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<東京怪談ノベル(シングル)>


Happy journey

 旅先で撮った一枚の写真。
 それを見ると過ぎ去ってしまったが、確かに楽しかった事をきっちりと思い出せる。
 写真の中の自分は、ちゃんと嬉しそうに笑っている…。

「パレードすごかったですね」
 日本シリーズの裏で起こった爆弾事件を解決したというお礼で、黒 冥月(へい みんゆぇ)と立花 香里亜(たちばな・かりあ)は札幌で行われた帝国ハムの優勝パレードに招かれていた。
 二泊三日の日程で来ているのだが昨日は移動でほとんど終わり、夕食は香里亜の案内で評判の店でラーメンを食べ、今日の午前中は時計台などにも行った。パレードも見たのでこれからしばらくはフリーなのだが、どこを観光したらいいだろう…冥月は少しだけ雪が積もった街中を歩きながら考える。
「香里亜、私は北海道には詳しくないから観光案内は任せるぞ」
 東京と違い風はやはり冷たく、吐く息は白い。それでも北海道生まれの香里亜は慣れているのか、にこにこと笑って冥月を見上げる。
「はい。冥月さんはどこか行きたい所とかありますか?二泊だとあまり遠い所は無理なんですけど…」
 旭川や函館など色々観光名所はあるのだが、香里亜曰く「北海道は広いので、二泊ぐらいだと札幌から小樽ぐらいがゆっくり出来ていい」と言うことらしい。冥月の影の能力で移動するならそんな距離は関係ないのだろうが、それはそれで何だか興醒めだ。
「なら、小樽に行くか。色々と見る所もありそうだしな」
「そうですね。JRでしたら快速も出てますから…」
「ちょっと待て」
 人気のない場所まで移動し、冥月は影の中から一台の車を出した。
 ランボルギーニの最新モデル『ムルシエラゴLP640ベルサーチ』…色は無論黒で、その流線的なデザインに香里亜が感心する。
「はわー…冥月さんの影って何でも入ってるんですね。これだと駐車場所に困らなくていいかも」
 何度か影内里亜空間などに招待しているのに、まだ驚くことがあるらしい。それにふっと笑いながら、冥月は助手席のドアを開け香里亜を乗せる。
「じゃあ行こうか。高速に乗った方が早いか?」
「だったら札樽道ですね。高速使わないと混みそうな場所があるので、それで行きましょう」
 札樽道は札幌と小樽を繋ぐ高速道路だ。景観も良く、山の紅葉は既に終わってしまっているが、道からは海が綺麗に見える。
 高速道路に乗っていれば道に迷うことはない。運転している冥月の横で、香里亜は車内をきょろきょろしたり、好奇心からかダッシュボードを開けたりしている。
「あれ?免許…」
 その中からは、国籍も名前も違う何十枚もの冥月の写真のついた免許証が出てきた。冥月としては見られても困らないのだが、香里亜はまるでカードでも見るようにそれをめくっている。その中の一枚を横からスッと取り、冥月は苦笑した。
「気にするな、仕事道具だ」
「え、何の商売ですか?」
「内緒だ。ああ、運転中は人前では私の事を香蘭と呼べ…警察に行きたくないならな」
 まだ殺し屋をやっていた頃の名残なのだが、持っていても困ることはないだろう。日本の免許はいざというとき携帯してないと困る。それをポケットに入れハンドルを握ると、小樽が近づいてきたのか藍色の海が見えてきた。
 香里亜は口の中で「香蘭さん…」と呟いた後、何かに気付いたように冥月を見る。
「あれ?免許の名前が違うって事は、冥月さん自身の免許証はないんですか?」
「ない」
 その答えに香里亜がちょっと困ったような笑みを見せる。
「えっと…もしかして免許取りに行ったこと…」
「行ってないな」
「えーっ!」
 免許自体も偽造であれば、運転の仕方もまだ組織にいた頃に教わったものだ。確かに違法と言えば違法なのだが、今更免許を取りに行くのも何だか億劫だ。
「安心しろ、免許等飾りだ。腕前ならA級以上だ」
 くすっと一つ笑うと、隣であわあわしている香里亜を尻目に冥月はスピードを上げた。

 小樽市内は坂の街ということもあり、道が狭く車を停めるのに不便なことが多いので、運河近くに来た時点で車はまた影の中に入れた。
「まず何か食べましょうか。小樽に来たからにはやっぱりお寿司ですよね」
「その辺は任せる。道案内は大丈夫だろうな」
 香里亜は方向音痴なのでその事をからかうと、少し苦笑いしながら小さなメモ帳を取り出す。
「迷って冥月さんを歩かせちゃうと困るので、ちゃんと住所をメモしてきました。お寿司だけじゃなくて若鶏の唐揚げも美味しいんですよ」
 案内されたのは『ニューなると』という店だった。確かに唐揚げが有名なのか、店先には香ばしい香りが漂っている。カウンターに座りお茶を飲みながらメニューを見ている香里亜が妙に嬉しそうだ。
「ここは来たことがあるのか?」
「はい。小樽に来るとここでよくご飯食べました…他にも色々美味しいお店があるんですけど、やっぱり冥月さんとならお寿司とか、ウニとか食べたいなぁって。若鶏の半身揚げも一つ頼んで二人で分けて食べませんか?」
 確かに香里亜の言う通りだ。その土地土地で中華などの美味しい店もあるのだろうが、やはり北海道に来たからにはイクラやウニなどの新鮮な海産物を食べたい。松寿司と若鶏を頼み、これからの予定を聞く。
「今の時間なら余市方面まで海沿いにドライブしても良さそうですし、そのあとまた戻ってきて運河沿いを歩きながら色々食べたりお買い物したりしましょう。昨日札幌に泊まったから、今日は小樽に宿を取ったんです」
 海沿いのドライブはなかなか楽しそうだ。先ほど高速を走っていた時も海が見えたが、少し車も走らせたいし何より香里亜が楽しそうだ。免許を持っていないという話をした時は驚いていたが、安定した走りを見て安心したのだろう。
 そんな事を話しているうちに寿司が運ばれてくる。ウニやイクラだけではなく、他のネタも新鮮だ。
 冥月が寿司を食べるのを香里亜が横でじっと見ている。
「どうですか?」
「うん、美味いな。東京で食べるのと新鮮さが違う」
「そう言ってもらえて良かったです。私も食べようっと…」
 美味しい物を食べるとそれだけで幸せな気分になる。美味しい寿司を味わい、半身揚げを仲良く分け合い、丁度良く空腹が満たされた所でまたドライブだ。
 海沿いに道が作られているので所々トンネルが狭かったり、道が曲がりくねっている所もあるが、それでも車を走らせるには気持ちが良い。
「んー、海綺麗ですね…この辺は水が冷たいんですけど、やっぱり景色が良いとそれだけで嬉しいです」
「そうだな。少し飛ばすぞ」
 辺りに車がいないのを確かめ、冥月はアクセルを踏む。
 カスタマイズしているので軽く踏むだけでかなりのスピードが出る。普段はこれだけのスピードを出せないのだが、たまにはいいだろう。
「ひゅう…」
 思わず感嘆の声を出す。時速二百q以上出ているのを見て、香里亜がきゃーきゃー声を上げる。
「み、冥月さん。捕まっちゃいますよ」
「流石にずっとこのままでは走らん。たまにはスピードを出してみたくなったんだ…ちょっと休憩するか。ニッカウヰスキーの醸造所があるようだぞ」
 道路案内を見て巧みに街中に入っていく。初めての道だが広いこともあり、冥月が思ったほど苦労することはなさそうだった。駐車場も広いので、ランボルギーニでも楽に停められる。
 ニッカ醸造所の中にあるカフェでティータイムにし、お土産が売っている場所にあるブランデーアイスなどを食べる。ウイスキーが出来るまでの行程を見学することも出来、中を歩くのがまた楽しい。
「あ、冥月さん一緒に写真撮りましょう」
 煉瓦造りの建物の前で、香里亜がカメラを取り出した。時計台や道庁などを観光した時も写真を撮ったのだが、良いアングルで取れる場所が書かれていたりしたのは流石観光地だと思う。
「写真はいいが、また一緒にか」
「嫌ですか?」
 少し意地悪を言うと、すぐにしょんぼりとするのが何だか可愛い。それに苦笑しながら頭を撫で、冥月は近くを歩いていた人に声をかけた。
「すいません。シャッターを押して欲しいんですが…」
「………!」
 すると香里亜はにこっと笑い、冥月の手に腕を回した。昨日から撮った写真は肩を組んだり抱きついたりと、妙に仲の良さそうな写真ばかりだ。写真は思い出を切り取るという点ではいいだろう。写真がなかったとしても思い出は心に残るが、写真があれば忘れてしまった細かい所まで思い出せる。
 確かにここにいた。
 ちゃんと存在していた。
 その一瞬を残すために写真がある…。
「昨日からたくさん二人で写真を撮っているが、どうするんだ?」
「ふふ、思い出作りってのもありますけど、もう一つは秘密です…あ、ありがとうございました」

 余市から小樽に戻り、その後は小樽運河を歩きながら色々な所を観光したり食べ歩きをした。日本酒の『田中酒造』では「飲めるみりん」のメープルシロップのような甘さに二人で驚き、メルヘン交差点で時報が鳴るのを待ったり、北一ガラスでお土産を選んだりした後、運河沿いにある『ほとり』という甘味バーで一息つく。
「寒いからアイスよりはぜんざいとかがいいかな」
「北海道では冬でも部屋を暖めてアイス食べますよ。でも、さっき『山中牧場』のソフトクリーム食べたから、私もぜんざいにしようっと」
 日が落ち始め、運河沿いの灯りがオレンジ色に色付き始める。
 店の窓からもそれが見え、夕暮れの空の色と海の色が目に優しい。
「帰る前に土産も買わないとな。何かお勧めの土産はあるか?」
 北海道に行くということは何人かに言ってあるので、土産を買って帰らないと後がうるさそうだ。それを聞いた香里亜がお茶を飲みながら少し考える。
「うーん、海産物とかですか?」
「いや、そんな贅沢な物は自分用だ。手みやげに丁度いい菓子とかがいいな」
「だったら『六花亭』のお菓子かな…『マルセイバターサンド』とか美味しいですし、あと日持ちしそうなお菓子なら『ロイズ』の『ナッティバーチョコ』もお勧めです」
 そんなにいろいろあるのか。
 冥月としては北海道のお菓子というと真っ先に『白い恋人』を思い出すのだが、他にも『函館チーズオムレット』や、『釜出しバターケーキ』『生チョコケーキ』など、香里亜のお勧めはたくさんあるらしい。
「そんなにたくさんあったら、一回では買い切れないな…年が明けたらスキーにでも来るか?」
 運ばれてきたぜんざいの蓋を取りながら冥月がふっと笑うと、香里亜が割り箸を持ったまま困った顔をした。
「スキー…私あんまりスキー上手じゃないんで、温泉の方がいいなぁ」
「道産子なのにスキーは苦手なのか」
「苦手というか、遊ぶのは好きなんですけどあんまり上手くないんですよ…」
 それでも一応滑れることは滑れるらしい。ただ性格的なものもあり、上級コースなどに行ったことがなく、冥月と一緒に滑るのに自信がないようだ。
「だったら特訓するか」
「えっ?特訓の一環だったら頑張りますけど…あ、ここでも写真撮りませんか?撮れるんだったら冥月さんと仲良く甘味でお茶してるところ撮ってもらいたいです」
 話をごまかすようにいそいそとカメラを出す香里亜に冥月が苦笑する。
「そんなに撮ってどうするんだ」
「えー、冥月さんと仲良く旅行行っちゃったってうらやましがらせるんです…すみませーん、ここで写真撮っても大丈夫ですか?」
 一体誰に見せる気なのやら。
 店員がカメラを持つのを見て、香里亜が冥月の手を握る。
「はい、撮りますよー」
 色々思うところはあるが、まあいい。
 楽しいことは事実だし、こうやって一緒に北海道に来ることになったのも縁の一つだろう。
 嬉しそうな香里亜を横目で見ながら、冥月もカメラに向かってレンズに微笑んだ。

「冥月さん、写真見ました?」
「ああ、しかし結構撮ってたんだな」
 あの店だけでなくホテルの中など、たくさんの写真が小さなアルバムに入れられて冥月に渡されていた。自分のぶんも焼き増ししてくれたらしい。
「また今度どこか行きましょうね」
「そうだな」
 まだまだ楽しいことはたくさんあるし、思い出を残すことも出来る。
 アルバムの中で笑っている自分を見ながら、冥月はコーヒーを飲みふっと微笑んだ。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
ゲームノベルからの繋がりで、香里亜と一緒に北海道に行った時の話…とのことで、小樽〜余市をドライブしたり、仲良く写真を撮ったりと楽しんでいます。車での移動でしたのであまり遠いところには行けないのですが、それでもお寿司を食べたりしてます。
本当は小樽だけで一日時間がつぶせてしまいます。きっと屋台通りでジンギスカンを食べたり、オルゴール館にも行ったりしたのだと思われます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。