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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて


 茹だるような夏が終わり、木立ちが赤や黄を帯びてゆく。木枯しが吹けばそれらは地に落ちて赤や黄の絨毯を描き、その頃には街中は緑と赤と金とで染められてゆく。
 コートの襟を詰め、背を丸くして歩く人々の上に、冬がやってきた。
 雲は今にも雪をちらつかせそうな色をしているし、その下を流れる風は寒さでぴんと張り詰めている。
 
 冬はクレメンタイン・ノースが外で遊べるようになる季節だ。
 春から秋にかけては冷凍庫内で過ごす時間が長いが、冬になれば彼女は冷凍庫から顔を覗かせて、そうして可愛らしいチュチュの裾をはためかせながら踊るのだ。
 街の上、街の中。クレメンタインはドレスの裾を躍らせる。雲は彼女のダンスに調子を重ね、時折ふるりと震えた。
 冬だ。
 久し振りに外での散歩を楽しんでおいでと言われ、クレメンタインは揚々として部屋を飛び出してきた。
 寒さで張り詰めた空気が肌に心地良い。
 空の中を舞い飛ぶ綿毛のように軽やかな足取りで、クレメンタインはひとしきりそうして踊り遊んでいたが、
 ――ふ、と。
 眼下に窺える風景の中に奇妙な違和感を覚え、チュチュの裾を踊らせながら下界へと降り立った。
 そこは夜の内に沈む街の角だった。
 感じた違和感は、そうして降り立つ事でいよいよその色味を濃いものへと染める。
 怖ろしいものが潜んでいるのではない。それとは異なる空気だ。が、確かに現世のものとは逸した何かが息吹いている。
 路の角からそろそろと顔を覗かせて、その向こうから流れ来るひっそりとした空気の正体を確める。
 クレメンタインの視界に映ったのは、やはり、というべきか――ともかくも現世とは異なった空間のそれだった。
 立ち並び夜を灯す街灯が、その角から奥に置いてはぴたりと姿を消している。
 安穏と広がってある闇の向こう側からは、思わず踊りだしたくなるような唄や囃子が流れてきた。
 満面の笑みを浮かべて、クレメンタインはふよふよと進路を変更する。もちろん、向かうは夜の中だ。

「おンや、まあ」
 ふよふよと夜の中を飛んでいたクレメンタインを呼び止めたのは、赤子を抱いた女――姑獲鳥だった。
「あんた、散歩中かい?」
 問われ、クレメンタインは懐こい笑みを満面にたたえる。
「さむくなったからね、おさんぽしてきてもいいよってね、いわれたの」
 宙に浮いたまま、両手を前で結んで、雪よりも白い頬にぼうやりとした紅をさした。
 姑獲鳥は感心したように頷いて、それから少しだけ物珍しそうな目でクレメンタインの姿を見る。
 クレメンタインもまた同じく、気恥ずかしげに上目で姑獲鳥の姿を確めた。
 あまり目にした事のない服、あまり目にした事のない場所、あまり耳にした事のない声音。
 街中を外れた夜の中に佇む建物(建物のようなもの)は、何れも茅葺やら瓦やらを戴いたもので、クレメンタインにとっては縁の無いものばかりだ。
 柳や梅といった木立ちが夜風に揺らぐのを眺め、小さく目をしばたかせる。
「へエ、そうかい。お利口さんなんだねえ」
 姑獲鳥はまたも感心したように頷いた。
「嬢ちゃん、お名前は? なんてんだい」
「? クレメンタイン」
 にこりと首を傾げて応える。
 姑獲鳥は懐いた赤子の機嫌を伺いつつ、ちろりと顎で先を示した。
「くれめんたいん、もしも時間があるんなら、お菓子の一つ持っていきな。この先の茶屋に寄ってってさ」
「ちゃや?」
 再び、今度は先ほどとは逆の方に首を傾げる。
 ちゃやが何を意味する場所なのかは窺えなかったが、しかし、お菓子という言葉はよく知っている。
 しばし考えた後に、クレメンタインはにぱっと微笑み、頷いた。
「くー、あまくてつめたいのがすき」
「つめたいものかい? そりゃそうだよねえ」
 姑獲鳥は、クレメンタインを先導しながら、機嫌良さそうに笑い声をあげた。

 路は、やはり、現世のそれとは見目も異なるものだった。
 アスファルトは無く、土や石がむき出しになっている。車の往来も無く、人間の往来も無い。時折会うのは姑獲鳥のような妖怪ばかりだ。むろん、クレメンタインには妖怪という存在自体に縁が薄い。ゆえに彼らはクレメンタインにとってはとても興味深く、そして、皆とても優しかった。
 道中を姑獲鳥と他愛の無い会話を楽しみながら、程なくして、クレメンタインの眼前に、一軒のあばら家が姿を見せた。
 クレメンタインが住む城とはまるでかけ離れた――というよりも、およそ住環境が整っているものとは思えないその中に、姑獲鳥はするりと身を滑らせる。
 半ば半壊していると言ってもいいようなその佇まいを、しかし、クレメンタインはやはり興味深げに確めた。
 ひょこりと顔を覗かせると、そのあばら家の中には妖怪達が集っていた。
 茶と酒の匂いが鼻先をかすめる。と同時に、砂糖の甘い匂いがクレメンタインを招いた。
「ささ、良ければお入んなさい。ろくなモンは用意できやしませんが、密がけの氷ぐらいならお出しできますよ」
 そう言ってクレメンタインを手招いたのは、妖怪のものとは思えない――否、人間の姿をした壮年の和装だった。
 男は穏やかな笑みを湛え、真っ直ぐにクレメンタインを見つめている。
 クレメンタインはその笑みに安堵して、ふよふよと茶屋の中へと入っていった。

「クレメンタインでしたっけか」
 和装の男が陶器の器を差し伸べる。
 陶器の中には緩やかな山を描いたかき氷が入っていて、その上には蜜と小倉がかけられていた。飴細工もちょこんと乗っている。
「見たところ、雪に関わる方かと思いまして。こんなもんで良かったですか?」
「くー、つめたくてあまいのがだいすき!」
 飴細工の美しさに目を惹かれ、クレメンタインはまず初めにそれを手にした。
 鼈甲飴のそれはとても甘く、そして口にいれると雪のようにするりとほどけていった。 
「姑獲鳥から伺いまして。お散歩の途中だったとか」
 姑獲鳥の名に顔を持ち上げる。視線の先で、姑獲鳥が小さく手を振っていた。
「くー、おさんぽしてたの。おさんぽって、くもをゆきぐもにかえていくものなんだよ」
「雲を雪雲に? へえ、なるほど」
 男は頷いて、かき氷をぱくつくクレメンタインに微笑んだ。
「クレメンタインは、雪の精なんですね」
「うん。ふゆをうんとさむいのにかえるの」
「うんと寒くなったら、俺なんかは困りますがねえ。背筋が円くなっちまっていけません。――そうそう、夏なんかはどうしてんですか?」
「なつはおさんぽしちゃだめなの。だからね、くー、れいとうこのなかでねむるの」
「冷凍庫? へえ……なるほど」
 現代の利器ですねえと続け、男は感心しきりに目をしばたかせる。
「ここにも、冬になればクレメンタインと似たようなやつが来るんですよ。雪山にこもってましてね、まだ降りてきちゃいませんが」
「くーと? そのひともあまいのすき?」
「そうですねえ。つららなんかをかじったりね、してるらしいですが」
「つらら!」
 椅子の上、クレメンタインは嬉しそうに足をばたつかせる。
「くー、そのひととあそびたい」
「そうですね、もう少し寒くなったら……クレメンタインがたくさんお散歩したら、彼女も雪山を降りてきますよ」
 男はそう応えてクレメンタインの頭を軽く撫でた。
 クレメンタインは大きく頷き、笑った。
「くー、おさんぽがんばる!」
 応えて、陶器の底に残っている氷を口に運ぶ。
 甘い、砂糖を凍らせたもののようにも感じられるそれは、まるで雪のようにふわりと舞った。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【5526 / クレメンタイン・ノース / 女性 / 3歳 / スノーホワイト】



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         ライター通信          
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二度目ましてですね。
このたびは四つ辻へのご来訪、まことにありがとうございます。

エネルギーチャージで変身という設定を使わせていただこうかとも思ったのですが、どの辺まで触れていいものかと考えまして、
今回はその妄想(?)は断念いたしました。
またチャンスがあれば挑みたく思います。

お散歩という行動が意味を含んだものである事ですとか、プレイングを拝見して、ふおおと感心いたしました。
想像すると、とても可愛らしいです。
踊りという描写にしてしまったのですが、その辺は支障ありませんでしたでしょうか。

それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。