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想い深き流れとなりて 〜5、想い深き流れとなりて
この夏は異様に怪奇現象が多い。ほとんどの学校で長期休暇に入っているのが幸いといえば幸いだが、さまざまな行事が目白押しの夏、部活動に勤しむ学生たちも多い。やはり、報告される事件の数は過去にないほど多数に上った。
それを憂え、対策を練る動きが文武火学省特務機関でわき上がるのもごくごく自然な成り行きで。アンドロイド型特命生徒の1人、亜矢坂9すばるにも、神聖都学園への出動命令が下った。
何でも、明日の終戦記念日、神聖都学園では生徒会長繭神陽一郎主催の、戦没者の追悼集会が開かれるらしい。
が、戦没者の追悼というのは表向きの話で、真の目的は、追悼、すなわち「送り」の儀式を行って、現在曖昧になっている彼岸と此岸の境界を再び確立させ、幽霊たちを彼岸に送ることで、怪奇現象の解決をはかることにあった。
すばるに課せられたのは、この企画を補佐し、成功に導くこと。企画が、その目的のため、学外者にも積極的な出席を求めていることもあり、転校手続きをとる必要もなく、ただ当日現地に向かうようにとの指示だった。
翌朝すばるは、指示の通り、神聖都学園に向かった。この日の装備は、強化パラボラ、冷凍メーサー砲、メビウスクライン、自動振動性ライン投射型ビームアイ、サーチアナライザ、フォノンメーザとまるでゲリラ殲滅戦にでも赴くかと思われるほどの充実ぶりである。備えあれば憂いなし、どんな妨害が入ったところで、即対抗できるはずだ。
けれども、学園に向かう道中、何の妨害に遭うこともなくすばるは目的地に到着した。
それもそのはず、辺りは明るくなったとはいえ、まだとても人の起き出す時間ではない。実はすばるは失敗プログラムを搭載しており、常軌を逸するレベルでの失敗が可能とされている。
集合時間を間違えて、数時間早く到着する程度のことは、文字通りに朝飯前なのだ。
すばるは、構うことなく会場となる大講堂を目指した。学内にはほとんど人気がなかったが、講堂の前には2人の人影があった。1人は、すばるも事前に認知している生徒会長、繭神陽一郎であり、もう1人は中学生くらいの少女だった。
とりあえず、とすばるは周囲を見遣った。確かに、問題となるくらい多数の霊がうようよと浮いている。
「浮遊霊、多数確認。企画目的、彼岸への誘導。会場に到着」
すばるは抑揚のない口調で――それはそうプラグロラムされているから仕方ないのだが――読み上げると、2人は警戒を浮かべた顔で振り向いた。
「亜矢坂9すばる。追悼集会企画に参加しに来た」
時間があまりに早いので不審者と疑われたのだろうか。すばるは、すぐさま名乗り、目的を告げた。
「まだ集合時間までずいぶんと間があるが……」
繭神が苦笑を浮かべる。すばるは、どう説明すべきかと軽く首を傾げた。
「……とりあえず中へ」
繭神はしばし考えたような顔をした後で、すばるを招き入れ、傍らの少女をササキビクミノだと紹介してくれた。
大講堂の中は、既に準備がほぼ整っているらしく、たくさんの椅子が並べられ、大きな花瓶や、燭台、祭器らしきものがその中心や、壁際に飾られていた。
なるほど、これらが霊を送り、彼岸と此岸の境界を打ち立てるための効果を上げる仕掛けなのだろう。すばる自身も、そう感知できた。だがしかし、すばるは同時にどうしてもそれらと調和しない、目的と適合しない状況をも検出していた。それを企画者繭神に確かめようとした時。
「おはようございます」
背後から、新たな声が振って来た。振り向くと、高校生くらいの少年が軽く息を弾ませて立っていた。
「俺は、櫻紫桜(さくらしおう)と言います。プラスティック爆弾がしかけられていると聞いたのですが、探すの手伝います」
紫桜は、手短かに名乗ると、すぐに本題に入った。
「それはありがたい」
繭神が軽く安堵の息をつく。
「亜矢坂9すばる。すばるも、企画の事前説明と適合しない状況を検出した」
名乗りには名乗りを。すばるは、紫桜に自分の名を告げた。そして、次に繭神に向き直る。
「繭神会長、大講堂に施した仕掛けについて詳細説明を求める」
「もともとこの集会の目的は、学園内でも溢れている幽霊たちを彼岸へと送り、今現在曖昧になっている彼岸と此岸の境界を強化することにある。仕掛けは本来秘中の秘なんだが……」
繭神は躊躇いを見せながらも、施した仕掛けを説明した。
「了解、可塑性爆発物は会長の企図しないものと断定」
すばるが頷き。
「では、仕掛け以外のものは念のため全て排除します」
紫桜が言う。
「それがいいでしょうね。プラスティック爆弾は起爆装置さえなければ爆発性は低いので」
クミノも頷いた。
「目的、遠隔操作装置・起爆装置の無効化、爆発物不活性化処理、並びに設置・操作者の特定、確保」
すばるは、現状況から導き出される目的を確認のため、呼称した。
「あ、設置者はわかっています。具体的な人名まではわかりませんが」
言って、紫桜が経緯を説明してくれる。それによると、爆弾を設置したのは高階という外科医が設立した「希望の会」という新興宗教団体であるらしい。表向きは、個々人が持つ「想い」の力を伸ばし、自身と生きる希望を持たせることで、人を力づけることを目的とする団体で、実際に多数の引きこもり、無気力な若者を更生させているという。
そのカラクリは、神薙希美(かんなぎのぞみ)という名の、他者の願いを無意識に叶えてしまう能力を持つ――実際、その能力は大事故に遭い、本来死んでいるはずの彼女の両親の魂を、その壊れた肉体に留めている程らしい――少女を利用して、「奇跡」を体験させ、自分の想いの強さを実感させることで、気力を呼び戻させることにあった。
しかし、裏では政治家や暴力団とも関係があり、その密かに目的とすることは「死の克服」らしい。そのために、彼岸と此岸の境界を瓦解させようとしているということだった。教団の暗部を探るフリージャーナリストを、殺し屋を雇って殺害し、さらには無関係の女性まで巻き込んでいる。
そして、今回はその仕上げとして、繭神の企画した追悼集会を阻止すると同時に、多数の死傷者を出すことで、死を否定する想いを蔓延させ、希美の能力に触れさせることで一気に生死の境を消滅させようといういうのだ。
紫桜たちは、アトラス編集部の碇編集長に頼まれて、別件で「希望の会」の調査をしていたところ、高階が大川愛実という少女――皮肉なことに、彼女はフリージャーナリスト殺害の際に、それを目撃したがゆえに殺された女性の妹だという――に爆破の指示を出したということを知り、事件阻止のために動いているということだった。紫桜とクミノの他にも、シュライン・エマ、菊坂静(きっさかしずか)、弓削森羅(ゆげしんら)、陸玖翠(りくみどり)、ヴィルア・ラグーンが、それぞれ、教団に向かったり、爆破を思いとどまらせるべく愛実に接触したりして、事態の解決をはかっているという。
「了解。では、爆発物の捜索、および第二次襲撃に供えて防衛結界を張ることとする」
紫桜の話に頷くと、すばるはまず畳んでいた強化パラボラを広げた。爆弾が電磁波で操作されているなら、これで傍受できるはずだ。
すばるの背中から突然パラボラが飛び出した光景に、紫桜の目が点になったが、すばるは構わずパラボラの操作を続けた。空間を飛び交う様々な電波がパラボラに引っかかっていくが、爆発物に関係する電気信号のようなものは読み取れなかった。
「とにかく、爆発物を探しましょう」
クミノの言葉で、一同は広い講堂の中に散った。
すばるは、次にサーチアナライザを発動させた。これは、物体の組成を見ることができる優れものだ。いかに外見を変えやすいプラスティック爆弾でも、これなら瞬時に見破ることができる。
すばるは注意深く周辺をサーチしつつ、足を進めた。が、不意に何かにぶつかったような感覚があったと思えば、すばるの身体はバランスを失い、もんどりうって床に倒れていた。
どうやら、講堂内にぎっしりと並べられていた椅子にぶつかったらしい。サーチアナライザは、物体の組成が見られるかわりに景色が見られなくなるのが欠点なのだ。すばるは、ぶつけた頭を押さえつつ、起き上がった。
「大丈夫ですか?」
紫桜が心配げな声を寄越した。
ここは、紫桜の心配を払拭すべきだ。すばるは、即座に答えた。
「多少の衝撃あり。が、身体機能に異常なし」
紫桜は少し目を丸くしたものの、すぐに安堵の表情を浮かべると、再び作業に戻った。すばるもまた、サーチを続ける。いつしか、人も増えて――それは、紫桜とクミノによるとシュラインが手配してくれた爆発物処理技術者とのことだった――、ほぼ講堂内は一通り探索したはずだったが、それでも爆発物は見つからなかった。
「この講堂を爆破しようというのなら、それなりにまとまった量の爆薬が必要となるはず……。それだけの量の爆弾をどこに隠したのか……。いっそ、高階か大川に聞ければ早いのだが……」
クミノが手を止めて、思案深げに呟いた。
「でも、それだけの量の爆弾ということになると、運び込むのも大変ですよね。一体、どうやって持ち込んだんでしょうか……」
紫桜も首をひねる。
「もしや、寄贈品を装ったとか……、少し調べてみる」
言って、繭神が姿を消した。しばしの後に、戻ってきて結果を告げる。
「『希望の会』から、初等部の教材用にと樹脂粘土の寄贈があった。それも、ここ最近。講堂の機材室に運び込まれているはず」
わかってみれば、なんとも単純な手口だった。そのまま、全員で機材室に直行する。果たして、大量の段ボール箱が無造作に積み上げられていた。
すばるは、さっそくサーチアナライザを発動させた。紙の繊維の向こうに、確かに樹脂成分に混じって火薬成分が見える。
「成分分析。火薬成分を検出。可塑性爆発物と断定」
すばるはそう断じた。続いて、パラボラを開け、電磁波についても測定する。
「電気的信号なし。起爆装置、遠隔操作装置ともに検出されず」
当面の危険はないが、この際、起爆装置を装着できないように処置してしまうのがベストだろう。すばるは、すかさず指先に仕込まれた冷凍メーサー砲を起動させた。
「ということは、この箱、このまま抱えて運び出しても問題はないんですよね?」
一方では紫桜がクミノを振り返って、尋ねていた。クミノは、それに無言で頷いている。
「では、しかるべきところに引き取って……」
紫桜がそう呟くのと、起動準備が完成したすばるのメーサー砲がその威力を発揮したのとが、同時だった。一瞬で、しゅうしゅうと音を立て、段ボール箱は凍結してしまった。
「冷凍処理完了」
すばるは、淡々と首尾を確認した。
「確かに、起爆装置は取り付けられないだろうけれど、これは……」
唖然とした顔の紫桜の横で、クミノがそう呟いたきり絶句する。
その何とも言えない沈黙に、すばるは辺りを見回した。爆弾を運び出すための道具なら何やらを準備しようとしていた爆発物処理技術者たちが視界に入った段になって、どうやら自分の失敗プログラムが発動していたことを悟る。
が、さすがはプロというべきか、一瞬硬直していた処理技術者たちも、すぐに気を取り直したらしく、作業を再開した。未だ凍結して白い煙を上げる箱を、1つ1つバラバラになるよう、時にのこぎりのようなものを入れながら、次々に運び出していく。
「少し、行ってきます」
クミノが短く言いおいて、去って行く。
とりあえず、これで既に仕掛けられた爆弾は片付いた。次は第二次襲撃に備えなくては。すばるは、講堂に戻り、誰も自分に注目していないのを確認すると、メビウスクラインで空間をねじ曲げて結界の骨組みを作った。これもまた、空間から概念までねじ曲げられる優れものだが、使用しているところを他人に観測されると著作権料支払い義務が発生してしまうのである。
「繭神会長、紫桜さん、第二次襲撃に対する防衛結界を」
2人にそう告げれば、2人ともぽかんとした顔をする。
「ええと、すばるさん、先ほど報告が入ったのですが、教団の方も片付いたようです。もう新たに襲撃する力は残っていないということです」
紫桜が、少し困ったような顔をしながら言う。
「了解。第二次襲撃の危険性なし。結界解除」
すばるは頷くと、再び講堂の隅に走り去り、人目を避けてから空間の歪みを元に戻した。
こうなると、あとは儀式の無事な遂行を見守るだけだ。集合時間まであと1時間ほど、そろそろ人影も見えて来た。
神聖都学園の学生たちだけでなく、近所の人たちだろう、さまざまな年代の人たちも見える。
「あ」
知り合いの姿を見つけたのだろうか、紫桜が小さく声をあげると、ずいぶんと高齢の老人のもとへと駆け寄り、挨拶を交わした。老人の方も、何やら嬉しそうに対応している。
しばしの後に、今度は長身の女性――もしも、一般の「人間」が見たら、男性だと思ったことだろう――と、初老の男性、そして高校生くらいの少年と、6歳くらいの少女という変わった組み合わせの一団も現れた。
見ていると、少年と少女が残りの2人から離れ、講堂の中を速度を上げて移動し始めた。その着いた先は、紫桜と老人のいるところで、少女が「大じいちゃん!」と声を上げる。老人は、ひしと少女を抱きしめた。
少年と紫桜が視線を交わしているあたり、少年も調査員の1人なのかもしれない。となると、彼が連れて来ていた少女は、年頃から考えて神薙希美なのだろう。大じいちゃんと呼ばれた老人とは、教団にずっと引き離されていたのかもしれない。
その再会劇と思われる光景も、次第に集まってくる人の中に溶け込んでいく。
「本日はお集りいただき、ありがとうございます」
繭神が壇上に昇り、挨拶を始めた。ざわついていた場内が、次第に鎮まって行く。
後部のドアがそっと開き、繭神の演説を邪魔しないように、数人の人が入って来た。その中には先ほど出て行ったクミノがいて、他に、中性的な雰囲気の女性が2人、高校生ぐらいの少年が1人、そして、同じ年頃の少女が1人。こちらも、紫桜たちと共にしていた人物のようだ。
誰もが少女を守るように彼女の肩を抱いたり、顔を覗き込んで励ましと思われる言葉をかけている。少女は終止俯いたままで、その肩が時折震えている。彼女が、大川愛実だろうか。
「今日、この日は終戦記念日。今のこの国のために犠牲になられた方たちだけではなく、我々の身近にいてくれた人、我々を育ててくれた人、そして、不本意ながらも先に旅立ってしまった人、そんな人たちへの感謝を込めて、あるいは、我々の今の生活を見つめ直し、報告するのも良いかもしれません」
壇上の繭神の声が朗々と響く。
「今しばしの時間を、彼岸にいる大切な人のために、そして、此岸を歩む私たち自身のために。祈るということは、死者のためでもあり、生者のためでもあるはずです」
場内は、しんと静まり返った。クミノたちに見守られた少女も、久しぶりにひ孫と再開したと思われる老人も、場内の誰もが手を合わせ、頭をたれ、自分なりの祈りの言葉を口ずさみ、死者のために、あるいは自身のために想いを巡らせる。
人それぞれ様々だったはずのその波長は、不思議と響き合い、絡み合い、滔々と音を立て、ひとつの奔流となった。
辺りを漂う霊たちが、その流れに導かれるように、彼岸へと帰って行く。此岸に残る者たちに、そっと、そっと別れを告げて。
それに気づいたか気づかないか、ただそのまま頭をたれ、眼をつむったままの人、ふと顔をあげ、瞳を潤ませる人、そして、そっと柔らかな微笑みを口元に浮かべる人。
まるで湧き水で洗い流されていくような清冽な時間の末に、彼岸の住人は彼岸に帰り、此岸彼岸は、眼に見えない大河で分たれた。此岸に悪意持つ霊たちは、その奔流に押し流されて行く。
「霊的法則の正常化を確認。……任務完了」
すばるは小さく呟いた。いまだ余韻にひたる場内に密やかに別れを告げ、神聖都学園を後にした。特命生徒には、またすぐ次の任が下ることだろう。
<了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】
【6608/弓削・森羅/男性/16歳/高校生】
【2748/亜矢坂9・すばる/女性/1歳/日本国文武火学省特務機関特命生徒】
【6777/ヴィルア・ラグーン/女性/28歳/運び屋】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、当シナリオへのご参加、まことにありがとうございました。お届けが遅くなってしまい、本当に本当に申し訳ありません。最終回だというのに、とんだケチがついてしまいました。
ともあれ、皆様のおかげで、無事シリーズ完結と相成りました。最終回に一番多数のPC様にご参加いただけて、本当に嬉しいです。重ねて御礼申し上げます。
今回も例によって皆様に微妙に違うものをお届けしております。お暇な時に、他の方の分にも目を通して下されば、話の全体像が見えやすくなってくるかと思います。
自分が招いた事態ながら、今回は時間がありませんので、個別のコメントはご容赦下さいませ。
ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。
それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。
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