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<東京怪談ノベル(シングル)>


Are you a were wolf?

「昔はスキーがこんなに楽しいなんて思ってなかったわーん♪」
 まだ本格的スキーシーズンではないが、山には銀雪が積もりシュプールを描くたびに粉雪が舞い散る。風もまだ身を切るほど冷たくないので、最初の足慣らしには最適だ。
 そんなスキー場で桜塚 詩文(さくらづか・しふみ)は、いつものように上機嫌で華麗にスキーを操っていた。
「んー、今日も詩文さん絶好調!」
 ピンクのスキーウェアに赤い髪をなびかせ、コブのあるコースを軽くジャンプ。
 あまり運動神経がいいというわけではないが、北欧生まれの詩文にとってスキーやソリは生活必需品だったので、日本のスキー場ぐらいなら軽々滑れる。天気も良いし気分上々だ。
 ただ一つだけ不満があるとしたら…一緒に来ていた詩文の彼氏が、仕事の都合で先に帰ってしまったことだ。スキーを楽しみにしていた詩文に「宿泊料は払っとくから、楽しんでこい」と言ってくれたので、こういうときは素直に甘えるに限る。
「お土産買って帰らなきゃね〜」
 華麗にターンしながら詩文はコースの下まで滑り降りる。そろそろホテルに戻ってゆっくりしよう…そう思ったときだった。

 ……狼のつとめは何か?
 羊を襲い、犬に食いつき、羊飼いを殺す…。

 それは他の人間の耳にはただの犬の遠吠えに聞こえただろう。夕暮れ時に犬が吠えるのは何ら珍しいことではない。
 だが、詩文にはちゃんと分かっていた。
 これはただの遠吠えではない。人狼同士にしか分からない囁きで、誰かが何かを伝えようとしている。
「こんな所にも人狼がいるのかしら?」
 詩文も人狼化の能力を持っているが、魔術によってコントロールしているし、理性をなくして人を喰らうこともない。もしかしたら、ここにもそんな者がひっそりと住んでいるのか…。
「ま、いいかしらん。私、東京に大事なものがたくさんあるものね」
 答えたところでどうしようもない。
 詩文には詩文の、相手には相手の生活があるだろう。ある意味縄張りにそっと入らせてもらって遊んでいるようなものなので、そのあたりははっきりしておいた方がいい。
 スキー靴を履き替え、詩文は鼻歌を歌いながらホテルに戻ることにした。
 それが、事件の発端になるとも知らずに……。

 予約してもらった『ホテル シュネー』は、ヨーロッパの家庭風の食事と美肌にいい温泉が評判の良い所だった。一日にたくさんの客を泊めず少ない客だけをもてなすので、細かいところまで目が行き届いている。
「本当は一緒に泊まりたかったわん。でも、素敵なところを予約してくれてありがと♪」
 携帯メールでメッセージを送り、ふうっと一息。
 温泉にも入ってすべすべになったし、あとはふかふかのベッドに入ってゆっくり眠るだけだ。スポーツ番組を映しているテレビを別の番組に切り替えよう…そう思ってリモコンを手に取った時だった。
「キャー!」
 部屋のドアをきっちり閉めているのに、それをつんざくほどの女性の悲鳴…詩文はテーブルの上の鍵を手に取り、カーディガンを羽織り廊下に飛び出す。
「どうしたの?」
 その悲鳴のせいか、部屋にいた全ての者達がぞろぞろと廊下に出ていた。開きっぱなしになっているドアの前では、若い女性が腰を抜かしたように座り込んでいる。
「な、中……」
 部屋の中からは冷たい風が吹き込んでいた。
 窓ガラスが開けられ、部屋の中に飛び散る赤…絨毯は血で染まり、仰向けに倒れている天然パーマの男の首には何かに引き裂かれたような爪痕がある。部屋に飛び込んだホテルのオーナーが大声で他の従業員に叫ぶ。
「警察だ!警察を呼んでくれ!」
 詩文は何だか背中に嫌な気配を感じた。
 静かな殺気。血の匂い。そして自分にしか聞こえない微かな囁き…。
『羊を襲った…次は犬……』
 これはただの殺人事件ではない。
 人狼が…人を襲い喰らったのだ。

 警察の事情聴取や捜査はあまり進んでいるとは言い難かった。
 まず凶器が見つからない。それに窓は開いていたが、そこから誰かが逃げ出したような気配はない…殺害状況からは大型の野犬にでも襲われたとしか考えられないようだが、そもそもそんな犬が歩いていれば、誰かが気付かないわけはない。
 全員ロビーに集められソファーなどに座っていると、一人の男が詩文の前に座りトランプを弄んだ。
「まいったな、こんな事になるとは」
「本当ね…ここにいる全員皆容疑者ですもの」
 このホテルには詩文を含め、全部で十人の人間がいた。ホテルのオーナー夫婦に女性従業員が一人、大学生の女性が三人、殺された男と一緒に来ていた女性、そして目の前でトランプを弄んでいるヒゲを生やした男性…。
 アリバイはそれぞれなかった。このホテルはツインルームが二つしかなく、そこは詩文とそのカップルが使っていた。他の皆はシングルでおのおの部屋にいてテレビを見ていたり、台所で明日の食事の準備をしていたりしていた。それにこういうホテルでは客がくつろげるようにと、食事時でもなければお互い顔を合わせること自体が少ない。
「明日、もう一度事情聴取をしますので、皆さん今晩はこのホテルから出ないでください」
 警察がそう言うと、大学生グループの一人がヒステリックに叫ぶ。
「いやよ!だってこの中に犯人がいるかも知れないのよ…他のホテルを探してちょうだい」
 そういうわけにはいかないだろう。全員に容疑がある以上、逃亡の恐れがある。誰だって人が殺された部屋の近くで寝るのは嫌だが、それは我慢しなければならないことだ。
 その押し問答を見ながら詩文が溜息をついていると、オーナーがコーヒーを持ってきた。
「申し訳ございません、こんな事になるなんて…」
「オーナーのせいじゃないわ」
 そうは言うものの、詩文はコーヒーカップを持ちながら全員を観察していた。
 この中に、男性を襲った人狼がいるはずだ。だがそれは何匹なのか…狼は群れで獲物を狩る性質がある。この中に自分を除き二匹以上の人狼がいるようであれば退治するのは難しいであろう。
「…にしても、現実に殺人犯がこの中にいるとしてだ、ゲームのようには上手く見つけられないだろうな」
 ヒゲの青年がトランプをポケットにしまい、その逆のポケットからオレンジ色っぽい箱を出した。その箱には赤い文字で『Lupins in Tabula(タブラの狼)』と書かれている。どうやら青年の説明では、村人の中に隠れている人狼を見つけ出すカードゲームらしい。
「ゲームなら占い師だの狩人だのがいて、人狼を見つければ数の暴力で叩き殺すことが出来るが、現実だとそうはいかない」
 ニヤッ。
 不敵に笑ったその笑みに、詩文は平静を装いながら青年の顔を見た。
 彼はこれが「人狼の仕業」ということを知っているのか。だが、それが分かっているとして、自分から人狼ということをわざわざ言うだろうかという疑問がある。
「何だか難しくなってきたわ…」
 自分以外に人狼がいるのは確実だ。
 それを知るために囁いてみてもいいのかも知れないが、それは首を絞める行為だ。詩文は人間を狩る気など全くないし、それに答えてくれるとも思えない。
「これからどうしましょう…」
 オーナーの言葉に、女子大生達は「自分達の部屋に帰る」と言った。自分達以外が全員犯人に見えるらしい。
「ここで全員顔つきあわせてた方が、よっぽど安全だと思うけどな」
 青年の言葉にも、女子大生達は全く耳を貸す気はないようだ。彼を殺された女性は、青い顔のままオーナーに「休ませて欲しいので、別の部屋を貸して欲しい」と言っている。
「貴方はどうするのかしら?」
 詩文がそう聞くと、青年はコーヒーを飲みながら溜息をつく。
「本当はここで雁首揃えてた方が安全だと思ったんだが、皆そう思っていないみたいだしな…仕方ないから部屋に戻るか」
 ロビーから部屋の廊下は見えないので、ここにいれば全員の動きが分かるというわけではない。彼のいう通り全員顔をつきあわせていれば、たとえ人狼がいたとしても襲われることはないのだが、この雰囲気ではそうもいかなそうだ。
 さてどうしようか。
 この様子では詩文も部屋に戻るしかなさそうだが、朝が来るまで待っている気はない。先ほど聞こえた囁きから考えると、人狼はまた人を襲うはずだ。少なくとも朝までにもう一人。
「人狼が誰を襲うか予測して、先手を打つしかないわねーん」
 部屋に戻ると詩文はスキーのストックを出し、そこに勇気と勝利を現す『Tir(ティール)』のルーン文字を刻んだ。本当はスタッフが使いやすいのだが、今は武器を選んでいる暇はない。
 人狼は一体次に誰を襲うだろう。最初に聞いた囁きを詩文は思い出す。あれは独り言のようだったので、おそらく人狼は一人なのだろう。二人ならもっと話し声が聞こえるはずだ。
「羊を襲い、犬に食いつき、羊飼いを殺す。羊が農奴で犬が家来で、羊飼いは領主…ってのはチボーの小説だったかしら。でも、多分そうじゃないのよ」
 羊、羊…何か引っかかるような気がする。殺された状況を思いだし、詩文はポンと手を叩く。
「あ、あの人天パだったわ。それが羊のモチーフだとしたら…」
 だとしたら、後は自分の勘を信じるしかない。詩文はシヨンフヴェルヴィングと呼ばれる幻術を使い、自分の姿を消しそっと廊下に出た。
 人狼にも色々いる。詩文のように自分をコントロールし、人を喰らうことなく生きている者や、その力に気付いていない者、上手く社会と折り合いをつけている者、血に飢える自分に苦しむ者。
 そして、自分の欲望に忠実な者…。

 あまりに静かすぎて、耳の奥でキーンと音が鳴っているような気がする。
 緊張…いや、飢えで喉がカラカラに渇く。
 ドアをそっとこじ開ける。鍵はかかっていたが、鍵ごと壊すことは容易かった。
 暗闇の中部屋を見ると、獲物は先ほどの事件で疲れているのかぐっすりと眠っていた。すーすーと深い吐息が聞こえる。
 大丈夫。
 さっきだって上手く狩れた。あの時人を殺した高揚感と、自分が満たされていく感じを思い出すと、背筋がぞくぞくする。
 布団の上から爪を立てれば血が吹き出るところは見られないかも知れないけれど、闇夜に飛び散る羽根はきっと綺麗だろう。
 羊を襲い、犬に食いつき、羊飼いを殺す。
 さあ、次は犬……!

 バサッ…。闇の中に羽根が舞い飛んだ。
 だが振り下ろした右手に、慣れた感触は感じられない。慌てて布団をめくると、そこに寝ていたはずの青年の姿がない。
「そこまでよ」
 詩文に向かって振り返ったのは…あの時ヒステリックに叫んでいた女子大生だった。だが、人の姿ではなく半分人狼の姿に変わっている。
 ある意味賭けだった。もし人狼がチボーの小説を読んでいて、それをモチーフにしたのなら次は犬を思わせる者を襲うはずだと。それで空き部屋に幻術をかけ誘い込み、寝ている姿だけではなく寝息の幻聴までを駆使して引っかけたのだ。
「仕方ないわ…見られたのなら、あんたを殺すしかない!」
 振り下ろされる爪を詩文はストックで受け止めた。そしてその反動を使いくるりとストックを回し女の体を打ち付け、長い足があらわになるのも構わず足を引っかけ転ばせる。
「どうして?どうして、人狼の私があんたなんか狩られるのよっ!」
 冷静さを失った目で女がキッと詩文を睨む。その目は金色に輝き、歯ぎしりした口元からは牙が覗いていた。
「…人の間で生きていくのは大変だけど、人を羊や犬に見立てられるほど私達は偉くないのよ」
 ゆるゆると首を振る詩文に、女が立ち上がる。
「私の言葉を聞いたのね…?ならどうして!」
「私は人の間で生きていくから、人を守るのよ」
 もし協力してあげられたら…きっとこのホテルにいる全員を一晩で殺すことも可能だっただろう。でも、詩文にそんな気は全くなかった。自分は人と生きていく。人狼として群れは作れないかも知れないが、人の間でなら自分も一人ではない。
 たった一人の孤独をよく知っているから…だから、自分は人と生きる…。
「うわああぁぁぁぁっ!」
 慟哭のように女が吼えた。
 人狼の姿も解かず、ただ大声で泣く彼女の声に皆が集まり、この事件の終結を告げた…。

「守ってくれてありがとさん」
 翌朝、警察に連れて行かれる彼女を見送っている詩文に、青年がトランプを手に近づいてきた。
 その言葉に詩文がふっと笑うと、青年はトランプのカードを一枚見せながら溜息をついた。
「あんた、本当はこの事件に関して何か知ってたんじゃないか…と聞きたいところだけど、これが出たから詮索するのやめとくよ。本当は人狼探しにここまで来たのに、ただ温泉入って終わりになった」
 ああ、彼が人狼のことをよく知っているわけが分かった。彼は人狼を見つけ出す「占い師」だったのだ。
 もしかしたら詩文のことに関しても、何か思うところがあるのかも知れないが、それはお互い何も言わない方が良いだろう。
 詩文に差し出されたのはクラブの6のカード。
 その意味は『それは、あまり重要なことではない』……。

fin

◆ライター通信◆
発注ありがとうございます、水月小織です。
ホテルに紛れ込んだ人狼を捜す…ということでしたが、ゲームの雰囲気でやると一晩で終わらなそうでしたので、詩文さんを「狩人」に見立てて一晩の攻防という感じにしてみました。一応役に立たない「占い師」が出てます。流石に「狂人」まで出すのは無理でした。
何だか「汝は人狼なりや」というより「かま○たちの夜」みたいな気も…。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。