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<東京怪談・PCゲームノベル>


はがねんと鬼とガマガエル

〜 一度あることは二度ある 〜

「二度あることは三度ある」という慣用句は有名だが、「一度あることは二度ある」という慣用句もあるということは、それに比べるとあまり知られていない。
 そして実際、二度あったことが三度ある確率より、一度あったことが二度ある確率の方が、ほぼ間違いなく低いのだ。
 だが、一度あったことが二度ある確率は、少なくとも一度もなかったことが起きる確率よりは高いと言える。
 そして、そこに誰かの意志が関与しているとなれば、なおさらのことである――。





 不城鋼(ふじょう・はがね)は走っていた。否、逃げていた。
 それはすでに二度とか三度ではなく、何度も繰り返されてきた、ある意味いつもと変わらぬ風景。
 けれども、鋼が校門を出たか出ないか、というところで、突然彼の目の前に真っ黒なスポーツカーが現れたことは、少なくともこれまでには一度しかなかった。
 そして、その車の主が、あの時と同じ人物であることに、ほぼ疑いの余地はない。

 最上京佳(もがみ・きょうか)、通称「鬼最上」。
 私立東郷大学の保険医にして、ある意味鋼を狙う最強最悪の相手である。
 彼女と鉢合わせることを思えば、この場でUターンしてファンクラブの女の子たちの待ち受ける中に突っ込んだ方がまだマシというものだ。

 そう考えて、鋼は大急ぎで回れ右をしたが――その時、急に鋼の足が地面から離れた。
 何が起こっているのかは、わざわざ振り向いて確認するまでもないし、そもそもその暇もない。

 ――捕まった!

 鋼がそう理解した時には、すでに鋼は車の後部座席に放り込まれていたのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 意外な悩み 〜

 車が走り出して、少しの後。
「全く、わざわざ逃げなくてもいいだろう」
 少し不満そうに、しかしなぜか楽しそうに、京佳がぽつりと呟く。
 その様子に、鋼は一度大きくため息をついた。
「……で、今日は何なんだ?」
「少々厄介なことになってな。また君の力を借りたい」
 予想通りの返答に、ため息をもう一つ。
「どうせ俺に拒否権なんかないんだろ。
 それで、今度は何をすればいいんだよ」
 まあ、彼女が出てくるということは、また東郷大学絡みの何かだろう。
 その鋼の予想は、見事に裏切られた。

「なに、そう難しいことじゃない。
 今日一日、私の恋人をやってくれ」

 予想と全く違った申し出に三秒ほど固まった後、どうにか次の言葉を紡ぎ出す。
「えーと……話が見えないんだけど、一体何があったんだ?」
「両親が勝手に見合いを決めてきた」
「そんなの、普通に断ればいいんじゃないか?」
「なんだか知らんが、向こうがえらく私を気に入ったらしい。
 並大抵の断り方では諦めてくれそうもないんでな」
 見合いの時点でどれだけの情報が相手に行っているのかはわからないが、彼女が実際にどういう人物で――一言で言えば、どれだけの怪力の持ち主であるかを見せてやれば、大抵の男はそれだけで逃げていきそうな気もするが、それは本人も気にしていることなので、あえてここで言う必要もないだろう。
 その代わりに、鋼は少し冗談めかしてこう言ってみた。
「どんな人か知らないけど、そんなに好いてくれるなんていいことじゃないか」
 京佳が一切答えようとしないので、さらにこう続けてみる。
「ちょうどいい機会だし、いっそその人と一緒に……!?」
 だが、その言葉を最後まで言い終わるより早く、京佳はいかにも不愉快そうな様子で一言だけこう口にした。
「……もう若くないんだから、とでも言いたいのか?」
 よく考えるまでもなく、彼女の前で歳の話は禁句である。
 うかつにそのことに触れようものなら、それこそ本気でくびり殺されかねない。
「い、いや、そうじゃないけど!」
 鋼が慌てて否定すると、京佳はすぐに機嫌を直して軽く微笑んだ。
「すまない、私の考えすぎだな。ともあれ、私にだって選ぶ権利くらいある、ということだ」
 一事が万事この調子では、ほとんどいつ爆発するかわからない爆弾を抱えているのと大差ない。
 彼女と結婚するということは、それがほぼ一生涯に渡って続くわけであるから、よほど度胸の据わった人物でなければまず耐えきれないだろう。
 そう考えれば、この縁談は遅かれ早かれダメになる。
 それなら、いっそのこと今すぐにダメにしてしまってやるのが、相手の男性のためでもあるのではないだろうか?
 自分にそう言い訳しつつ、鋼は承諾の返事を返した。
「まあ、そういうことならつきあってもいいけど」
 そして、小さく息をつき……ふと、あることに気がついた。
「そういや、この車ひょっとして前のと違わないか?」
 車内の細かいデザインであるとか、その辺りが微妙に違っている気がするのだ。
「修理に出すと戻ってくるまで時間がかかるのでな」
 なんでもないことのように答える京佳だが、その「修理」の原因は、十中八九鋼である。
 前回彼女に捕まった時、鋼は「走行中の車のドアを蹴破って逃げる」という非常の手段をとっていたのだ。
 元はといえば京佳が悪いとはいえ、この高そうな車の修理となれば、それなりの金額が必要だったに違いない。
 少しばつの悪い思いをしつつ、鋼は努めて平静を装ってこう続けた。
「ああ、代車か」

 が。
「いや、買った。ちょうどいい機会だからな」
 京佳のその答えに、鋼はただただ呆然とするより他なかった。
「……そんな金、一体どこから」
「まあ、一言で言えば特許料だ。これでもここに来る前はいろいろやっていたからな」

 全くもって、彼女は謎の多い人物である。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 最上家の人々 〜

 京佳が車を止めたのは、意外にも駅の近くにある駐車場だった。
「えーと、お見合いってまさかこの近くで?」
 ついそんなことを口走ってしまう鋼だったが、もちろんそんなはずはない。
「いや、あの喫茶店で私の両親と合流することになっているんでな」
 そのことに少しほっとした鋼。
 けれども、よく考えるとこれはとてもほっとしていられるような状況ではない。
 何と言っても、これから京佳の恋人として、彼女の両親と会わなければならないのだ。
「ところで、京佳さんの両親ってどんな人なんだ?」
 おそるおそるそう尋ねてみると、京佳は少し考えてからこう答えた。
「父は気難しそうに見えるがお調子者、母は見ての通りの温厚な性格だ。
 そう緊張しなくても、普通にしていれば問題ない」
「いや、だからその『普通に』ってのが難しいんだって」
 そんなことを話しているうちに、喫茶店の前に着いてしまう。
「別に私の両親に気に入られる必要はないんだ。気楽にしていろ」
 そう一言言って、京佳は喫茶店のドアを開けた。




 
 京佳の両親は、確かに彼女が話した通りの人物だった。
「京佳! 二分遅刻だぞ」
「まあまあ、いいじゃないの。京ちゃんもいろいろ忙しいんだし」
 やや線の細い、一見神経質そうな初老の男性が、恐らく彼女の父親であろう。
 付き添いということを意識した地味めのファッションにしているように見えて、実はワンポイントでさりげなく自己主張している辺り、微妙にお調子者っぽいところが見てとれる。
 そして、隣にいる小柄な女性が、彼女の母親。
 苦笑しながら夫を宥める様子はまさに慣れたもので、この二人はきっと普段からこんな感じなのだろう、ということが容易に想像できた。

「ちょっと大学で事故がありまして。怪我人を診ていたため遅くなりました」
 そんなやりとりを、京佳もさらりと受け流し……そこで、二人の視線が鋼の方に向く。
「京佳、こちらは?」
 怪訝そうな顔をする父親に、京佳はなんでもないことのようにこう続けた。
「ああ、そういえばまだ紹介してませんでしたね。彼は不城鋼くん、私の交際相手です」
「ええと……はじめまして、不城鋼です」
 目的はあくまで京佳のお見合いをぶちこわすことであるから、別にここで気にいられる必要はない。
 そうはわかっていても、やはり緊張するものである。

 一方、いきなりそんなことを告げられた京佳の父親も、すっかり驚きを隠せない様子だった。
「京佳? お前につきあっている相手がいるなどとは聞いておらんぞ?」
「つきあい始めたのがつい最近のことですし、なにぶん帰国してこの方いろいろとバタバタしていまして」
 京佳のあっさりした返答に、ただただ驚き呆れる父親。
 それに対して、母親の方は相変わらずの笑顔のまま、楽しそうな様子で鋼の方に話しかけてきた。
「ん〜、でも、かわいい子ねぇ。鋼さん、だったわよね? 失礼だけど、歳はおいくつ?」
「あ、十七です」
「あらあらまあまあ。京佳とは一回り近くも違うのねぇ」
 これだけややこしいことになっていながら、一切動じない辺りはある意味すごい。
 彼女はさらに言葉を続けようとしたが、その前に父親の方が呻くような声を出した。
「しかし、これでは先方にどう言ったらいいやら」
「私に相談もなく勝手に決めるからでしょう」
 バッサリと切って捨てる京佳。とりつく島もないとはまさにこのことである。
 すると、それを見かねてか、母親の方がこう取りなしに入った。
「まあまあ、断るにせよどうするにせよ、とりあえず会うだけは会ってみてくれるんでしょう?
 京ちゃんだって、その気があるから来てくれたんでしょうし、ね?」
 ここまで来てそのまま帰るわけにも行かないだろうし、その辺りが落としどころだろう。
 京佳もそう考えていたのか、あくまで渋々を装って首を縦に振った。
「仕方ありません。ただし、あくまでお断りに行くだけです」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 京佳の理由 〜

 その後、京佳の車で四人が向かったのは、都内のとある高級ホテルだった。
 ちなみにそこまでの約二十分の間、重くなりそうな車内の空気を救ってくれたのは、やはり京佳の母親であった。
 すっかり鋼に興味を持ったらしい彼女がいろいろと話しかけてきてくれたため、車内を重苦しい沈黙が包む、という事態だけはどうにかこうにか避けられたのであった。
 もっとも、あれやこれやといろいろと答えなければならない当の鋼にとっては、ある意味こちらの方がよほど厄介ではあったが。

 ともあれ、そんなこんなでどうにか目的地のホテルに着いた一行。
 待ち合わせ場所のラウンジへ向かうと、やがて一人の男性がこちらに歩み寄ってきた。
 おそらく、彼が京佳の見合い相手なのだろう。

 年齢は、恐らく京佳とほぼ同じくらい。
 服のセンスも悪くなく、体つきから見る限り何かスポーツをやっている可能性が高い。
 少なくとも、ぱっと見た限りでは、特に京佳が不満に思うような点は見受けられない――ただ一点を除いて。
 悲しいまでに見事なカエル面であるという、その一点だけだった。

(京佳さんって……面食い?)
 そんなことを考えながら、ふと隣の京佳の横顔に視線をやる。
 そうこうしているうちに、問題の男性が彼女にこう尋ねてきた。
「最上京佳さん、ですよね?」
「ええ。蒲野謙之(がまの・けんし)さんですか?」
「はい。今日はわざわざありがとうございました」
 セオリー通りに挨拶が進んでいく中、「本当に自分がここにいていいのだろうか」という気が少ししてくる。
 だが、そんな鋼の思いとは無関係に、話題が鋼の方に移ってきた。
「その子は……弟さんですか?」
「いえ、私の恋人です」
 謙之の問いに、真顔できっぱりと答える京佳。
 これには謙之もたっぷり二秒ほど固まったが、すぐに笑顔に戻ってこう続けた。
「またまた、ご冗談を」
 けれども、京佳は冗談ではないとばかりに追い討ちをかける。
「今回の話は両親が勝手に決めたこと。
 そのことはお詫びしますが、私には心に決めた人がいますので」
 あまりといえばあまりのことに、今度は倍の四秒ほど固まる謙之。
 しかし、やがて京佳が冗談で言っているのではないということを悟ると、今度は困ったように笑ってみせた。
「参りましたね……まさかお話をする前に断られるとは思いませんでした。
 ともあれ、せっかくご足労いただいたわけですし、とりあえずお茶だけでもいかがですか。
 もちろん、そちらのかわいい恋人さんもご一緒で構いませんから」
 いたたまれなくなって鋼が目線を逸らすと、京佳の両親が少し離れたところからじっとこっちを見つめている。
「京佳さん」
 軽く彼女の袖を引っ張って鋼がそのことを知らせると、京佳はそちらの方を一瞥し、仕方がないと言うように一度小さく息をついた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 愛の証明 〜

 そんなこんなで、三人はホテルの喫茶室へと移った。
 さすがに事情が事情だからなのか、心配した京佳の両親もこっそりと後をついてきている。

(なんだか、ややこしいことになったな)
 つい窓の外へと視線をやってしまいたくなる鋼だが、謙之が逃がしてくれない。
「えーと、君、名前は?」
「あ、不城鋼です」
「そうか、鋼くんか。君には悪いことをしたかな」
 悪いことをしたと思ってるなら構わないで下さい、などとは、もちろん言えるわけがない。
 どちらかというと「攻める立場」の謙之や、何を言われても表情一つ変えずに切り返せる京佳はともかく、ある程度「真っ当な神経」を持っている鋼にとっては、この状況はまさに針のむしろである。

「京佳さんと鋼くんだと、だいぶ年が離れているようにお見受けしますが」
「十歳以上は違いますが、お互いにそのことは十二分に納得しています」
 謙之の問いに京佳が答え、それから話を合わせるようにと軽く肘で鋼を小突く。
「え、あ、はい、そうなんです」
 お見合いなんてやったことはもちろん、考えたことすらない鋼にとって、このような状況はまさに想定外であるから、普通に振る舞えないのも無理もないこととはいえ、一事が万事この調子では、さすがに騙しきれるはずもない。

「しかし、不思議だな」
 やがて、謙之は少し怪訝そうな表情をした後、小さく、しかしはっきりとこう言った。
「失礼だが、私にはあなたたち二人が恋人同士のようにはどうしても見えない」

 その一言に、慌てて京佳の方を見る鋼。
 けれども、京佳はこれもあっさりとこう受け流した。
「鋼くんは照れ屋なところがありますし、きっと緊張しているんですよ。
 それに、あまり見せつけるのも失礼だと思ったもので」
 もちろん、謙之の方も一向に退く気配はない。
「いや、そうしていただいて構いませんよ。
 むしろ、そうでもしてもらわないと、私はあなたを諦めきれない」
 これは、いろんな意味でまずい展開である。
 鋼がそう思ったのと、最初の動きがあったのは、ほとんど同時だった。

「それでは、お言葉に甘えて」
 その言葉とともにいきなり肩を抱き寄せられ、バランスを崩して京佳にもたれかかるような感じになる。
 とっさに離れようとする鋼だったが、京佳がそれを許さなかった。
「そう照れなくていい。『いつもみたいに』していればいいんだ」
 その「いつもみたいに」の意味するところが「私に合わせろ」であることは、もはや説明するまでもないだろう。





 そして。
「いろんな種類を食べたいから、こうしてケーキはいつも半分分けしているんだ。
 ほら、『いつもみたいに』私が食べさせてあげるから、口を開けて」
「え、あ……はい」
 そんな感じで、ケーキの食べさせっこをさせられたり。
「鋼? 頬にクリームがついてるぞ。
 ……ああ、いい。私がとってあげるから……」
 そんなことを言われて、いきなり頬にキスされたり。
「やっぱりかわいいな、鋼は」
「うわっ!?」
 何の脈絡もなく、いきなり抱きしめられたり。

 謙之の挑発に京佳がキレたか、あるいはこれ幸いとばかりに京佳が暴走しているのか。
 いずれにせよ、鋼のファンクラブの女の子たちが見たら卒倒しそうな「ベタベタのデート」に、三十分以上にも渡ってつきあわされることになってしまったのである。





 と。
「なるほど」
 その様子をぼんやりと眺めていた謙之が、不意に口を開いた。
「京佳さんの気持ちは、よくわかりました」
 その言葉が、鋼にとってどれほどありがたかったか。

 これで、ようやく解放される。

 ところが、それに続く言葉が、その喜びを一瞬で凍りつかせた。
「しかし、どうも彼の気持ちが見えないな。
 むしろ、時々嫌がっているようにさえ見えることがある」
 図星を突かれて硬直する鋼に、すかさず京佳がフォローに入る。
「最初に言ったように、鋼くんは照れ屋ですから。
 そう目の前でじっと見ていられては、普段のようにはいきません」
 だが、謙之はそれでは納得せず、さらに重ねてこう尋ねてきた。
「鋼くん、と言ったね。君は、本当に彼女のことを……?」

 ことここに至っては、この場を乗り切るためにするべきことは一つしかない。
 そのことを察したのか、京佳もそれ以上口出ししようとはせずに、じっと鋼の方を見つめている。

 すでに、逃げ道はない。

 そして――鋼は、ついにその言葉を口にした。





「……愛してますよ」
 小さな、しかし精一杯の声で、鋼ははっきりとそう言いきった。

 そのまま、数秒ほど静寂の時が流れ……。

 突然、京佳が強く鋼を抱きしめた。
「きょ、京佳さん! 痛い、痛いって!!」
 その一言がよっぽど嬉しかったのか、鋼がいくらじたばたしても一向に締めつけが緩む気配はない。

 そんな二人の様子を見て、謙之は小さくため息をついたのだった。
「やれやれ、これでは私のつけいる隙はなさそうだ。
 今回のことは、綺麗さっぱり忘れることにしますよ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 たかが一日、されど一日 〜

 謙之が立ち去るのを見届けると、京佳は少し離れた席からこちらを伺っていた両親のもとへと向かった。
「……ということです。今後も私に相談なくこういうことをするのはやめて下さい」
 きっぱりとそう言い放った京佳に、両親はにこやかな笑顔でこう答えた。
「ああ、どうやら余計なお世話だったようだな」
「京ちゃんにこんな素敵な彼氏がいると知ってたら、私たちもこんなことしなかったのにねぇ」
 どうやら、鋼はすっかりこの二人に気に入られてしまったらしい。
「しかし、十七だとまだ結婚は無理か。早く孫の顔を見せてもらいたいのだがな」
「あらあら、そんなに急かしちゃダメよ。
 でも、鋼くんもあんまり京ちゃんを待たせすぎないでね。
 一回りも違うんだから、もたもたしていると、すっかりオバサンになっちゃうわよぉ」
 ……気に入られすぎて、話がとんでもない方向に進んでいるのは気のせいだろうか?
「母さん!
 ……とにかく、その辺りはまた何か決まったら連絡します。それでは」
 風向きが怪しいのを察したのか、それともただ単に歳のことを話題にされたからか、京佳がそこで強引に会話を打ち切る。
「ほら、行くぞ」
 鋼の手を取ってエレベーターへと向かう京佳の横顔は、微かに赤みを帯びているようにも見えた。





 そして、帰りの車内にて。

「よく考えてみれば、わざわざあそこまでする必要はなかったんじゃないか?」
 今日の出来事を思い出して、鋼はそう考えずにはいられなかった。
 あの時はすっかり動転して、周りの空気に流されてしまっていたが、そもそもの目的は「お見合いをぶちこわすこと」だったはずである。
 だとすれば、最初に京佳の両親の視線に気づいた時、鋼がそれを京佳に伝えていなければ、あの場で決着していたのではないだろうか?
「そうかもしれないな」
 すっかりいつもの淡々とした調子に戻った京佳が、相変わらずの様子でこう応じる。
「だが……私はこれはこれで楽しかったが、君は楽しくなかったのか?」
 その問いに、鋼は答えに詰まってしまった。

 楽しかったと言えば、嘘になる。
 けれども、全く楽しくなかったかと言うと……そう言い切れる自信はないし、何よりそう答えるのには抵抗がある。

 やむなく、鋼は曖昧な答えでお茶を濁すことにした。
「大変だった。まさかあんなことになるなんて考えてもいなかったからな」
 楽しかったでも、楽しくなかったでもなく、「大変だった」。
 嘘にならず、波風も立たない、たった一つの答え方。

 そんな鋼の心の中を見透かしたかのように、京佳は軽く微笑んだ。
「まあ、いいさ。お楽しみはこれからだからな」

「……え?」
 予期せぬ言葉に、思わず間抜けな声が口をついて出る。
 そんな鋼の様子を見ながら、京佳は楽しそうにこう続けた。
「言ったはずだぞ? 『今日一日、私の恋人をやってくれ』と。
 お見合いは終わったが、まだ『今日』は終わってないじゃないか」

 と、いうことは。
 これまでのパターンからして……彼女の言う「お楽しみ」が何であるかは想像に難くない。

「まさか、君は約束を違えたりはしないだろう?」
 そんなことを言いながら、京佳が一分一秒でも惜しいと言わんばかりにアクセルを踏み込む。
「いっそ、このまま本当に嫁にもらってもらう、というのもいいかもな」

「……って、結局このパターンかよっ!?」
 鋼のそんな叫び声が、狭い車内に響いたのであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、ノベルの方ですが、こんな感じでよろしかったでしょうか?

 お見合いの相手に関しては、まあほぼ名前の通りですのでさくっと省くとして。
 京佳の両親ですが、いろいろと考えた結果、「比較的」普通の人になってしまいました。
 ちなみに京佳の能力(怪力とか)はほとんど後天的なものですので、両親はそういう意味では普通の人です。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。