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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夢の中から

オープニング

「夢を見たんだ」
 草間の目の前に座る男はそうつぶやいて草間を見た。彼はやつれており顔色も悪かった。
 草間は男の言っている言葉の意味がつかめず、眉をゆがめることしか出来なかった。だが、彼の身に尋常ではない事態が起こっているのは目に見えて明らかだった。
「夢?」
「ああ、いつも見る夢なんだ。俺が夢の中から飛び出して、ある女に呼び出される夢。その女はとても妖艶で、俺はついつい彼女に身を任せるのだが、この頃ボーっとすることも多いし、体の調子が悪くて、このままじゃ殺されるかもしれない」
 彼の瞳の中には恐怖という感情がありありと浮かんでいた。
「頼む、助けてくれ」
 必死の形相で頼まれ、命の危険があるとなったら助けないわけにはいかないだろう。
「怪奇専門じゃないんだがな」
 草間は溜息を吐き出して、彼に言った。
「わかった。詳細を教えてくれ」
「淫魔、かしらね」
 草間の言葉を遮るようにして、そういったのは紅茶をお盆に乗せて来たシュライン・エマだった。彼女は、依頼人の前に紅茶を置くと、にこりと微笑んだ。
「紅茶をどうぞ。お名前は?」
「在原 真一、だ」
 依頼人はシュラインの美しさに瞳を奪われながらそういった。そんな依頼人の態度が気に入らなかったのか、草間が割って入るように口を開いた。
「どこか変わったことをした、ということはなかったのか」
「変わったこと」
 在原は考えるように唇をかみ締め、それから首を振った。
「いや、何もなかった」
「そうか」
「じゃあ、何かを購入した、とかは?」
 男は首を傾げてから、次の瞬間に唇に手を当てて思い出したかのように目を見開いた。
「そういえば、絵を」
「絵?」
「絵を、買った」
「その絵、何かありそうね。調べてみましょうか」
 シュラインの言葉に、草間が深く頷いた。

***

「この絵だ」
 在原の言葉に、在原の家に訪れた二人は絵を見た。絵は一人暮らしの男の部屋には似合わない産物だった。在原の部屋は一人暮らしの男にしてはきれいなほうだったので、そのような文学的なものに興味があるのかもしれない。
「どうしてこれを購入したの」
 シュラインが当たり前の疑問を口にすると、在原は困ったように顔をゆがめた。
「それが、わからなくて」
「わからない?」
「ああ、どうしてこれを購入したのか、なぜ、これを買おうと思ったのか、自分でもわからないんだ」
 草間とシュラインは互いに顔を見合わせると、それぞれ考え込むように下を見た。
「わからないってことは、何らかの力が作用したってことよね。女の目的は何かしら」
「そういえば、呼び出されていく場所ってどこなんだ」
 草間が在原にそう尋ねると、彼は暗い表情でため息を吐き出す。
「それが、知らない場所なんだ」
「なんでもいい、覚えてる事があったら、いってくれ。特徴、目に留まったもの、なんでもいい」
 草間の言葉に、在原は考え込んだ。唇を引き結ぶ。考え込んでいる在原を尻目にシュラインは絵をじっくりと観察していた。
 その絵は、一つの洋館を描いたものだった。
 古ぼけた洋館にはつたが絡みつき、他人の侵入を拒否しているような雰囲気をかもし出している。シュラインはじっとその絵をにらみつけた。
 草間は在原を見つめ、それからシュラインに瞳を移す。シュラインの見ている絵に焦点を合わせたそのとき、在原が言った。
「……そういえば」
 草間は、在原へ視線を戻した。
「車椅子の、女」
「は?」
「妖艶な女の後ろに、車椅子の女の姿がちらりと見えるんだ。いつもいつも。悲しそうにたたずんでいる。それに、場所も豪華な天蓋つきベッド……」
「わかったわ、この場所!」
 在原の言葉をさえぎるようにして、シュラインが瞳を輝かせながら言った。
「この場所、あれよ」
「んだよ」
 草間は驚かされた腹いせとばかりに、投げやりに言う。
「一つ先の駅から歩いたところにある、洋館よ。たしか、惨殺事件が起こっていたはずよ。きっとここに、ここに何か秘密があるわ」
「……」
 草間はシュラインの言葉と在原の言葉にたいして、考え込むようなそぶりを見せ、それから、一言「行くか」と呟いた。

***

 聖水と絵を持ち、三人は洋館を眺めた。絵と比べてみても、ここを描いたものだということがすぐにわかる。人の住まわなくなった古ぼけた洋館は不気味な雰囲気をたたえている。
「入るぞ」
 草間の言葉にシュラインと在原はうなずいた。
 洋館の扉は施錠されておらず、すぐに開くことができた。ぎいぎいと切なげな悲鳴を上げる扉を開けると、三人の目の前には信じられないほどの大広間が姿を現す。カビと埃の臭いにむせつつも、三人は中へと進む。
「ベッドのある部屋、だったな」
「ああ」
「色とか、わかる?」
「色は赤、だった」
「それだけわかれば上等よ」
 シュラインはそういって率先して、軒を連ねている大量の部屋の扉を開けていく。
 何回扉を開けただろう。
 一つの扉に手をかけたそのとき、その部屋はあった。
 赤く染まった天蓋つきベッド、そばにあるのは車椅子。三人の動作は一瞬とまり、その部屋の中に視線を釘付けにされた。
「ここ、ね」
 シュラインはベッドに近づいた。
 草間もその後追い、そして、何かに気づくと、在原の手から絵を取り上げた。
「シュライン、在原、あれ」
「え?」
 二人も草間の視線を追った。
 彼が見ていたのはただの壁だった。
 だが、それはただの壁ではない。くっきりと、四角く白い後がついている壁だった。そこには何かがかけてあったのだろう、釘も打ち付けられている。
「あれって」
「きっと、これが掛かってたんだ」
 草間は絵をシュラインに見せた。彼女の瞳は信じられないというように見開かれ、在原も事の成り行きを信じられなそうな表情で見送っていた。
「戻してみよう」
「危ないんじゃないの?」
「大丈夫だろ」
 シュラインの心配をよそに、草間は壁へと近づいた。
 そして、そこに絵をかける。
 何かが起こるか、と待ち構えるものの何かが起きる気配はない。三人は落胆と安堵にため息を吐き出した。

「ありがとう」

 不意に聞こえたその声に、三人は反射的に後ろを向いた。そこにあったのは、車椅子、それと……。
「お前は」
 白いワンピースに身を包んだ清楚な女が、そこにはいた。
 彼女は穏やかに微笑みながら、悲しそうに俯いた。
「絵を、戻してくれてありがとう。もう現に実体のない私はその絵を取り戻すことができず、その絵を見捨てることもできず、ずっとずっとこの世をさまよっていたのです」
「この絵には、何があるというの?」
 シュラインの言葉に、女はさらに悲しげな表情を見せる。
「私の妹の、魂が」
「魂だと」
「はい、私の妹はこの家のしきたりなどに反発して、夜な夜な遊びまわる子でした。両親は体の弱い私と遊びまわる妹に落胆していたのでしょう。私にかける愛情が許容範囲を超え、妹はそのために両親に愛されていないと思ってしまいました」
 女は、はらはらと涙をこぼした。
「ある夜のことでした。みなが寝静まったとき、賊が現れたのです。私たちは警備が厳重なこの家に入ってこれるものなどいないと思っていました。男たちは父と母を殺し、私は妹の部屋に逃げ込みました。妹は……泣いて私のひざにすがりつきました。『あいつらがこんなことをするなんて思っていなかった。私を愛しているといったのに』と。私と妹は結局殺され、この世に残ったのは妹の男へ対する恨みの思い。私は、その思いに縛られたまま成仏できずにいる妹が気がかりで成仏できず、結局この家に縛られるということによってここにいることを望みました」
 女の話が終わってもその場はしん、と静まり返っていた。沈黙を破るものが罪人だとでも言うように、そこでは言葉を発するのがためらわれた。
「妹が、ここに戻ってきたことによって、もう彼女が男の人を殺すことはありません。何年掛かっても、私は彼女を説得します。説得して、一緒に成仏することができます。本当にありがとうございました」
 女は泣きながら微笑んで、すぅとその姿を消した。

***

「洋館に、あんな秘密があったなんて、なんか悲しいわね」
 在原と別れ、帰路についたシュラインと草間は浮かない表情のまま歩いていた。
「だが、これでよかったんだろう」
「ええ、でもなんだか悲しくて」
 俯いたシュラインの肩に草間は自分の手をおいた。その手は慰めるようにぽんぽんとシュラインの肩を叩いた。
 言葉はない。
 それでも草間の気持ちが痛いほどに伝わってきて、シュラインは幸せに身を包まれ微笑みながら瞼を閉じた。

エンド

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          
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シュラインさま
悲しい洋館の話にしました。
女は男への悪意を育て、そんな悪意で幽霊になっても男を殺し続けていた。
そんな感じです。
どうでしたでしょうか。
がんばって書いたので、喜んでいただけたら幸いです。