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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


consonance

 デスクの上に積まれてある注文書の数が一向に減らない。
 減るどころか思い出したように増えていくそれを、燎は忌々しげに一瞥する。
 
 シルバーアクセサリーショップ『NEXUS』。この店のオーナーとデザイナー職人を兼ねている燎は、たった今ほど注文書に記されてあったアクセサリーの一つを創り終えたばかりだった。
 注文書は店頭に並べるものではなく、個人注文によるものだ。”こういった感じにしてほしい””こんなイメージで””こんなファッションに似合うような”。そこに書かれてある内容は、どれもが、言ってしまえば”創り手にお任せで”といったものばかり。
 一枚減らしたはずの注文書を手にとって確め、しかし、その数が二枚ばかり増えていたのを知る。
 燎は青い髪をわしわしと大きく掻きむしると、その注文書の束を引っ掴んだままで工房を後にした。

 弧呂丸は事務所で電話応対中だった。
「――はい、――はい、大丈夫です。――フォーマルにもカジュアルにも対応できるようなデザインですね。お好みなデザインなどはございますか?」
 受話器の向こうで、おそらくはまだ十代であろうかと思われる女の声が弾んでいる。弧呂丸は注文書に必要な事項を書き留めながら頬を緩めた。
 と、弧呂丸は不意に視線を持ち上げてドアの向こうに目を向ける。同時に、ずかずかと廊下を鳴らしながら歩み寄って来る何者か――いや、燎の気配が現れた。
「承りました。ご注文、ありがとうございます」
 注文とは係わりのない話をし始めた女に向けて丁寧な挨拶を告げ、弧呂丸は静かに受話器を置いた。次の瞬間、事務所のドアを乱雑に押し開けて、燎が顔を覗かせる。
「コロ助、てめえ、また注文取りやがったな」
 不服を満面にたたえた顔で、燎は対する弧呂丸の顔をねめつける。
 弧呂丸はわずかに肩をすくめたものの、燎の怒りなどどこ吹く風かと言わんばかりに微笑んだ。
「最近はおまえの創るアクセサリーの人気もうなぎ登りだ。どうだろう、いずれはホームページなんかでも注文を取れるような形にしていければと思うんだが」
 たった今取れたばかりの注文書をひらつかせながら、弧呂丸はひどく穏やかな声音でそう告げる。
 燎はその紙をひったくって内容を確める。
「フォーマルにもカジュアルにも対応できるデザイン。可愛らしく、石を使って。……好みのデザインは特に無し。……つまりは俺に一任って事か」
 吐き出すようにそう述べて、燎は弧呂丸の顔を睨みつけた。
「コロ助、てめえ、最近個人注文を受け過ぎだ。ちっとは俺の都合ってモンを考えてくれよ」
「これでも一応おまえの製作日数などの平均を考慮して、その上で受け付けをしているのだが」
 飄々として応える弧呂丸の笑顔に一瞥して、燎はどかりとソファの上に身を沈める。
「そういった都合じゃねえよ。俺ぁ宵越しの金は持たねえ主義なんだ。その日呑める酒代と遊べる金、そんだけ稼げりゃ充分なんだよ。おまえだって知ってンだろう、そんぐらい」
「それに博打の金があれば、だろ?」
 燎が座ったソファの向かい側に腰を落とし、弧呂丸は組んだ両手を少しばかり前へと押しやって、兄の方へと身を寄せた。
「それは私も充分に理解している。それこそ嫌になるほどにな」
「じゃあ、個人注文の受注は」
「しかし、おまえの手がけるものは確かに美しい。それも、私は――いや、私こそが一番よく理解出来ているつもりでもある。おまえの創るものはどれも本当に素晴らしい」
 日頃は憎まれ口ばかりを叩いてくる弟――弧呂丸が、今は珍しく燎を褒めちぎっている。燎はわずかに目を丸くしながらも、弧呂丸の表情が真剣であるのを見て知ると、ふいを視線を外して注文書の数々に目を向けなおした。
「んな事は当然だ」
「だろう? だから、私は、おまえの創ったものを手にしたいと願う彼女達の希望を無碍にはしたくない。なるべくならば、そう、それこそおまえのスケジュールなどを考慮して、可能な限りは叶えてやりたいと思うんだ」
 言いながら、弧呂丸もまた注文書の数々に目を向ける。
 いずれも、デザインから起こしていかなくてはならない、……それも受けたイメージもひどく曖昧なものばかりで、そういった部分からも手間をかけていかなくてはならないものばかり。ひとつのアクセサリーが完成の日の目を見るまでには、確実に数日間を要する事になる。まして、作成は受けた順番にこなしていくのだから、そういった日数も加算して考えれば、引渡しまでには案外と長い期間を必要とするのだ。
 しかし、それでも。
 弧呂丸は兄の目を盗むようにして頬を緩め、燎の首で揺れるチェーンタイプのネックレスに目を向けた。
 それでも燎の創るものを欲しいと望む彼女達の気持ちは、弧呂丸にはよく理解出来た。
 世にふたつとして存在しない物。
 斬新で、しかしひどく繊細なデザイン。
 細かな技巧。緻密に施された細工。
 ――ある種、狂気の沙汰とも言える、”完成”されたたったひとつきりの芸術。それは見る者の魂を大きく揺さぶる。それは弧呂丸の魂もまた然り。見れば自分の心が大きく波打つのが分かる。
 兄の、燎の、魂が込められた――それは触れれば魂が安堵の息を洩らすような心地良さを持っているものとなる。
 燎は弧呂丸の腹の内にある声には気付く事もなく、しかし珍しく手放しで褒められているのが心地良いのか、注文書に認められている内容に目を通した後にソファを立った。
「けどなあ、コロ助。俺もたまには遊びに行きてえんだよ。その辺も考えておいてくれよ」
「考えている。というか、おまえが遊びに行った事のない日など、私の知る限りでは一日たりともないじゃないか」
「まあ、そりゃそうだが」
「ともかく、少しづつでも名前を広めていくのは店のためにもなる。とはいえ、おまえに無理のかからないようなスケジュールを組んでいく必要もある。その辺の調整は私もきちんと頭に置いているつもりだから、予定に無理があるようなら言ってくれたらいい」
 燎の顔を仰ぎ見て、弧呂丸は満面の笑みを浮かべる。
「無理があるようなら、だって? それは、あれか。俺がおまえの組んだスケジュールをこなしていけないような男だと言ってんのか」
 弟の軽口に対し、兄は軽くねめつける事で返事となす。
 弧呂丸が穏やかな笑みをたたえるのを横目に確めながら、燎は事務所を後にした。
 個人注文の分は確実にこなしていかなくてはならない。むろん、店頭に並べるものも手がけていかなくてはならない。
 注文書を確めながら、燎の頭の中には、もう既に完成されたアクセサリーのデザインが思い浮かばれていた。

 ひとりになった事務所の中で、弧呂丸は小さな息を吐き出した。
 ソファに沈めた身をときほぐし、天井を仰ぎ見て、それからゆっくりと目を閉じる。

 実際、燎が創りだしたアクセサリーにはどれも霊気を帯びている。それに触れる事で心が打ち震えるのは、つまりはそういった全ての事柄がなせる結果の事ゆえなのだ。
 烈しく、鋭利で、触れればたちどころに斬れてしまいそうなその魂は、しかしその反面で日溜りの中の湖のように穏やかで、澄んでいる。
 霊感といった類を持ち合わせない人間であっても、恐らくはどこかでそれを体感しているのだろう。そう考えて、弧呂丸は瞼をゆったりと持ち上げる。
 高峯燎という男は、つまりはどこまでも深く、そして広い。それは、彼にとり一番近くに存在している(そう信じている)弧呂丸が誰よりもよく感じている。そう言い切れるだけの自信を持ち続けていきたいと、常々そう思う。

 弧呂丸はソファを立ち、事務所に置かれてあったアクセサリーのひとつに目を向けた。
 先ほど完成したばかりのものだろう。なんのかんのと文句を言う割には、請け負ったものは僅かな隙さえないほどに見事に完成させる。それが燎のプライドでもあるのだろう。
 大きくごつごつとした手から生み出されたものとは思い難いほどに繊細な細工。小さなオパールが揺れる、それはブレスレットだった。
 ――客は、きっと間違いなく満足するだろう。
 弧呂丸はそっと指を伸ばし、生まれたばかりの芸術に触れる。
 上品な光彩を放つシルバーアクセサリーは、触れればどこかぼうやりとした温もりさえも感じさせるのだ。
 頬を緩め、眼差しを細めて、弧呂丸はひっそりと息をひそめて目を伏せる。
 指先から伝わってくるのは、確かに燎の息吹だ。
「……おまえは、私よりも余程優しい人間だ」
 呟く声は、決して燎の耳には届けない。
 弧呂丸が抱えている心など、言葉として燎に伝える必要はないのだ。伝えなくても伝わっているはずだと、そう信じていたいと、そう思う。
「……だから、おまえは生きていかなくてはならないんだよ」
 
 そもそも、その身に呪いを受けている燎は、その呪いを解かない限りは命に限りを持った人間となるのだ。
 否、命に限りを持たない人間など存在しない。誰しもが等しく死を迎え、いずれは土に帰していかねばならないのだ。
 だが、しかし。
 燎は呪いに蝕まれている。呪いが彼の命を染めてゆく。
 日々侵食されていく魂の一片を、燎は自らの分身ともいえる作品の数々に塗りこめているのだ。
 笑みを浮かべていた弧呂丸は、静かに目を開けて、指先で触れているブレスレットに視線を落とす。
「おまえは生きていかなくてはならないんだ」

 工房のドアを叩く音がして、燎はゆっくりと顔を上げた。
 置時計のデジタル文字は二十時を過ぎていた。
「コロ助か?」
 ドアの向こうに問い掛ける。
 応える代わりに開かれたドアの向こうには弧呂丸の姿があった。
「そろそろ腹も減っただろう。――お疲れ様」
 いつも通りの笑みを滲ませた弧呂丸の手には酒瓶が握られていた。
「肴も用意してある」
「今日は気が利くじゃねえか」
 言いながら、紙に書き起こしていたデザインを丁寧にまとめ、それをデスクの中へと収める。
「月が綺麗に出ているんだ。たまにはふたりで呑むのもいいだろう?」
 燎を見つめながら、弧呂丸はふと窓の向こうに視線を向けた。
 望月とは言えないまでも、暗い空に架かっている月は青銀色の光を放ち、美しい姿をさらしている。
 弟の視線につられたのか、燎もまた窓の外へと目をやった。
「……まあ、たまにはな」
 ぽつりと落とし、燎は工房を後にする。
 
 年の瀬も間近に迫った時節もあってか、外の空気はもう大分肌寒い。
 ふたりは並ぶでもなく、そして離れるでもなく、ゆっくりとした歩調で燎の部屋へと向かう。
「もうクリスマスも近いんだな」
 ごちるようにそう告げた燎に、弧呂丸はひっそりと目を細ませて笑みを浮かべた。
「注文の数も増えてくるな」
「……勘弁してくれ」
 げんなりとした面持ちでかぶりを振る兄に笑みを返し、弧呂丸は白い息を吐き出した。

 ――――そう、
 信じている。
 いつまででもこうしていられる事を。






Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2006 December 8
MR