
それなら・・・と、弓弦は雪花の小さく華奢な体を腕の中に抱いた。
一生懸命になって気を張り詰めている雪花のいじらしさに、思わず胸をうたれたのだ。
「雪花ちゃん、私の事はやっぱり下の名前で呼んでください」
「でも・・・」
「俺の事も下の名前で呼んでいーぜ。それから、雪花って普通は自分の事“私”って言ってないんだろ?」
「はいです。雪花って、いつも言ってるです」
「それなら、そっちで言ったら良いよ。無理に変える必要もない」
「でも、雪永さんが“私”って言いなさいって言ってたです。お客様なのだから、粗相をしてはいけないと・・・」
「・・・うーん、それなら、こうしないか?」
何かを思いついたらしいジェイドが雪花の頭をそっと撫ぜ、あまり見詰めていると消え行ってしまいそうなほどに薄い青色の瞳を覗きこむ。
「無礼講ってわけで、クリスマスパーティでもしないか?」
「パーティ・・・ですか?」
「そう。お城に勤めてる人も皆一緒に・・・あ、でも、仕事の邪魔にならないようにしないと・・・」
「お仕事、皆今はそれほどないはずです。それに、お客様の仰ったことなので・・・きっと皆、パーティしたいって言うと思いますです」
「無理させない程度に・・・息抜き程度にどうかなって、誘ってみたいな・・・」
もし忙しくて無理なら、シャンパンの一口くらいなら・・・と言うジェイドに、目を輝かせる雪花。
直ぐに雪永さんに訊いてみますですと言って走り去って行く彼女の背中からは、嬉しそうな幸せなオーラが滲み出ていた。
★◇★◇★♪★◇★◇★
繊細なシャンデリアから降り注ぐ白銀の光を受けて、弓弦は雪の精達と一緒にパーティ用のメニューやお菓子を作っていた。
包丁やまな板、お皿に至るまで全てが氷で出来ていたけれども食材だけは氷ではなかった。
「弓弦様、クッキーのお味見をしていただけますか?」
「喜んで」
白雪(しらゆき)と言う名の雪の精が、出来上がったばかりのクッキーを冷ましてから弓弦の口元に持って行く。
サクっとした食感と、ふわりと柔らかい甘みに思わず目を閉じる・・・
「美味しいです」
「それは良かった」
ほっと安堵した様子の白雪に笑顔を向けながら、弓弦は真っ白な生クリームをケーキの側面に丁寧にぬっていく。
かなり広いキッチンの中で忙しく働く弓弦を遠めに見ながら、ジェイドは食堂の中をグルグル見渡していた。
お料理は苦手ですと言って頬を染めた雪花はジェイドの隣にチョコンと立っている。
ジェイドが右へ左へ、興味に任せてうろうろとすると、雪花もその隣についてくる。
右へ左へ、髪がふわり、ふわり・・・
触れたら柔らかそうなその髪に思わず手を伸ばす。
・・・何となく、頭を撫ぜてあげたくなる・手放しで可愛がりたくなる、そんな子だった。
「全部、キラキラしてて綺麗だね」
「はいです。いくら色をつけても氷は氷です。キラキラ、光に反射するです」
無邪気な笑顔の後ろから、一息つけに弓弦が小走りに来ると雪花の髪をふわりと撫ぜた。
なんだかこうして見ると、姉妹みたいだと、ジェイドは思った。
普段は妹としてふわふわと甘い柔らかさを発している弓弦なのに、雪花と並ぶとしっかり者のお姉さんと言った感じになるから不思議だ。
ジェイドがそう思いつつふと壁に取り付けられた棚に視線を向ければ、藍色のマフラーが綺麗に畳まれて置かれているのが目に入った。他は全て、値打ちのありそうなアンティークのオルゴールや時計なのに、どうして何の変哲もないマフラーがその中に置かれているのだろうか。
手を伸ばし、藍色のマフラーに手を触れる。
マフラーが持つ過去がジェイドの目の前に展開され・・・ふっと、息をつくと優しい笑顔を雪花に向けた。
これは、彼女の過去に深く関わるもので ――― 彼女が、最も大切にしているものだった。
――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ―――
雪花は、元は小さな雪の一片だった。
地面にフワリと降り立てば、他の仲間と手を繋いで目を瞑る。
雪はいずれ溶けてしまう。それが、どのような形になるかは分からないけれど・・・
車に踏み潰されて溶けてしまうかも知れないし、誰かに踏まれて溶けてしまうかも知れない。
一番幸せな溶け方は、自然に溶ける事。
お日様の熱だけで、じわりじわりと空へと帰る・・・それが、幸せな事。
誰も来ない公園の片隅でジっと仲間達と蹲っていた時、不意に小さな男の子が真っ白な公園内に走りこんで来た。楽しそうに1人で雪遊びをして、無人のジャングルジムに雪玉を投げては楽しそうに笑っていた。
元気な男の子。これで雪花も溶けるのかな?
そう思った時、男の子が小さな雪の玉を作ると転がし始めた。
どんどん大きくなる雪玉を公園の片隅に置き、同じものをもう1つ作る。
雪だるまだ・・・
そう思った時、雪花も頭の雪の中へと組み込まれた。
最初に作った雪玉の上に乗せられ、石の目と鼻、棒の口をつけられた。
『でーきた!うん、可愛い雪だるま』
にっこりと微笑んだ男の子の顔は、とても可愛らしくそして温かいものだった。
『また来るから、溶けちゃだめだよ!あ、でも、風邪ひいてもダメだよ!?』
男の子はそう言うと、首に巻いていた藍色のマフラーを雪だるまの首に巻きつけ、手を振って公園から去って行ってしまった。
その日から晴天が続き、雪だるまは小さく小さくなって行った。
けれど、男の子はまだ来ない・・・
どんどん小さく・・・仲間はみんな、空へと帰ってしまった。
でも、雪花は男の子の事を待ちたかった。
だって・・・あの素敵な笑顔に甘い気持ちを抱いてしまったから。
待ってる・・・ずっと、待ってる・・・貴方が来てくれるまで・・・
けれどとうとう、雪花も空へと帰らなければならない日になってしまった。
ギリギリまで男の子を待ったのだけれど、結局彼は来なかった。
「その時、ご主人様に声をかけられたです。藍色のマフラーを持って来て良いから、家で働かないか・・・と。とても嬉しかったです。だって、空へと帰ることになったら次の雪の日までは地上に降りてこられません。そうなれば、この藍色のマフラーはなくなってしまいますです」
雪花はそう言うと、愛しそうにそのマフラーを撫ぜた。
幼く淡い恋心と言うには、あまりに真剣で一途な愛だった。
弓弦がそっと雪花を抱き締め、その冷たい温度に目を伏せる。
ジェイドが小さな頭を撫ぜ・・・弓弦ごと、雪花を抱き締める。
隣に居るのが当たり前のように思えてしまうけれど、きっとコレは当たり前なんかじゃない
――― 好きな人とこの日を過ごす、それはとても素敵な小さな奇跡だから ―――
☆◆☆◆☆♪☆◆☆◆☆
雪の精達との楽しい食事が終わり、弓弦とジェイドは広い食堂にポツンと2人残された。
後片付けを手伝うと名乗り出たのだが、食堂でゆっくりなさってくださいと言われ、目の前には温かい紅茶の入ったカップと真っ白なケーキの乗ったお皿が置かれている。
雪花は先ほど、藍色のマフラーを持ってどこかへと行ってしまった。
「直ぐ帰りますです」
と言っていたけれど・・・キュっと大切そうにマフラーを胸に抱くその手に、ゆっくりで良いからと思わず声をかけてしまったのは、ジェイドや弓弦でなくてもそうしただろう。
氷の城や雪の精達、楽しかったパーティなどに咲かせていた話の花が、突然ふっと掻き消えた。
何となく気まずい沈黙が場を支配しかけた時、ジェイドがポケットから綺麗に包装された四角い箱を取り出して弓弦の手の上に乗せた。
淡いパステルグリーンの包装紙に、銀色のリボン。包装紙には、小さな雪の結晶と四葉のクローバーが印刷されていた。
「これ・・・」
「開けてみて?」
ジェイドの言葉に、細い繊細な弓弦の指が銀色のリボンを解く。
慎重な手つきで包みを開ければ、中には雪の中で祈りを捧げる天使のイラストが描かれた小さな箱が入っていた。丁度弓弦の両手に乗るくらいの箱をそっと開ける。
中から出てきたのは、四葉のクローバーの飾りがついた、細い銀色の鎖のブレスレッドだった。
葉の部分が翡翠の石になっているデザインで、シャンデリアの光にキラリと輝いた。
「ジェイドさん、これ・・・」
喜びに大きな瞳をさらに大きく見開いた弓弦の手を取ると、そっとブレスレッドを細い手首に嵌める。
真っ白な手首を滑る、銀色の鎖と翡翠の四葉のクローバーはまるで弓弦のために作られたもののようだった。
「とっても似合うよ」
「有難う御座います・・・」
キュっと、ブレスレッドの上に手を乗せる。
嬉しくて・・・とても、嬉しくて・・・
ブレスレッドも箱も包みも、リボンさえも、全て弓弦にとっては宝物だった。
「あの、私もプレゼントがあるんです。去年、手袋と絵本を頂きましてので・・・」
もごもごと口篭りながら、傍らに置いてあった大き目のハンドバッグを引き寄せる。
バッグの中から出てきたのは、銀色の包装紙に緑色のリボンの掛かったプレゼントだった。
淡い銀色の包装紙には、雪の結晶と小さな星、そして・・・四葉のクローバーが印刷されていた。
色が違えども、2人が選んだ包装紙には四葉のクローバーが印刷されていた。
それだけで、2人の間の絆の深さを窺い知る事が出来る・・・
丁寧にリボンを解き、包装紙を開けた中には白と翡翠に良く似た翠色のストライプ柄のマフラーが入っていた。
四葉の模様もアクセントについており、一目見ただけで弓弦の手編みだと言う事が分かった。
「これで、今年の冬は寒くないと良いのですけれど・・・」
上目使いにジェイドの顔を見詰める。
笑っていただけますようにと、願いを込めてそっとその瞳の色を見詰める。
「有難う・・・今年は風邪なんてひかないね」
ふわりと柔らかい笑顔に、弓弦はほっと安堵の溜息をつくと共にジェイドの首にマフラーを巻いた。
「長さも丁度良いですね・・・良かった・・・」
そう言って解こうとした手を、ジェイドが止める。
もう少しこのままでいたいのだと、この温もりを感じていたいのだと、目が優しく訴える。
仲睦まじい2人の様子をキッチンから見詰めながら、雪の精達はせっせとお菓子を作っていた。
楽しく素敵な一時をプレゼントしてくれた可愛らしいお客様達に、せめてもの感謝を伝えられれば良いと、帰り際にお土産として渡そうと一生懸命になっていた。
白雪の細くしなやかな指が、出来上がったばかりのクッキーを1つつまむ。
四葉のクローバーの形をしたクッキーは、仄かな甘みと柔らかな食感が口いっぱいに広がるとても美味しい出来上がりになっていた。
――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ―――
なかなか帰ってこない雪花を捜そうと、弓弦とジェイドは広いお城の中を探検がてらに散策していた。
無数にある扉を次から次へと開けていき、綺麗な調度品に目を留める。
「雪花ちゃん、何処に行ってしまったんでしょう・・・」
「うーん。・・・あ、そう言えば詠二さんから貰った招待状に何か書いてないかな?」
勿論、雪花の居場所なんて書いてあるはずはないのだが・・・城内の部屋の位置などでも簡単に書いてあれば、ある程度の予想はたてられるかも知れないと思ったのだ。
手紙を広げ、じっくりと目を通してみるのだが、それらしき事は書かれていないように思う。
やはりここは地道に捜すしかないか・・・諦めかけたジェイドの目に、ある一文が留まった。
詠二特有の癖の強い文字で書かれている言葉は、途中までしか読めない。
「最深部にある扉を開け・・・?」
疑問符の付いた言葉に、弓弦が手紙を覗き込む。が、弓弦もなんと書いてあるのか分からないらしい。
首を傾げつつも、2人はお城の中の一番奥にある ――― と思われる ――― 扉の前に立った。
他の部屋は一通り ――― なにぶん広いために、多分とついてしまうが ――― 見たはずだ。
それならば、残すところはこの部屋のみ・・・
巨大な両開きの扉は、見た目にも重そうだった。繊細な彫刻の施された扉を前に、ジェイドは大きな花瓶を持って忙しそうに廊下を走って来た1人の雪の精を呼び止めた。
「あの、この先って何があるの?」
「え?この先、ですか?さぁ。今は何があるんでしょう」
妙な言い方をする・・・ジェイドはそう思った。
“今は”何があるんでしょうなんて、まるでその時々によって先が変わるような言い方だ。
「そう言えばさっき、雪花が入って行くのを見ましたね。それなら・・・」
言いかけた雪の精が、はっとした顔つきになって手の中の花瓶に視線を落とすと「それほど気になるようでしたら、進まれてはどうですか?」とだけ言い残して走り去って行ってしまう。
「・・・うーん、雪花はこの先にいるかも知れないって事か。どうしよっか、弓弦ちゃん・・・?」
ジェイドが顔を覗き込んだ先、弓弦はまるで何かを祈るように両手を組み合わせてジっと扉を見詰めていた。
「・・・懐かしい、感じがするのです」
「え?」
「氷のお城の扉の向こうに懐かしさを感じるなんて、不思議ですけれど」
ボウっとしていた視線がジェイドの瞳へと注がれ、弓弦が今にも消えてしまいそうな声で「何となく、気になります」とだけ告げた。
「それじゃぁ、入ってみようか」
雪花もいるかも知れないし・・・
そう思い、ジェイドは両開きの扉に手をかけた。
重そうに見えた扉は、ジェイドの手が触れるか触れないかのうちに、すーっと音も無く内側へと開いて行き・・・その先には、目も覚めるような白銀の世界が広がっていた。
★◇★◇★♪★◇★◇★
雪が降り積もった公園の中、見知らぬ男の子が雪だるまを作っている。
小さな手で一生懸命に作り、最後に藍色のマフラーをその首にかける・・・
その様子を木の陰から見詰めていた雪花の肩に手をかけると、ジェイドは声をかけた。
「これは・・・?」
「雪花の一番大切な記憶、です。厳密に言えば、一番大切な人と一緒に過ごした日々が見れる場所です」
「あの男の子がマフラーをくれた子ですね?」
「はいです」
にっこりと笑う雪花に、弓弦が何かを言おうとして足を踏み出した瞬間、足元でパキリと木の枝が折れる音がして男の子がこちらを振り返った。慌てて身を隠す弓弦に、雪花が苦笑しながらやや声を抑えて話し始める。
「そんなに焦らなくても大丈夫です。ここは雪花の心を映し出す場所ですので、本当はあの男の子に声もかけられますです」
「そうなんだ?それじゃぁ、一緒に遊んでくれば良いじゃないか?」
「・・・その勇気が出ないのです」
男の子は首を傾げつつも、雪だるまの方に向き直ると少しずれている口や鼻を綺麗に整える。
そっと見ているだけで幸せ。そんな、小さな喜びを弓弦はよく理解できた。
・・・それでも・・・
「見ているだけでは、前に進めません。・・・ですから・・・」
トンと、雪花の肩を押す。
よろめいた雪花が雪だるまを作っている男の子のほうに倒れ込み、音に気付いた男の子がこちらを振り返る。
「あれ?君、大丈夫!?」
笑顔で駆け寄ってくる男の子に、雪花が顔を赤くしながら小さな声で「大丈夫です」と呟く。
「何て名前?」
「・・・雪花」
「ふーん、せっかちゃん?どう書くの?」
「雪の花・・・」
真っ白な雪の上に、雪花の細い指が溝を作っていく。
「雪花ちゃん、可愛い名前だね。僕はね、雪夜(ゆきや)って言うんだ。雪って、同じだね」
雪夜はそう言うと、雪花に右手を差し出した。
おずおずとその上に手を乗せた雪花の体を引っ張り上げると、満面の笑顔で「一緒に遊ばない?」と声をかける。
雪花が突然の申し出にうろたえながらも頷き、その様子を木の陰から見ていたジェイドと弓弦に気付くと「お兄さんとお姉さんも一緒に!」と声をかける。どうしようかと迷っている2人の元に走って来ると、雪花が弓弦の手を、雪夜がジェイドの手を引っ張って白銀の公園の中央へと連れて来る。
「雪合戦しよう!雪合戦!チームは、ジェイドお兄さんと弓弦お姉さんと、僕と雪花ちゃん!」
「よぉし、負けないからなっ!」
「えっと・・・雪花と弓弦お姉ちゃんは雪玉を作る係になりますです」
そう言うと、雪花が弓弦の耳元で「この雪は冷たくないでの大丈夫です」と囁く。どうやら弓弦の体を心配しているらしい。
「雪花、運動あまり得意じゃないのです」
「それなら、一緒にゆっくり雪玉を作って・・・雪夜君とジェイドさんを応援しましょう」
「はいです!」
――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ―――
ちびっ子チームの奮闘もあって、ジェイドは雪に濡れていた。
と言っても、冷たくは無いので不快感は無かった。ただ、運動した後の爽やかな疲労感が全身に圧し掛かっていた。
「また、一緒に遊ぼうって言われましたです」
「良かったな」
「はいです!・・・本当の雪夜君は、もう大人になってしまっているですが、それでも・・・子供の時の雪夜君が消えちゃったわけじゃないのです。誰かの心の中に残っていれば、きっと・・・一瞬でも、永遠に思えるですね」
雪夜の人生からすれば、ほんの一瞬であろう、公園で作った雪だるまとの時間。それでも、雪花にしてみれば雪夜の一瞬は一生の宝物になっている。
「弓弦お姉さんと、ジェイドお兄さんと会えた、今日と言う日も、雪花にとってはとても大切なものです」
「私も、とても大切です。絶対に、忘れません」
「そうだよ」
お別れの時間が近づいているのを感じ、雪花が目に涙を溜める。
いつだって、お別れの時は辛い。今までの楽しかった時間を覚えているから・・・さよならは、悲しい。
「でもさ、永遠に会えないわけじゃないだろう?」
「また来たいです」
「はいです!いつでも、来てくださいです!それに、雪花も雪の降る日には雪と一緒に地上に降りて、お2人に会いにいきたいです」
「歓迎するよ」
ジェイドの言葉に雪花が頷き、甘えるように弓弦に抱きつく。
「今度は、御主人様も一緒に・・・パーティーしたいです」
「あ、そう言えばさ、雪花。ここの城主さんって・・・」
言いかけたジェイドの言葉を遮るように、両開きの玄関扉が大きく内側に開いた。
その先に見えたのは、銀色のコートに身を包んだメグルと、ここまで運んできてくれたトナカイとソリ、そして・・・目も眩むような純白のドレスに身を包んだ美しい1人の女性だった。
「お帰りなさいませです、御主人様」
「ただいま。そして・・・今宵はどうもありがとう御座いました。可愛らしいお客人方」
「あっ・・・」
弓弦が何かを言おうと口を開いたのだが、思わず言葉を呑みこむ。口が上手くきけなくなるくらいに、城主の女性は美麗な顔立ちをしていた。
「色々とお喋りをしたいところですが、日付が変わる前に地上に帰らないといけません。ソリとトナカイが再び眠りにつく前に」
「弓弦さん、ジェイドさん、行きましょう」
凛と良く響くメグルの言葉に、ジェイドと弓弦は「本日はとても楽しかったです」「有難う御座いました」とバラバラに言う。白雪が、お土産ですと言ってクッキーの入った包みを手渡してくれ、ジェイドと弓弦はお礼を言うと大切そうにそれを抱えた。
そして、雪の精達の別れの言葉を背に歩き出す・・・。
「今度は是非ゆっくりお話してみたいです」
「お暇な時にはいつでもいらしてください」
雪の精に、お迎えに行かせますから・・・
その言葉を最後に、トナカイは凄まじいスピードで走り出した。
一生懸命に手を振る雪の精達に手を振り返し、2人は氷の城が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
ソリは真っ暗な空を真っ直ぐに飛び、星と月の光を受けてメグルの羽織った銀色のコートが幻想的な色に染まっている。
冷たい風を頬に受け、2人は肩を寄せ合った。手を握り合い・・・ハラリ、目の前に小さな雪の結晶が1粒落ちてきた。
ハラリ、ハラリ・・・また1つ、2つ・・・
夜中の静寂に沈む町に、雪が舞い落ちる。
弓弦が白い掌の上に一片の雪の結晶を受け止めれば、体温でジワリと溶けて行く。
暫く2人で月と星と雪が支配する夜空を見詰めた後で、両手を胸の前で組み合わせた。
――― 願わくば、この世界に住まう全ての人々に、幸せの雪が舞い降りんことを ―――
☆ E N D ☆
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★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0322 / 高遠 弓弦 / 女性 / 17歳 / 高校生
5324 / ジェイド グリーン / 男性 / 21歳 / フリーター…っぽい(笑)
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■ ライター通信 ■
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この度は『Castle of ice』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
弓弦ちゃんとジェイドさんの、優しく暖かなクリスマスの風景が描けていればと思います。
雪の精達とのパーティを提案していただき、まことに有難う御座いました♪
素敵なクリスマスをお過ごし下さい。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時は宜しくお願いいたします。
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