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<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


Wandering Wonder Night 〜Snow dance〜


 ──もしも、たった一晩でも願いが叶うなら。
“あなた”は、何を願いますか?


「人がいっぱいいるよ、ソーレ、ルーナ」
 二頭のトナカイが引くそりの上から、星を散りばめた絨毯のような地上を見下ろしている少年がいた。
 今宵は聖なる夜。彼の『先輩』達が空を駆け巡り、世界中の子ども達に夢を届ける日。
 ──今日は、『彼ら』が、人と言葉を交わすことが許される、年に一度の特別な日。
 この日だけは何をしても──例えば少しくらい羽目を外してしまっても許される、彼らにとっては、そんな日。
 地上に生きる人々にとっては、さて、どのような日となるだろうか。
「ソーレ、ルーナ。──行こう」
 りん、と、小さな鈴の音が鳴り響く。トナカイ達はその声に応えるように、空を蹴って駆け出した。

 それは聖なる夜に紡がれた、ささやかな奇跡の物語。





 まばゆい光をばら撒くイルミネーション、人々の視線を浴びて輝きを増すクリスマスツリーの数々。いつにも増して華やかにライトアップされたショーウィンドウ。
 クリスマスのこの時期は、町全体がさながらどこかの遊園地のアトラクションのような装いに変わる。
 通りを行く人々の表情も、何だか喜びに満ちあふれているようで──それを思うだけでも、幸せな気持ちになれるものだ。
 敢えて言うならば、手を繋いで共にこの気持ちを分かち合う、そんな人がいないのが少し、切ないような気がしないでもないくらいで──
(それはきっと、カップルさんがいっぱいいるからね)
 周りを見ても仲睦まじいカップルばかり。聖夜に夢を語り合うなど、なんてロマンチックなシチュエーションだろう。
 綺麗にラッピングされた箱を手に、家路を急ぐ『お父さん』──これからサンタクロースに変身するのだろう。明日の朝、枕元に置かれているプレゼントを見た子どもは、どんな顔をするのだろうか。きっと喜ぶに違いない。
「──だーかーらー! 見習いだけど未来のサンタクロースなんだってばー!」
 喧騒に紛れて耳に届いた少年の声に、樋口真帆はふと足を止めた。きょろきょろと辺りを見回して、その声の主を探す。
 すぐ近くだった。どう見ても普通の子どもにしか見えない少年が、道行く人々に声をかけては素っ気なくあしらわれているようだった。
「えっと……何、してるんですか?」
 思わずそう、聞いてしまった。銀色の髪に深い青の瞳のその少年は、待ってましたと言わんばかりに真帆を見た。
「こんばんは! ねえ、そこの君はどう? 僕の仕事を手伝ってくれたりは、しない?」
「仕事、ですか?」
「そう、仕事! 話すと長くなるからちょっと割愛するけど、この一晩だけ、君の願いを叶えてあげる!」
「はい……?」
 真帆は目を点にして首を傾げた。

 大通りに面した公園もまた、これでもかと言うくらいにライトアップされていた。飛沫を上げる噴水が見えるベンチに二人で腰掛ける。傍から見れば姉と弟だろうか。髪の色が違いすぎるけれど。
 少年の名は、ユークリッドと言った。ユークリッドはファーストネームで、ユークリッド・ノーヴェ・フェルッチオ・グラツィエッラ・ファルコーネと正式には言うらしいのだが、そこからして既に長い。
 詳しく話を聞いてみると、彼は『サンタクロースの見習い』なのだそうだ。言うなれば、未来のサンタクロースである。今日は年に一度のクリスマス。彼らにとってもまた、特別な日であるらしい。
「つまり、修行の成果を現場で試せる、年に一度の機会ってこと」
「それで、願い……ですか」
「僕らはそんなに力があるわけじゃないから、願い事が現実になるのはこの夜だけなんだけどね。色々な人に逢って、こうやって話をして、要は実地訓練みたいなのも兼ねてるわけ」
 プレゼントを届けるための予行演習なのだろうと、そう思えば何となく納得が行った。
 さっきの『お父さん』のように、おもちゃ屋で子ども達へのプレゼントを買うサンタクロースの姿など、とてもではないが想像がつかない。
 ユークリッドの言葉の通り、『願ったものを創り出す』──そのような力が、サンタクロースにはあるのだろう。第一、世界中の子ども達へのプレゼントが、一台のそりにすべて収まるはずがない。
「私はもう、サンタさんからプレゼントを貰えるような年ではないですけど、それでもいいんですか?」
「だからこそだよ。だって、子ども達へプレゼントを届ける役目を担っているのは、『僕達』じゃないもの」
「じゃあ私、サンタクロースになってみたいです」
「えっ……!?」
 今度はユークリッドが目を点にする番だった。
「だめですか?」
 首を傾げる真帆にユークリッドは言葉を詰まらせる。
「だっ、だ……だめじゃないけど、サンタクロースになるってことは、その……そりに乗るつもり、満々?」
 おそるおそると言った風に尋ねるユークリッドに、真帆はこくんと頷いた。
「ええ、もちろんです。サンタさんのお洋服を着て、トナカイさんの引くそりに……やっぱり、だめですか?」
 今度は反対方向に首を傾げる真帆。さすがのユークリッドも、ここは観念するしかないと悟ったようだった。
「だめじゃない、けど……と、特別だからね、内緒にしておいて! 本当は、自分以外の誰かを自分のそりに乗せちゃいけないんだけど、だってほら、高い所を飛ぶから、落ちてしまったら大変。でも、うん、男に二言はないからね! ──行こう!」
 甲高い指笛の音が空に響いた。星の軌跡を辿るように、どこからともなく二頭の立派なトナカイがそりを引いて現れる。
「……っ!」
 願うまではよかったが、実際にトナカイとそりの実物を目の当たりにしてしまうと、やはり驚きは隠せない。真帆は目を丸くして、口をぱくぱくさせながら、しばしその姿に見入っていた。
「──お手をどうぞ、お嬢さん」
 ユークリッドは真帆の手を取り、悪戯っぽく笑みを浮かべてみせる。
「それと、目をつぶって? いいって言うまで、開けちゃだめだよ」
 目を閉じた瞬間、真帆は自分の身体がふわりと舞い上がったような感覚を覚えた。心地よい浮遊感が一瞬、そしてすぐに椅子のような──そりだと思う、何かに座らされる。少年の手が離れたが、何となく、すぐ近くにいるのだということはわかった。
 シャン、と、大きな鈴の音が響き、風が、動き出した。
「いいよ、開けて」
 そっと目を開ける。大きな闇と小さな光の雫が辺り一面に広がる。
 吸い込まれそうなほどに深い宵闇と、銀色の星。どこまでも続くプラネタリウム。

 ──否、そこにあるのは本物の星空。

 周囲の景色が文字通り一変していた。先程まで踏みしめていたはずの地上が遥か遠くに広がっていて、それよりも近い場所に満天の星と金色の三日月を抱く夜空があった。
「……わ、あっ……!」
 同時に、己が纏っている服も変わっていた。
 白い髭まではついていなかったが、それは真帆が想像していた通りの、サンタクロースの赤い服だった。


 箒に乗って空を飛んだことはあるけれど、サンタクロースのそりに乗るのはもちろん初めてだ。
 風よりも速く流れていく眼下の風景──星を詰め込んだバケツをひっくり返したような灯りの揺らめきも、そりを引くトナカイの後姿も、見えない足跡に沿って追いかけてくる星の軌跡も──何もかもが新鮮だった。
「綺麗、ですね」
 思わず、溜め息がこぼれる。
「綺麗だよ。だから僕達は空を飛ぶんだ。そうじゃないかな」
「……そう、ですね」
 綺麗な空に焦がれるからこそ。
 真帆は頷く。確かにそうなのかもしれないと。
「ユークリッドさん、私も一つだけ、仕事を……いえ、魔法をかけていいですか?」
 そうして空の散歩をしばらく楽しんでから、真帆が唐突に呟いた。
「うん、何? ……お手並み拝見? いいよ」
 興味津々といった面持ちで振り返ったユークリッドに、真帆は悪戯っぽく笑ってみせる。
 その意図を察したらしい、白いうさぎと黒いうさぎのぬいぐるみが、彼女のそれぞれの肩からジャンプして、ぽんと宙に舞った。ユークリッドは驚いて目を瞬かせる。
「ここあ、すふれ、ベル、お願いね?」
 真帆はそう呼びかけながら、二匹のうさぎにさらに栗色の髪の少女の人形を託した。人形はうさぎと両手を繋いで、共に空へ飛び出していった。
 ここからが、本番である。
「──“夜空に散らばりし星の欠片よ、聖夜の祈りを抱いて白き花の結晶を成せ”」
 凛と響く声音が、言葉を編み上げて行く。それは力を帯びて指先に伝わり、星の輝きに似た白い光となって、空中に散らばった。
 息を潜めるように辺りに闇が戻ったのは一瞬。ぱっと、光がはじけて、あふれた。
「へえ、結構やるじゃない」
 羽根が舞うように、星が降るように、舞い始める白い雪の花。
 晴れた空から突然降ってくる雪に驚いて空を見上げる人々の顔が、目に浮かんでくるようだった。
「……私も、見習いなんです。魔女、ですけれども」
 真帆は誇らしげに笑った。

 ──そして、町に雪が降る。
 そりが描く軌跡と、空を舞う人形達の描く軌跡が、優しく、やわらかな、オルゴールともピアノともつかない不思議な音色を纏う雪を散らす。雪ははらはらと舞い降りて、世界に根付き、新たな花を咲かせる。
 雪花の形の魔法の種は、眠っている子ども達の夢の中でも花を咲かせる。誰よりもサンタクロースを待つ子ども達に、聖夜の喜びを届けるために。この祝福の夜に、悪い夢や怖い夢を見たりしないように。





 その夜、サンタクロースの訪れを待ちながら眠りについた子ども達は、翌朝、サンタクロースからのプレゼントを胸に抱きながら、とても楽しい夢を見たのだと口をそろえることになる。
 それは、夢を渡り紡ぐことの出来る『彼女』がかけた、もう一つの魔法。
 静かに、穏やかに降り積もったそれは、ふわふわで甘い綿飴のような、子どもの悪戯に似た──



Fin.


★☆★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ☆★

整理番号:6458
樋口・真帆(ひぐち・まほ) * 女性 * 17歳 * 高校生/見習い魔女

NPC
ユークリッド * 男性 * 10歳(実年齢15歳)* サンタクロース見習い


■□■ ライター通信 □■

>樋口・真帆さま
初めまして、この度はご依頼ありがとうございました。
記念すべき、東京怪談での初納品と相成りました。こちらも併せてありがとうございました(笑)
いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんで頂ければ、とても嬉しいです。
それでは、またお逢いする機会がございましたら、どうぞ宜しくお願い致します。