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Castle of ice
☆◆☆◆☆♪☆◆☆◆☆
空気の入れ替えのためにと、開けた窓から感じる風の冷たさに思わず首をすくめる。
「寒い・・・」
「メグル、子供は風の子じゃないといけないんだぞ?」
「炬燵で丸くなってるお兄さんに言われたくないです」
笹貝 メグル(ささがい・−)はそう言うと、頬を膨らませた。
そんな妹の態度はお構いもせず、鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)が炬燵で丸くなりながら蜜柑を頬張る。
「もう。お兄さん、猫じゃないんですから」
「猫で十分だよ。炬燵でぬくぬくしてても怒られないんならね」
「それじゃぁお夕飯はキャットフードにさせてもらいます」
ツンとしたメグルに、詠二が情けない声をあげる。
「あぁぁぁ〜〜〜メグルちゃぁぁ〜〜〜ん」
「もう、情けない声出さないで下さいよ。大体、お兄さんは・・・」
ふと言いかけた言葉を飲み込むと、銀色の長い髪を揺らしながら振り返った。
白い雪がふわり、メグルの目の前で止まった。
「雪の精、ですか?」
メグルが声をかければ、雪がゆるりと溶け始め、白くふわふわの服を着た妖精へと変わる。
『ご主人様から、例の件についてのご確認に上がりました』
「例の件、ですか?」
『鷺染詠二様にクリスマスの日、氷の城の留守をお任せすると』
「クリスマスの日に、ですか!?」
驚いたメグルが詠二を振り返る。
何でも屋をやっているメグルと詠二は、イベントの日は目も回るような忙しさなのだ。
氷のお城で優雅に留守番をしているような時間など無い。
「へ!?そんな事約束したっけ!?」
『昨年、ご主人様とチェスとなさって・・・』
「あー!言う事1個きくって言ったっけ。でも、確かアイツ、俺らの事情知ってるよな?」
「だから頼んだに決まってますよ。もー!お兄さんの馬鹿っ!どうするんですか!ただでさえもクリスマスは忙しいのに、氷のお城の留守番なんて!」
「でも、留守番って・・・アイツ、クリスマスの日どっか行くのか?」
『はいです。ご友人のパーティーに。お城の中の物は好きに使って良いし、お腹がすけばコックに言って下さいとのことでした。お城の者はご主人様の御付以外は皆残りますので、なにかご入用のものがありましたら呼んで下さいなのです』
雪の精は、確かにお伝えしましたと最後に呟くと、ふっと消えてしまった。
「んもうっ!どうするんですかっ!お約束なんですから、まさか違えるわけにはいかないでしょう?」
「あーーーあーーー、アレだ!誰かに頼もうっ!」
「もー!いつも人任せなんですからっ!」
「良いじゃないか、氷の城は綺麗なんだし、お城の人は残ってるんだから、色々してくれるし・・・それに、氷の城って言っても、別に寒くないし・・・」
詠二は矢継ぎ早にそう言うと、ペンと紙を取り出してクセの強い汚い字で招待状を書き始めた。
「お兄さん、字が汚すぎて何が書いてあるのか読めないのですが・・・」
「よし、これでOKと。さて、町に繰り出してこれを誰かに手渡そう」
「ですからお兄さん、字が・・・」
「そうだ。最後に注意書きを書いとかないと。えーっと・・・」
“城の最深部にある扉を開けてはいけない”
「っと。これでOK!」
「だからお兄さん、字がきたな・・・」
「んじゃ、俺行って来るから!」
「あの・・・お兄さんっ!!!??」
★◇★◇★♪★◇★◇★
夢宮 麗夜は寒々しい氷の城の中で、楽しそうに探検をする真帆の背中を見詰めていた。
確かに、冷たくはないのだが・・・何でこんな日にわけのわからない場所に引っ張ってこられてしまったのだろうか。
それと言うのも、笑顔で一緒に行こうと誘った樋口 真帆と、招待状を持ってきた詠二が悪い。
家でゆっくり紅茶でも飲んで、双子の姉の美麗と過ごそうとしていたのだが・・・
「クリスマスをお城で過ごすなんて、普通出来ませんよね」
「そうだな」
袖を引っ張られ、麗夜が適当に相槌をうつ。
「凄いですね、キラキラ輝いて・・・まるで宝石みたい・・・」
「そうだな」
素っ気無い麗夜の態度に思わず頬を膨らませたくなるが、真帆はなんとかそれを堪えた。
無理に連れて来てしまったのは、自分だ。
恐らく、麗夜は美麗と一緒に夢幻館で静かなクリスマスを向かえる予定だったのだろう。
・・・来てくれただけでも・・・凄い・・・そう思おう。
グイグイと腕を引っ張りながら、広いお城の中を散策する。
氷で出来た調度品は、触れても冷たくはなかった。
天井から吊るされたシャンデリアも氷で出来ており、キラキラと七色に光を反射している。
「麗夜さん、楽しいですか?」
「な、わけないよな?」
思わず確認するように発した言葉に、少しだけ後悔する。
黒の長いロングコートを羽織った麗夜が、長い前髪を掻き上げる。
幾つかの部屋を見て回った後で、2人は最深部にある扉の前に来ていた。
少し迷った後で、ドアノブを右に回す。
・・・詠二の書いた招待状には、開けるなとの記載があったのだが、あまりのクセ字に真帆は途中で解読を諦めてしまったためにその部分にまで目を通していなかったのだ。
重たそうな扉は、案外すんなりと開き・・・中には、氷で出来た一角獣がポツンと置かれていた。
まるで生きていたものをそのまま凍らせたような姿に、真帆が思わず近づく。
今にも動き出しそうなほどに躍動感に溢れた一角獣。
そっと右手を伸ばし・・・彫刻に触れる寸前で手を止めると引っ込めた。
何となく、触れてはいけないような気がしたのだ。
きっとコレも触れても溶けない氷で出来ているのだろう。それでも、触れれば跡形もなく壊れてしまいそうな気がして、怖かった。
「一角獣か、珍しいな」
「そうですね」
「・・・あいつにこんなものコレクションする趣味があったっけ?」
「麗夜さん、城主さんのお知り合いですか?」
「まぁな。腐れ縁?・・・つーか、ひょんな事で知り合っただけだ」
肩を竦め、行くぞと声をかける麗夜の腕を取る。
「あのなぁ、人に体重かけないでくれるか?」
「かけてませんよ・・・!?」
「重い・・・」
「むぅー、それは何ですか?太ってるって言いたいんですか!?」
「違う。俺が華奢だって言いたいんだ」
どっちにしろ意味的に同じような気がするのだが・・・
真帆はむっと口を真一文字に引き結ぶと、麗夜の肩をポカリと叩いた。
「な・・・どうしてすぐ暴力に訴えるんだ!?」
「麗夜さんこそ、言葉の暴力です!」
ビシリと指を指しながらそう言い放つと、真帆はスタスタと長い廊下を歩いて行った。
――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ―――
吹き荒ぶ風に髪を靡かせながら、真帆は隣で寒そうに身を縮めている麗夜にそっと寄り添った。
宙に浮いているこのお城からは、地上は見えない。
広大な氷で出来た英国風庭園が、お城の周囲を広く囲んでいる。
噴水の水が勢い良く空へと手を伸ばし、氷で出来た木が風もないのにザワリと揺れる。
静寂に沈んだこのお城の中では、何人もの人が忙しく主人の留守を守っているはずだが・・・その音は聞こえない。
「あの子は・・・ずっとあそこで独りきりでいたんでしょうか?」
「さぁな」
「だとしたら、寂しいですよね」
「俺は一人のが好きだけど?」
「麗夜さんの好き嫌いを聞いてるんじゃないですー!」
「あ、そ」
「・・・だから氷になっちゃったんでしょうか」
「俺に訊くなよ」
分かるはずないだろと、首を傾げて溜息をつく麗夜。
突然吹いた北風に、首を竦め・・・
「私は、独りきりになっちゃうのは、嫌だな・・・」
「そんなタイプだよな」
麗夜はそう言うと、真帆の腕からするりと抜け出すと踵を返した。
「麗夜さん?」
「俺は寒いから戻る」
「・・・一緒に行くか?って訊かないんですね」
「感傷に浸ってる人に、一緒に行くか?なんて訊けるわけないだろ」
「・・・私も帰ります」
広大な庭園にもう一度だけ視線を向けた後で、真帆はそっとその場を後にした。
☆◆☆◆☆♪☆◆☆◆☆
キッチンは勝手に使っても良いだろうと言う麗夜の言葉に、真帆が紅茶を淹れる。
「ここを任せたのはアイツだからな。せいぜい良いお茶っ葉飲んでやろうぜ」
なんともみみっちい考えだったが、そもそもこのお城には安い葉などなかった。
どれも一流の葉ばかりで、流石はこれだけ広いお城を持つ人だ・・・そんな事を思いながら、真帆は丁寧に紅茶を淹れるとカップを2つ持って食堂へと引き返した。
寒さはないものの、見た目的に寒々しい部屋に、麗夜が溜息をつく。
体感温度は寒くないのだから良いのではないかと言う問題でもないらしい。
・・・かなりの寒がりだ。
真帆は、家の近くにいる小さな野良猫を思い出して麗夜の姿と重ねていた。
勿論、言葉にしたら怒られることは目に見えているので、浮かんで来そうになる笑みを押し殺すのに必死だった。
「ふーん、なかなか良い紅茶だな」
「美麗さんの所にある紅茶と同じものも沢山見つかりました」
「・・・ここの城主と美麗の紅茶談義、今度機会があれば聞いてみろよ」
「紅茶談義、ですか?」
「話がつきねーから。・・・なんで紅茶ってだけでああも長々と喋れるのか、俺は不思議だ」
「それはもう、好きこそものの上手なれ、ですよ」
「微妙に違う気がするけど」
首を傾げた麗夜に、別に言い方があったかどうかと真帆が思考をめぐらせる。
「お前も紅茶好きだろ?」
「はい、大好きです」
そうかと、小さく呟いたきり麗夜は黙り込んでしまった。
沈黙が場を支配し、カップをテーブルの上に置く時に響く微かな音以外は何も聞こえない。
・・・真帆は何を話したら良いのか分からなかった。
かと言って、麗夜が話題を提供してくれるとは思えなかった。
そもそも、麗夜はあまり喋らない方だ。
「・・・あの、麗夜さん」
「なぁ」
真帆がまだ何も話題が見つかっていないながらも、一応・・・と思って声をかけたのと、麗夜が小さくそう呼びかけたのはほぼ同時だった。
「何で今日、俺を誘ったんだよ」
「え・・・っと・・・」
「暇そうだから誘ったのか?今日?」
麗夜はクリスマスにわざわざ何故誘ったのか、その事を聞いているらしい。
確かに、わざわざこんな大切な日に呼び出したのは悪いとは思うのだが・・・それにしたって・・・
「麗夜さんは今日、なにか予定があったのですか?」
「特にコレって言う予定はないけど、でも毎年決まったことはしているからな」
「・・・美麗さん、ですか?」
「恋人か家族と過ごすのが、俺の中でのクリスマスのイメージなんだけど」
「誘ったの、怒ってるんですか?」
「別に。ただ、何で俺を誘ったのかの理由が聞きたかっただけ」
麗夜はそう言うと、残りの紅茶を飲み干した。
カツリとカップをテーブルの上に置く音がして・・・
「帰るか。お前だって、家族とか、大切な人とか、そう言う人と過ごした方が良い」
「え、でも、詠二さんとメグルさんに頼まれて・・・」
「こんな日に頼みごとをするヤツが悪いだろう。そもそも、詠二の失態じゃねぇか」
苦々しい口調に、真帆は飲みかけの紅茶をそのままに、麗夜のコップと重ねてキッチンに持って行く。
「そのままで良いと思うぜ?」
「・・・はい」
一応水ですすいで、流しの中にポツンと置いておく。
「あの、最後に1つだけ・・・やりたい事があるんです」
「なんだ?」
麗夜の言葉には返事をせずに、真帆はその場に居るようにと声をかけると外へと走り出して行った。
――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ―――
凍った一角獣の前に、雪で作った兎を置く。
1人は寂しいと思うから・・・少しでも、その心の慰めになれば良いと・・・
「ほら、もう帰るぞ」
「あ、はい」
向かい合っている、兎と一角獣。
またココに来る事があるかどうかは分からないけれど・・・もしまた来た時に、2人が仲良くしていれば良いと思う。
「もう、寂しくないですよね?」
そもそも、一角獣は一人で寂しかったのだろうか。
そんな事は分からない。でも、もし自分が一角獣と同じ立場だったとしたならば・・・寂しいと、思うだろう。
「麗夜さん」
「あ?」
「今日は有難う御座いました」
「別に。お前のせいじゃないだろ?メグル・・・は、良いとして、詠二のせいだ」
「え、メグルさんは良いんですか?」
「・・・そもそも、詠二がチェスだか囲碁だかで負けたんだろ?」
「チェスですよ」
「アイツにそんな頭脳戦は無理だ。もっと、バカっぽいことじゃないと」
「バカっぽいこと、ですか?」
「神経衰弱、どっちが素で取れないかとか」
「そんなのゲームにならないじゃないですか」
「だから、そう言うのじゃないと勝てないんだよ。ババ抜きだって、いっつもビリだしな」
「・・・麗夜さん、ババ抜きなんてするんですか?」
「詠二にせがまれればな」
麗夜とトランプ・・・あまりに似合わないセットに、真帆が苦笑する。
「今度一緒にやってください」
「拒否する。・・・でも、チェスならやっても良いぞ?」
「むぅ、麗夜さん、チェス強いんですか?」
「まぁまぁ」
「・・・勉強してきます」
真帆はそう言うと、氷の城の玄関扉を大きく開いた。
キラキラと光る、氷の英国風庭園に目を細め・・・すっと息を吸えば、冷たい空気が肺に満ちた。
☆ E N D ☆
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6458 / 樋口 真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女
NPC / 夢宮 麗夜
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■ ライター通信 ■
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この度は『Castle of ice』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
麗夜とのクリスマス、如何でしたでしょうか?
一角獣の前に置いた兎は、きっと氷の城の特殊な力によって溶けることはありません
なので、またお越しいただいた時にはきちんとその場にあると思います。
・・・麗夜とのチェス勝負の行方も気になりますね(苦笑)
それでは、またどこかでお逢いいたしました時は宜しくお願いいたします。
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