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<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


夢幻の樹、願いの星

 セレスティ・カーニンガムは夢の中に居た。クリスマスムード一色の街中を、一人のんびりと歩く夢だ。普段の車椅子生活にも、さしで不便を感じなくなっていたセレスティではあったが、夢の中ではいつも、こうして自由に歩いている。街並みは、多分新宿辺りだろうか。流れるクリスマスソングにハミングを重ねつつ、煌くイルミネーションの間を歩く。つま先にこつんと当たったそれを拾い上げた時は、どこかのツリーから落ちたオーナメントの一つだと思った。頭に輪のついた、小さな星。だが、まわりにそれらしい樹は無く、どうしたものかと思っていると、ふいに背後から声をかけられた。
「ほう、そなた、それが見えるのか。…しかも、触れられる、と」
 真白な髪をした少女だった。名は、天鈴(あまね・すず)。少し前からの知り合いだ。にんまり笑った彼女に、セレスティ・カーニンガムは微かな笑みを返した。自分の夢の中にどうして彼女が、と一瞬思ったが、彼女もまた人とは異なる存在である事を思い出した。彼女は確か、仙だ。今は背に大きな籠を背負っており、中には今拾ったのと似たような物がどっさりと入って居る。
「久しぶりですね、鈴さん。今日は桃ではなく、星ですか…」
「季節柄、とでも言うておこうか」
「なるほど。では、落し物を」
 だが返そうとすると、彼女はいや、と首を振った。
「手にしたからには、それはそなたの『願い星』」
「願い星?クリスマスのオーナメントじゃ…」
「まあ、似たような物ではあるがの。それを吊るすのはただののつりぃでは無い。遍く世界にたった一本の、不思議の樹よ。常人には見えず、稀に見えたとしても幹へ至ることは難しい。じゃが、願い星を手にする事の出来た者ならば、話は別じゃ。星はそなたの願いに応じて道を開き、ふさわしき枝に導くであろう。すぐに願いが叶うか否かは別として、その助けくらいにはなると思うぞ?」
 樹が現れるのは、24日の24時。道はその瞬間に開くのだと、彼女は言った。
「…願い星、とは。樹も星も不思議ですね。」
 セレスティは小さな星を手の中で転がしてみた。ころんと転がるその星は思ったよりいがいがしていて、手の中に封じるとほんのりと暖かいようだ。見つめると、うっすらと光を感じた。
「そうじゃ。願いを叶える、不思議の星じゃ」
 鈴が頷く。セレスティは小さな溜息を吐いた。
「願い…ねえ…」
「見つからぬか?」
 考え込んだセレスティを見て、鈴が笑った。
「だが、手にする事が出来たのじゃ。何か願う事があろう。…そうでなければ、夢の通い路を飛び越えて、わしが他人の夢に迷い込むはずが無い」
「迷子だったんですか」
セレスティが言うと、鈴は少し決まり悪そうに、まあな、と頷いた。
「それで、願いは見つかりそうか?」
「そうですね。…言われてみれば、一つだけ」
「あるのか!」
 鈴が真紅の目を丸くする。
「…聞きたいですか?」
「そ、そうじゃな」
 興味津々な様子で身を乗り出した彼女の耳に、こそっと囁くと、鈴があんぐりと口を開けた。
「無理、でしょうか?」
「いやまあ…『願い』をどう叶えるか、それとも導くかは星次第ではあるがのう…。それが、願いなのか?」
 呆れたような口調に苦笑しつつ、頷く。
「ええ、結構切実なんですよ、これが。…さて、叶えて、下さいますか?」
手の中の星に問うと、それは答えるように震えて、小さな音を立てた。

その朝、セレスティの屋敷では奇妙な事が起こった。常に部下に起こされているセレスティが、何と一人で目を覚ましたのだ。これにはセレスティ自身がかなり驚いた。手の中にあった小さな星に気づいて、すぐに思い出したのは、夢の中で願い星に頼んだ願い事だったが…。
「それにしては、少々違いますねえ」
 ふうむ、と考え込んだところでドアが開いた。部下が起こしに来たのだ、と思ったその瞬間だった。
「これは…!」
 空間のゆらぎ、そして。
「光が、変わった…?」
 まさか、と思った。だが、確かにドアが開いた瞬間、部屋に差し込んでいた光の加減が変わったのだ。一瞬で時間を遡った。そんな感じだった。その現象は以後も続き、お陰でセレスティは毎朝、ゆっくりと朝寝を楽しむことが出来るようになった。何度か注意深く観察しているうちに、どうやらセレスティの寝室は夜間のみ(正確にはセレスティの就寝後)、外とは微妙に違う時空間にあり、朝、起こしに来た部下が寝室のドアを開けた瞬間に元の時空に戻るらしいと分かった。ちなみにこれは夜間でも同じで、誰かがドアを開けた瞬間に部屋の時間は元に戻るのだ。
「ちゃんと、叶えてくれたのですね…」
 怪訝そうな顔を向けた部下に、謎めいた微笑を返すと、セレスティはポケットに入れた小さな星をつん、と突付いた。そう、願い星を手にしたセレスティが、たった一つ心に願った事。それは、『朝、もう少し長く眠れますように』というささやかな、だが切実な望みだった。既に眠っていると言うのに、更なる眠りを求めるなんて、贅沢と言われるかも知れないと思っていたし、鈴には『そんなことか』と呆れられたのだが、星は願いを叶えてくれたのだ。最近、やけに寝起きが良いセレスティに、主治医をかねている部下は、何があったかと不審そうに聞いてきたが、セレスティはにっこりと微笑んで、
「星のお導きですよ」
 などと、まるで巷の占い師のような事を言って煙に巻いた。導いてくれた星は、手の中でほんのりと輝いている。
「願いを叶えてもらったからには、ちゃんと枝にかけてあげますよ」
 そして、クリスマス・イブの夜。

 セレスティは、やはり夢の中に居た。樹を探しに出かけるべきかとも思ったのだが、連日多忙を極めていたセレスティは、主治医に23時就寝厳守と言い渡されてしまい叶わなかった。落胆しかけたものの、願い星を手にした状況からして、樹の方にも夢の中から接触出来るのではないかと思い至った。夢の世界を構成するのは己の思念だ。もしかすると、街で探すよりも見つけやすいかも知れない。と、考えたのだが。
「樹を隠すなら、森に、と言うのはよく聞く話ですが…どうやら、『樹』を見つけたいという思いが強すぎたようですね」
 セレスティは苦笑いして、小さな溜息をついた。周囲は一目の森。上空には青白い月まで出ており、中々良い雰囲気ではあるのだが。
「これでは肝心の樹がわかるかどうか」
 手の中の願い星を見ると、ほんのりと輝いているのが分かった。どのように現れるのかは分からないが、樹の出現が近いのだろう。
「ちゃんとかけてあげますから、教えて下さいね」
 覗き込んで、語りかけたその時…。星が輝きを増した。
「樹が現れているのですね?」
 急いで周囲を見回したが、それらしい樹は見当たらない。
「一体どこに…」
 もしかしたらとても大きな樹なのかも知れないと、空を見上げたその時。
「惜しいのう」
 と、知った声が聞こえた。振り向くと、二人の少女が丁度、ふわり、とセレスティの横に着地した所だった。
「これはこれは。鈴さんに魅月姫さん、こんばんは。」
 微笑むと、鈴は満面の笑みを、魅月姫は小さな会釈を返した。黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)とは、鈴と同じくらいの頃に知り合った。漆黒の髪に、常に黒いアンティークドレスのようなワンピースを纏う魅月姫と、真白の髪に白地の着物に身を包んだ鈴は、丁度対極にあるような取り合わせなのだが、不思議とこの二人、気が合うらしい。
「また、私の夢に迷い込んだんですか?」
 鈴に言うと、彼女はいや、と首を振った。
「わしらはただ、樹を登ってきただけよ。魅月姫どのの願い星を提げにな。魅月姫どのの星を無事に枝に帰した所で、上の方に知った顔が見えた故、寄ってみたまで」
「上…ですか?」
 そうじゃ、と鈴が指差したのは、何とセレスティが立っていた地面だった。下を向いたセレスティは、現れた光景にあっと声をあげた。地面の中に、かすかに白く輝く枝が見えたのだ。
「私は樹の上に居たんですね」
 道理で気配はあっても周囲には見当たらない筈だ。セレスティがその存在を認めた途端、地面が消え、樹がその姿を現した。と同時に、星が手の中ではっきりと震え始める。
「自分の枝を探しているんですね」
 と言うと、鈴が頷いた。
「願い星はな、元々はこの樹の枝の欠片なのじゃ。それが何時の間にか世界のあちこちに散らばったのを、こうして戻してやるのがこの夜の決まりよ」
「願いを叶える、と言うのは?」
「この樹そのものが、大きな力の結晶のようなもの故、そのような言い伝えが広まったのじゃ。確かに力はあるが、願いを叶えられるかどうかは手にした者の想いや力次第」
 鈴はさらりとそう言うと、魅月姫と目配せを交わした。
「その様子では、セレスティどのの願い、無事に叶えられたと見たが…」
 願いの中身を思い出したのだろう、複雑そうな表情を浮かべた鈴に、セレスティは勿論、と微笑んだ。
「切実な願いでしたから。…さて」
 星の光が強くなったのに気づいて、セレスティはそっと枝に降りた。ここでは…ない。さらに少し降りる。星の波動が感じられるようになった。近い。幹に触れ、枝を辿り、とある小さな横枝に辿りついた時、星が初めて、ちりん、と鳴った。
「見つけたようじゃな」
 鈴の声が、少し上の方から聞こえる。セレスティは頷いて、手を伸ばした。輪っかを持って枝にかけてやる。
「中々、素敵なプレゼントでしたよ」
 感謝の気持ちを込めてそう囁くと、星はぐんと輝きを増してから、枝の中に消えて行く。
「元の場所に戻ったんですね」
 セレスティが言うと、鈴が頷いた。気づくと樹のあちらこちらで似たような光景が繰り広げられていた。半分は人間のようだったが、残り半分は明らかに人ではない。中にはセレスティの知る限り、この世界の者ではなさそうな者も数多く居た。ちりん、ちりん、ちりん。かすかな音が樹のあちこちから聞え始める。
「皆が星をかけ終わったら、どうなるんですか?」
 セレスティが聞くと、鈴はくすっと笑って、
「じきにわかる」
 と言った。そして…。
「これは…!」
 魅月姫が珍しく声をあげて、真紅の瞳を細める。セレスティも同じだった。それは突然巻き起こった、光の嵐だった。目を閉じてすら感じられる膨大な光の洪水が、三人を巻き込んで消えた瞬間、深い闇に包まれているのに気づいた。
「今わしらは、あまねく世界の外側に居る。…そして、あれが、あの夢幻の樹の真の姿」
 鈴の声が聞こえた。銀色に輝く巨大な樹が、目の前にそびえ立っていた。大地は見えない。ざわり、と揺れて枝が伸びていくのがわかる。願い星が新たな枝になっているのだ。
「あれは数多ある世に同時に存在し、またどこにも無いもの。全ての世界を繋ぐもの。我らが外からこれを見られるのは、今この時をおいて他にない」
「世界樹…」
 セレスティの呟きに、答える声は既に無かった。ぐん、と樹に引寄せられるのを感じた。ああ、元の世界に戻るのだ。目の前を、いや、周囲を様々な世界がぐるぐると廻る。時代を超え、空間を越えて元いた世界に戻るまでの間、セレスティは懐かしい風景と見知らぬ世界を何度も行き来した。最後に、今の街の姿を見た。中には鈴の姿もあった。魅月姫と並んでいる所を見ると、既に元いた場所に戻ったのだろう。知っている少女の姿もあった。いつもの通りの和装で、夜道を年上らしき少女と共に歩いていた。彼女らもまた、星を手渡された一人なのだろうか。それから…。

 クリスマスの朝。セレスティは久しぶりに、部下に起こされて目を覚ました。眠る時に手に持っていた願い星はどこにも無い。
「事実だが夢、夢だけれど事実…ということですね」
 数多ある世に同時にあり、またどこにも無い巨大な樹。美しい姿をしていた。あれを神の領分、というのだろうか。願い星は皆の願いを得て輝きを増し、樹に戻り、新たな枝を伸ばした。皆の願いを叶えたことが、樹を成長させたのだ。
「大いなる、夢と願いの循環」
 せわしなく朝の準備を始めていた部下の、怪訝そうな視線をまたも笑顔で逸らしてから、セレスティは一つ息をついて、空を見上げた。今、この瞬間も、世界は願いに満ちているのだ。

<終り>




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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4682 / 黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】


<登場NPC>
天鈴(あまね・すず)




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■         ライター通信          ■
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セレスティ・カーニンガム様

ご無沙汰しております。ライターのむささびです。
この度はご参加ありがとうございました!お楽しみいただけたなら良いのですが…。
今回は、皆で何かをする。という話でも無く、またそれぞれの願いをメインに致しましたこともあり、共通部分はあまり無くなってしまいました。元々強い力を持つセレスティ氏が行使した為か、願い星は氏のお屋敷にちょっと大掛かりなしかけを残して行ったようです。持続力は未知数ですので、すぐに消えてしまうかも知れませんが…。これから少しの間でも、セレスティ氏がのんびりと朝寝を楽しむ事が出来ますよう。鈴ともどもお祈り申し上げます。 それでは、またお会い出来ることを願いつつ。
ライター むささび。